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前に進むための寄り道『甲鉄城のカバネリ 海門決戦』

日ノ本に突如現れた不死の怪物「カバネ」との闘いを生き延びた甲鉄城の面々は、人間とカバネの新たな攻防の地である日本海沿いの廃坑駅「海門(うなと)」へやってくる。生駒たちは現地の人々と連合軍を結成しカバネ撃退の策を立てるが、海門の地にはある悲しい過去が隠されていた。

 2016年放送のTVアニメ『甲鉄城のカバネリ』待望の新作がついに劇場とネット配信で公開された。作画の美しさもさることながら、縦横無尽に飛び回るアクションと怪獣映画を思わせるスペクタクルで走り切り、これぞ『カバネリ』と思わせてくれる快作で終始笑みが止まらなかった。

 本作の公開を前に、TVシリーズを振り返るむしろ記事を投稿し、『海門決戦』についても簡単な予想を投下した。本文は、その答え合わせのようなものを書き進めていきたい。以下、引用。

 そしてついに、待ちに待った最新作『海門決戦』が5/10から劇場公開、あるいはNetflix、Amazon Prime Videoにて独占配信される。これまでに公開されている特報や予告編を観る限りでは、無名が何らかの事情で単独行動を行う局面が予想される。精神的に成長した生駒では新たな葛藤のドラマを創り出せず、次の試練を迎えるのは無名や甲鉄城の人々。とくに、幼さゆえに無垢な過ちも犯してきた無名の成長がメインに描かれるものと思われ、今から期待が高まっている。この劇場版からその先へ、農地を取戻し笑顔でご飯が食べられる日まで、甲鉄城の旅は終わらない。

 結論から言えば、「無名の成長がメインに描かれる」という当時の予想は、やや見当違いだったということになる。むしろ本作の主題は、生駒と無名のそれぞれが「旅の目的を思い出す」ことに焦点が当てられていたように思う。旅の目的とはすなわち、物語のゴール、終着駅のことだ。この物語=作品がいかにして終わるのか、いつ命を落とすかもわからない残酷な世界で、なぜ旅を続けるのか。

 『甲鉄城のカバネリ』におけるゴールとは、「無名を人間に戻して、お腹いっぱいお米を食べさせること」である。TVシリーズ第7話にて打ち立てられたこのお題目は、かつて自分が見殺しにしてしまった妹の姿を無名に重ね、その無名の母親が託した願いを受け継ぐというもの。人を喰らい増殖し続けるカバネを一匹残らず駆逐することは難しく、全ての人々が安寧を得られるようなハッピーエンドではないことは明らかだ。それでも、無名の愛らしさや生駒の決意に魅せられた視聴者にとってはこれぞ至高の幕引きであり、この結末に向けて作品を追っているファンも多いはず。

 その上で『海門決戦』を踏まえると、実はその目的に対して前進はしておらず、旅の目的そのものを再確認することに重きを置いている。この場合の「再確認」という行為の主は、海門に集まったカバネの怯えによって我を失った生駒であり、TVシリーズから3年の時を経て久しぶりに『カバネリ』と向き合う我々だろう。ここ海門の地は、それを思い出させるために甲鉄城が訪れた途中駅であり、今回の激闘で生駒は「無名を守る」という想いをより強固にし、無名自身も生駒への気持ちが変化していることに気づく。そんな無名のアプローチを受け、生駒の中での無名の立ち位置が変化していく、そんなやり取りが愛おしい。いわば物語が前に進むための、助走のようなものだ。

 物語を前に進めるための停滞という意味で、本作はTVシリーズをあえてなぞらえているとさえ感じられる。本作の宿敵である景之は、カバネと闘う最前線にいながらも感染し、自らウイルスの進行を止めることでカバネリになった人物。しかし、人とカバネの狭間に生きる者を、そう容易く人々は受け入れられない。そうした人々の恐怖によって景之は最愛の娘を失い、彼女をカバネとして生き永らえさせるという壮絶な経験を経ている。それと似たような出自を持つのが、TVシリーズにおける美馬の存在。両者ともカバネを怖れる人の心によって生まれた怪物であり、同時に自らもその怖れを抱えた「臆病者」である。

 景之と美馬、そして生駒。カバネリという異形の存在に成り果てた、鏡合わせの存在。その雌雄を分けたのは、自らの怖れを自覚し、弱さを抱えて生きることを貫く意思の強さであった。カバネに怯える自分を変えようと努力し続けてきた生駒の意思は、どんな鋼よりも固い。それを知るからこそ、無名は景之を「アンタは生駒とは違う」と断じることができる。弱くても生きることを誓った二人の強さは、過去に縛られた者には決して砕くことはできない。『カバネリ』における強さとは何であるかを、過去に囚われた景之というカバネリを打倒させることで、今一度示そうとしているのだ。

 ここまで読み進めていただいて、本作が単なるTVシリーズの焼き直しと思われるといけないので、「これから」の宣言がなされていることも言及しなければならない。作中で吉備土が語った通り、甲鉄城の目的地はあの始まりの場所、顕金駅。そこに苗を持ち帰ることが、当面の彼らの目標である。言うまでも無く、「お腹いっぱいお米を食べる」結末のための折り返し地点にいることが、本作で明示されているのだ。

 次の作品がいつになるのかは明言されていないが、甲鉄城は顕金駅の奪還に向け、さらなる激しい闘いに身を投じることになるだろう。それでも着々と、生駒と無名=穂積にとってのハッピーエンドに向けて物語が走り続けているとわかっただけでも、どこか心沸き立つものがある。この盛り上がりの火が絶えないうちに、甲鉄城の旅を見届けられる日が来ることを、切に願うばかりである。

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