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続編ホラー映画の成功例としての『新感染半島 ファイナル・ステージ』

 2017年公開『新感染 ファイナル・エクスプレス』は、おれとマ・ドンソクを出会わせてくれた恋のキューピットとして、個人的なオールタイムベストの棚に円盤を飾った一本である。鉄道車両という閉鎖的空間で突如発生したゾンビパニック。閉ざされた車両が地獄絵図に変わっていく中、人々は自分を守るために他者を見捨てる者と、愛する者を救うため決死の作戦に挑む者に別れた。一直線に進む列車という空間で繰り広げられる、力と知恵が運命を左右するサバイバル。「愛」がもたらした感動の結末。そしてマ・ドンソク。傑作の条件が全て揃った、最高の一品だ。

  それから4年後を描く続編が、もう列車にすら乗らないのだから苦労したであろう邦題と共に日本上陸。そもそも何で前作から「ファイナル」って付いてるんだ?とか、新幹線要素がないから「新」だけ浮いてないか?など色々言いたいことが出てくるのだけれど、まずは日本公開してくれてありがとうギャガさん。そして何より、おれとカン・ドンウォンを出会わせてくれて、ありがとう……。

感染した人間をゾンビ化させるウイルスが突如流行し、韓国の政府機能が崩壊してから4年。脱出直前に姉を失い、亡命先の香港で荒んだ生活を送る元軍人のジョンソクは、大金を積んだトラックをソウル市内から回収する任務を受ける。そのメンバーの中には、難民として差別される今の現状を打破すべく参加した義兄のチョルミンの姿があった。家族を失った者同士わだかまりが解けぬまま韓国に潜入したジョンソクだが、彼らを襲うのは感染者だけではなかった。自治区を形成し、生存者狩りを繰り返す人類グループ「631部隊」が、トラックの中身を食料と思い襲撃をかけてきたのだ。仲間と離れ離れになったジョンソクは、危機一髪のところを謎の少女に助けられる。

 本作『新感染半島 ファイナル・ステージ』は前作同様にヨン・サンホが監督と脚本を手掛けた正当続編だが、両作に共通しているのはパンデミックが起きた韓国という設定ただ一つで、撮りたい画もシチュエーションも前作とはまるで異なる、作り手の「新しいことをやろう」という精神を象徴する一作である。前作と同じことをやってもつまらない。韓国全土をゾンビの国にしたんだから、もっとデカいことがしたい。その結果生まれたのは『ワールド・ウォーZ』と『マッドマックス 怒りのデスロード』のミックスという、暴力エンタメ大国の景気の良さがスクリーンからにじみ出る快作だった。

 これは冒頭から一目瞭然なのだが、前作のヒットを受けてか本作は潤沢な予算を与えられていて、そのほとんどが映像のインパクトにつぎ込まれているようだ。パンデミック発生から韓国崩壊までを説明するニュース映像はショッキングな文明崩壊シーンが並び、前半とクライマックスには大掛かりなカーチェイスが用意されている。そして何より、ゾンビの数が多すぎる。韓国全土が感染したという設定のためか、前作の比じゃない数のゾンビがこちらに襲い掛かってくる映像は、それだけでパワーがある。映画『ワールド・ウォーZ』で観客を沸かせた“ゾンビ雪崩”はもちろん、エクソシスト走行などのアクロバティックな動作を見せる強敵ゾンビが、銃弾をかわしながらこっちに迫ってくるなど、サバイバルの難易度は前作より遥かに向上している。

 それに加えて、今作では生き延びた人類軍「631部隊」との闘いが待ち受けている。食料供給を牛耳り人々を支配する元軍人で幹部が構成され、トゲ付きタイヤの改造車を保有するなど、イモータン・ジョーめいた治世と暴虐の男たち。倫理や法が通用しない世界で、外の世界(感染が及んでいない香港)への亡命の権利を巡り、ジョンソクは631部隊とゾンビに追われながらミッションを成功させなければならない。緊迫と興奮のホラーアクションの幕開けである。

 前作からの大幅なジャンルの転換について、最初は驚いたものの、すぐに考え直すに至った。前述の通り、前作と同じことを繰り返しても、ただの焼き回しにしかならない。極限状態に陥った人間ドラマと密室×ゾンビという閉塞感から生まれる恐怖を捨て去る代わりに、ゾンビもアクションもマシマシ増量にしてホラーアクションに振り切り、それが面白いのだから文句のつけようがないのである。そして本作を鑑賞中、ずっと他の映画のことを思い出していた。『バイオハザードⅢ』のことを。

 同名ホラーゲームを原作とする実写映画シリーズ三作目にあたる『バイオハザードⅢ』は、過去二作がロケーションやクリーチャーの再現度に凝ったサバイバルホラーとして完成度を高めていった果てで、なぜか舞台を白昼の砂漠へと変え、ジャンルもミラ・ジョヴォヴィッチのサイキックヒロインアクションへと舵を切った。その結果、あれだけ恐ろしかったアンデッドはスコアアタックの的としてしか機能せず、ミラ演じる主人公アリスの力のインフレが謎の超能力で処理されていて、前2作に匹敵する印象的なアクションもない、平坦な出来栄えになってしまった。

 そんな『バイオハザードⅢ』は、どことなく本作と立ち位置が似ている。ロケーションは閉所から開けた場所へと移り、ゾンビは恐怖の対象から攻略対象へと変化した。その上で、おそらく世界中で自分しか採択しない評価基準で恐縮なのだが、『新感染半島 ファイナル・ステージ』は「ぼくにとって理想的なバイオハザードⅢ」だったのだ。前作から捨て去ったものと新しいもの。それら全てを統合して「面白い続編」として軍配が上がったのは、『新感染半島 ファイナル・ステージ』の方だった。

 例えばカーチェイス。鉄道の車内で展開する前作では描きようのなかったシチュエーションで、ホラーと一見食い合わせが悪いようにも思える題材なのだが、本作では「超絶ドライビングテクニックを持つ少女」というポストアポカリプスならではのぶっ飛んだ設定が大きな掴みとなっている。さらに、冒頭から繰り返し強調されてきた「ゾンビは光や音に反応する」習性を逆手に取ることでゾンビを武器として利用するというホラージャンルならではのアクセントが加わり、見慣れたはずのカーチェイスシーンに新鮮味が足されているのだ。

 あるいはシチュエーション。車両内という逃げ場のない圧迫感は恐怖を増長させる役割があったが、本作にはそれがない。代わりに、尋常じゃない数のゾンビが引っ切り無しに襲ってくる、あるいは統率が取れないために渋滞を起こしている、という場面が多い。言葉にすれば、ゾンビが「敷き詰められている」映像のショッキングさ。それぞれ思考も戦略もない個体の集まりなのに、見え方としては群体として向かってくる恐ろしさは、本作が勝っていた。

 過去作を貶して本作を褒めるような論じ方はマナー違反だと承知しつつ、『新感染半島 ファイナル・ステージ』は、前作からパワーアップする際の指針も演出も、とにかく上手かった。ありきたりなものをフレッシュに、物量とスケールはドバドバ増量。前作とは別ベクトルで「面白い」一作が生まれたわけで、韓国映画の水準の高さを改めて思い知らされた次第である。

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