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『移動都市/モータル・エンジン』はブッ飛んだビジュアルで10割

 昨年、「5つの城が合体して巨大ロボットになる」というトチ狂った和製アニメがあった。それに対抗してか、「キャタピラ走行のロンドンが小都市を喰らい尽くす」映画が、海の向こうからやってきた。とはいえ、大都市が小都市を喰らい尽くすというその光景、何らかのメタファーとしての誇張表現に終わるのではないかと危惧していたが、冒頭10分で小難しい不安は消え去ってしまった。本作『移動都市』に「比喩」という概念は無く、マジで都市が都市を喰うのだ


まずはあらすじを読んでいけ

 2118年、人類は自ら生み出したテクノロジーによって争いを続け、文明は崩壊した。あまりに短い時間で終結したアポカリプスは「60分戦争」と名付けられ、生き残った人々は荒廃した世界を生きる術を求めた。

 それから1600年後、人類は大地を走り回る都市「移動都市」を建造し、そこで子を産み、育て、そして死んでいった。しかし、人類は闘争を捨てられなかった。より大きな都市が小さな都市を喰らう「都市間自然淘汰主義」が横行し、喰われた都市の住民は安住の地を失い奴隷として生きることを余儀なくされていた。また、大地に足をつけて生きる本来の生き方を提唱する反移動主義同盟も台頭し、移動都市との対立が続いている。

 そんな世界で最も巨大な移動都市がロンドン。幅1,500m、高さ860mに及ぶ大都市は、世界の覇権を握っていた。そのロンドンの特権階級に座し軍を率いる偉大な考古学者ヴァレンタインは、突如現れた謎の少女ヘスター・ショウに命を狙われる。ヴァレンタインを慕う若き史学士トムの妨害もあり彼は一命を取り留め、ヘスターとトムは都市外に転落。ヴァレンタインを「母の仇」と憎むヘスターと故郷への帰還を望むトムはロンドンを目指し、無法地帯と化した地上世界を駆け抜ける。


最高のイマジネーション、未体験のビジョン

 正直なところ、映画『移動都市』は冒頭10分が盛り上がりのピークだ。本作のあらすじを観て誰もが懸念するところの「都市喰い」のビジョンを、惜しみなく見せつけてくれる。蒸気機関のライフラインへと遡った中世の趣が残る小都市、それは絶え間なく移動を続けており、大型車両と生活圏が一体化した世界観がまず目を惹く。その街並みに見惚れていると、けたたましく鳴り響く警告音、突如変形・収納されていく露店たち。その背後に迫る、超大型移動都市ロンドンの影―。さながら怪獣映画のごとく、小都市を飲み込み、蹂躙する圧倒的破壊力。移動式の都市の共食いというパワーワードそのままの映像にただただ圧倒されるも、その世界の住人にとってそれは勝者のためのエンターテイメントとして消費されていく。弱肉強食が蔓延る世界の残酷さを、こんなロマン溢れる映像に変換しようとは。歓声を挙げたくなるほどに楽しい冒頭シーンで観客をお出迎えだ。

 その後も、本作はフェティシズムたっぷりの世界観描写で楽しませてくれる。地下世界がまるごとワーム型の移動都市だったり、ラピ○タじみた空中都市が登場するなど、日本のアニメやゲームからインスパイアされたと思わしきモチーフが多々登場する。旧時代のテクノロジーとスチームパンク風の世界観が混ざったカオスな建造物たち。飛空艇やプロペラ飛行船が登場し、ファンタジー色が強くなってきたところにビーム砲台やUSBメモリ風のデバイスが割り込んでくるのも最高だ。

 徹頭徹尾頭が悪いというか、技術考証もリアリティもかなぐり捨てたような設定ばかりが飛び込んでくるので、こちらのIQも次第に下がっていく。とはいえ、観客の観たいものと作り手が届けたいビジョンの相思相愛が、この映画には存在しているのだと信じたい。思わず童心に帰るような奇想天外なビジュアルに満ちており、大きい物体がガシガシ動くからカッコイイという、極めて原初的な快感を呼び起こす本作、これを映画館で観ずしてどうする!と鼻息荒くなってしまうのも当然なのだ。

 なので、簡単な診断テストを用意しました。YESなら今すぐ劇場へ、NOなら『グリーンブック』や『ROMA/ローマ』を観て差別や貧困に思いを馳せた方がいいと思います(どちらも傑作でしたネ!)。

既視感の強い人間ドラマは、愛嬌だ!

 映像面ではとにかく前代未聞、パワフルでユニークなのが魅力の本作だが、物語や人間ドラマにおいてはフレッシュさが見られない。とにかく、どこかで観たような展開が何度も続き、あっという間に消化されていってしまう。

 復讐に燃える女戦士と都会育ちのお坊ちゃんのバディ、反乱軍たち、愛が深すぎるばかりにその対象を殺さずにはいられないサイボーグ…。要素を詰め込んだ弊害からか上映時間は2時間を越え、それでも一つ一つの描き込みは薄くなる。淡々と消化されていく人間ドラマを前に、こちらの感情移入は不十分だ。

 主人公のヘスターは、顔を隠したビジュアルも相まってミステリアスな印象を抱かせる。が、物語が進むにつれ人間的な弱さが前面に出てしまい、トムとのロマンスも唐突で飲み込み辛い。相棒となるトムも影が薄く、「飛行士を諦めた」という前フリをキメておきながら、盛り上がりの欠いた回収に終わったのは残念だった。

 キャラクター描写の問題点についてはそよ風ヨーグルト様の感想記事によると、原作からの改変によって削られたディティールが存在するらしく、結果としてあの消化不良感否めない出来栄えになったのだろう。語る尺が限られる映画というフォーマットに落とし込むのなら、キャラクターや映像化すべきシークエンスの取捨選択が重要になってくる。原作未読ゆえに未検証だが、その点のリサーチが甘かったというのが本国での興行的失敗に繋がったのかもしれない。

今、劇場で観るべき映画とは

 アカデミー賞が発表され、受賞作品が次々と公開される日本。作品賞に輝いた『グリーンブック』もあれば、映像・物語面でも圧巻の一言の『スパイダーバース』もある中、映画ファンの間ではどうしても優先順位が低くなってしまいかねない本作。しかし、やはりデカブツ案件は大スクリーン・大音響でなければ真価を発揮しない。CGによる映像技術が進歩した代わりに、映像で驚くという体験そのものが珍しくなっていく今、こういう野心的なコンセプトこそ大画面で浴びて、呆れてしまうのもまた一興。すでに続編は有り得ない的な空気が濃厚なため、逃したら次はない、というのも焦りを生む。そんな意味で応援したくなってしまう『移動都市』を、何卒どうぞよろしくお願いします。


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