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常識を打ち破る新たなヒーロー『パッドマン 5億人の女性を救った男』

インドの小さな村で最愛の妻ガヤトリと暮らす男ラクシュミは、貧しくて生理用ナプキンが買えず、不衛生な布を用いて月経をやり過ごしている妻を救うため、清潔で安価なナプキンを手作りすることを思いつく。しかし、タブーとされる女性の仕組みに触れたラクシュミの行動は村の人々から奇異な目で見られ、ついには妻と離れ村を出る事態に発展する。それでも諦めることのなかったラクシュミは、彼の熱意に賛同した女性パリーとの出会いと協力を得て、ナプキンの大量生産のための機械造りにまい進していく。

 某ゴッサムシティのダークナイトを思わせる題名を見て「安直な邦題だなぁ」と思ったりもしたが、鑑賞後はその名に相応しい、全ての女性のみならず国に活力を与えたスーパーヒーローの誕生譚であったと、我が身を恥じることになった、史実に基づくエンターテイメント。

 材料費の40倍、日本円にして1,100円(公式サイト参照)と高額な値段で販売されている生理用ナプキン。それゆえ、ナプキンの普及率は全体の18%程度と低く、結果として布をや灰(!?)をあてがうしかなく、しかもその布を満足に洗うことも陽に当てることさえもままならない。そのため感染症を引き起こし、不妊はもちろん、最悪の場合死に至るケースも。そんな現状がつい最近の2001年まで「当たり前」だったことに、衝撃を隠せない。

 その背景には、女性の月経が「穢れ」として扱われる風習に由来している。主人公ラクシュミの妻ガヤトリは、生理が始まると家の外で寝起きするようになり、家中に穢れが入り込まないよう夫との触れ合いも避けるようになる。同じ家族なのに、食卓を囲むことさえ出来ない。しかし、彼女はそのことに何の疑問も持たない。見渡せば、ラクシュミの周囲の家々にも、同じようにベランダに寝床が用意されている。インドの女性たちにとってそれが「普通」であることに、とてもショックを受けるかもしれない。中盤、とある少女の成人式を、インド映画おなじみの豪華絢爛な歌と踊りで祝福するシーンがあるのだが、場面が変わればその少女は寒空の下、一人で眠る描写が挟まれる。大人になることは喜ばしいことだが、衛生環境の不備ゆえに彼女も死の危険性からは逃れられない。

 そうした状況に危機感を覚えたラクシュミは、妻が安心して使えるナプキンを作るため、清潔な綿や布を買い集め、自作ナプキンをガヤトリに渡す。その行為が村に知られると、途端に村八分に晒されるラクシュミ。「穢れ」の概念が強いインドでは、ラクシュミの行為に理解が得られず、家族は次第に崩壊していく。「恥をかくなら死んだほうがマシ」とまで愛する妻に言われてしまい、全てを失うところまで追い詰められてしまう。

 それでもラクシュミは諦めない。材料を見直し、持前の起用さでナプキン製造機を自作していく。全ては妻の恥を尊敬に変えるため。家族への深い愛と純真さが滲み出たラクシュミというキャラクターは、誰もが親しみを抱くに違いない。冒頭から溢れんばかりの愛を妻ガヤトリに捧げ、彼女が感染症で死んでしまう夢を見ては涙する。村中の全てから否定され蔑まれようと諦めなかったのは、ひとえに愛ゆえなのだ。

 そんなラクシュミの誠実な人柄に惹かれ、ビジネスパートナーとして活躍するのが後半のヒロインであるパリー。彼女は風習に囚われず、自らが正しいと思った道に進むことができる、若くして自立した女性。ラクシュミのナプキンの最初の顧客でもある彼女は、女性同士だからこそ生理の話ができるという事情を考慮して、ラクシュミのナプキン普及に大いに貢献する。技術に長けたラクシュミと、確かな営業力を持ったパリー。この二人が揃って初めて、ラクシュミの発明が実を結び始める。

 そうした二人の活動は安価なナプキン普及による衛生環境の改善のみならず、インドの女性たちの雇用まで生み出していく。月経中は隔離されていた女性たちは、月に5日も働くことが出来なかった。そんな環境を変えることは、国全体に活力をもたらしていくことを意味していた。意図せずして、ラクシュミの発明は女性のみならず、インドという国そのものを変える大きな革命へと変化していた。

 そうした努力が実を結び、どのように世界が変わっていくのかは、ぜひご自身の目で確かめていただきたい。「生理」という未だデリケートに感じてしまう題材の映画が、大手シネコンで上映されているというのも、実際のパッドマンことアルナーチャラム・ムルガナンダム氏の偉業あってこそ。とくに、生理というものの大変さを想像するしかなかった男性にとって、クライマックスのラクシュミの演説に不意を突かれてしまった。痛みを想像させるのではなく、データとして生理の実態を示す。自分に置き換えたとき、こんなに大変なことが毎月必ず起こるのかと思うと、恐ろしくて背筋が凍ってしまう。

 風習や貧困、そして女性の身体のメカニズムに対する偏見。そうしたものを当たり前に受け入れてきた女性たちも、そうした環境を形成してしまった習わしも、果たして何が悪なのかは他国に住む我々が断じるべきではないのかもしれない。しかし、パッドマンはインドにおける女性の健康を守り、自立を促したという意味で賞賛すべきなのは、言うまでもない。知らずのうちに科せられた理不尽な鎖から、女性たちを解き放ったパッドマンは、スーパーマンやバットマンと並べて語られるに相応しい、真のヒーローである。

 本作を誰にオススメしたいかと言われれば、もちろん性別問わず、全ての人に観て欲しい一本だ。題材ゆえに「血」が多く映るのではないかと不安にかられたが、そうした描写はほとんどないため、苦手な人も安心して観られる。インド映画特有の陽性なミュージカルはもちろん、コミカルな描写もふんだんで飽きさせない。そして最後は圧巻の演説シーンが待っており、シリアスな題材でも観客を楽しませるエンターテイメント性は忘れていない。笑って泣けて、男性は女性に優しくなれるかもしれない。実生活に持ち帰る学びが多い、いい社会見学になること間違いなしの一作だ。


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