見出し画像

燃やせ燃やせ 燃やし尽くして『BLUE GIANT』

 映画『BLUE GIANT』をようやく観ました。公開当時、忙しくて(あと他の作品に狂っていたので)見逃していたのですが、こうして劇場で観る機会に恵まれて良かった。ジャズも詳しくないし原作も未読だけれど、これは配信で済ませたら勿体ない作品だとアンテナが働いていたので。

 公開から時間もたって、詳細な感想も出揃っているでしょうから、話したい部分だけ書きますね。作中のセリフで、「客の前で一回死ね」という言葉があり、後に雪祈に「内臓をひっくり返す」と翻訳されて、「JASS」の三人はライブで自らの全部を出し切ります。

 ジャズという音楽はアドリブだったり、曲中に用意されるソロパートで「個性」を出すことができるそうです。自分の技能をお披露目するソロパート、自信のあるプレイヤーにとっては大一番の舞台ですが、譜面に沿わない自由な演奏はある意味で自分をさらけ出すことにも繋がります。

 「So Blue」の平さんに雪祈は、自分のソロが小手先の技術だけで面白みがないこと、臆病な性格であることを見抜かれ、一度は夢への切符を断たれてしまいます。スランプに陥った彼は少しずつ謙虚な性格になり、一人で張り詰めて練習に励みますが、中々壁を突破できない。そんな雪祈を見ても大は「これは雪祈の問題」と手を貸すことなく突き放し、その代わりに雪祈が会いに来た際は暖かく迎えてあげます。元より独学でサックスを吹き続け、ジャズの「その時の感情を音楽にする」という性質に惹かれていた大にとって、自分を出し切ることは当たり前のことなので、わざわざ教えてあげることでもないんですよね。

 そして、大型アーティストのライブで代打のピアノを務めることになった雪祈は、臆病な自分を脱ぎ捨て全て出し切ること=内臓をひっくり返す勢いで、ソロパートを演奏する。勝つための音楽だとか批評家に見せたいだとか、そういった外面を脱ぎ捨てた雪祈の演奏は、平さんの心を大きく動かし、彼らは憧れの舞台に上がる権利を獲得しました。

 この「内臓をひっくり返す」という表現に、私はとある映画のことを思い出していました。その映画の名は、『劇場版 少女☆歌劇 レヴュースタァライト』、2021年の私を焼き尽くした、愛しても愛しても愛し尽くせない一本のフィルム。

 この映画に登場する舞台少女たちは皆、ウソ偽りのない自分をさらけ出すことを(観客から/舞台から)求められます。上っ面の装いも、誰かから借りた言葉でもない、何もかもを包み隠さずさらけだした”野生”の自分を。そうしなければ舞台は完成しないし、彼女たちは次の舞台へと進めない。自分の進路を自分自身で定めるために、若き少女たちはこれからも「普通の女の子のしあわせ」を追い求めた可能性の自分を燃やして、覚悟を示さねばならない。そんな過激で美しい一瞬の通過儀礼に、数年経ってもまだ心は囚われている。

 『BLUE GIANT』に話を戻すと、例のシーンは雪祈にとっての「wi(l)d-screen baroque」だったんじゃないかなと。観客はおまえの技術じゃなくて、「沢辺雪祈」が観たいんだ。そして雪祈自身も壁を乗り越えるためには、自分自身さえも燃やして生まれ変わらなければならなかった。

 大は先述の通り、独学故に「野生」のまま演奏することが出来る天性のプレイヤー。映画が始まった瞬間はまだ世間知らずの田舎から上京した好青年だが、その正体は三年間ずっとサックスを吹き続けたジャズモンスター。玉田俊二も、もっとも音楽歴は短い分誰よりも努力し、小学生に混じってドラム教室に通うくらい恥を捨てて捨て身になれる男。熱い情熱を秘めているのに、それを表に出せず音楽経験の長さによってプライドを支えていた雪祈だけが、一度も自分を燃やしたことがなかった。それを見抜かれたからこそ、「全然ダメ」だった。

 音楽も舞台も、スポットライトを当てられ観客の視線を浴びるのはいつだって「人間」の肉体だ。観客は貪欲なので、ステージに立つ者の「生」を求めている。雪祈はそれに応えたからこそ、次へ進むチャンスをもらえた。その残酷さについてはもっと考えるべきなのだろうけれど、人を圧倒するパフォーマンスというものは等しくそういうものなのかもしれない。

 本作、ライブシーンにおけるCGに没入を妨げられることが何度かあって、それさえなければ……と外野から歯がゆい思いをしていたのだけれど、雪祈の圧巻のソロパートのシーンの映像はとにかく凄かった。始まりこそクールな彼を象徴するグラスアイスのアップなのに、そこからどんどん熱気が高まり「青い炎」に近づいていく。本当にたまらなくて、格好良かった。この映画のどこが好き?と聞かれたら「沢辺雪祈のアタシ再生産」と返します。

この記事が参加している募集

いただいたサポートは全てエンタメ投資に使わせていただいております。