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超絶技巧で撮られた、背徳的なカタルシス『1917 命をかけた伝令』

 アカデミー賞の発表も終わり、併せてノミネート/受賞作が公開される我が国日本。作品賞候補とも目されたサム・メンデス最新作『1917 命をかけた伝令』もその一つで、「全編ワンカット風で戦場体験」「コリン・ファースの手紙をカンバーバッチに届ける映画」という事前の口コミもあり、非常に楽しみにしていた。

 いざ本編を鑑賞して、題材を鑑みればこの言葉を用いるのはとても不謹慎だとわかってはいるのだが、まず何といっても「楽しい」という感情が鑑賞中常に芽生えていた。本作の大きな特徴である「全編ワンカット風味」で撮られた映像は、伝令を届ける指令を受けた二人の若き兵士を背中から追う、あるいは彼らの正面から二人を撮るショットで構成されている。誰もが指摘する通り、前者はTPS(三人称)視点のシューティングゲームのそれであり、自然と没入度が高まっていく。正しくはゲームが映画に追いついた、というべきところだが、敵に見つからないようかがんで歩く、壁を背にした状態から身を乗り出して射撃する、といったアクションが要求される際の緊張感を、我々はゲームで体感している。だからこそ、本作にも自然にライドすることが可能となっている。

 一方で、主人公らを正面から撮り続けるショットでは、主人公とその背後しか映らないことになり、観客にとって視界がとても狭くなることを意味する。すると、どこから撃たれるかわからない戦場の不気味さが浮かび上がり、こちらは手に汗握るしかない。暗闇などでカメラの視界を遮る手法はホラーの領分だが、本作もまた主人公に密着したカメラワークでそれを成し遂げ、いつどこから襲われるかわからない恐怖を観客に植え付ける。

 これまた不謹慎な物言いだが、本作はアトラクション性が物凄く高い。途切れることのないカットの影響で常に死の予感が漂い、観客への視覚情報は不安定で周りの全てを見渡すことができない。そんな状況下で1,600人の命がかかったミッションに挑む主人公を、応援せずにはいられなくなってしまう。その道中は明確なゴールが示されることもあり、さながら複数のステージを攻略するかのごとくミッションは進み、戦場の地獄度(難易度)はさらに増していく。映画=スクリーンというフィルターを一つ介すれば、私たちはその必死のサバイバルにエンタメ性を見出してしまう。一つ一つ死地を潜り抜ける緩急に、いつしか喜びと安堵を得るようになってしまっているのだ。

 ただし、あくまで本作はゲームではなく映画だ。主人公を意のままに操作することはできないし、先ほど「不安定」というワードを用いたが実のところ映画なのだから観客に提示する情報は完全にコントロールされている。そして本作は映画としての矜持を「ドラマ」に込めることで、ゲームとの差別化を図っているように感じられた。

 例えば後半、主人公であるウィリアム・スコフィールドは、赤ん坊と共に戦火の中で隠れる女性と出会う。主人公の操作が委ねられているゲームであれば素通りしてしまうかもしれないサブイベントだが、本作においては戦場ライドとの緩急を設ける意味もあり、そしてスコフィールドが子どもを見て一時の安らぎを得る場面が、クライマックスのある小道具使いに呼応してくる。思えば彼は、同じミッションに臨むトム・ブレイクと共に穏やかな週末や七面鳥への憧れを話しており、元々好戦的な人物ではなかった。そんな彼が「家族」「帰郷」への切望を時折垣間見せることで、人物描写に厚みを生んでいる。それだけでなく、中盤に起こるある出来事により、スコフィールドが生きて到達目標であるD連隊に合流することの重みがはるかに増していく。もはや自分一人の命だけでなく、伝令が届かねば1,600人が戦死し、友の願いも果たせなくなる。その積み重ねにより、観客はスコフィールドに生き延びてほしいと思わずにはいられなくなってしまう。

 そのエモーションが最高潮に高まるクライマックス、文字通り戦場を「爆走」する圧巻のシークエンス。数多の人々の想いを背負いなんとかここまでたどり着いたスコフィールドが、爆撃のど真ん中を突っ切って走る!ワンカットで収められたこの映像、リアルの戦場の混乱さながら、思わず声を上げてしまいそうになるハプニングも映り込んでしまい、ハッキリ言って正気とは思えないほど演者も撮影も劇伴もテンションが高ぶっている。そしてそれを観る観客は、戦争映画にもかかわらずまるで喝采を送りたくなるくらい、主人公の捨て身の生き様にカタルシスを感じる。頼む!なんとか走り抜けてくれ!と座席から腰が浮いて立ち上がりそうになるのをなんとか理性で押しとどめてしまう、あの生理的反応を呼び覚ました本作のエモーションは、2時間続く死の予感からあともう少しで開放されることへの期待がそうさせたのだろうか。これだけスゴイもの見せられたら、文句も言えなくなってしまう。

 よもやここまで心沸き立つとは、泣かされるとは、な一作『1917 命をかけた伝令』は、必ずや映画館で観るべき体感型映画の大傑作。暗闇が映えるシーンがあり、可能ならドルビーシネマでじっくり味わっていただきたい。


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