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宇宙は孤独を癒すか『ファースト・マン』

 『セッション』『ラ・ラ・ランド』に続く、新進気鋭監督デイミアン・チャゼルの最新作は、人類で初めて月面着陸に成功した男ニール・アームストロングの伝記映画。結論から先に申し上げますが、必ず映画館で観て下さい。『ゼロ・グラビティ』を劇場で見逃して、ソフト発売後に家庭のTVやタブレットで視聴して後悔している人、身近にいませんでした?そういう悲劇を繰り返さないためにも、声高に主張していかねばならない。大きいスクリーン、可能ならIMAXで鑑賞できる今、体感すべき作品。

 アメリカとソ連が宇宙開発を競っていた時代に、ついに人類初の月面着陸を成し遂げた偉大な人物。「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である」との台詞はあまりに有名だが、それを発した人物の人となりについては、あまり知られていない。その偉業達成の瞬間ばかりが切り取られ、ニール・アームストロングという個人がフィーチャーされる作品に、少なくとも私は触れてこなかった。

 1962年、海軍を退役した後にエドワーズ空軍基地でテストパイロットを務めるニール・アームストロングは、娘のカレンを肺炎で失う。ニールは愛娘の死とどのように向き合うべきかわからないまま、職場に向かうようになっていった。そんな時に見つけたのが、当時NASAが進めていた「ジェミニ計画」の宇宙飛行士の募集だった。

 ニールの半生を描く本作は、訓練飛行のシーンから始まる。強烈なGに襲われ、一歩間違えたら死を伴う危険なフライト。その先に一瞬だけ見える、大気圏の光景。雲の先には、そしてこの地球の外側には、どんな世界が広がっているのか。そんな探究心にも似た動機から宇宙飛行士になった男の物語になると思いきや、その後はニールの、そしてアメリカという国が負った苦悩と犠牲の日々が描かれていく。

 ソ連に先を越されていく焦りから生じる計画の失敗と、乗組員の死。そしてニールにも、愛娘の死という挫折が訪れる。娘の死と過酷な訓練により家族と離れていく心。多額の税金をつぎ込んだ計画ゆえ、失敗すれば多方から非難を浴びる。その間家庭を維持し続ける宇宙飛行士の妻たちにも、重い負担がのしかかる。本作は、偉業達成の裏に隠された物語を、綺麗事を抜きにしてハッキリと提示してみせた。

 次々と死んでいく仲間たち。国家事業の名の元に建造されていくロケットは、まるで棺桶のように見えてくる。本作は時折ニールの一人称視点にカメラが切り替わるのだが、それはいつも極限状態に達した時だ。ジェミニ8号に乗り込む瞬間や、予期せぬトラブルに見舞われた時に、映画の緊迫度は飛躍的に上昇する。鉄の軋む音とエンジンが点火した際の震動が恐怖を掻き立て、ろくに身動きの取れない狭い船内の寄る辺なさが焦りを生む。ジェットコースターが上昇する時のあの不安がずっと続くような、地獄のような恐怖を、疑似的に味わわせてくれる。その容赦なさを体感するには、やはり劇場へ足を運ぶしかない。

 度重なる重圧と死の恐怖。それでも、月へ行こうとする男の生き様を、カメラはとらえていく。国家の誇りや人類全体の進歩といった大きな目線をはぎ取った時の、ニール・アームストロング個人の動機は、一体なんだったのか。それをひも解くには、ニールを演じたライアン本人の言がやはり的確である。

ライアン:「個人的な意見だけど、この映画は月面着陸の物語だけど、なんだか僕は、地球に着陸するために月まで行った男のストーリーのように感じるんだ。娘を亡くして、家族だけじゃなく彼自身とも心が離れて、生きていることの意味が見いだせない時に、宇宙を開拓する機会を得てその答えを、地球では見つかるかもわからない答えを探そうとしている」

 もちろん本作の大きな見どころは、前述のジェミニ8号のミッションにおける極限状態の体感性や、IMAXカメラで収められた美しくも広大で虚無的な月の映像にあることは間違いないのだが、肝心なのは偉業達成の「その後」だ。彼が何を想い月面に辿り着き、何を持ち帰ったのか。家族にも心を開くことなく、盲目的に月を目指した男の終着点に、救いはあっただろうか。全人類の期待を背負った前人未到のミッションを題材としながら、最もミニマムな個人の物語に収束していくのも、デイミアン・チャゼルの作家性と言っていいだろう。ラストの静寂に包まれた一瞬の、その儚い結末に、震えが止まらなかった。

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