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かつてギブアップしたゲームを15年越しにクリアした話。

 今思い返せばヘンな話なのだが、私が中学生だったころ、「バイオハザードをクリアした自慢」が男子の間で流行したことがあった。攻略本を読まずにクリアした、アイツをノーダメージで倒した、はたまたナイフ一本でクリアしただの、バイオハザードという一本のゲームをダシにマウントを取り合い、ゲームの上手さを競い合っていた。

 中学生男子のヒエラルキーは単純で、運動が得意な者、容姿が優れている者が頂点に立ち、その上位枠に入れなかったものは一芸に秀でていなければ人気者にはなれない。男の子は常に格好つけたがりで、負けたくないという意識だけは人一倍強い生き物。クラスメートからは一目置かれたいと思い、なんなら女子からはモテたい。だが、光があれば影が存在するように、学校という小さな社会において「イケてる/イケてない」の選別は残酷なまでに機能し、その子の学園生活に大きく影響する。イケてるグループに入れれば安泰、イケてない者は群れて傷を舐め合うか、一匹狼を気取っていつしかクラスから浮いていくかのバッドエンドが待っている。そうしたイケてない者たちが、イケてるグループに成り上がるために持ち込んだ新たな評価基準、それがゲームの上手さだった。

 女子からは冷ややかな目で見られていたんだろうな。そんなことに気づくこともなく、我々中学生男子は日々ゲームの進捗を語り合い、マウントを取り合っていた。中学生は背伸びしたがる生き物で、大人向けのゲームをクリアするほど偉い、みたいなオリンピックがいつの間にか開幕し、その種目に選ばれたのが前述の『バイオハザード』だったり、『メタルギア』だったり。ホラーやステルスゲー、海外製の難易度の高いゲームをどこからか見つけては、おれこんな難しいのクリアしたぜとイキって煙たがられる。あぁ、なんて可愛らしいんでしょうね。「ポケモンやってるやつはダサい」とか言い始め、ケンカになって職員室に連れていかれたKとMもいまや立派な二児の父。すっかり大人になってしまった。

 かくいう私は、イケてないグループでも最下層、勉強もできなきゃ運動もダメ、おまけにゲームも下手という三重苦を背負いし「持たざる者」であった。体育の時間は憂鬱で理数系の学問のほとんどに躓き、唯一残されたゲーム自慢というフィールドでも互角に戦えやしない。神と生みの親を呪うには十分な素質のなさを露呈し、「太鼓持ち」という役割を確立するまでは日々ルサンチマンをこじらせ、画面の中のゾンビにそのどうしようもなさをぶつけようとして…死体の山を築いていった。

 ここで、『バイオハザード』についておさらいしていきたい。カプコンから発売されたサバイバルホラーゲームで、ゾンビが巣くう洋館から脱出することを目指す特殊部隊員が主人公。動きは愚鈍ながら数で攻めてくるゾンビ、その遅さを克服した俊敏なゾンビ犬、その他多種多様なグロテスク生物兵器が襲い掛かってくる。それに対しこちらはセーブの回数さえ有限という極限状況の中、限られた弾数と回復アイテムをやり繰りしながら生き延びなければならない。洋館には様々なトラップが仕掛けられ、ゾンビとの闘いだけでなく頭を使うパズル要素もあり、難しくやり応えのあるゲームの一本に数えられる、今も続く人気シリーズだ。

 その初期作に限るのだが、私がバイオハザードの何に苦手意識を抱いていたかと言えば、その独特な「ラジコン操作」についてである。ラジコン、一つも所持していないのでわからなかったが、どうやらこの操作方法が一般的らしい。おそらく私はラジコンを自由に操ることができない。触らずともわかる。それほどに苦手なのだ。

 実際に遊んだことのない方に説明するのは難しいのだが、ラジコン操作とはコントローラーの十字キーに基づく操作法。例えば、ゲームのキャラクターがこちらに背を向け前を向いている場合、十字キーの上を押せば前に進む。では、キャラクターがこちらの方を向いている場合、手前に移動させたい場合はどの方向を押せばいいか。ここで「下」を選んだ人は、おそらくバイオ4以降の世代。正解は「上」である。ラジコン操作の場合、キャラクターがどの方向を向いていようとも十字キー上が前進、左右で回転、下で後退を意味する。つまり、右に曲がりたいと思ったら十字キー右で90度旋回し、十字キー上で前進させ、右の道に入る、という操作を要求されるのだ。

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『鬼武者』公式WEBマニュアルより

 このややこしさが伝わっただろうか。今思えば、その不自由さがホラーゲームとしての恐怖を増幅させる工夫の一つだとわかるが、中学生男子にそんな忖度をする機能は備わっていない。キャラクターを自由に動かせないのは相当なストレスで、思い通りに動いてくれないキャラクターにフラストレーションが溜まり、コントローラーを(壊れたら嫌なので柔らかいクッションに)投げつける。複数のゾンビに囲まれ抜けださねば!となった時、「まず方向キー下で後退し距離を取りつつ背後の一体を排除、それから右に90度旋回して前進、脇道に入り窮地を脱する」という瞬時の判断に対し、実際に操作するのは至難の業だ。通常の歩行さえおぼつかないのに、パニックになった自分にそんな操作ができようか。複数のゾンビを前に、能天気にクルクル回り始めるジル・バレンタインは、クラスメートからは滑稽に見えただろう。あぁ、ゲームが上手くなりたい。

 そんなわけで、バイオハザードのクリアは早々に諦め、別のゲームを求めて手にしたのが『鬼武者』でした。バイオと同じくカプコン製で、PS2初期のヒットタイトル。あの金城武氏をグリグリ動かせる戦国時代アクションゲームで、まだクラスの誰もクリアしたというような話も聞いていない。一発逆転のチャンスだ。刀なら残弾数も気にしなくていいし、きっと俊敏に動かせるはず。誰よりも早く鬼武者をクリアして、クラスメートに自慢してやりたい。そう夢見て、レジへ向かう。

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 だが、中学生男子はいつだって愚かで、過ちを繰り返す生き物だ。説明書を読んだ瞬間、いやな汗が頬を伝う。無理もない。スマホでレビューを読んだり、実況動画を観て下調べできるような時代ではなかったのだから。鬼武者もラジコン操作だったなんて、当時のぼくには知る由もなかったのだから。

 私は鬼武者になれなかった。初手で躓いた。ゲームを起動しオープニングムービーに見入ったのも束の間、画面の中の金城武は敵の面前でぎこちない旋回と前進を繰り返し、黒ひげ危機一発よろしく四方八方から串刺しにされ、その美しいお顔を血で汚すことになった。鬼武者は硬派なゲームで、敵の攻撃が当たるギリギリで反撃に転じる「一閃」システムが有名だが、そのタイミングは非常にシビア。一閃を会得できなければジリ貧になり戦闘を避ける必要も出てくるが、私の腕前では後退すらままならず、棒立ちの金城武は虚空に向かって刀を振り、そして死んでいった。

 これまでのゲーム人生でも、ここまでの挫折は初めてだ。最初のボスすら超えられず鬼武者をギブアップし、決して潤沢ではなかったお小遣いをドブに捨てる羽目になった。この一件でラジコン操作がトラウマになり、冒険してゲームを買うことも控えるようになった。ヒエラルキーの最下層で甘んじ、下克上を狙うことを諦めたのだ。経済的にも、精神的にも大きな敗北を経験し、「スティックを倒した方向にキャラクターが動くゲーム」しか遊ばないと心に誓った、13歳の苦い思い出。

 それから15年経って、今は nintendo switch とブラウザゲー(アイドルマスター シャイニーカラーズ 全人類やって)の二刀流でゲームと向き合っている。アラサーになってもゲームは好きで、気が向いたら何かアクションゲームを買っては繁忙期に積む、自らの学習能力の無さを毎月悔いている。遊ぶ時間は減っていても、こればっかりは止められない。

 そんな折、このご時世週末に出かけることも難しく、ならば引きこもりのお供になんか買っちゃおうとダウンロードソフトのセール情報を見て、かつてのトラウマがHDリマスターされ半額で売っているのに気付いた。画質の良くなったトラウマ、字面として最悪ですよね。鬼武者、2018年にHDリマスターされ、任天堂のハードで遊べるようになっていた。持ち運びできるトラウマ、なんともおそろしい響きだ。switchなら出張先でも電車の車内でも遊べる。

 私も大人になって、テクノロジーは飛躍的に進歩した。ゲームを買う前に、そのゲームについて調べることができる。なんとそのHDリマスター版の鬼武者、スティック操作とラジコン操作の二つが選べるそうな。これは革命と言って差し支えないだろう。ついに金城武を自由自裁に操れる。もうあなたに無様な旋回などさせない。スティックを倒した方向に動く金城武、その光景が見たくて、即座にダウンロードしプレイした。15年越しのリベンジ、囚われの雪姫も待ちわびただろう。

 そして驚くことに、トラウマだったはずの『鬼武者』はスティック操作が追加されたことで、私の中で一躍「たのしいゲーム」に登り詰めた。移動のストレスが無くなったことで、後退して敵から距離を取る、あるいは敵の間を潜り抜けるといった芸当ができるようになり、戦闘の自由度が飛躍的に向上。囲まれても即座に抜け出したり、苦手な敵は避けて通ったり、選択肢が増えたことで『鬼武者』への苦手意識がスルスルと解けていくのを肌で感じる。かつては出来なかった一閃も、精神的余裕を持ち直した今なら成功率3割くらいではじき出し、群がる敵を一撃で叩き切る快感が脳内でリフレインする。鬼武者、おもしろいですよ。

 中学生時代ではお目にかかることもできなかったシチュエーションや敵、謎解きに挑戦するにつれ、鬼武者の楽しみ方がわかってきた。移動方法の追加によって緩和されたとはいえ基本の難易度は高く、数で襲ってくる敵やこちらのガードを崩す攻撃を繰り出す敵がいて、常に適切な防御の判断と位置取りを要求される戦闘のバランスと、そこを一撃必殺の一閃で切り抜ける爽快感が何といってもたまらない。ボス戦はさらに厳しい戦いを強いられるが、ゲージ消費の必殺技でゴリ押すこともできるし、回復アイテム(魂を吸収する形で取得)を落とすこともありギリギリの接戦が楽しめる。謎解きは、将棋の知識を必要とする局面があるが無理せず攻略サイトを頼ってもいい。まずは何より、見切りと反射神経でサバイブする戦国時代を楽しむに限る。

 もう一つ驚いたことに、このHDリマスター版はPS2の初版より色々と手が加えられていた。作中BGMは差し替えられたとのことで調べてみると、PS2初版の音楽を担当していたのはあの佐村河内守氏。まさかこんなところでゴーストライター事件の余波に出会うとは、当時のサントラは今やプレミア価格がついているに違いない。さらに、キャラクターボイスは全て新規アフレコだというではないか。PS2版を遊んだ全てのプレイヤーが驚愕するだろう。「う、上手くなってる…!!」と。

 これはもう鬼武者プレイヤーなら共通理解だと思っているのだが、金城武氏の声の演技はこう、なんというかその、独特で味のある感じだった。PS2版の発売は2001年、リマスター版は2018年。20年近くの時を経て再度命を吹き込まれた主人公・明智左馬之助は、かつてよりも流暢に喋れるようになっていた。これはもう、金城氏の演技力の向上が如実に現れた証拠だ。「ユキヒメー」⇒「雪姫っ…!」という切羽詰まったニュアンスが正しく読み取れるようになった。リマスターの恩恵が最も現れているのは画質よりもコレです。

 そしてついにこの度、『鬼武者』をクリアした。感動した。私の頭の中では紙吹雪が舞い、クラッカーが引っ切り無しに鳴らされている。Congratulations.このリマスター版を通して、中学時代に味わった苦い思い出を15年越しに払拭することができた。鬼武者は歯ごたえのあるゲームで、その分クリアしたときの達成感たるや、凄まじいものがあった。思わずガッツポーズした。

 いい歳こいて、ゲームのことでこれほど喜ぶことができるなんて。あの日の挫折も無駄じゃなかったのだと、今では素直に肯定できるようになった。あの頃の私よ、お前が散らした小遣いの仇は取ったぞ。お前は真の鬼武者で、金城武だ。

 と、ここまでかつての自分を鼓舞したところで、私はあることに気づいた。大人になった私には、『鬼武者』をクリアしたことを自慢するクラスメートなど、誰一人いないのだ…。同級生たちが役職に就いたり結婚し親になっていくのを尻目に、私は存在しない級友からの賞賛と畏敬を乞う、虚無の権化みたいになっていた。クリアの瞬間の達成感が嘘のように、残るのは虚しさだけ。どうして…おれはただゲームを遊んでいただけなのに、なんでこんな気持ちに…。

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