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💠恋の賞味期限

ゆるやかに秋が訪れたかと思えば、あっという間に冬に染まってしまった。

鼻をツンと突く洗練された冷たい空気に、自分の住む街が山にうつされたんじゃないかと錯覚する。

今日は高校から社会人6年目の今までずっと付き合いのある恵子とカフェで待ち合わせをしている。先に到着した私は冷えた身体を温めるためにホットコーヒーを頼んだ。

店内はジャズの落ち着いたBGMが流れ、大学生カップルから社会人までそれぞれが思い思いの時間を過ごしている。

◇◇◇

待ち合わせの時間に10分ほど遅れて恵子が店内に入ってきた。

艶があって長い黒髪と、雪のような白い肌。寒さに反応して鼻の先が少し赤くなっているのも、より一層恵子の美しさにアクセントを添えている。

「ごめんね〜バタバタしちゃって」

眉をハの字にさせながらもイタズラっぽく舌を出す恵子はなんだか楽しそうだ。

昔から恵子は竹を割ったような性格で、いつもしゃんと伸びた背筋が彼女の内面をそのまま表していた。


恵子も頼んだホットコーヒーを飲みはじめると、いつものように近況報告の時間がはじまった。

「私ねぇ、また彼氏と別れちゃった。」

恵子がぽそっと呟いて、照れ臭そうに困ったような顔で笑う。

「え〜!また〜!?」

周りに人がいることを忘れてつい声が大きくなってしまった。

そう。恵子はその性格と容姿から男性人気が高いため、これまでも何人もの男性と付き合っていたが、すぐに別れてしまうのだ。一番持った人で半年くらいだろうか。

「私たちもうすぐ30歳だよ。いい加減落ち着かなくちゃ」

声のトーンを抑えながらも呆れた声が自分からでてくる。


恵子は別に男運が悪いわけではない。むしろ世の女性が指をくわえてヨダレを垂らしそうなほど素敵な男性も、過去には沢山いた。

「うん。まぁそうなんだけどね〜。でもやっぱりダメなの。だってお互いの存在が世界の全てでいられるのってせいぜい最初の数ヶ月でしょう?」

本当に残念そうな顔をみると、恵子は心の底から落胆しているようだ。


「数ヶ月も経ったら『謎の多い魅力的な女性』が実はどこにでもいる普通の人でした〜ってバレちゃうの。勝手に期待してたのは向こうなのにね。

そんでだんだん慣れてくると余裕がでてきちゃう。過去の女とのセックスを思い出したりAV見たり他の女に目移りしたり、友人や会社の人との遊びが増えたりさぁ。

もう2人っきりの世界じゃない。そんなの、耐えられないわ。」

恵子の口から何度聞いたかわからない台詞だ。

恵子はさっぱりしているわりに、恋愛に関しては現実から離れた甘美を求めるロマンチストなのだ。何人もの男性が恵子の考えが理解できずに悔し涙を流してきた。

「別に男がどうって言いたいわけじゃないの。だって、私自身もあの人たちと同じだもん。この人と何十年も幸せでいられるかしら?他の男に目移りせずに?なんて疑問が沸々と湧いてくるの。最初はその男といるためなら全てを投げ出してもいいとさえ思えるのにね。

自分ができないことを人に求めちゃダメよね。

わかってるんだけど…。最初の狭くて美しい楽園にいるみたいな、アダムとイブにでもなったかのような甘い世界から、つまんない現実に戻ってくるのって苦しいわ。」

恵子は遠くをみながらでゆっくりと呟いた。

きっと彼女の心の中にある楽園を思い出しているのだろう。

◇◇◇

恵子の気持ちも実は少しわかる。

『恋人とは長く続く方が良い。結婚までしたらその恋は本物。何十年も寄り添う夫婦は素敵!』

これらは世の中的に当たり前って感じだけど、長い時間そばにいても幸せじゃないカップルだって多いんじゃないかと思う。

離れるのに手続きが面倒だったり、子供がいたり、親とか周りの目だったりを踏まえて、バランスの良い選択をしてるだけ。

ずっと恋に盲目でいたら、それはそれでアブナイもんね。


私みたいな女は新しい相手を探すのだってコストがかかるけど、恵子は違う。

恵子が別れるのを順番待ちで並ぶ男性が何人もいるのだ。

ならば、自分が幸せでいられる期間を存分に味わい続ける生き方を選びたいのも当然なのかもしれない。

そんな恵子の生き方を汚らわしいと一蹴する人もいるだろう。実際に彼女の周りの女性は嫉妬と蔑む気持ちから「本当の愛を知らないだけの可哀想な女」だと話しているのを聞いたことがある。

まぁ恵子はそんな言葉を気に留めてもいない様子で、知らんぷりをしている。


「相手が完全に自分だけを見てくれてたらいいのにね。過去に女がいたこととか、浮気されるかも、とか考えるとなんか冷めちゃうのよね。悲しくなっちゃうの。」

恵子は、本気で愛しているからこそ、どうやったって自分のものにはならない相手を仕方なく手放しているのかもしれない。

そもそも相手を自分のものにしたいという欲求自体が子供のわがままと同じなのだが、ドラマや絵本の中の『愛』とはそんなものじゃなかったか?

王子様はお姫様だけをみて、お姫様も王子様だけを愛する。

そこには人付き合いも飲み会も風俗も、仕事もゲームも存在しない。ただ、愛があるだけだ。

結局のところ、色んな選択肢を与えられずに覚悟を持ってお見合い結婚するほうがある意味では幸せだったりして。


年齢の数字だけが増えて、私たちの心はまだ子供のままだ。

それでもきっとまた恋をして涙して別れて、ジタバタと、必死に足掻いて生きていくのだ。

同じことを繰り返した先に何か答えがあるといいのだけれど。

空になったカップの底を見つめながらそんなことを思った。

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