見出し画像

【短編小説】金属光沢の虎縞迷彩柄

○ 開園五分前 客席

誰にでも「推し」はあると思う。
私の推しは「メタリックタイガーストライプ」という名前のバンドだ。
ジャンルとしてはロックになるのだろうか。
少し前までは、マイナーな存在だったのだけれど、話題のアニメの主題歌を担当してからは、かなり知名度が上がった。
そして、今日、初のアリーナライブが開催される。
私は、今、会場で、ワクワクしながら、始まるのを待っているのだ。

私の席は二階の最前列。位置はステージに対して真ん中寄りではあるものの、アリーナ席に比べれば、ハズレだろう。とはいえ、抽選で当たったのがこの場所なので、受け入れるしかない。
だけど場所なんか問題じゃない、同じ場所にいればエネルギーが感じられる。その方が重要だ。

○ 開演後、一時間二十三分経過 客席

初のアリーナとあって、ボーカルの「真咲藍まさきらん」をはじめとするメンバーも、客席も、異常なほどの盛り上がりだ。
非常にいい。いい条件が整いつつある。
そろそろ、バンドの代表曲ともいえる「私は異形」を演奏するはずだ。
では、こちらも準備に入ろう。


○ 開演五分前 控室


「あっ、来てるわ。二階席の最前列、ほぼ真ん中」
真咲藍の言葉にマネージャーの表情が凍りつく。
透視? また、あのファン?
「どうします」
マネージャーの声は震えていた。
「どうしますって、何? 何も変わらないよ」
真咲藍は通常営業だ。マネージャーは他のメンバーに視線を向けるが、全員無言でうなづくだけだった。
「初めてじゃないしね。安心してよ」
真咲藍は立ち上がると、マネージャーの肩を軽く叩く。
じゃあ、行ってくるね、と彼女は出ていき、メンバーも後を追って退室していった。
マネージャーは真咲のことは、アーティストとして尊敬しているのだが、これだけはどうしても慣れることができない。

○ 開演後、一時間二十四分経過 客席

予想通り。このイントロは「私は異形」だ。
目を閉じる。観客たちの熱狂が真っ白な流れとなって、会場に充満しているのが感じられる。
私はこの、エネルギーを自由に操れる。このエネルギーを真咲蘭にぶつける。それが私の「メタリックタイガーストライプ」に対するレスポンスなのだ。


初めて、「メタリック〜」の演奏を見たとき、感動して立っていられなくなった。そのときの曲が「私は異形」だった。
♪ 自分の中の異形を解き放て
繰り返されるメッセージに、私は自分の居場所を見つけた。

子供の頃から霊感が強く、自分の殻に閉じこもっていた。どこにも居場所なんかなかった。絶望の毎日。

ある日、ネットで真咲藍のインタビュー動画を見た。
彼女も幼い頃から霊感が強く、見えてはいけないものがみえ、聞こえてはいけないものが聞こえると言っていた。でも、それが自分の長所なのだからと受け入れて、音楽の道を進んでいると語っていた。
それが始まりだった。
「ライブって、観客のみんなも参加して初めて完成するものなんだよ」
真咲蘭の口癖。
だから、私も参加させてもらう、全力で。
「私は異形」なのだから。

○ 開演後、一時間二十七分経過 ステージ上

(来たね)
真咲藍は感じた。
左右から、大きなエネルギーが押し寄せてくる、いい感じのスピードで。
いつもの、あの娘の、ちょっと無茶なレスポンス。
(全力で応えるのが、アタシの使命)
真咲蘭のテンションが爆上がりする。
彼女は演奏を通じて、波を起こし、操ることができるのだ。
力を意識し、溜める。真咲蘭の担当はベースだ。彼女の奏でる低音が波を作り出したことが視覚できた。
声にも力を込める。
異形であるもの全てを心から肯定し、自分も肯定し、それを歌詞にのせて放出するのだ。
真咲蘭は吠えた。ベースからの波が、彼女の咆哮をブーストさせる。
咆哮が押し寄せてくるエネルギーとぶつかり、四散した。
凄まじいインパクトが会場を圧する。
真咲藍はウインクした。
(ライヴ最高)

○ 開演後、一時間二十九分経過 客席

私が放った、エネルギーが真咲蘭に覆い被さろうとしていた。
そそりたつ壁が急に液体と化して、降りかかっていく、そんなイメージで知覚できる。
曲はサビを迎えていた。
「自分の中の異形を・・・」
真咲藍を中心に、光と、波とが広がっていくのが、はっきりと見える。
「解き放てーーーーーー!」
真咲蘭の咆哮。声と音の爆発。
私は、圧倒され、立っていられなくなり、座席に倒れ込んだ。
これだ、これなんだ。
私は自分が泣いているのに気がついたが、別に気にしない。他にも泣いている人はいっぱいいたから。

そうだ、お礼をしないと。
私はピンク色のエネルギー波を発生させると、真咲蘭に届けた。彼女は嫌な顔せずに受け止めてくれた。
私と彼女の間にピンク色の緩いアーチがかかる。
彼女と目が合った気がする。
すると、
ピンク色だったアーチが別の色に変わった。
アーチは「金属光沢の虎縞迷彩柄」に染まった。

(終)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?