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ひとりの時間【音声と文章】

山田ゆり
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私は愛されています
大きな愛で包まれています

失敗しても
ご迷惑をおかけしても
どんな時でも

愛されています

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のり子が帰宅したら家中が真っ暗だった。
いつもなら居間か二階の三女の部屋に電気がついているはずなのに。

寝ているのかな?

のり子は玄関のドアを閉め、重いバッグを床に置き階段を上って三女の部屋に近づいた。

あと3段というところで三女の部屋のドアの隙間からもれる暗闇で思い出した。

そうか、今夜は長女の運転で二人はお出かけしてくると言っていたんだった。だから玄関の鍵は、いつもなら一つだけなのに今日は2か所に鍵がかかっていたのだと、やっと気が付いた。
誰かが在宅中は一つしかカギはかけないのだ。


のり子は階段を上り切ってから再び階段を下り、キッチンに入った。
野菜スープがお鍋に入っていた。長女が作ってくれたらしい。そういうところが長女らしい。

ありがとう。


そうだった。
今日二人は高速道路で片道2時間の映画館に行っているのだった。しかもその上映時間は夕方からだから当分帰ってこない。




ひとりで夕食をいただきながら気づいた。
それだったらまっすぐ帰宅しないで文房具の専門店に寄ってくれば良かったと思った。以前から指サックの消耗が激しくて買い替えたいと思っていた。

でもその専門店は帰り道と逆方向で少しでも早く帰宅したいと思っているのり子だから、その内、と思っていたのだ。




お風呂から上がり髪を乾かしながらのり子は思った。

久しぶりの一人の時間だ。今日はいつもと違う時間の使い方をしよう。やりたいことをしようと思った。

のり子は爪を切り、好きな人の動画を観ながら薄付きのピンクのネイルを塗ることにした。

それは次の指サックをどうしようかと迷っていたからだった。

指先にハートがついていてラメがキラキラしている指サックを買おうか、はたまた使いやすいいつもの指サックにしようか迷っていた。

使いやすい実用的な指サックが一番仕事が捗るのは知っている。
あのハートがついているのを以前使ってみたがのり子の指には華奢すぎて、実用的ではなかったのだ。
それでもそれにまだ未練があるのは、指先を動かすたびに指先がきらきら動き、心が躍るのである。

この年になっても、綺麗な指先に心がときめくのである。
そして、ふと思った。
そうか、マニキュアを塗って普段使っている指サックを使えば綺麗でそれでいて仕事が捗るんだ。
そうだ、マニキュアを塗ろうとのり子は思った。


普段、真っ暗な時間に会社から帰宅するのり子は、マニキュアを塗る心のゆとりが無かった。自宅と会社の往復の毎日でいかに自分は自分を満たしていないか分かる。


動画を流しながらマニキュアを塗っていった。動画の音はするがのり子の心の中は静かに過ぎていった。

がやがやと周りはうるさいのに自分のまわりには結界のようなものが張られていて誰にも触られない世界にいるような感覚だった。


のり子は薄いピンク色に染まった指を眺め悦に入った。
久しぶりに一人の時間を堪能し、たまにはこんな時間も良いものだと感じた。



21:20頃
カチャリ。
玄関が開くと同時に話し声が聞こえた。
長女と三女が帰宅したのだ。


「ただいま~。お母さん、これ、食べる~?」「おかえり~。うん!食べる!」

大きなポップコーンを長女が差し出す。
のり子はその中に手を突っ込み一握りのコーンを口に頬張る。

「ありがとう!美味しいね!」
「でしょ!」


三女が着替えのために二階へ向かった。
そのうしろ姿にのり子はハッとした。


普段は長髪を後ろで束ねているだけの三女が、久しぶりのお出かけということで、ロングヘアを下ろして、上の一部だけ三つ編みにしていた。
女性ののり子が見てもドキッとする美しさを感じた。


普段もいいけれど、たまにおしゃれも楽しもう。
のり子はそう感じた。


娘たちとの会話が始まりいつもどおりの賑やかな我が家に戻った。
さっきまでの静寂はもうない。



のり子はその日、久しぶりに一人の時間を堪能した。










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ひとりの時間

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