画像1

さぁ、起きよう!【音声と文章】

山田ゆり
00:00 | 00:00
目覚ましが鳴る。

「起きなきゃ」


朝は今までいた真っ白な世界からふわっと現生に戻ってくる感覚がある。

窓の外からあたたかなオレンジ色の光が窓から差し込んでいる。
シジミ貝売りの軽トラックから聞こえてくるお馴染みの掛け声が段々近づいてくる。



舌で口の中を撫でまわす。
今朝は口の中のナイトガードの右側が少しきつく感じられる。

昨日と同じ、変わらない身体のようでいて実は自分の身体は毎日変化しているのがナイトガードをしていて分かる。

なぜナイトガードをしているかって?


どうやら自分は寝ている時に歯をぎゅっと食いしばっているらしい。
そして寝ている時に歯ぎしりをし、結果、歯が削られて行っていると歯科医から指摘を受けた。


「それを放置していたら歯がすり減りうまく噛めなくなり病気になるかもしれない。
だから自分専用のナイトガードを作ってもらい、毎晩、お口にセットしているの。」

という理由ではない。


その思考は「問題回避」であり、ナイトガードをして寝ることが義務でしかないことになる。


「私は105歳まで自分で歩いて自分の歯で食事をしたい。
人間の身体は数日前に食べたもので生きていると自分は思っている。

身体に良いものを毎日いただくには歯が丈夫でありたい。

定年後も人生まるごと抱えたビジネスを続けていきたい。
ニコッと笑った時に綺麗な歯でいたい。
だから私はナイトガードをしたくてしている。」




起きること、歯を磨く事、靴下を履く事、一日に人は何千という行動をしている。


その行動を「~しなければいけない」と思いながら「義務」で生きるか。
それは自分の意思ではなく、他人からの押し付けで生きているということ。

どうせ同じことをするのなら、義務ではなく「~したい」と自発的な思いでやった方が絶対にいい。



自分がその行動を「義務」から「欲求」に変えてそれを実行する。

それだけで自分の決めた通りに生きていると自分を認めることができるのだ。




夜、ベッドに入る時に「今日も虚しい一日だった」と思うのは、自分の行動を「義務感」で行っているからである。



ゴミが落ちていたら
「ゴミを見てみぬふりをしているのを見られるのが嫌だからゴミを拾う」のではなく、


「私がそのゴミを拾ったら、綺麗になるし自分も周りの人も嬉しくなるからゴミを拾う」
そう思ってゴミを拾ったら、同じ「ゴミを拾った」ことが、後者は自分が決めた通りに生きていると自分を認めることができる。



人生は瞬間のかたまり。
瞬間を「義務」で行うか「~したい」という「欲求」でするのかで人生は変わってくる。



それは目覚めた時から始まっている。


「起きなきゃ」
そう言いそうになったら、今日する事を思い出してみよう。

そして「あれをしたいから起きよう!」と言ってみよう。


それって、自分の人生を自分で動かしている感じがするでしょ?


さぁ、起きよう!




※note毎日連続投稿1900日をコミット中! 
1838日目。
※聴くだけ・読むだけ・聴きながら読む。
どちらでも数分で楽しめます。#ad


さぁ、起きよう!

この記事が参加している募集

#とは

57,759件

サポートありがとうございます💖サポートされたお金はプリンターのインク購入に使わせていただきます🤣60代ですが毎日noteを執筆中です😄素敵なnoterさんへ恩送りさせていただきます🎁kindle書籍も出版しています📚