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【小説】私の明日はどっちだ?4-①

おばさん世代の転職活動はいばらの道。手持ちの駒もスカスカで、さあどうする!

これまでのお話はこちらからどうぞ。

普通って何?

昨日の夜から降っていた雨はやんで、道路わきの木の葉に水のしずくが残っている。タクシーの中からぼうっとしたまま外を眺めていると、急に植木さんが言った。

「運転手さん、この辺で停めてください」

はっとして周りを見渡すと、どうやら公園の前のようだった。スマホを見ると、車に乗ってから15分ほど経っている。ここは住宅地、それとも団地だろうか。

初めて来る場所だ。颯爽と降りた植木さんの後から、モタモタしながら外へ出た。周囲にオフィスらしき建物はない。

「あのう、新しい部署って、こぢんまりしたところなんですか?」

すぐにマズい、と気づいたが、思ったことがそのまま口に出てしまった。失礼なこと言って…。

「ここ、全部が職場」

植木さんはあっさりそう言いながら、右側の小さな建物に向かって歩いて行った。公園の管理事務所?見かけは一軒家のようでもある。

「あれは、シニアの方のお住まい、兼、地域の誰でもが来られる共同スペース。もちろん地域限定じゃないんだけど、まあ大っぴらには広報してないから、今のところこの辺の人たちが多いかな。まずはあなたの顔見せね」

顔見せ?断る気はなかったけど、これは職場見学を超えて勤務初日、になるのか?

「別にかしこまらなくてもいいわよ。いつもいろんな人が来るから、みんな慣れてる」

公園の中にしては明らかに浮いた雰囲気のその建物は、目の前で見るとますます誰かの家のようだった。

「おはようございまーす!今日はひとり仲間を連れてきました!」
植木さんは、まるで友達の家へでも来たみたいに玄関?のドアを開けた。

「ほら、薮田さんも入って」
戸惑っている私の手をひっぱると、背中をドンと押して私を前に出した。

顔を上げると、みんなの視線が一斉にこちらに集まっていた。緊張度MAX。こんな展開は予想すらしていなかった…。そこはすぐ広い居間のようになっていて、奥にはキッチンスペースがある。中央にあるテーブルにはおばあちゃんたち、壁側にはぽつん、ぽつんとおじいちゃんがいた。…が、じーっと私の方を見ると、すぐにそれぞれの世界に戻っていった。

奥から一人の女性がバタバタ出てきた。

「初めまして、私、俄景子です。ここの責任者やってます。薮田さんね。植木から聞いて、楽しみにしてたんですよ」

ニワカケイコ、責任者…。このひとが上司か。

「きっと来てくれると思ってました」

植木さんがいったいどんな風に伝えていたのか知らないが、何だか私の知らないところで話が進んでいる。期待しすぎじゃないだろうか。勝手にがっかりされても困るというものだ。

「初めまして。薮田信子です。あの、大変失礼なんですが、植木さんにここへ連れてこられて、今ちょっと状況が飲み込めていません。私はここで何をするんでしょうか」

「ああ、私、突っ走っちゃうとこあるからね。ごめんごめん。ニワちゃん、いろいろ説明してあげてよ」
突然口調がフランクになって、植木さんはキッチンの方へ行ってしまった。

「ちょっと座りましょうか。ヨシコさーん、横、いいかな。」
ニワカさんが、テーブル端のヨシコさんの隣に席を用意してくれた。お茶を淹れてきた植木さんとの間に挟まれるような形で、私は椅子に座った。

「ウエキー、ありがと」ニワカさんは、にこっとしながらお茶をすすった。

「まず。ここで何をやっているか。ひとことで言うと…うーん、難しいな。新しい形の町をつくる実験所、てところかな」

「実験所、ですか?」

「そう。でも、ここにいる人たちは別に仕事で来てるわけじゃないし、ほんとの住人なんだけどね。お年寄りも子どもも、立場とかどんな人だとか関係なく、ゆるーいコミュニティが作れないか、できるとすればどんな形がいいのか、いろいろ試してみてるのよ」

「じゃあ、私の仕事って…」

「うん。ここをもっと良くするために、私を助けてほしいの。やること多くて、気持ちも手も回らなくて」

「私が、ですか?なんで私が。そんな経験ないですよ」

「いやだ、誰もそんな経験したことないわよ。薮田さんはね、普通の感覚を持ってる人だってにらんだわけ。このプロジェクトにはさんざんプロフェッショナルたちが関わってきたけど、結局最後は普通の人たちがどう思うかってことが大事で…」

植木さんが横から口を出した。さっきから普通普通って、何なのこの人。だいたい普通、なんて簡単に言わないでよ。

「確かに私は特別な能力とか全然ないですけど、それで良いなんておかしいでしょう。なんかバカにしてませんか」

「ちがうちがう、そうじゃなくて、大切なことを見落としてる気がするから、それを教えてほしいと思ってるの。面接のとき、あなたならそれができるんじゃないかってピンと来たのよ」

「私、そんな大した人間じゃないです」

「だからそれが良いんだってば」

「じゃあ誰でもいいってことですか」

「薮田さん落ち着いてよ。…私が言いたいのはね、誰にでもできそうだけど誰にでもできるわけじゃない、ってことよ。表面的に、わかったようなことを言える人はたくさんいる。でも本当に自分が思っていて、それを表現できる人って、たくさんはいないと思う。あなたにはその可能性が見えたのよ」

それこそわかったような、わからないようなことを植木さんは言い切った。

「あなたにはこういう力があるんですよって言われたとき、そうなんだって受け入れるか、それは間違ってるって聞かなかったことにするかはその人の自由だよね。でも自分のことなんて、実は自分が一番わかっていないものなんじゃない?」




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