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【小説】私の明日はどっちだ?3-③

おばさん世代の転職活動はいばらの道。手持ちの駒もスカスカで、さあどうする!

これまでのお話はこちらからどうぞ。

どう転んでも迷うなら…

いろんなことがナゾ過ぎて、面接が終わった後も、しばらく次の行動に移せなかった。受かったという手ごたえはなかったが、何となく面白そうなところだな、という気もしていた。

のんびりしていられる身分じゃないのに、ぼーっとしたまま数日が過ぎた。
いつまでもこうしているわけにはいかない。仕方なく、いつものようにダラダラ手にしていたスマホで、求人を探す。もはやこの作業が日常の一部になっている。ここがゴールじゃないのに。

(ええと、交通費がかからなくて、そんなに頭使わない仕事…)
だめだ。全然やる気が出てこない。やる気も何も、働かなくて生きていけないのだから贅沢を言っている場合ではない。それはよくわかっているのだけれど、どうにもダルい。
つらつらと画面をスクロールしては次へ、またスクロールしては次へ。
…どうにも実感がわかず、私は思わず「あーあ」とスマホを投げ出した。

と、そこへ、あまり聞くことのない電話の着信音が鳴った。

♪ぴろぴろぴろぴろ~ん♪

床に放り投げたスマホをあわてて拾うと、画面に『有限会社 ウエルカム』の文字が光っていた。どうせお祈りメールが来るだろうと思っていたので、ますますあわてた。

「も、もしもし、薮田でござります」
しまった!間違えた!

「あー、薮田さんですか?私、有限会社ウーエルカムのタカケンと申します。いま、お電話よろしいでしょうか」

え?わざわざ直接残念ですが…っていうわけ?丁寧なのか失礼なのかよくわからない。

「えー、先日は面接にお越しいただきー、ありがとうございましたー。厳正なる選考の結果、残念ながら今回は採用を見送らせていただくことになりまして…」やっぱり!だったらメールでいいじゃない…。

「わ、わざわざわざご連絡ありがとうござい…」最悪!一回多いわ。

「で、ですねー、今回お電話させていただいたのはー、ちょっとご相談がーありましてー」ああイライラする。え?ご相談?何?

「実は弊社で開発中の施設がありましてですね、そちらの方で勤務していただけないかと。待遇などについてはまた改めてご説明します。まあ、基本的に先日の業務より好条件で、とは言えますね。運営サポートなんですが、いかがでしょう?」

は?それに普通にしゃべってる。

「面接の際おりました植木がですね、ぜひとも薮田さんにお願いしたい、と申しておりまして」

植木さん…。植木さんは、あの時、いったい私の何を見たというのか。

「もしご興味があるようでしたら、近々弊社にいらっしゃいませんか?ご都合のいいときで構いませんので」

これって、それがまた面接ということなんだろうか。
採用、とは言ってないよね。

「あのう…申し上げにくいのですが、それは再度面接、ということなのでしょうか」
そうだ。確約でもないのに、時間は無駄にできないもの。

「説明をお聞きになった上で、薮田さんがご検討いただければ、ということです」
??私がやるかやらないか決めていいってこと?はっきり言ってくれえばいいのに。でも、チャンスはあるってことだよね。

「今はまだ何とも申し上げられませんが、機会を頂けるのであれば、ぜひ。明日でも大丈夫です」
相変わらずわからないことの多い会社だが、何となくこれで終わりにしたくないような気がして私は答えた。

「明日…10時ではどうです?」

「はい、承知いたしました。明日の10時にお伺いいたします。あ、何かお持ちするものはありますでしょうか」

「書類は先日いただいてますので、何も持って来なくていいですよ。それと…できれば動きやすい服装がいいですね。スーツとかじゃなくて。お昼までには終わると思います」
運営サポートって、事務じゃないの?オフィスワークじゃないの?ああ、わからない。でも、何だかイヤでもない、この感じ。なんだろう。

「じゃあ明日よろしくお願いしますね。気をつけてお越しください」

「は、はい、お電話ありがとうございました。また機会をくださって、本当にありがとうございます。よろしくお願いいたします」

「はいはい、では明日ということで」

「失礼いたします」

これって。よっぽどイヤなことじゃなければ、決まった、ということなんだろうか。喜んでいいのどうか。でも私がやりたいって言ったら、決まりってことだよね?全然まともに準備してなかったのに、何がウケたんだろう。

翌日会社を訪れると、ビルの入口で植木さんが待っていてくれた。
「こんにちは。薮田さん、来てくれて嬉しいです」
あんまり感情が見えない人だけど、その言葉に嘘はないように思えた。

「タカケンからはどこまで聞いてます?今からさっそく行ってみようと思ってるんだけど」ほとんど何も聞いてませんが。

周りを見渡し、植木さんは一台のタクシーを止めた。
「じゃあ、行きましょうか」

いったいどこへ?そして植木さんは私に何をさせようとしている?
採用って決定?一応聞いておかなければ。
「あのう、私、こちらに採用、と受け取ってよろしいんでしょうか」

「話を聞いてみようって思ったんでしょう?これだけの情報でそんなこと思える時点で、もう決まり。もちろん、これから現場に行ってみて違うな、と思ったら、遠慮なく断ってくれて大丈夫よ」

そうなんだ。
決まるときって、急に、あっさり決まるものなんだ。
猛烈に頑張らなくても、決まるんだ。
すごい感動もなくて、静かな感じ。

こうすればこうなるだろう、という予想によってのみ、世界が作られているわけではなかったらしい。こういうのを『縁』と言うのだろうか。

タクシーの窓から見える景色はきっと、私が採用されようが落ちようが、同じようにそこにある。私がどんな状態かによって見え方が変わるだけだ。

今、少なくともここはマズいな、という感覚が見当たらない。

しばらくこのわからない感じに乗ってみようか…。

この時、直感というものを信じられなくなっていた自分に、初めて気がついたのだった。







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