![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/145252168/rectangle_large_type_2_10a2a69b5e6687992714b4d775ab54c1.png?width=1200)
選択:一枚のメモ
ひかりの手に、一枚のメモ切れがとられていた。
日記帳か何かを破いた破片だろうか。
本当に一握りに見える、その紙切れに、一体娘の気を引く何が書かれているというのか。
わたしは茫然とする彼女に近寄った。
そしてそのメモに目を移し、唖然とした。
『望月健太。千葉県〇〇市』
ボールペンで走り書きされた丸い文字。
そこに書かれていたのは、ひかりの父、つまりはわたしのパートナーの名前だった。
健太との関係は結婚することなく終わった。
ひかりの妊娠がわかり、婚約していたのだが、結婚間近になって、突然自殺をしたのである。
とある地方銀行で銀行員の課長職をしていた彼。
その銀行で、13年前、銀行強盗事件が起きた。
銀行強盗の事件では珍しく、犯人逮捕に至らぬままもう時効を迎えているわけであるが、当時の彼はその責任を取って自殺をした、と、そういうことになっていた。
なぜ、彼の名がここにあるのか。
わたしは当時フリーでライターの仕事をしていた。
結婚前の彼が自殺などするわけがないと、やっきになってその銀行強盗事件を追っていたことがあった。
その時の被害金額は、忘れもしない。
そう、4億円だ。
銀行強盗の被害額としては過去最高額として、当時かなりメディアでも取り上げられていた。
大型の融資の予定が重なった日を、計画的に狙った犯行。
かつ、内部の手引きがあったのではと言われていた事件。
わがパートナーは、その死をもって、その事件への関与がささやかれることになる。
ひかりが学校でいじめを受けることになったのも、そこが原因だった。
『お前の父ちゃん犯罪者!』
そんな落書きをされた教科書を持って帰ったこともあった。
でも、ということはなに。
ここにあるこのスーツケースは、その時奪われたお金だということか。
その想像が、さっきまでの浮かれモードに完全に水を差した。
でも、もし本当にそうだとしたなら。
この家の故人が、銀行強盗の犯人だったということか。
いや、さすがにそれは早計か。
第一もし仮にそうだったとして、なぜ今になってわたしにこの家を相続したりしたというのか。
わたしがこの家を贈られたのは、ただの酔狂ではなく、故人のなにか意図があったということなのか。
「この家とお父さん、何か関係があるってこと?」
ひとりで暴走気味だった思考に、ひかりの言葉が現実に戻してくれた。
そうだ。
まだ、このメモが見つかっただけ。
さすがにたまたま連絡先が落ちていた、という線はないだろう。
何かしら彼らに関係があったことは確か。
まずはそこから、調べていく必要がある。
ひかりは他にも何か資料がないかと、机を中心に探して回っている。
「カギでもでてくればなあ」
机のほうはひかりに任せるとして、わたしは本棚に視線を移した。
ミステリー好きだったのだろうか。
並べてある小説は、作者に偏りはないものの、ジャンルは明らかにミステリーに偏っていた。
わたしも小説を読むのは好きだが、ハードカバーでここまで収集できるのは、ある意味尊敬に値する。
「とりあえず探偵ごっこはそれくらいにして、明日の準備するわよ」
名残惜しそうなひかりと、いまだ押入れをカリカリしているずんだを部屋から引きずり出して、一階へと移動した。
明日はいよいよひかりの入学式だ。
わたしたちは夕飯とシャワーを終え、いそいそと布団にはいった。
![](https://assets.st-note.com/img/1719455875484-vcgyKMkkHv.png?width=1200)
翌朝。
我が家のアラームは、ずんだの「飯よこせ」コールが代わりになっている。
正確なずんだの腹時計には、もはやあきれを超えて尊敬すら芽生えてくる。
今日はひかりの入学式。
特別な日だから、ずんだにも少し朝食をリッチにしてあげようか。
わたしは普段のドライフードから手を放し、滅多に使わないウェットフードのパウチを開ける。
「にゃあ」
早速ごちそうに反応したのか、ずんだはキラキラしたまなざしでわたしを(正確にはわたしの手元を)見ている。
「ほら、どうぞ」
キッチンの足元にエサを置き、朝食の準備にかかる。
トーストと目玉焼きが焼けるころ、見計らったようにひかりが起きてきた。
「おはよー。いい天気だねー」
まだ開いていない目をこすりながら、ひかりはダイニングのテーブルに着く。
このテーブルは、故人から譲り受けたものだ。
本当は自分で揃えたいところだったが、時間的にも間に合わず、とりあえず使ってもいいといわれたので残しておいていただいた。
「食べたら、すぐ準備して出るわよ」
はーい、と、トーストを口に運びながらひかり。
移転して初めての学校。しかも久しぶりの学校なのに、まるで緊張感がない。
あまり心配しても、損なだけかしら。
我が子ののほほんとした姿に安堵しながら、わたしもトーストにかじりついた。
食べ終えて、すぐに支度に入る。
ひかりの学校はセーラー服だ。
公立にしては珍しく、非常にデザインがいい。
わたしは中高ともにブレザーだったため、ちょっとうらやましくもあった。
わたしが必死にメイクをしている間、ひかりはセーラー服がお気に召したのか、くるくるまわっては裾が翻るのを楽しんでいた。
簡単にメイクを済ませ、グレーのスーツに身を包む。
みんな、両親と出席だろうか。
ひかりだけ母親だけなんて、また肩身の狭い思いをさせてしまうだろうか。
そんなことがふと脳裏をよぎるが、わたしは左右に顔をふった。
学校までの道中、町中のいたるところが桜に彩られていた。
桜が有名な街として知られているだけある。
古びた校舎も、桜の色どりでなんだか神聖なものに見えた。
車を止めて、ひかりは早速クラス分けの表を確認しにいった。
「Bクラスだったよ」
クラスは全部で3クラス。
良い担任と、良い友達に恵まれることを、願うばかりだ。
「じゃあ、わたしは先に体育館に行くね」
「場所はわかるの?」
「さっきあそこで先生があっちだって案内してくれたよ」
ひかりの指さす方向を見ると、体育教師らしい体格の良い男性教師が、クラス分け表の隣にたって大きな声で移動を促しているのがみえた。
「お母さんも遅れないでよね」
言って、ひかりは体育館に移動する。
わたしは腕時計をみた。
入学式の開始まではまだ時間がある。
親であるわたしが学校に来ることはなかなかない。
であれば、この時間はチャンスだ。
少し、調べてみたいことがある。
さて、あなたならどう行動する?
<次話以降のリンク>
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?