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散骨

母は言います。

私が死んだら、散骨してほしい、と。

母は海のある街で生まれました。
海から一番近いところで、海と一緒に育ちました。

でも母は目が見えません。
だから、母は死んだ後は海に行きたいと言います。

お父さんと一緒のお墓に入らなくていいの
と聞くと、お父さんは最愛の人だから、遠くから愛していたいの。一緒にいすぎると嫌なところが見えるからね。だから、私は遠くの海からそっと、お父さんを想い続けたい。お父さんとは生まれ変わったら会えるから。
と言います。

お母さん。お母さん。
小さな体で大きな声で笑うお母さん。
目は見えないけど、悪さをするとどうしてか分かってしまうお母さん。
お母さん。私、お母さんが私を産んだ時と同じ歳になってしまったよ。

撒いた骨は、どこに消えていくんだろう。
白い百合の咲く海。
百年越しの出合いの約束ですか?
叶えたのですか?

お母さん、私、私ね。

麦わら帽子が飛ばされて、
白いワンピースは海の砂で汚れていく。
言いかけた言葉は波の音でかき消されていく。

私は、絶対散骨なんてしてほしくないって思ってたのに、
どうしてこんなにも海が恋しいんだろう。

海に向かって歩くと、砂が逝くな逝くなと邪魔をする
風で凪いだ海に、誄歌に似た鳥の声

月が見えるまでここにいたい。
私は水平線をそっとなぞる
星がたくさんの空も、朝になったら忘れてしまうよ。
星はいつでもそこにあるのに。

ここにあった幸せに気づかないように、
消えてしまうんだよ。

お母さん、お母さんはね、一つだけ間違っていたよ。
最愛なのはお父さんより、私より、海の方だったのでしょう。海に取り憑かれていたんでしょう。
私も同じです。
海は心を濁らせていく。渦を巻きながら、月の夜に私を惑わせる。

お母さんは海に逝きます。
私も海へ逝きます。

お母さん、私ね。
私ね、お母さんがしたように、
私は私の骨を海に撒きます。



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