徘徊

主役に憧れる時点で、多分脇役なんだろう。
そんな事実に気付いてしまった瞬間から
僕の脇役人生は、より現実味を帯び始めた。
でも情けないことに、未だに主役を目指している
自分自身でも気付かない無意識が訴えかけて
僅かな、そうだな、松井秀喜が現役復帰するくらいの
可能性を信じている愚かさと純粋さは残っていた。
歌舞伎町のネオンが、夜の暗さを人工的に照らす頃
僕はその中心をぼんやりと歩いていた。
きらびやかさと薄汚さが共存する空間に酔いたかった。
もう十分アルコールに毒されているのにも関わらず。
そんなだから、必要以上に気が立っていたし
自分でも驚いてしまうくらい落ち込んでいた。
別に何か人生を変えてしまうような転機と呼べる
出来事があったわけではなかった。
日々の小さなストレスが積み重なって
不意な出来事で爆発してしまったといったところだ。
「兄ちゃん、おっぱいどうよ? 良い子いるよ」
胸のあたりで両手で閉じたり開いたりしている
笑顔が憎たらしいおっさんに声を掛けられた。
今の歌舞伎町は、キャッチが禁止のはずだった。
でもこうしてグレーな声掛けをする輩は
一定数存在しており、昔の無法地帯を表現するように
まるで以前の姿を取り戻そうと躍起になって
誰それ構わず、話しかけているようだった。
その姿はどこか懐かしく見えたのは
学生時代、この場所がある意味本拠地だったと
訴えかけるように思えた。もう十年も前の話だ。
おっさんを無視して、歩みを続ける。
中日の井端や日ハムの中島レベルで粘る姿勢には
素直に称賛の言葉を送ってやりたい気持ちはあったが
その前に警察にでも捕まってしまえと思っていた。
案の定、脈がないと判断したのかすぐにおっさんは
違う通行人へと声をかけ始めていた。
フットワークの軽さを羨ましく見えたのは
三十歳を超えて、足取りが重たくなってしまった
情けない結果を素直に飲み込めなかった。
【歌舞伎町一番街】と綴られたアーチを越えて
目の前の横断歩道を進んだ。
対岸に着いてからおもむろに振り返った。
赤く煌めく光が、この日は、やけに僕をイラつかせた。
この街では勿論だけど、どの場所に行っても
僕は脇役だった。どんなに甘い見積もりをしても
せいぜい三番手がいいところの居場所が住処だった。
誰かの声を聞いて、鬱屈とした感情を吐き出したいと
思い立って、スマホを手にした。
見事なまでに鳴らない僕の相棒は相変わらずで
戦時中に竹やりで訓練をしていた一般人みたいに
戦力にならない、頼りない相棒だったけど
持ち主の性格よりも明るさで僕を照らした。
TwitterもFacebookもInstagramも
まるで自分が世界の中心、主役だと言わんばかりの
体育会系の教師みたいな主張ばかりが並んでいて
自然とため息がこぼれた。
ここのところLINEもメールも着信もない相棒を片手に
あてのない徘徊を繰り返す姿はもはや認知症を患った
後期高齢者と遜色ない気がした。
キャバクラや風俗にでも行けば金づるとして
チヤホヤされるのだろうけれども
そんな度胸すら持ち合わせておらず
僕は歓楽街を背に、歩みを進めた。
どれくらい歩いたのだろうか。
すっかり酔いも醒めてしまった。
気付けば、神宮球場辺りにいた。
今日はヤクルトのホームゲームもなかったし
女子大の講義も遠の昔に終わっていることも相まって
やけに静かだった。新宿区だと忘れるほどに。
人気がまばらな道のり、まるで世界に取り残されて
誰かを探す迷子のように、何かを探した。
その何かすら分かっていないから救いようがない。
一見、ドラマの主人公のワンシーンみたな映像に
昇華できる現状にはヒロインも仲間もいない。
語られない脇役の日常は、物語に不必要であり
容赦なくカットされる無駄な演出、拙い脚本。
いや、脚本にもそんな無意味な描写は書かないか。
誰もが自分の人生の主人公なんて
安っぽい文章を見たことがあったけど
あの時に感じたのは救いではなく絶望だった。
自分の人生すら主役を演じられない奴は
永遠に救われないと察してしまったんだよな、確か。
再び、スマホを確認した。
ここに来るまでの間、顔見知りの何人かに
LINEを送っていたけれども無反応だった。
まるで僕のメッセージが存在しなかったかのように
自分がこの場所に存在していなかったように。
仮に知り合いの誰かを主題にしたドラマや小説が
世の中に出回ったとして、僕は名前のない同僚Dくらいの
その他大勢に分類されることを改めて自覚した。
叫びたい衝動が頭を巡ったが、すぐに理性が制御する。
情動ではなく衝動なのが、いかにも空気を読んだ
実によくできた脇役の姿そのものだった。
いつから主観ではなく、客観で生きるように
なってしまったのだろうか。
運動も勉強も音楽といった芸術系にも
下層の上位だったからこそ光らなかった。
でも劣悪な場所でも上位だった事実は
張りぼての自信、いや厄介なプライドとして
胸の奥深くに根深く残っていた。
スキルも乏しいのにプライドが高い劣等生に
寄り添ってくれる心優しきボランティア精神が
旺盛な人間になど会ったことはなかったから
見事なまでに孤立していた。
それが今に至るまでのLINEの返信でもあるし
こんな風に主役に憧れる幼稚な思考回路を
維持し続ける根本的な原因だった。
「あぁ、死にてぇな」
そう呟いた時には車道の中心を
我がもの顔で闊歩していた。
何度かクラクションを鳴らされたし
ライトで照らされて、汚い言葉で罵られた。
でもその瞬間、僕は主役に成れた。
快楽に溺れていたのかもしれない。
トラックが突っ込んできても
武田鉄矢よろしく、目の前で止まる
根拠のない自信も何故か持ち合わせていた。
決して人には言えない奇行に酔い始めて
僕は何度も繰り返した。
そして貴女に出会った。
深夜未明の三鷹、玉川上水で。
「ねぇ、貴方は何の為に生きてるの?」
そんな問いかけが、僕らの始まりだった。

文責  朝比奈ケイスケ

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