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小説✳︎「月明かりで太陽は輝く」第36話

結里子ー忘れたスマホ

キャンプ好きのケイが
寝袋を持ってやって来た。
「俺、これで寝るから
リコはゆっくりベットで寝て」
「大丈夫?」
「大丈夫だよ。元々荷造りしたら
ベットも使えないし寝袋使ってキャンプ仕様で乗り切ろうと思ってたんだから」

ケイは仕事の引き継ぎで、引っ越し前日まで出勤しなくてはならない。
あと数日しか無いのに
一緒に居られる時間は、そう多くはない。
せっかく気持ちを確かめ合えたからと
引っ越しまでの時間を
なるべく一緒に過ごす為
私の部屋にケイも、寝泊まりする事にした。

私が夜勤の日
玄関先で,ケイを見送る。
靴を履く、ケイの大きな背中に向かって
「いってらっしゃい!」
「こうやって見送ってもらうの、何年振りだろ」
「そうなの?」
「実家出てから、アキ姉と暮らしてても
いつも俺が出勤する時間に
起きている事ないからね」
「お仕事、お昼過ぎからだもんね」
「なんか良いね。こういうの」
ケイは、私のほっぺに軽くキスをして
真っ白の歯を見せて笑う。
「行ってきます!」

少し頬が赤くなってる自分がわかる。
でもすごく嬉しい。
ベランダからマンション前を
歩いていくケイを、見送りながら手を振る。
大きな掌と長い腕で
ゆっくりこちらに手を振るケイ。
しばらく後姿を.見届けてから部屋に戻った。


突然、スマホの着信音。
今日は暖かいから要らないと
置いて行った
ケイのジャケットから聴こえる
「やだ!スマホ忘れちゃってる」
今からすぐ持っていけば間に合うかな?
音の鳴るスマホを見ると
そこには、私とチョビの待受写真。
いつだったか、私がラインで送った写真。
心が、ふわんとなった。

いや、和んでいる場合じゃないわ!
私は慌てて外に飛び出し、駅へ向かった。
スマホ忘れた事、気がついてるかな?
すれ違ったらどうしよう。
夢中で走って駅へ向かった。

途中で私のスマホが鳴った。
誰?こんな時に。
公衆電話からの着信。
恐る恐る電話に出るとケイの声。
「リコ?」
「あ!ケイ!」
「良かった。スマホ忘れたのを
電話したかったんだけど
番号覚えてるのってリコだけだったけど、間違ってたらって思ってさ」
「確かに忘れてたよ!今どこ?」
「駅の前のコンビニの電話からかけてる」
「わかった!改札口で待ってて!」

背高のっぽさんは
遠くからでもわかるから
ケイに向かって手を振りながら走った。
「はぁはぁ。こんなに走ったの
久しぶり。心臓痛い」
「ごめーん!でも助かった!
ありがとう。これなら遅刻しないで済むよ」
「ハァハァ。いいから、ホームへ行って!」
「うん。本当ありがとう。行ってきます!」
「いってらっしゃい!」
息を整えながら
ケイの後ろ姿に手を振る。
帰り道、途中で
ケイからのLINEが届く。

『朝から走らせちゃってごめんね。
大丈夫?でもありがとう』
『大丈夫。忘れて行ったの
着信音で気がついたんだけど
どなたからかの電話
あったんじゃ無いのかな?
それは大丈夫だった?』
『うん。同僚の休みの電話だったから
別に急用じゃない』
『そう、よかった』
『着信音って……もしかして待受みた?』
『見たよ、私だった』
『バレちゃったか』
『私の方が照れちゃうよ』
大笑いのスタンプが送られてきた。

『でも、嬉しかったよ』
私も笑顔のスタンプ。
『電車来た。じゃあまた』
バイバイのスタンプ。
私もバイバイのスタンプを返して
スマホをポケットに入れて
ゆっくりと家への道のりを歩く。
この道もあと少しで
ケイと歩けなくなるんだ。
そう思うと、一層
離れることが、つらくなる。



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