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[ためし読み]『地球の音楽』②

『地球の音楽』(2022年4月発行)にエッセイを寄せた執筆者が登壇するオンライン講座が、東京外国語大学オープンアカデミーで2022年8月から9月かけて、連日3日×3セット(全9回)、開催されました。

講座「地球の音楽(2)」プログラム
■8月30日:モンゴル 現代に甦る草原の調べ(山田洋平)
■8月31日:世界につながったガムランの響き(青山亨)
■9月1日:自由を希求する音楽(佐々木あや乃)
各日19:00~20:30、オンラインで開催。

https://tufsoa.jp/course/detail/1575/

この講座に登壇した執筆者のエッセイの冒頭部分を、講座開催順に公開します。

  • 山田洋平・髙橋梢「モンゴル 現代に甦る草原の調べ」

  • 青山亨「インドネシア 世界につながったガムランの響き」

  • 佐々木あや乃「イラン 自由を希求する音楽」


Mongolia モンゴル

現代に甦る草原の調べ

山田洋平・髙橋 梢

 モンゴルの文化を代表するものとして、馬頭琴 (モリン・ホール) という楽器の存在は日本でもよく知られている。馬頭琴が登場する『スーホの白い馬』という物語を読んで、草原を駆けるモンゴルの暮らしに想いを馳せたという人も多いのではないだろうか。

 モンゴルでは、広大な草原において今も昔ながらの遊牧生活が営まれている。世界各地との往来が盛んになった現代において、モンゴルは外来文化の流入を受け入れる一方で、大切に守り続けられた伝統的な文化もある。日本からはほど近い割にあまり知られていない、音楽好きなモンゴルの姿を紹介しよう。

モンゴル高原のメロディ

 大塚勇三再話・赤羽末吉画の絵本『スーホの白い馬』では、主人公の少年スーホが愛馬を失った悲しみから馬頭琴を作り出したことが描かれている。ただ、これはモンゴル各地でそれぞれに伝わってきた、数ある馬頭琴由来譚の一つにすぎない。馬の背中で育つと言われるモンゴルの民が、馬に対する愛を体現するべく、馬頭琴の由来を思い思いの形で語り継いできたのであろう。

 馬の頭の形の彫刻を頂部にあしらった擦弦楽器・馬頭琴は、決して民話の世界にだけ登場するような古臭いものではない。今もモンゴル高原で広く愛され、多くの人々に親しまれる極めて身近な楽器である。(…)(p.91)



Indonesia インドネシア

世界につながったガムランの響き

青山亨

ガムランの魅力

 インドネシアの音楽から一つだけ取り上げるとすれば、大衆音楽のクロンチョンやダンドゥットの魅力も捨てがたいのだが、やはり伝統音楽のガムランをおいてほかにないだろう。「叩く」という意味の「ガムル」から派生した名前からも分かるように、ガムランは金属製(多くは青銅製)の打楽器を中心とした楽器群の総称であり、その合奏による音楽のことである。ガムラン音楽は今でこそ民族音楽の代表としてつとに知られているが、ここでは、一世紀以上前からすでに世界につながった音楽であったことを見ていきたい。

 ガムランが盛んなのはジャワ島の西部と中部、バリ島である。とくに中部ジャワでは16世紀に強大なマタラム王国が生まれ、洗練された宮廷文化のなかで大編成のガムランが発達した。マタラム王国はその後分裂してしまうが、古都スラカルタとジョグジャカルタには今でもあわせて四つの王家があり、宮廷文化を伝承している。他方、山がちの西部ジャワでは小編成のガムランが発達したのに対し、バリではオランダによって20世紀初頭までに王国がすべて滅ぼされ、芸能の担い手が民衆に移り、ガムラン音楽の革新が進んだ点にそれぞれ特徴がある。典型的なジャワのガムランがゆったりとした重厚な響きを持つのに対して、バリのガムランは鋭く稲妻のように煌びやかな響きを持っており、地域によって特色がある。(…)(p.12)



Iran イラン

自由を希求する音楽

佐々木あや乃

 2020年10月8日、世界中のイラン人とイラン音楽愛好家の間に衝撃が走った。ペルシア伝統音楽の巨匠の訃報が皆の間を駆け巡ったのである。彼の名はモハンマドレザー・シャジャリヤーン(Moḥammad-reżā Shajariyān, 1940-2020)。2オクターブの音域と超絶技巧タハリール唱法(本声と裏声を交互に使う唱法でウグイス唱法ともいわれる)で知られた歌手である。イラン人の間で多用されているSNS(Telegram)のメッセージスタンプに彼の肖像画があることからもその人気ぶりが窺える。

イランの音楽概観

 イスラム前のパルティア(前247-後224)には、ゴーサーン(Gōsān)と呼ばれる吟遊詩人が存在した。詩と音楽はパルティア時代の偉大なる宝であり、イラン系言語では「詩人」と「歌手」を明確に区別する本来語が存在しないので、そのことからわかる通り、パルティア時代の人々にとって既に詩と音楽は永続的に分かちがたいほどに結びついていた。現代ペルシア語では「詩人」と「歌手」には別々の語を使い分けるものの、歌を「歌う」と本を「読む」の動詞部分には同じ語khāndanが用いられる。通常この動詞は「読む」と訳されるが、意図するところは黙読ではなく音読と考えられる。「勉強する(dars khāndan)」という複合動詞においても動詞部分にこの語が用いられ、筆者の留学当時、大学の中庭で本やノートを手に、声に出して読みながら試験に備えていた大勢のイラン人学生の姿と重なる。

 ササン朝(226-651)はペルシア音楽の黄金時代である。当時の国教ゾロアスター教の多くの宗教儀式や伝統儀式に音楽は必要不可欠であり、この時代には、ラームティーン[Rāmtīn]、アーザード[Āzād]、バールバド[Bārbad]、バームシャード[Bāmshād]、ナキーサー[Nakīsā]、アーザーデ[Āzādeh]等をはじめとする多くの楽師が輩出された。7世紀中葉にイスラム化した後も、イランから音楽が消えることはなかった。イスラムの聖典『クルアーン』は(…)(p.140)



【目次】
prologue
・・・・・橋本雄一

Ⅰ 東南アジア・オセアニア
インドネシア 世界につながったガムランの響き・・・・・青山亨
フィリピン フィリピン音楽の変遷・・・・・山本恭裕
ベトナム いにしえから現代へ・・・・・野平宗弘
カンボジア 革命の歌・・・・・カエプ・ソクンティアロアト(構成・翻訳:上田広美)
ラオス ケーンの響きに導かれて・・・・・菊池陽子
マレーシア 多民族社会の芸能と音楽・・・・・戸加里康子
タイ その存在は音楽に救われている「忘れられそうな他者」・・・・・コースィット・ティップティエンポン
ミャンマー 幾重にも織り込まれた歴史・・・・・土佐桂子
オーストラリア 過去と未来を結ぶ音楽・・・・・山内由理子
メラネシア ファスの伝統音楽とポップス・・・・・栗田博之
ポリネシア ダンスとともにある音楽・・・・・山本真鳥
ミクロネシア 身体を楽器にする・・・・・紺屋あかり
[コラム] ワールドミュージックと東南アジア・・・・・平田晶子

Ⅱ 東アジア
中国 ハルビンのストリートと大河に声を――中国人ハーモニカの“声音”が響く・・・・・橋本雄一
モンゴル 現代に甦る草原の調べ・・・・・山田洋平・髙橋 梢
日本 日本の門付け芸・放浪芸・・・・・友常勉
朝鮮半島/韓国 アリランからK-POP まで・・・・・金富子
台湾 ダイバーシティからコラージュ音楽へ・・・・・谷口龍子
[コラム] 香港カントポップの歴史と現在―鏡としてのポピュラー音楽・・・・・小栗宏太

Ⅲ 南アジア・中央アジア・西アジア・アフリカ
ベンガル 歌こそすべて・・・・・丹羽京子
インド 寂静という音楽――古典に聴く・・・・・水野善文
パキスタン 南アジアとイスラームの文化的融合・・・・・萩田博
中央アジア ブハラ・ユダヤ人の音楽文化・・・・・島田志津夫
イラン 自由を希求する音楽・・・・・佐々木あや乃
トルコ 境域を超えて広がる音楽・・・・・林佳世子
エジプト コプト正教会の典礼音楽・・・・・三代川寛子
セネガル・コンゴ アフリカ音楽によせて・・・・・真島一郎
ボツワナ カラハリ狩猟採集民グイ人の歌・・・・・松平勇二・中川裕
[コラム] イスラムのなかの音楽・・・・・八木久美子

Ⅳ 東ヨーロッパ・中央ヨーロッパ
ロシア ソ連時代の吟遊詩人――詩と音楽の出会い・・・・・沼野恭子
ウクライナ 音が弾んではしゃぎ出す――ウクライナの音楽文化・・・・・前田和泉
チェコ 「ヴルタヴァ」の聴き方・・・・・篠原 琢
ポーランド ロック歌詞と検閲・・・・・森田耕司
ルーマニア 大自然と文化の交差が生んだ音楽・・・・・曽我大介
オーストリア 多様な民族の文化が織り上げたウィーン・オーストリアの音楽・・・・・曽我大介
ドイツ 「ドイツ音楽」の呪縛?・・・・・山口裕之・西岡あかね
[コラム] ユダヤ音楽―多様な音楽文化の交差点・・・・・丸山空大

Ⅴ 西ヨーロッパ・南ヨーロッパ
イギリス グローバルとローカルの音楽・・・・・フィリップ・シートン
フランス ルグランは「雨傘」と「はなればなれに」なっても・・・・・荒原邦博
イタリア  様々な地域から聞こえるラップの響き・・・・・小久保真理江
スペイン フラメンコは変化し続ける・・・・・川上茂信
ポルトガル どこまでも過去に向かう現在・・・・・黒澤直俊
[コラム] ビートルズとデニムジーンズ・・・・・福嶋伸洋

Ⅵ 南北アメリカ
ブラジル “ブラジル音楽”の黎明――ヨーロッパとブラジルの狭間で・・・・・武田千香
キューバ 文学から聞こえてくるソン・・・・・久野量一
カリブ海島嶼地域 マルティニックから谺(こだま)するカオスの音声(おんじょう)――ジャック・クルシルへの手紙・・・・・今福龍太
アメリカ合衆国〈ジャズ編〉 「ジャズ」の現在――映像資料と文献を通して・・・・・加藤雄二
アメリカ合衆国〈ロック編〉 ロックの歴史またはパンデミックしたウィルスについての記憶・・・・・沖内辰郎
[コラム] 音楽の源には吟遊詩人(バラディーア)たちがいる・・・・・今福龍太

epilogue・・・・・山口裕之

【書誌情報】
地球の音楽

[編]山口裕之・橋本雄一
[判・頁]A5判・並製・292頁
[本体]1800円+税
[ISBN]978-4-904575-97-0 C0095
[出版年月日]2022年4月5日発売
[出版社]東京外国語大学出版会

【編者紹介】
山口裕之
(やまぐち ひろゆき)
東京外国語大学教授。専門はドイツ文学・思想、表象文化論、メディア理論、翻訳理論。著書に『ベンヤミンのアレゴリー的思考』(人文書院、2003年)、『映画を見る歴史の天使――あるいはベンヤミンのメディアと神学』(岩波書店、2020年)、翻訳に『ベンヤミン・アンソロジー』(河出文庫、2011年)、フローリアン・イリエス『1913ー20世紀の夏の季節』(河出書房新社、2014年)、イルマ・ラクーザ『ラングザマー――世界文学でたどる旅』(共和国、2016年)、『ベンヤミン メディア・芸術論集』(河出文庫、2021年)などがある。

橋本雄一(はしもと ゆういち)
東京外国語大学准教授。専門は中国近現代文学・植民地社会事情、とくに中国東北地方の文学・文化表象・ネイティヴ思想。共著に『満洲国の文化──中国東北のひとつの時代』(せらび書房、2005年)、『戦争の時代と社会──日露戦争と現代』(青木書店、2005年)、『大連・旅順──歴史ガイドマップ』(大修館書店、2019年)、『「満洲」に渡った朝鮮人たち──写真でたどる記憶と痕跡』(世織書房、2019年)などがある。

※肩書・名称は本書の刊行当時のものです。


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