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機密天使タリム最終話「届け、最後のタリム砲」

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1999年7月7日


 それぞれ、別の場所で二人は呟いた。

『あいつは、あの場所へ向かうはずだ』

「タリムは、あの場所へ来るはずだ」

『私たちが出会ったあの場所へ……』

「俺たちが出会った場所こそ、全てを終わらせ、始めるのに相応しい」

 タリムは走り出した。


 少年は歩き出した。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

その頃の茨


 茨はいつもの白衣姿に、ケースを持って走った。

 
 彼女はしばらくの間、タリムの護衛や観察を他の機関員に任せ、自身は今日のために研究に没頭していた。
 その間、世界中で変異体やら天使が暴れようと、茨は機関の幹部たちの反対を押し切り、あえてタリムを眠らせたままにした。
「消耗したタリムを回復させ、1999年7月7日に全力を出させるため」という名目は、一定の説得力があった。
 茨の狙いは他にあったのだが……。

 一方で、機関はタリムのデータを元に造られた普通の軍人でも使用できる対変異体装備を実戦投入、世界各地で暴れ始めた変異体たちと交戦し続けていた。
 
 研究の成果を持って、茨は走る。

「あいつは……あいつはどこ?!」

 茨は走り回り、少年を見つけた。
 周囲に人のいない田舎道。
 少年は悠々と一人で歩いていた。
 茨が数か月前に見たときより、少し背が伸びて大人びた……というより、全てを悟ったような顔つきになった少年の姿を。

「ようやく……見つけた。
あんたをこの先に進ませるわけにはいかない」
「なぜ、俺の前に立つ?」
「……”俺”?
無理にカッコつけてるわね、ボーヤ。
このまま先に進めば、あんたとタリムは殺し合いをすることになる。私はそれを止める」
「……問題ない。
茨先生、あなたと話すことはもうない。どいてくれないか?」
「私にタメ口なんて偉くなったもんね」

 少年は茨の隣を通り過ぎようとした。

「今の俺は、終焉の王だ」
「思い上がりよ、ガキが!!」

 茨はケースから剣を取りだし、少年に切りつけた。
 少年はそれをあっさりと避け、姿が消えた。

「……?!」
「後ろだ」

 少年はいつの間にか取り出した双剣で茨を切り裂いた。

「どんな剣であっても、只の人間に何が出来……」

 少年の目の前に、ズタズタになった白衣だけが残った。

「……?!」

 空に舞った白衣の下に、しゃがんだ茨がいた。
 茨は少年に剣を振り下ろす。
 少年はそれを後ろに避け……たはずが、茨の剣先が少年の頭部を捉えた。茨の剣が鞭のように伸びたのだ。

「……ほう」
「只の人間が、なんだって?」

 少年の額から一筋の血が流れた。

「自在に動く鞭の剣か……そして、その破廉恥な恰好は、茨先生用のパワードスーツといったところか。その布面積の少なさは趣味か?」


 茨は、ハイレグのようなスーツを着ていた。肩やひざなどをあちこち金属のパーツで補強してある。

「破廉恥言うな!!!
変異体の組織を使った強化スーツよ」
「ただの人間が……そんなものを使えば寿命を無くすぞ」
「タリムに今まで強いていたことをようやく自分で出来るようになった。
……本望よ」
「先生のそういうところ、嫌いではなかった」

 茨の剣が蛇のように少年に襲い掛かる。

「アロンダイト!!」
「黒鵜の剣をこんなことに使いやがって!!」

 少年の双剣がそれを軽々と弾き返す。少年は茨に素早く近づいて斬りかかる。茨はそれを縮んだ剣で防ぐ。
「……っ!!!」

 少年の一撃は重く、防いだ茨がよろめく。
 さらに次の一撃を防いだ茨が膝をついた。

「所詮、スピードもパワーも俺の比ではない」

 無防備な茨に、少年は剣を振り下ろす。

「力を貸して、エーリュシオン!!」
 茨の剣が青く輝いた。

「まさか……霊剣……?!」

 刃が伸び、しなやかに少年の剣を受け止め、弾き返した。
 少年の振り下ろした一撃の衝撃が、そのまま少年に跳ね返され、少年は上空へ飛ばされる。


 無防備になった少年に、鞭が幾度も襲い掛かり、斬りつけ、少年は地面に叩きつけられた。

「慈悲を乞うのが遅かったわね!!!」
 倒れた少年の頭を、茨は容赦なくヒールの靴で踏みつけた。
 ただの踏みつけではない、変異体としての力を込めた一撃。


 少年は、その足を掴もうとしたが、茨は後ろに下がってそれを避けた。

「あんたが考えることなんて……」
 少年は立ち上がりながら斬りかかろうとする。

「わかってんのよ!!!これが私の切り札……
贖罪の響歌≪クリミナルシンフォニー≫だッ!!!」

 茨の鞭が少年の胴に絡みつき、再び少年を上空に押し上げながら幾度も切り刻む。

「……っ!」
 少年は力づくて鞭を振り払い、着地する。その瞬間、ほどかれた鞭がさらに少年に斬りかかった。

「もういい」
 少年が瞬時に茨の後ろに現われた。
「消えた?!
うぐっ……?!」

 茨はいつの間にか強烈な斬撃を幾度も受け、倒れていた。
 少年は茨に背を向け、自分の服を叩いて埃を払った。

「これからデートなのに、服が台無しだ」

 茨は倒れながら鞭を動かし、少年の足に巻き付いた。
 少年は宙づりにされるが……何時の前にか消えていた。

「手品はタネがわかれば驚くに値しない。
タリム砲を撃てないタリムより、自分が霊剣を使ったほうが戦果が出せると思ったら、とんだ思い上がりだ。
そして……掌握」

 少年は茨の目線の遥か先に現われ、歩き出した。
 ズタズタに斬られたはずの制服はいつの間にか元通りに綺麗になっている。

「あなたのつけた傷など、今の俺なら全てなかったことに出来る。
あなたの研究の成果も、命を削る覚悟も、無駄でしかなかった」

 少年が指を弾くと、茨の目の前に暗黒の球体が現われ、弾けた。
 その衝撃で茨の強化スーツはズタズタになり、茨は倒れた。
「がはっ?!」
 少年はそのまま振り返らず先へ行った。

「待ちやがれーーーーーッ!!!
私はまだ戦えるぞーーーー!!!
ナメてんじゃねぇーーーーーーーーッ!!!」

 茨は叫びながら、地面を手で叩いた。
 自分は強化スーツによる過剰な負荷でもう長く戦えないこと、少年が全く本気でないこと、残りの命を全て費やしても決定打を与えられる余地がないことを、誰よりも痛感していた。

「タリム……ゴメンね……。
私、何も役に立てなかった……」

 茨は通信機で機関から世界情勢を聞いた。

 多種多様の天災が世界を覆い、
 世界各地は変異体に成す術もなく、
 人々は混乱や暴動もしくは絶望するしかなく、
 機関が作った対変異体部隊も「ないよりマシ」程度の戦果しか挙げられていないようだ。

「わかっちゃいたけどさ……。
無力なりに、やらなきゃいけなかったんだ……」

 茨先生は地面に仰向けに寝転んだ。
 涙が、流れ落ちた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

タリム、走る


 私は走った。
 君と出会った場所へ。

『あいつを止められるのは、私しかいない!!
……!!!』

 殺気を感じる。
 振り向くと、私の背中に向けて鋭く長い槍が放たれたのがわかった。
 私はそれを辛うじて避けた。

≪おやおや、避けましたか。
合格です……と言いたいところですが≫

 拍手をしながらアズニャル博士が現われた。

≪人類唯一の変異体に通用する、最強の機密兵器タリム。
とはいえ、研究によって進化した今の私には到底及ばないですねぇ≫

 アズニャル博士の筋肉が盛り上がり、服が破れて半裸になった。
 その身体は筋肉の量だけでなく、あちこちに光の線が走り、肩には結晶のような突起がついている。そして、髪の毛は逆立ち、全身は赤と青のオーラに包まれている。

『あいつに足止めを頼まれたの?』
≪ここで死んでいただくのがあなたの役割です≫
『どういう意味……?』
≪フフフ……。
あなたが最後の鍵なんですよ、終焉の王が覚醒するためのね!!≫

 博士は両手に赤い剣、青い剣を作り出し、それを私に投げつけた。
 私は赤い刃のトンファーを構え、投げられた剣を避けながら前進、博士に斬りかかった。
 博士はそれを予測していたように軽々と避け、姿を消した。

『……そこ!!』
 私は後ろに突然現われた博士に斬りつけたが、博士はさらに消えて避けた。
『変わった手品を用意したんですね、博士』
≪手品……?
この能力の素晴らしさがわからないとは!!!
終焉の王の”存在掌握”を解析することで作り出した疑似量子テレポーテーション!!!
一瞬だけ移動先の空間に自身の精密なコピーを作り出す能力です!!
これは、終焉の王にすら出来ないこと!!≫

 今度は真横に現われた博士を斬ろうとするが、また消えた。

『……コピーって。
じゃあ、テレポートするたびに博士が増えるはずだけど』
≪私は以前自分の劣化コピーを作っていたときに、痛感したんですよ。
劣化コピーはかさばるだけで大して役に立たない。
私が複数いても使える能力の総量は増えないどころか、複数の私を維持する負荷が増える。
真の天才は複数いても天才にならない。古い方は消えて常に一体いればいいんですよ!!≫

 私の正面に現われた博士が斧を振り下ろしてきたが、私はそれを赤い刃のトンファーで防いだ。
 気が付くと博士は後ろにいて、私の足を蹴り払い、再び消えた。

『テレポートの度に今の自分を消して、新しい自分を作っている……?!
狂気の沙汰ですね……』
≪ううん?全てを完全にコピー出来れば何も問題はありませんよ。
あなたの身体に、固有の心や魂が宿ると思っているのであれば……それは錯覚。
センチメンタルに過ぎません。肉体は突き詰めれば肉の機械に過ぎないんですよ≫

 そして手から一本、二本、三本、四本……五、六、十、二十、三十と剣を空中に次々に作り出した。
『……っ?!』

≪ほら、私自身を増やすより、こうしたほうが効率的でしょう?
……あなたという成功例がなかったら、私も王もここまで進化出来なかった。
せめてもの感謝、今日まで志を貫き戦い続けたあなたへの尊敬……そして私の……愛です≫

 無数の剣が次々と私に襲い掛かる。

『……邪剣よ、応えて』

 赤い刃のトンファーが、刀と鞘の形状に変わった。
 私は刀を鞘に収め、居合の構えをとる。
 この刀……元は先代終焉の王が使っていた邪剣なのだが、三つの特殊な力が秘められている。
 一つは、武器の形状を変化させる能力。
 二つ目は、炎をまとって変異体を焼き斬る力。
 ただし、その威力はタリム砲には遠く及ばない。
 そして三つ目は、邪剣に眠る「邪剣を手にした過去の戦士たちの戦闘技術」を自分のものにする力。

 私はこの力を使い、目を瞑って居合の構えで精神を研ぎ澄まし、飛んでくる無数の剣を全て避けた。

 右、左、右後ろ、正面……次々と襲い掛かる剣が、目を開けているときより遥かにわかる。
 そして、前方に不敵に笑う博士の気配も。
 そして……前方の空間から壁が……壁?!

 目を開けると、エネルギーの障壁が目の前に迫っていた。
『ぐうぅううっ?!』
 私は後方に下がるが、障壁から生じた衝撃波に吹き飛ばされた。
 さらに一本の剣が飛んできて、私の刀を弾きとばした。
 地面に転がった私に、博士はつかつかと歩み寄ってきた。

≪ふぅむ……。
隠し玉のエネルギー障壁を避けましたか。
計算以上に粘りますね。褒めてあげます≫

 博士はパチパチと拍手をした。

≪ですが、力の差は歴然。
今の私は、あなたが倒した先代の王より強い。
そろそろ大人しく死んでくれませんか?
私は戦うのは面倒なんですよ。早く研究がしたいだけなんです≫
『ふざけるな!!!』

 博士は首を横に振ってため息をついた。

≪私は常々疑問に思っていたのですが……。
なぜ、あなたたち普通の人間は私に怒るのですか?
私は単に研究をしたいだけなのに。
全く理解できない……≫
『博士は自分が誰かを踏みじることになんのためらいも感じない……悲しむこともない……そういうところが許せないんだ!!!』

 私は立ち上がりながら叫んだ。

≪……?
ためらいは効率を下げるだけでしょう?
悲しみは成果を生みますか?
狂喜は研究を促進させますがね。
分かり合えなくて残念です≫

 博士は瞬間移動で近づき、私を片手で空中に放り投げた。
 そして、再び空中に無数の剣を生み出していく。

≪さようなら≫

 それらの剣が、同時に私に向かって発射された。今の私にはそれを防ぐ武器もない、この態勢で避けることも……。
 
 私は思わず目を瞑った。
 まだ、君に会えてすらいないのに……
 もう、名前すら消えて思い出せなくなった君……

「大丈夫?」
 誰かが私を空中で抱き留めて、地面に降ろした。

『全部……外れた?いや……狙いを逸らす能力……っ!!』
 気が付くと、銀色の蝶が博士の周りを取り囲んでいた。

≪邪魔を……邪魔をするな失敗作がぁああああああああああああっ!!!!≫
 博士が叫んだ。
 私と似たヘルメットとスーツを着たアハトちゃんがいた。

「その失敗作に邪魔されるなんて、天才博士も案外チョロいな」
≪私は、お前のようなつまらないものに研究の手を止められることが一番許せないぃいいいいいいいい!!!≫
「だったら私はお前のような人を弄り回した挙句、簡単に捨てられるマッド野郎が一番許せない」
≪失敗作のモルモット風情がぁああああああああああああっ!!!
私はぁ、私わぁあああっ!!!
つまらないものに研究の邪魔をされることが一番、一番許せな……っ!!!
うわぁあああああああああああーーーーーーーーっ!!!
あああああああああああああああああああああーーーーーっ!!!!≫

 博士は自分の頭を抱えて前後にゴンゴンと振り回しながら叫び続けた。

「タリムちゃん、行って。こいつは私がなんとかする」
『えっ?!でも……』
「タリムちゃんには一番やるべきことがあるんじゃないの?
それとも、ボクのことが信じられないかい?」

 私はアハトちゃんと一瞬見つめ合ってから、頷いた。

『当然、信じてるよ!!』
 私は落ちた刀を拾い、全速力でその場を離れた。
「ボクは、そんな君を愛してるよ」

 私は遠ざかりながら、博士が急に静かになって呟くのが聞こえた。

≪コロス≫


再会


 私は、あの場所に辿り着いた。
 一年前に君と出会った場所。
 やっぱり、君はそこにいた。

「やあ」
 君は少し離れた場所からそう言った。


『やあ』
 なんでそんな気軽な挨拶してるんだろう、そう思いながらも私はヘルメットを外して挨拶を返した。

「いい天気だね」
『うん』
「なんかさ……タリムの顔を久々に見たら、ちょっと力が抜けちゃったな。
それなりに、緊張してこの瞬間をずっと待っていたはずなのに」
『そう?』
「なあ、このまま二人で何処かに行かないか?全部放り出してさ」
『うん……』

 私は空を見上げた。
 夏らしい青い青い空。
 そして、隕石の光の筋が一つ、二つ、三つ……どこかへ向かって流れていった。

『あの隕石がなかったら、それでよかった気がする。
あれ、世界を滅ぼすヤツでしょ?』
「その一端ではあるかな。
最後は、俺の能力で全ての人類を終わらせる」

 私は、君の顔をじっと見た。
 優しいような、悲しいような、達観したような、なんとも言えない顔だ。

『君はさ、人間が嫌いなの?』
「……好きでは無いな。
散々憎み合い、争って、自然を壊し、多くの動物たちを絶滅させた」
『だから全部壊すの?』
「……人類はいなくなったほうがこの世界の……地球のためになるんじゃないか、とは思ってる」
『ねえ。
私は、まだやり直せると思うんだ』
「誰が、何を?」
『人間が、間違いを正すことを』

 空が急に暗くなり始めた。
 太陽の一部が欠け始めたのだ。
 ……先代終焉の王のときのように。

「間違いを正す前に、世界は滅びると思う」
『やってみなきゃわからない』
「……終焉はさ、人類が自ら選んだ道で、運命なんだよ。
自然を壊し、同族同士で憎み争い続けた果てのね……。
そんな愚かな生き物に価値はあるか?」
『ねえ、人間を嫌うってことは、自分自身も嫌うってことだよ。
人間の未来を否定するってことは、自分の可能性を否定するってことだよ』
「全ては、最初から決まっていた。
俺の意思すら……。
運命の歯車が俺を導いただけだ」

 またひとつ、光の筋がどこかへ落ちて行った。

『君はそれでいいの?』
「……。
俺は最初からそうだよ。
君に出会う前からずっと。
自分のことが嫌い、自分にまともな未来なんてない。
周りの、近くにいる人間をよく見てみろよ。
浅ましくて下らない争いと見栄や欲ばかりの、服を着た獣同然の連中ばかりじゃないか。
親も、教師も、ガキどもも、俺も……。
こいつらが過ちを正す?笑わせる」

 私はじっと君を見つめた。

『この一年間……
私の一番近くにいたのは、君だよ。
ずっと君のことを見てきた。
最初学校を案内してくれたときは、口うるさくてつまらないヤツって思ってた』
「ああ」
『でもね、私はどんどん君のことがわかってきた。
戦う力がなくても、自分より強い相手に工夫して向かっていくことが出来る人なんだ。
たぶん、君は君自身のためなら、そこまで頑張らないって、わかってる。
でも、誰かを守るためならそこまでやれちゃう凄いヤツなんだ』

 君は深くため息をついた。

「……それがどうした。
本当に戦う力がある君に比べれば、意味のないことだよ」
『違う。
私は君からたくさんのことを学んだ。
本当に辛いとき、間違えそうになったとき、いつも君がいて、支えてくれたから前に進めた』
「過大評価だよ。全部、タリム自身の力じゃないか」
『……違う!!
違うんだ!!!
戦って敵を倒す力だけが大事なことなの?!』

 私は思わず叫んだ。
 けれど、君は冷たいほど落ち着いていた。

「……それがなければ、死んで終わりだった。
他のことは些細なことに過ぎない。
守られるだけの俺は、無力だった」
『違う!!!
どうしてわかってくれないの……。
私は、そんな君がいてくれたから、今日まで戦ってこれたんだ!!!
私が守りたかったのは、君がいる日常だったんだ!!!
それなのに……
それなのになんで!!!悪魔に魂を売るようなことしちゃったの?
君が終焉の王とか……全然、笑えないよ』

 私は涙がはらはらと頬を伝うのを感じた。

「俺は、そんな無力な自分が何より嫌いだった。
俺も、周りの奴らも君に守られ、犠牲を強いるだけの日常……それが何よりも幸せで……
許せない欺瞞だった」
『欺瞞?!
私にとってはなによりも大事な……守りたい居場所だったのに!!!』
「俺にとっては、そんなものより”たった一つの願い”の方が大事だ。
そのために他の全てを犠牲にする」
『なんだよ……その願いって……』
「……今は言えない」

 君はうつむいて拳を握りしめた。
 徐々に、空が、周囲が暗くなっていく。

「黙示録が示す終焉の予言。
第一のラッパ。地上の三分の一、木々の三分の一、すべての青草が焼ける。
第二のラッパ。海の三分の一が血になり、海の生物の三分の一が死ぬ 。
第三のラッパ。ニガヨモギという星が落ちて、川の三分の一が苦くなり、人が死ぬ。 
第四のラッパ。太陽、月、星の三分の一が暗くなる。
第五のラッパ。いなごが額に神の刻印がない人を5ヶ月苦しめる。
第六のラッパ。四人の天使が人間の三分の一を殺した。生き残った人間は相変わらず悪霊、金、銀、銅、石の偶像を拝んだ。
第七のラッパ。この世の国はわれらの主、メシアのものとなった。天の神殿が開かれ、契約の箱が見える。

黙示録の七つの予言は、封印の鍵。
六つの鍵が解けた今、残り一つ……。

1999年、7か月、
空から恐怖の大王が来るだろう、
終焉の王<アンゴルモア>は蘇り、
世界を支配する。
……これは黙示録の第七のラッパと同じことを示している。
人類を終わらせ、俺は真の終焉の王<アンゴルモア>となる」

 君は荘厳な威圧感を放ちながら語った。

『……わかった。
分かり合えないってことが』

 私はヘルメットを被った。


決戦


『君は、人類の敵なんだね。
敵を殲滅します。大事なものを、この世界を守るために』
「やはりこうなったか……。
なら、俺は力ずくで願いを叶える……アロンダイト」

 君の髪が、手足が、瞳が、異形のものへと変わっていく。
 上着が破れ、背中から異形の突起……いや、翼のようなものが現われた。

「直ぐに終わらせる」
 目の前の君が消え、後ろに気配を感じたと思ったら、真横から蹴りがきた。
『うぐぅっ?!』

 私はそれを辛うじて刀で防ぐも、気が付けば後ろに現われた君に足を蹴り払われて倒れるしかなかった。

「今ので力の差がわかったか?」
『……強化装甲!!!』

 強化装甲のパーツが射出され、私のスーツに自動的にセットされた。

「はぁ……無駄に負担になるものを使って……。
タリム砲が使えない君に勝ち目はないのにな。
その邪剣もタリム砲の代わりにはならない」

 私は立ち上がりながら刀を振り上げた。
 君は片手でそれを掴み、私を横に投げ飛ばした。
『うわっ?!』

 私は素早く受け身を取って前方の君に向かって刀を振った。

『……え?!』
 刀が、不自然な軌道を描いて君の脇をすり抜けていく。
『まるでアハトちゃんの能力?!
狙いが逸れる……なら!!!』

 私は真横に広く回転しながら斬りつけた。
「掌握」

 君はそれを掌で受け止め、刀を弾き返した。
 私は自分の放った威力をそのまま返され、後方に吹き飛んだ。

『うぐぅっ……。
エーリュシオンの力まで……』
「掌握」

 君は空中に剣を四つ作り、仰向けに倒れた私の四肢に向かって投げつけた。

『あっ!!』
 剣は途中で鎖に変わり、私の手足を拘束した。
 さらに空中に何本かの杭が現われ、鎖に向かって放たれて、鎖を固定した。

『うぐぐ……!!!』
 力を込めてもびくともしない。
「チェックメイト。
もう、大人しくするしかないだろ?」
『うわああああああああっ!!!』

 私は手足を無理矢理動かそうとした。

「暴れるなよ。
眠らせることも出来るけど、精神に干渉する能力はなるべく使いたくない」
『ふざけるなぁーーーーーーーーーーっ!!!』

 どうしても手足が動かない。

『……え?!』


裏切り


 遠くから何かが迫ってくる気配がある。
 無数の……剣が。
 私の前方に君が割り込んで、君の前に盾が幾つも現われてそれを防いだ。
 いくつかの剣は盾で防ぎきれず、君に突き刺さった。
 その剣を放ったのは……。

「博士……なぜタリムを攻撃した?」
 目の前に博士が突然現われた。

≪あなたが終焉の王に成り切れてないからですネェ≫
「博士、人類が終焉を迎えれば俺は完全な王に成れるんだろう?
タリムを攻撃する理由があるのか?」
≪ええ、最後の鍵……あなたが真の終焉の王に覚醒する手段が二通りあるんですよ。
1・人類が滅びるか
2・あなたを人間たらしめる最後の鍵を壊すか
……どっちにしろ、あなたの「人間」の部分を完全に消し去り、究極の存在になるには大きな供物が必要なんです≫

 君は博士を睨みつけた。
「人類を終焉に導く経緯は合意を得ていたハズだが……。
やはり土壇場で裏切るつもりだったか」

 博士は大袈裟にため息をつきながら首を横に振った。

「裏切りなんて滅相もない!
これも愛ですよ!!!
王に人の心は……とりわけ「絆」など、不純物でしかないのですよ≫
「なるほど。
……アハトはどうした?」
≪……なんでしたっけ、それ?
ああ、ゴミクズは動かなくなったので、捨てておきましたよ≫
「そうか。
博士、今まで世話になったな」

 気が付くと、君に刺さっていた剣は消えて、傷口がなくなっていた。
 君は双剣で博士を一瞬でバラバラにした。
 博士は何故か無事なまま、君の後ろに現われた。

「自身の存在を自在に複製する能力……。
それを発展させ、テレポートはもちろん、瞬時の再生すら自在か」
≪覚醒しきっていないあなたより、私のほうが強い!!!
力こそ正義!力ある者に従いなさい、あなたが彼女にしたようにね!!!≫
「そうだな。……掌握」

 博士の動きがピタリと止まった。

「消えて無くなれ」

 君は右手で虚空を握りつぶす動作をした。

≪ウギャーーーー!!!≫
 博士は大げさな叫び声を上げながら姿が消えていき……。
『ああっ?!』

 君の後ろに無事な姿のまま現われ、剣を振り上げた。
 君はそのまま振り返って博士の剣と切り結んだ。

≪あなたの存在を操る能力に何も対策していないと思いましたか?
あなたが私の存在全てを掌握するより早く、コピーを作れば良いだけですよ!!≫

 君はゆっくり博士のそばに歩いて行った。
 そして、横を通り抜けながら博士の肩を斬りつけた。

≪んーー?
なんですか、こんな斬撃。
すぐに再生しますよ≫

 博士の傷口が塞がった。

「掌握」
 ……その傷跡から、闇の塊が生じた。

≪……これは?!
身体が動かな……っ?!
能力も……っ?!≫
 闇の塊は、博士の身体全体へどんどん広がっていく。
 君はさらに拳で闇色のエネルギーを博士に叩きこんだ。

≪素晴らしい!!!
これは研究対象として……あれ?
身体が崩れ……再生できな……。
私は死……?
死とは……研究≫

 博士は何処か愉しげに、闇に呑まれて消えていった。


終焉


 私は動きを止められたまま呆然としていた。
 君は不死身に近い博士すら簡単に消し去った。
 私には物凄く手加減していたと、痛感した。

「大丈夫か?」
 君は優しく声をかけてくれた。
 そして、私が落とした刀を拾って刀身をへし折って放り投げた。
 そして私を拘束していた鎖を消して、起き上がろうとする私に手を差し伸べた。
『……』

 私の拘束を解いた理由は明らかだ。
 君と私では力の差があり過ぎる事実を、私が理解できたから。
 私が手を取らずにいると、君は少し困った顔をしてから、無理矢理手を掴んで私を立たせて、手を握ったままでいた。

「これで、ようやくゆっくり話せるね。
何か訊きたいことはある?」
『……なんで終焉の王になったの?』
「厳密には、今は中途半端な王モドキだよ。
”たったひとつの願い”のためには真の終焉の王にならないといけないんだ」
『君の”たったひとつの願い”って……?』

「……。
正直なところ、人類の存続なんてどうでもいいんだよ。
博士が言っただろう?真の終焉の王になるためには大きな供物が要るって。
供物を捧げることで俺は人間から究極の存在に成れる。
ただそれだけ」
『真の終焉の王になって……どうするの?
いい加減、教えて』
「言ったら怒ると思って」
『とっくに怒ってる』
「……まあ、そうか。
君の身体を治すためだよ」
『……え?
私のために、他の全部を犠牲にするって言うの……?』

 一瞬、重い沈黙の後。

「俺にとっては一番大事なことだ」
『それだけの力があるなら、真の終焉の王とか、人類の終焉とかなくても……』
「駄目だった。
博士の技術でも……あれは博士の身体と能力しかコピー出来ないし。
俺は存在を操作出来るとはいっても、神のように全てを作り替えることなど出来ない。
とりわけ、君のような人体を無理矢理作り替えながら成長させ、さらに故障に無理な修復を重ねた複雑すぎる存在は。
未完成の俺の力と、博士の技術力があっても、全く足りない。
文字通り神の御業と呼べる力でなければ、君を救えない」
『私がそれを喜ぶと思った?!』

 私は、君の顔を全力で殴った。
 だがびくともせず、私の拳から血が流れただけだった。

『お前はもう、私が知ってる君じゃない』
「今は怒っているかもしれないけど、身体の再生と共に嫌な記憶も消せば大丈夫だよ」
『ふざけるな!!!私をお前の都合のいいお人形に作り替えるつもりか!!!』
「……もう、これ以上苦しんでほしくないんだ」
『嫌な記憶だって、後悔だって、私の一部だ!!!』
「……。
……もうそろそろ、だな。
その耳あてからラジオを聴けるか?」

 日食で周りがさらに暗くなっていく。
 私は耳あてのチャンネルを変えてラジオを流した。

”化け物たちが争い続けています。
彼らに仲間意識はないのでしょうか?
暴力に身を任せて争い合う姿は醜悪そのものです。
天使もそれに加わって、状況はまさに地獄絵図です。
どうしたことでしょうか……?
化け物たちが一斉に動きを止めて……。
いや、町の人々も次々と動きを止めて……次々とその場で倒れ込んでいます。
速報で、世界中がこういった事態に……。
町が……静かに……。
私も……なんだか眠たくなって……。
中継を……。
眠い……。
……。”

『世界中の……私たち以外のひとたちが、みんな眠り出した……?』
「そう、朽ち果てるまで終わらない眠りにね。
これで、人類は終わる。
テンタクルズも、変異体も、天使もね」


怒り


 私は地面に落ちている折れた刀身の破片を思い切り掴んだ。
 手から血が流れても構わずに。
 流れる血が刀に吸われ、赤い光を放ち、槍へと姿を変えた。
 スーツと装甲が黒く、機械翼が赤黒くなっていく。


「クリスマスの夜と同じ……いや、それ以上か」
『前に言ったよね。怒りは……受け入れられないことを拒むためにある、って。
私は……今、生まれてきて一番怒っているよ……』
 
 私は槍を横薙ぎに君の腹に叩きこんだ。

「がはっ……っ?!だがその程度……」
 君の腹に出来た傷跡が、瞬時に塞がっていく。

 私は槍で君を滅多打ちにした。
 君の全身はズタズタになった。
 しかし、あちこちが再び再生していく。

『今のお前は、私の一番大事な想いを穢した!!!』
「……そのまま戦って、俺を倒してどうする?
人類は終わり、タリムも最後の力を使い果たして一緒に死ぬか?」
『私は……こんな結末のために、今まで戦ってきたんじゃない!!!
絶対に許さない!!!!』

「少し大人しくしていてもらう!!」
 君はそう叫びながらエネルギーを込めた拳を放ったが、私はそれを防ぎきった。


『その程度なの……?
こんな力のために全部犠牲にするのかぁーーーーーーーっ!!!』
「……わかった。ならこちらも全力だ」

 君の全身がより黒く、異形のものへと変わっていく。 

 私は身体から溢れるエネルギーの嵐を槍に収束させた。


 そして上空に飛び上がり、槍を君に向けて放った。

「そんなもの避け……」

 君は凄まじい速さで横に避けたが、私は放った槍の進路を変えた。槍が加速する。

「避けられな……盾で!!!」

 二重、三重、四重、五重とエネルギーで出来た盾が君の前方に現われる。
 槍は、それらを貫いていく。

「ならば!!」
 
 君の周囲に黒い蝶たちが現われた。槍のエネルギーの方向を狂わせるつもりか。
 それなら。
 槍から迸るエネルギーの奔流が、蝶を焼き払う。

『もう、終わりだよ!!!』
「なら、跳ね返す!!ウオオオオオオオオぉーーーーーーーーっ!!!」

 君は槍を素手で挟み、抑えながら両手から力を放ち、槍を弾き返そうとした。
 私は離れた場所から右手を勢いよく虚空に振り下ろすと、槍は勢いを増した。

『消えてなくなれーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!』
「俺はまだ救えていないんだーーーーーーっ!!!」

 君は、槍を防ぎきれない。
 エネルギーの圧力で君を地面に叩きのめし、腹を串刺しにした。

 迸る炎のようなエネルギーが君の全身を焼いた。 
 黒焦げになった君が倒れたままになり、炎が消えた。

『目標を撃破……任務完了』

 私は、全身の身体が抜けて座り込んだ。
 ヘルメットが割れて、地面に落ちた。
 いつの間にか、スーツの形状は元に戻っていた。

『……どうして、こうなったの……?
 私は、君は、どこで、何を間違えたの……?』

 周囲が徐々に明るくなっていく。
 日食が終わったのだ。

『全部……終わっちゃった。
戦いも、私の生きる理由も。
幸せも、全部……。
今の私に……泣く資格もない……』

 周りが、さらに明るくなっていった。
 君の黒く焼けた身体を、光が包んでいく。
 身体の内側から、何かが食い破っていくように……
 異形の何かが姿を現した。

覚醒

≪……君のおかげで、最後の人間の部分が死んでくれた。
人類の醒めない眠りと、俺自身……供物としては十分だ。
俺はこれで、完全な終焉の王になった≫

 黒い身体から、荒れ狂うような黒いオーラが迸る。
 空が赤く濁った……まるで地獄のような色になっていく。
 この光景は……先代の終焉の王が封印されていた場所と同じ……。

≪ダークタリム砲≫
 君の手から放たれた黒いエネルギーは、私の片翼に当たり、朽ちさせた。

『これは……』
≪変異体の力を奪う能力だ。
そして変異体に関わる物質を朽ちさせる。
それは邪剣も、機密天使の装備にも有効だ≫
『全ての力を奪われる前に、お前を殺せばいいだけ!!』

 私は邪剣の欠片を拾い、再び力を込めた。
 その力は、ナイフ程度の刃にしかならない。

『……どうして?』
≪さっきの君の力の根源は”怒り”だ。
しかし、最大限に放出した上に、一度俺を殺して悲しみにくれた君に、怒りはほとんど残っていない≫

 君は黒いエネルギーを放って邪剣の欠片を弾きとばした。

≪やめなよ≫
 君は私の手首を掴んだ。
『たあぁーーーっ!!!』

 私は手首を掴まれたまま君の顔面にハイキックを入れるが、やはりびくともしない。それどころか、足に激痛が走った。

≪だから、無駄だって。
仮に君が万全の状態でタリム砲を撃っても、今の俺には効かない≫
 君は私の手を放した。

『やぁあああああああああーーーーーっ!!!』
 私は再び殴りかかった。
 君はそれを避け、黒い光を何発も放った。それが私に当たるたびに、スーツの外装が剥がれていく。

『これでどうだっ!!!』

 私は強化装甲に取りつけられていた予備兵装のトンファーを掴み、君の心臓めがけて殴りかかった。
 それから、微動しない君に何度も何度も殴りかかった。

≪そろそろ大人しくしてくれないか≫
 君は全く動じない。
『うっ……あああぁ……
うわぁああああああああああああああーーーーーっ!!!』

 私は、君から離れて膝をついて泣いた。
 あまりの無力さに。
 君はその涙をそっと指で拭いた。
 以前と変わらないそのさりげない優しさが、なにより憎らしかった。
 憎らしくて……憎らしくて……
 でも、心から憎めなくて。
 私はそのやり場のない気持ちを、拳にのせて叩きつけるしかなかった。
 何度叩いても私の拳から血が出るだけで、君の装甲はびくともしなかった。

 君は右手を前に構えた。
≪ダークタリム砲≫
 嵐のような闇が私の全身を覆った。


『あ……?』

 私の全身から力が抜けて倒れ込んだ。

≪君の能力を完全に封じた。
もう、誰かや世界のために戦わなくていい。
眠れ、人類が滅び、世界が平和になるまで≫

『私は……守る……
一番……大事……なんで……戦って……』

 意識が、ぼやけて……。

≪もういいんだ≫

 私は薄れていく意識の中、君の話を聴いていた。

≪人間も、テンタクルズも、変異体も、身体が朽ちるまで、永遠に幸せな夢を見てもらう。
それで世界に平和が訪れるんだ。
それが、俺がもたらす終焉……安寧の世界だ≫

 私は意識が遠のいていくなかで呟いた。

『そんなの……
偽物の……平和……』
≪それでいいんだ。
辛いことばかりの現実よりね。
次に会うときは、嫌なことは全て忘れて幸せな世界を二人で……≫

 君は私の頭にそっと手を置いた。
 その手から黒い光が広がっていき、私を包んだ。

『あ……』

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

茨の夢


 茨は、意識が朦朧とするのを感じていた。

「あぁ……夢が……意識を乗っ取っていく……」

(あの子たちと同じ、十五の頃……突然両親が亡くなり、青春を謳歌するどころではなくなった。生き延びるために、必死に勉強しながら働いて……。
 今日まで、本当に必死だった)

 それが、今目を少し瞑ると、本当は両親が死んだのは気のせいで、自分は甘い将来を期待しながらのんびりと勉強や恋愛をして……。
 あまりにリアルで幸せな夢。

(たぶん、このまま目を瞑り続けて眠りに落ちれば、これが夢だという認識はなくなるだろう。 
 夢の中で、私が送りたかった青春の日々が……)

「ふざけんな!!!」 
 茨は唇を強くかんで血を流した。

「私がなりたかったのは、子どもを守れる大人だぁ!!!
無力でも……
今の私に出来ること……」

 茨は、地面に落ちている鞭の剣……元々はタリムが使っていたビームブレイドトンファーでもある霊剣に手を伸ばした。

「エーリュシオン……少しでもあんたの意志が……残っているなら……。
あんたの力を今一番必要としている人の元へ……」

 鞭状の剣が、青い剣に変わった。

「武器を射出する超小型ロケット……用意しておいてよかった。
座標設定……行先は……あいつらが出会った場所……。
今のあの子なら、きっと、今まで以上の力を……」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

タリムの眠りの中で


 意識が、闇に呑まれていく。
 君の想いが、記憶が流れ込んでくる。
 そうか……この力は私のタリム砲と同じ、一番強い想いの力なんだ。
 
 育ってきたこの町のこと。
 真っ暗な闇の中。
 心を壊す家庭、理不尽で支配的な大人たち、卑劣な子どもたち。
 都会に出たときの孤立。
 再びこの町に戻って来てもそれは変わらず。
 人を嫌い、社会を疎み、未来を拒み、自分を蔑んできた毎日。
 そんな中で、強く眩しい光が現われた。
 そして誰かの、翼ある背中。


 
 ……あれ、これって……
 私の背中じゃないか。

 そうか、君は最初びっくりしたんだね。急に化け物とか、それを倒す兵器の女の子とかってだけじゃなく、身を挺して、なんの見返りも求めず傷つきながらも誰かを守る人がいるってことに。
 今まで、そんな人に出会ったことなかったんだ。

 最初、君は思い切り私のことを疎んでいた。
 何を考えているかわからないし、厚かましい、全く言う事を聞かない常識外れで感情丸出しの馬鹿だって。

 それが……羨ましくもあったんだね。 それから、黒鵜先生、茨先生と関わって、少し光が増えて。やっぱり寅子ちゃんも大事な光で、アハトちゃんや他のクラスメイトも小さな光で。

 正直私さ、君は成り行きや義務感や同情で私の面倒を見て私と一緒に暮らすようになったと思ってたんだ。
 実際、最初はそうだったかもしれない。
 でも……。

 暗い闇の中で、ひとつの光だけがどんどん大きく輝いて、冷え切った身体を温めていく。暗闇を照らす太陽みたいな。それで、世界がどんどん明るくなって……。
 この一番大きくて温かい光が、君にとっての私なんだ。
 
 ゴメンね、そんな風に想ってくれているって、気づかなくて。
 
 その輝きの下に、どんどん、どんどん暗い影が大きくなって……。
 世界が暗く、冷えていく。
 君は、世界に、未来に、自分自身に、絶望していく。
 私と出会う前より、ずっと。

 どうして……こんな?
 ……そうか、私が……。
 私がもうすぐ死んじゃうって、知ったからか……。

 ゴメンね。そんなに心配してくれていたんだ。
 ゴメンね。そんなに……。

 私はさ。
 みんなを守るためなら何だって出来る。
 だから、終焉を止めることさえ出来たら自分の命なんて要らないって思ってきた。

 だけど、私のことを私以上に想ってくれるひとがいて、そのひとにとって、その想いがどんなものか、私が死ぬことが残された人にとってどういうことかなんて、まるでわかってなかったんだ。

 君にとって私が死んでいくことは、世界の終わりと同じだったんだ。
 そして君は、何を引き換えにしても、私を救う力を望んだ。
 自分が化け物に変わろうと、どれだけ多くを犠牲にしても、世界を壊すことになろうと。

 ……ああ、そうか。
 それでも君は、なるべく人を傷つけたくなかったから、ゆっくりいい夢を見せて滅ぼすつもりだったんだ。
 先代終焉の王が呼んだ隕石から出たテンタクルズによって増えた変異体を止めるために、天使たちや強い変異体を掌握して、他の多くの変異体たちを止めさせる準備までして。
 やっぱり、君は優しさを捨てきれなかったんだ。
 本当に君らしいよ。

 私は……私にとって君は、どんな存在だったんだろう?

 一番私を世話してくれるひと?
 一番私と笑ってくれるひと?
 一番私の傍にいてくれるひと?
 一番私を心配してくれるひと?
 一番私を大事に想ってくれるひと?
 ……どれもそうだけど、それが本質じゃない。
 大事なことは……
 私が、君をどう想っていたか……

 私の胸の内に、熱く輝く何かがあることに気付いた。
 怒りより、悲しみより、もっともっと強く、燃えるような熱く輝く何かが。


届け、最後のタリム砲

 
 私は、目を覚ました。
 淡い赤色に輝く光が胸元にあった。
 今ならわかる。私は、この光を何よりも強い力に出来る。
 胸の光が、背中に伝わって形を変えていく。
 翼に……今までのような機械の翼でなく、鳥のような翼になった。
 淡い赤色の翼。

 遠くから何かが飛んできて、私の足元に刺さった。
 青い剣だ。
 それが変形して、刃のトンファーに変わった。

≪……立ち上がった……?
なんだその翼は……。
まさか戦いの中で進化した……?≫

『そんなんじゃないよ。
ただ、本当に大事なものがわかっただけ。
エーリュシオン……ありがとう。
私、ちゃんとこの気持ちを伝えるよ』

 君は激昂した。

≪タリム……お前はまだ、自分を犠牲に世界を守ろうというのか!!!≫
『違う。
今、私自身の……たったひとつの願いのために戦う。
だから、受け取ってほしい』

≪撃てるのか、タリム砲を……?!≫
『適合率100%』

『エネルギーチャージ完了。
……ロックオン』

 君は歯を食いしばり、険しい顔で私の顔を睨みつけるように見てから、叫んだ。
≪だがな!ダークタリム砲に勝てるはずが……!!
僕がタリムを救うんだーーーーー!!!≫
『この一撃に全ての想いを込める。
これが最後のタリム砲だーーー!!届けぇーーーーーーーー!!!!』

 同時に放たれたタリム砲とダークタリム砲が激突する。

 かつてない威力のタリム砲が、闇の力を飲み込んで……周囲の空間すら包み込んでいく。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

戦いの結末


 俺は、ゆらりと立ち上がった。

 タリムはすでに倒れて動かない。

「はは、はははっ。
今の俺にこの世のどんな一撃だって通じるはずはないんだ。
装甲は破壊されたが、この肉体は無傷……
……。
あの威力で無傷だと?!」

 タリム砲のエネルギーの残滓がふっと空中を漂う。
 それに触れると、
 無機質な白い研究所にひとり、ぽつんと立っている幼い頃のタリムが見えた。
 時折、一人で壁にボールを投げて退屈そうにしている。
 ずっとずっと、彼女は一人のままだった。

 それから、突然大きな光が現われた。
 夏の眩しい日差し。
 そこで、ベンチで昼寝している僕の姿が映った。

 それから場面が変わり……
 通学路でパンを咥えたタリムにぶつかられそうになった僕。


 授業中に寝ているタリムを起こしてハンカチを渡す僕。
 不良に絡まれて、震えながらタリムを助けようとした僕。
 買い物に行ってお菓子を買い過ぎないように言う僕。
 それから、今までの二人の日常の光景が淡く浮かんで、消えた。
 いくつも、いくつも。

 思えば俺は……僕はずっと彼女を見ていた。
 そして浮かんでは消えていく光景の数々で……
 彼女もずっと僕を見ていた。


 仲たがいして僕が彼女に背を向けて、手を引いて歩いたときでさえ。
 今年の春になって一人になり、一緒に映っていたはずの、僕が消えた写真さえずっと見ていた……。

 ああ、そうか……。

 あちこちの変異体の部位が、剝がれていく。

「身体が……人間に戻っていく……
これが、君の願いなのか……?
タリム……タリム……?」

 タリムの翼は枯れたように朽ち果てていた。
 彼女の口元に手をかざすと、彼女は呼吸をしていないのがわかった。
 胸元に耳を当てると、心音も止まりかけている。

「ああ……」

 僕は全てをわかったつもりで、何もわかっていなかった。
 決して傷つけてはならないものを、傷つけてしまったんだ。

「この欲望を糧とする力が……。
タリムがしてくれたように破壊でなく奇跡を起こせるのなら。
こんな力、全てなくなっていい。
僕の存在と引き換えでいい……
もう一度だけ、笑ってくれ」

 僕の胸の中に、淡い赤色に輝く光が生じた。
 それは胸の上、喉、口へと移っていき……。
 僕は倒れているタリムの口に、その光を移した。


次回予告


 エピローグ「タリム」
 2000年3月、卒業式

 


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