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【cinema】わたしは、ダニエル・ブレイク

2017年28本目。

イギリス北東部ニューカッスルで大工として働くダニエル・ブレイク。心臓に病を患ったダニエルは、医者から仕事を止められ、国からの援助を受けようとしたが、複雑な制度のため満足な援助を受けることができないでいた。シングルマザーのケイティと2人の子どもの家族を助けたことから、ケイティの家族と絆を深めていくダニエル。しかし、そんなダニエルとケイティたちは、厳しい現実によって追い詰められていく。(映画.comより転記)

ケン・ローチの作品は、いつも尖っているのに、優しさと慈愛に満ち溢れていて、この「慈愛」という言葉が安っぽく感じられ、使うことさえ躊躇われるくらいなんだけれども、社会から取りこぼされているような人々に常に寄り添う。
画面はいつだって、イギリスの寒々しく、色のあまりない感じなのに、空気がどこかしら温かく感じられるのだ。

今回もそう。ダニエル・ブレイクのおかれている状況は誰が見たっておかしいと思うのに、行政の四角四面の対応ではすくい上げることができず、彼やシングルマザーのケイティは追い込まれていく。日本でもそうなんだろうと思う。本当に助けてほしい人たちはいつだって不必要なくらい追い詰められて、思考回路さえ停止してしまって、どうすることもできない。

ネット上には何でも情報はあるし、手続きはどんどんオンライン化されていく。それすら出来ない人はどうすればいいのか。これは、私たちの行く末にも同じことが言えるのではないかと思う。今は大丈夫でも、いつ自分もそういう立場になってしまうかわからない。そんな恐怖さえも感じてしまう。

それでもダニエルは強い。こういう人が真の強い人なんだなって思う。お金がなくても、仕事ができる身体ではなくても、いつも困っている人に寄り添える人。ケイティは彼にどんなに救われたんだろう。

見ていて悲しくて悲しくて、胸が詰まりそうになるくらい泣けて、でもこんな悲惨な状況下でも小さな優しさや勇気は息づいていて、ほっとさせられる。ダニエルの隣人で、中国製のパチモンスニーカーを売りさばこうとする黒人青年が、職安の職員たちに比べて、どれだけ優しく見えるか。

この映画の原題は、"I, Daniel Blake"。彼が職安の壁に書きなぐった文言の出だし。彼の意志の強さが滲み出ている。
「わたしは、ダニエル・ブレイク」…
ケイティが、教会で読み上げる彼のさいごの言葉が、突き刺さる。

けれど、この映画は、単に福祉や行政の手続きについて声高に糾弾するものでもないような気がする。こんな状況下でも、こんなふうに寄り添って生きている人たちがいるんだと、彼らの尊厳を考えているのかと、静かに力強く訴える内容でした。

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