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筒井康隆『定本 バブリング創世記』-オールラウンダーピン芸人の単独ライブ感-

筒井康隆は一度しっかり時間を取って有名所をガサっと攫いたいとだいぶ前から思っているけど、多作ということもあって中々実現に至っていない。結局今まで読んだのは、映画版の「オセアニアじゃあ常識なんだよ」が定期的に見返したくなる『パプリカ』と、本屋の参考書エリアに平積みされている「マンガで分かる〇〇シリーズ」のパロディの極致みたいな『文学部只野教授』と短編集の『日本以外全部沈没』くらいか。「農協月へ行く」のせいで、農協への偏見が未だに抜けん。

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忘れた頃に思い出すPrime Readingで『定本 バブリング創世記』が配信されていたので、特に調べもせずにDLして、風呂の中とかでサクっと読了。小説をおちょくったような、斜に構えたような、流石の着眼点な作品が満載で、やっぱり面白い。小説の短編集なんだけど、リズムネタ、漫談、フリップ芸、一人芝居、幕間映像なんかを諸々詰め込んだ、なんでも出来ちゃうピン芸人の単独ライブを見たような気分になれる、そんな作品集。

バブリング創世記

「〇〇、××を生み、××、△△を生み・・・」という文章が延々と続くだけ、な作品。子供に読み聞かせる絵本のような、意味が分からな過ぎて文章を音としてしか認識できなくなってしまうジョイスの作品のような、とにかく音読を前提としているような作品。しかし時々意味のある単語や連想ゲームのような繋がりがフッと現れる。生物の塩基配列の中に、数%だけ遺伝情報を持つ遺伝子があるような、そんな感じ。たまにループにハマってバグる。リズムと映像の融合ネタ、って感じ。

・・・チンチン、デンシャを生み、デンシャ、ストを生み、・・・

死に方

オフィスに突然鬼が現れ、苗字に数字が入っている社員を数字が小さい順に撲殺していく、という不条理コメディ。鬼が金棒で人間の脳漿ぶちまけているのにコメディなのか?というマジメな意見もあると思うけど、テンポの良い不条理なエログロってそれはもうスラップスティックコメディなんだよな。劇場の空気感でめっちゃハネるけど賞レースの1-2回戦で落とされるタイプのネタ。

発明後のパターン

あまり長くない同じ文章の大半を、「往年のハリウッドスター」と「現在のハリウッドスター」(当時)で置き換えてハリウッドスターの固有名詞と普通の文章との偶然の出会いを楽しむ作品。フリップを2セット使うタイプのフリップ芸だね。

案内人

旅行好きの主人公が、観光地化されていない面白スポットを目指して地元の怪しい男に案内を頼むが、男の人の盲点を突いた意地悪な案内に振り回される話(「皆入っている鍾乳洞(⇒出てきた人がいるとは言っていない)」「身体に良い秘湯(⇒人間ではなく馬の)」等)。観客の盲点をついて、おお!と言わせるフォーマット型の一人コント。ラストもしっかりオトす。

裏小倉

小倉百人一首の原文、かな表記、解釈の3点セットと見せかけて、かな表記以降が次第に響きの似た別の文章(下ネタ多め)になっていく。これもフリップ芸とか映像を使ったスライド芸の典型パターン。「解釈不能」というスカシも結構な頻度でかましてくる。

巷では筒井康隆のホラー短編最高傑作と言われているらしい。ライターの主人公が、ビジネスホテルの鍵から始まり、鍵から鍵へとこれまで施錠したまま放置していた扉を開けて行くなかで、予期せず過去に封印したパンドラの箱に迫ってしまうサスペンスフルな短編。鍵を開けることによって、忘れていた過去の記憶が蘇ったり、記憶の書き換えが明らかになっていくさまは確かに不気味で、ただただ怖いホラーネタ。

上下左右

とあるマンションの全部屋を輪切りにして、各部屋のやり取りが観客にだけ筒抜けになっている奇抜なスタイル(しかも観客にも部屋の住人としての参加を促す、観客参加型でもある)。一見これは小説なのか?という疑念も沸くが、実はこの各部屋の同時多発的なやり取りを同時に見せるというスタイルは文字メディアでしか出来ない。ヒッチコックの『裏窓』などでも、向かいのアパート各部屋のやり取りは、主人公がのぞく双眼鏡越しに切り取られた特定の部屋しか見ることができず、その同時性は再現不能である(もちろん文字メディアであっても実際に読むときは何かしらの順序を設定して読み進めるしかないのだが)。

最後のシーンで予想外の展開を見せる、独創的な映像ネタ。

廃塾令

フェイクドキュメンタリーのタッチで、受験戦争に伴う子供の塾通いの過熱化を、塾が禁止された世界線での塾業界・子供と警察のいたちごっこで皮肉る社会派コント(受験戦争、ってのが時代を感じるけど)

最終的に殴り合いに発展するディベート番組、というスラップスティックの定番に加え、あの手この手で警察の眼を搔い潜ろうとする塾業界、何度もしょっ引かれる女の子など、色々なお笑い要素が盛り込まれた長尺の映像コント。

ヒノマル酒場

これだけは『日本以外全部沈没』で読んだことがある。宇宙人が居酒屋に襲来するが、どっきり番組だと信じ込んで頑なに宇宙人の存在を認めない居酒屋の常連連中とマスコミ連中(テレビリポーター・新聞記者)の揉め事と、その板挟みになって破裂したりメンブレしたりする可哀想な宇宙人のドタバタ喜劇。登場人物全員をおちょくった挙句、最終的に閉店ガラガラで強制暗転。

三人娘

職人気質で管理職としては無能な課長をノイローゼにしようと企む社員(重役の息子)と、その実働部隊のムカつく女社員3人衆があの手この手で課長に嫌がらせをする作品。職場描写にかなり時代を感じる。叙述トリックを使ったりしてややこしい構成にしようという試みも見られるんだけど、普通に三人娘がムカつくのと、すぐ泣いたり漏らしたりする課長にイライラするのと、その割に最後の爆発が弱いという残念な作品。ライブ初日に間に合わなかったのか、クライマックスが尻切れトンボでカタルシスのないコント。

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