見出し画像

「ゲイのポップスター」、リル・ナズ・エックスの革命

 「リル・ナズ・エックスは絶対的な21世紀のポップスターだ (Variety)」──SonyMusicさんPresents、リル・ナズ・エックスの魅力を伝える企画第二弾。インターネットから国民的ヒット曲を生み出した経緯はPart1『バズってスーパースター、リルナズエックス7つの戦略 BTSからNARUTOまで』で紹介しましたが、その後、彼はある決断を下し、音楽シーンを揺るがす革命者への道を切り拓いていきます。

「一発屋」から「ゲイのポップスター」へ

 じつはリル・ナズ、「Old Town Road」大ヒット後の2019年レインボー月間にゲイであることをカミングアウトしていました。そして翌年冬の「HOLIDAY」では名ヴァース「ケツを差し出すけどゲームではアタマだぜ(“I might bottom on the low, but I top shit”)」を披露(※'bottom'とは一般的に性行為で挿入される側。'top'はする側を指すもののここでは音楽シーンにおける頂点とかけている)。同時に、あまりの特大ヒットデビューを記録したために「絶対一発屋になる」と言われまくり、プレッシャーに苦しんでいたそうです。しかし、危機下の自粛生活で自己啓発書中心に読書を重ねていったことで、中傷への対処法、なにより「自信の探求」という人生テーマと出会えたよう。そこでリル・ナズは、デビューアルバム『MONTERO』に際してラッパーからポップスター路線に移り、音楽界を揺るがす大きな決意を下します。

 2021年3月、リル・ナズ・エックスは「MONTERO (Call Me By Your Name)」を発表。これがリリースされるやいなや話題を巻き起こして大ヒット、Billboard HOT100ナンバーワンとなり、正真正銘「一発屋」レッテルを打破して「トップスター」に仲間入りしました。

 さて、この「MONTERO」、「ハワイで君のケツを感じたい」と歌われるように、明確なるセクシャルな男性同士のラブソングです。なにより話題になったのが、キリスト教モチーフのMV。楽園たるエデンの園において、男性らしき蛇のセクシャルな誘惑に応えたリル・ナズは、処刑されてポールダンスで地獄堕ち。しかし、地獄でも悪魔の王の上に乗ってセクシーなラップダンスを決め、最終的には自らが地獄の王となる……いろいろ考察しがいのあるビデオですが、要点をまとめると、同性愛を「罪」とするキリスト教、その教えに苦しんだ少年期のリルナズ、本名「モンテロ」の人生をベースにして「地獄行きだろうと/地獄に行っても」自らの存在とセクシャリティを誇る姿が描かれてるわけです。

「ゲイのポップスター」、なぜ歴史的?

 「MONTERO (CBYN)」が「2021年を代表するヒット」として大きな議論を呼んだことで、22歳のリル・ナズ・エックスは「歴史的なゲイ黒人ポップスター」だと評されていきました。主に語られている理由は2つかな、と。

①大胆なセクシャル表現

(アルバム『MONTERO』カバーアート)

「新生リル・ナズ・エックスは、本当のゲイとして存在している。カミングアウトは彼にとって再調整だったのだ。彼がなろとうしているのは、単なるポップスターではない……明確にゲイなポップスターだ」 (The New York Times)

 まず、ゲイであること公表している人気ミュージシャンは珍しくありません。しかしながら、リル・ナズ自身が指摘するように、トップスターたちのヒット曲はセクシャリティの「ほのめかし」程度の表現が多かった。ゆえに、露骨かつ直接的に男性同士の性愛、官能を描き出して大ヒットした「MONTERO(CMBYN)」が革新的と評されたわけです。もちろん、レディー・ガガ育ちのリル・ナズがBROCKHAMPTONやタイラー・ザ・クリエイター、フランク・オーシャン等に影響を受けているように、ラップ含む米音楽シーンのクィア表現は、特にこの10年でどんどん多様化してきた背景があります。そうした蓄積、豊穣の結果として、リル・ナズ・エックスという「歴史的なゲイ黒人ポップスター」が生まれたとも言えますね。

②ヒップホップ界の同性愛嫌悪

「リル・ナズ・エックスは僕のヒーローだ」「桁外れているのは、アーバンミュージック界で公然にゲイであろうとする、とてつもない勇気。これこそ、彼を真なる革命的存在たらしめる所以だ」(エルトン・ジョン)

 今回ポップスター志向をとったリル・ナズ・エックスですが、やはりラップルーツの黒人男性アクトであり、今でもラップを行っています。そのため(前述した通り変化はしてきているといえ)同性愛嫌悪の傾向があるとされるヒップホップコミュニティの一員でもあるわけです。この問題については色々語られていますが、2019年に「Old Town Road」でコラボしたラッパー、ヤング・サグが「リル・ナズはカミングアウトすべきじゃなかった」と語ったことからも伺えます。これは蔑視とかではなくて「音楽に注目されずに"こいつはゲイの黒人だ"といったレッテルを貼られていってしまう」「そうしたバッシングを受けるには彼は若すぎる」といった、先輩としての心配でした。そもそもリル・ナズ自体、ブレイク前には「お前の母ちゃんをファックするぜ」といった"ラッパーらしく男らしい野蛮さ"とされるリリックを(無理して)ラップしていたりもいたし「Old Town Road」ヒット後にもフェミニンなエナジーを出しすぎない"安全な異性愛者"的表現を保とうとプレッシャーを負っていたといいます。

(BETアワードでのパフォーマンス)

 「ゲイのポップスター」としてトップに立った2021年にも、リル・ナズは「自分の身の安全のために」ラップコミュニティにおける同性愛嫌悪、その被害経験をあまり語ろうとしません。だからこそ、主にブラックミュージックの祭典とされるBETアワードのパフォーマンスは注目を浴びました。マイケル・ジャクソンのステージをオマージュしながら官能的に同性とキスする、まさにゲイ男性としての大胆なセクシャル表現だったのです。LGBTQ+コミュニティから問題視されることもあった同アワードへの出演について「サメとピラニアだらけの湖に飛び込むようなものだった」と語ったリル・ナズは、信念も呈しています。「"君が受け入れられるところに行けばいいんだ"とよく言われるけど、安住できる環境に行ってるだけじゃ駄目なんだ。壁を壊しに行って、言わなきゃいけない。"ここは僕の場所でもあるんだ"って」。

ユーモラスなクィア・ラップ

これはチャンピオンの曲だ
ビッチたちとはヤらない、クィアだからな(「INDUSTRY BABY」)

 アルバム『MONTERO』ではポップもラップもオルタナティブもやると宣言したリル・ナズ・エックスですが、彼が一番のお気に入りと語る「負け犬アンセム」こと「INDUSTRY BABY」では、ジャック・ハーロウをゲストに、強気に自慢するラップカルチャー、自身や性をゴージャスに誇るクィアカルチャーのアティチュードを見事に合体させています(もちろん、双方被る要素要素でもありますが)。本作も話題を巻き起こしながらストリーミングヒットし、全米シングルチャートにあたるBillboard HOT100で2位についています。

 Part1記事で紹介した、インターネットに長けたユーモラスなセンスも健在。上記は、誹謗中傷も呼んでいた男性たちのセクシーダンスシーンをサムネイルにした「無修正バージョン」。再生したらわかりますが、ジョークです。

自分を貫く『MONTERO』のメッセージ

 SNSにおいても華やかかつユーモラスに同性愛嫌悪に反撃しているリル・ナズ・エックスですが、偏見がある人々を全否定せず、むしろ「育った環境で根づいた考えを変えることは難しい」と理解を示してもいます。加えて、クィアなファンに対して「勇気を出してカミングアウトした方がいい」と促すことはせず、特に親と同居する若者にとっては非常に難しいことだから(彼らの)安全と健康を心配している、と語っています。こうした姿勢、考慮は、デビューアルバム『MONTERO』で描かれる、彼自身の人生にありそうです。

逃げ出したい 偽りたくない、もう生きたくない 拳銃をよこして そしたら天に昇れるから
ゲイな考えがいつも頭をよぎって 神様に祈った、取り払ってって 戦うのって辛い 誰にも言えず、一人だけで抱えながら(「SUN GOES DOWN」)

 バラード「SUN GOES DOWN」では、セクシャリティに苦しんだ高校時代が描かれています。同性愛への偏見が強い地域でクローズドなゲイとして育ったリル・ナズこと少年モンテロ・ラマー・ヒルは、イジめられたこともあるし、何より、キリスト教に敬虔な家庭で育った自分自身が同性愛を「罪」と捉えていたそうです。Part1でも小出しにしましたが、自死も考えたティーン時代、希望になっていたもの、そして信仰に対する「最初の反抗」となったのがインターネット。この曲でも「携帯電話にしがみついて一日中ニッキー・ミナージュに夢中だった 唯一、自分の居場所だと感じた 見ず知らずの人がそう感じさせてくれるなんてね」と歌われますしね。
 同時に、この曲は、大人になったリル・ナズ・エックスが過去の自分に語りかける作品でもあります。

泣きたい気持ちは分かる でも人生もっと楽しいことがあるから 
過去の過ちや悪口を言ってきた奴らのために 死ぬなんかより (「SUN GOES DOWN」)

 このバラードや「MONTERO(CMBYN)」が少年時代の自分に宛てられたように、デビューアルバム『MONTERO』は、リル・ナズ・エックスの人生や家族など、非常にパーソナルな内容になると予告されています。
 元々、一生カミングアウトしない気でいたという少年モンテロは「リル・ナズ・エックスになって全てが変わった」そうです。故郷から離れて人気ミュージシャンとなったあと、勇気を出して「ゲイのポップスター」、ひいては「ゲイのポップスターはこのように存在するのだと示す者」となったわけですが、あくまで貫くのは自己表現。ロールモデルは目指さず、自己表現の結果として勇気づけられる人がいたら良い、という方針をとっている。これは、彼が目標とする「スーパースター」観とも通じます。

「歴史を振り返ると、最大のアイコン、最大のアーティストは、常に全員を幸せにしようとはせず、自分を貫いていった人々だ。僕はそういう存在になりたい」

 ちなみに、アルバムタイトルとなった本名「モンテロ」とは、お母さんが欲しかった三菱の車からとられているそう。「馬≒車に乗って駆け出したい」アメリカン・ドリームをラップした「Old Town Road」と通ずる由来ですね。一方、音楽に目覚めた彼自身がティーン時代に命名したMCネーム「リル・ナズ・エックス」とは「ラッパーらしいリルとナズ」に加えて「伝説になるまでのX=10年」という目標が込められています。もしかしたら「歴史的なゲイのポップスター」として花ひらいた彼が「伝説」になるのに、10年もかからないかもしれません。おそらく、アルバム『MONTERO』がリリースされる2021年9月17日にわかることでしょう。

 (アルバム『MONTERO』予告編)

↓第一弾記事↓


よろこびます