見出し画像

アメリカで芸能人の政治発言が叩かれないのは本当?

 検察庁法改正抗議によって「アメリカのセレブの政治的言動」への注目が高まるなか、拙書『アメリカン・セレブリティーズ』の名前を出していただいたりもしたので、個人的な所感を書きます。

アメリカでも政治発言は叩かれる 

(ヒラリー・クリントンへの投票を呼びかけるビヨンセとJay-Z夫妻)

 個人的な所感としては、アメリカにおいてもエンターテイナーの政治的言動、とくに特定政党の支持または批判、あるいは思想によって賛否がわかれがちな傾向にあるイシューにまつわるオピニオンはバッシングを受けがちです。日本と比べて政治的オピニオン発信が多いことには同意しますが、だからといって「バッシングに晒されたりしない状況」なわけではないかなと。

 象徴的存在はビヨンセです。2016年、彼女が国民的スポーツ中継NFLスーパーボウルのハーフタイムショーで(かつて警察を戦闘を繰り広げたイメージも持たれる)ブラックパンサー党トリビュートを行ったときは大きな賛否両論を生みました。ざっくりわけてしまえば、二大政党制が機能するアメリカにおいて共和党員界隈から怒りを買い民主党員から称賛を呼んだんですね。詳しくは拙書『アメリカン・セレブリティーズ』のビヨンセ章を全文公開しているので、そちらをチェックしていただければ。彼女がのちに『好感度が政治的党派分断しているセレブ』第一位に選ばれたことはまったく不思議ではありませんでした。スーパーボウルの時には、右派活動家がアンチ・ビヨンセデモを企画したら人が集まらずむしろアンチ・アンチ・ビヨンセデモのために現地集合した人のほうが多かった話とか、ツアー会場前で保安官や警察官によるデモが行われたり、プロテスト運動事案にまで発展を見せていたので。

  この騒動を受けて、トランプ批判でお馴染みの老舗コメディ番組『サタデー・ナイト・ライブ』は「ビヨンセが黒人になっちゃった!」と慌てふためく滑稽な白人たちのスキットをリリースしています。ギャグといえど、「リベラル側の嫌味」みたいなのも感じるのですが。しかしながら、こうした民主党派(≒反共和党)の人々もセレブリティの政治的言動をバッシングすることは多いです。たとえば、トランプ大統領の就任式における国歌斉唱パフォーマンス。50セント含む多くのスターが断っていったわけですが、そこで「私はただの歌手だから人々のために歌う」と語り、出演を発表したのが舞台『ドリームガールズ』で著名なジェニファー・ホリデー。しかし、バッシングに遭った結果「無勉強だった」として出演を取り下げました。ここで特に問題視されたのは、トランプ政権への関与がセクシャルマイノリティの人々への差別に加担として受け止められること(※)。結局就任式で歌ったのは、当時ティーンエイジャーだったジャッキー・エヴァンコ。批判を受けた彼女にしても、のちに「過去に戻れるならやり直したい、LGBTQコミュニティからは多大な影響を受けているのに」「私ではなくチームが出演を決めた」と弁解しました。

※ これまた全文公開中の『アメセレ』ジャスティン・ビーバー章で触れた問題ですが、アンチ同性愛が多いキリスト教福音派を支持基盤とするトランプ政権の副大統領マイク・ペンスは"同性愛強制セラピー"にも出資してきた

 なにより大きなインパクトをもたらしたのが、人気ラッパーのカニエ・ウェストによるトランプ支持表明。これも『アメセレ』カニエ章に書きましたが、彼は民主党派の多いアフリカン・アメリカン、およびUSヒップホップ界隈のルーツであり、かつては共和党批判で大きな話題を呼んでもいたため、イメージのギャップも凄かった。いっときマネージャーをつとめていたスクーター・ブラウンはカニエに「トランプ支持は明かしてはならない」と止めていたそう。蓋が開けられた2016年末、激震するTwitterで「黒人だからといって民主党員である必要はない」と擁護した後輩チャンス・ザ・ラッパーも巻き込まれ炎上して弁解するに至りました。このケースでは、共和党でも異色なドナルド・トランプが選挙レース時から人種差別的な言動を問題視されていた関係により「政治思想の自由以前にレイシズムの問題だ」といった反論が見られました。無論、目立ったトランプ支持者層はカニエを歓迎。

 すごい簡略化しちゃうと、セレブの民主党サポートに民主党員は喜び共和党員は反発、セレブの共和党サポートに共和党員は喜び民主党員は反発……といったリアクションや(マスメディアによる)「まとめられ方」が定番ではないでしょうか。『アメセレ』トランプ章でも触れましたが、こういった「党派分断」括りは日本よりアメリカのほうが盛んな視点かと思われます。もちろん、有名人が自分と異なる思想を掲げても「自由」だと認める人もいるでしょうが、なにもアメリカに限定されることではないでしょう。

民主党派に偏るUSショービズ

画像1

(オバマ政権ホワイトハウスに招待される人気R&Bヒップホップ・ミュージシャン)

 USショービズにおけるセレブリティの政治的言動ウォッチで留意すべくは「グローバル規模で若者人気の高いスター」が民主党員に偏っていることです。これは数字にも出ていて、2018年に行われたThe Hollywood Reporter調査によると、ハリウッドにおけるエグゼクティブ(企業幹部)とエンターテイナーによる政治献金の99.7%が民主党とその関連団体宛て。同誌の2017年版「ハリウッドのパワープレイヤー100人」のうち、共和党に献金した人物はたった3人だけです。米映画界の頂点とされるアカデミー賞では大女優メリル・ストリープが堂々トランプ批判スピーチを行うどころか、当時の副大統領ジョー・バイデンがレディー・ガガのパフォーマンス紹介として「性暴力防止に取り組むオバマ政権」の宣伝スピーチ、ミシェル・オバマが作品賞プレゼンターしてたりしますからね。一方、民主党指名争い記事で触れたように、ミュージシャン含むトップスターたちが「民主党エリートと癒着しきっている」説も大きくは通じづらいと思うのですが(ガチガチ本流のバイデンではなくややアウトロー的なバーニー・サンダースが一番人気だったため)。

 全文公開中の『アメセレ』レディー・ガガ章に書きましたが、こうした隔たりゆえに、民主党と結託するセレブを特権階級「リベラル・ミリオネア」として批判する声も大きいです。共和党サイドの大統領選挙レースに関与した戦略家が「共和党の観点からすればリベラルなセレブに口撃されることは名誉」と語るくらいなので(スターの民主党支持はそこまで票に影響しないものの、それを受けた共和党候補が支持者を高揚させるアジテートとして用いるには効果的なためと思われる)。アメリカ政治で共和党と民主党による二大政党制がまだ機能していることは重要です。それなのに、ポピュラーカルチャーでは民主党サポーターばかりという不バランスが生じている。共和党(のなかでも異色ですが)トランプ政権の今だと「アメリカの芸能人は”与党”に反対していてすごい!」印象になりがちですが、逆に民主党オバマ政権期では"与党"礼賛ばかりでした。今現在とは逆に、政権を批判する人気者のほうがイレギュラーだったわけです。前出カニエ・ウェストは、こうしたUSショービズの偏った党派性、とくに「黒人は民主党員」とするレッテルを批判し、トランプ支持表明は監獄からの脱出だった、みたいに語っております。

政治的沈黙するスターの界隈

テイラー・スウィフトの支持政党表明を追ったドキュメンタリー『ミス・アメリカーナ』

 エンターテイナーの取り込みも上手だったオバマ政権フィーバーからトランプ批判が燃えた2016年大統領選挙のセレブリティ界において「政治的カオス」に巻き込まれたトップスターこそテイラー・スウィフトと言えます。当時のテイラーの場合、共和党員ファンが多いカントリー音楽界の出自も影響して、レディー・ガガやケイティ・ペリーとは違って支持政党を明かしていなかった。拙書『アメセレ』のテイラー章に詳しいですが、民主党支持発言がデフォルトなポップ界で沈黙を貫いた結果「隠れトランプ支持者」説が流れることとなり、民主党派から何度も叩かれ、過激な保守派から「ファシストの女神」と祀り上げられる事態となったのです。

(ブッシュ大統領を批判したディクシー・チックスとその糾弾デモを追うドキュメンタリー『Protesting the Dixie Chicks』)

 カントリー音楽界には、2000年代にブッシュ政権を批判したディクシー・チックスが強烈なアンチ運動に遭った結果「シーンから消滅した」遺恨があります。テイラーいわく、以降レーベル等から政治的沈黙が課せられる状況だったとか。そんな中、アメリカのマスメディアで「共和党員と民主党員の架け橋」として崇められる存在が、カントリーの大御所ドリー・パートン。彼女は「政治的発言をしないスター」像を一貫させており、ショービズでフェミニズムが浸透した2010年代末にフェミニストか問われたときも言葉を濁しました。日本でも話題になったテイラー・スウィフトの民主党支持公表の際、中間選挙の投票所で取材が行われたりもしていたのですが、そこでマスメディアに取り上げられる共和党員の意見は「ドリー・パートンを見習って政治的言動をするな!」といったものでした。ちなみに、MCTHRが2018年に行った調査では「セレブは率先して政治的発信を行うべき」とするアメリカの有権者は全体28%、逆に「セレブは政治思想を公にすべきではない」派はほぼ同数の29%。トランプ支持を表明するセレブに対する容認は42%、トランプ批判を表明するセレブに対しては38%。綺麗にわかれてますね。

 カントリーの他にも、たとえばアメリカンフットボールなんかの白人アスリートはトランプ支持を隠している、と噂されます。トランプの友人だったNFLスター選手トム・ブレイディは、2016年大統領選挙レース時にMAGAハットを所有する疑惑の写真が流れたために疑惑を抱かれました。のちのちNFL国歌斉唱問題についてはトランプ大統領を批判し、スーパーボウル優勝後のホワイトハウス訪問もスキップしましたが、そこで示された理由は「家族問題」(彼の妻である伝説的スーパーモデルのジゼル・ブンチェンは反トランプ派)。結果、MCU『キャプテン・アメリカ』でお馴染みのクリス・エヴァンスが「彼がトランプ支持者でないことを切に願っている。もしそうなら、ファンをやめるかも」と心情を公言するに至りました。

(さまざまな政治的意見を取り上げるプロジェクト"A Starting Point"を開始したクリス・エヴァンスとそれに賛同する姿勢を見せた共和党議員テッド・クルーズ)

 エンターテイナーの政治的発言が多いアメリカは「自由」に見えますが、それに対して巻き起こる大規模なバッシング、加えてスター界隈の党派性を考えると、「芸能人の政治的発信が叩かれず異なる意見も許容される状況」と断言するにはちょっと躊躇が出てきます。エージェンシー制度とか儲けられる額の大きさとか、日本のショービズとはシステムや規模が異なるって話もあるのですが、比較できるほど詳しくないので、また何かあったら……。

著書『アメリカン・セレブリティーズ』発売中

20組のセレブリティからアメリカ社会を探求する書籍『アメリカン・セレブリティーズ』(スモール出版)が発売致しました。

通販ページ: Amazon , 楽天ブックス , セブンネット , e-hon , 紀伊國屋書店 

・目次や試し読みなど



よろこびます