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【全文公開】 レディー・ガガ:アイデンティティ政治とリベラルなセレブリティ (『アメリカン・セレブリティーズ』より)

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■新しい「ポップの女王」

レディー・ガガと聞いてどんな人物が思い浮かぶだろうか? なんだか奇抜な格好をしている人、歌が上手い人、そして立派なことを言っている人? もしそうならば、アメリカにおけるイメージとだいたい同じだろう。

1986年ニューヨーク生まれのステファニー・ジョアン・アンジェリーナ・ジャーマノッタは、2008年、レディー・ガガとして音楽シーンに現れ、またたくまにスターダムに駆け上がる。ポップスターを戯画化したような奇抜なヴィジュアル、金属質なダンスポップ、そして、まるで演劇のような前衛的パフォーマンス。その姿は、瞬時に大衆の脳裏に焼きついた。斬新すぎる彼女の存在を「話題づくりしか能がないニセモノの歌手」と軽視する者も多かった。実際、2011年のナンバーワン・ヒット曲「Born This Way」はマドンナの楽曲「Express Yourself」(1989年リリース)の盗作だと騒がれ、渦中の2人のあいだに深い溝を生むこととなる。ただし、ある種運命的なのは、すでに「ポップの女王」として伝説扱いされていたマドンナにしたって、かつては同様の蔑視を集めていたことだ。結果的に、レディー・ガガは新たなる「ポップの女王」となり、ポップカルチャーを変革した。2010年代のアメリカの大衆文化は彼女なくして語れないほどに。

ガガがもたらした変革は多岐にわたる。まず「ポップスター」像の脱構築。2000年代の人気女性ポップスターはブリトニー・スピアーズなどの「セクシーなブロンド」がもてはやされたが、それらを誇張してコスプレするかのようなガガの出現によって流れが変わった。『BTS』章に詳しいが、ガガ以降、バービー人形のような「パーフェクトな美的基準」を誇る若手女性スター像は鳴りを潜めることとなる。フェミニズム再興やソーシャルメディアの普及もあり、「なにを美とするか」という思想自体が変わったのだ。

今や「セレブリティの必需品」とされるソーシャルメディア・ビジネスでも先手を打った。2010年代後半、その領域の成功者はBTSなどのK‒POPグループやカーダシアン姉妹とされるが、アメリカにおいて、インターネットを駆使して強大なオンライン・ファンダムを築いた最初期のメガスターの一人はガガだろう。彼女のファン軍団の総称「リトル・モンスター」という言葉は、日本でも聞いたことがある人が多いかもしれない。
そしてもうひとつ。世界に多大な影響を与えたであろう彼女の革命は、アメリカン・ポップカルチャーにおける「アイデンティティ政治」の普及だ。

「あなたの肌が黒くても/白くても/ベージュでも/ラティーノでも
レバノン人でも/東洋人でも
障害があってイジメられても
今は祝福を/自分を愛して/だって/それがあなたなんだから
たとえゲイでも/ストレートでも/バイでも
レズビアンでも/トランスジェンダーでも
私は正しい道にいるわ」
(レディー・ガガ「Born This Way」)

■マイノリティのアイデンティティ

アイデンティティ政治とは、おもにジェンダーや人種など、社会で抑圧されるマイノリティのアイデンティティにもとづいて公平を求める政治運動とされる。多様性や包括性といったキーワードとも紐づけられがちだ。レディー・ガガはこの思想をポップソングによって広めた存在である。神の名のもとにマイノリティの存在を肯定した「Born This Way」が権利運動、とくにゲイパレードのアンセムとなったことは言うまでもない。

この例にとどまらず、レディー・ガガは非常に政治的言動の多いポップアイコンである。たとえば、奇抜な衣装の代表格として名高い2010年の生肉ドレス。生肉でつくられた規格外なドレスはインターネットの話題をかっさらったが、そのデザインには「奇抜」以外の意味があった。当時、ガガはこのように語っている。「今すぐ権利のために闘わなければ、我々が持ちうる権利は骨についた肉と同程度の量となるでしょう」生肉ドレスは、マイノリティ差別、とくに、当時アメリカ軍が掲げていた差別的な規則「Donʼt Ask, Donʼt Tell(聞くな、言うな=同性愛者であることを隠せ)」への反対声明だったのである。このステートメントの翌年、同ポリシーは終了している。また、2015年には、連邦最高裁判所の決定により、同性婚が合法と認められた。このように、ポップスターの立場から「アイデンティティ政治」を広めたガガの言動をたどれば、アメリカ社会の政治動向がうっすらと浮かんでくる。

もちろん、エンターテイナーによる政治的発言が活発なアメリカにおいて、マイノリティ抑圧に反対してきたセレブリティはガガが最初ではない。女性ポップスターにしても、シェールやマドンナなど、男性優位社会を批判し、女性やセクシャル・マイノリティの権利のために闘ってきた先人たちがいる。しかしながら、ガガは比較的、時勢が味方した存在だったかもしれない。女性に細身を強いるボディイメージ問題から米軍によるビン・ラディン殺害まで、次々と声をあげていった彼女がトップスターとなった2010年代初期は、前述どおりTwitterやFacebookなどのソーシャルメディアが普及した頃でもある。そのため、アメリカの若者たちはガガと歩みをともにするかのように政治意識や個性の尊重に目覚めていき、結果、権利の主張や多様性促進が一大ブームになった。

需要が高まれば供給も増える。日本でも大ヒットを記録したディズニー映画『アナと雪の女王』(2013年)において「ありのままで」と個性を肯定するアンセム「Let It Go」、それに似たメッセージを発信したアレッシア・カーラのような等身大なポップスターたちも「多様性の祝福」旋風および「Born This Way」の延長線上として捉えられるだろう(『BTS』章参照)。

■「フェミニズム=男性嫌悪」ではない

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2015年に入ると、アメリカのセレブリティ界隈はすっかりアイデンティティ政治スピーカーで溢れ返る。なかでもわかりやすい変化は、女性の権利を訴えるフェミニズム関連だろう。実は元々、アメリカの女性ポップスター界隈でフェミニストを自称する者が多かったわけではない。ガガだってそうだ。2009年、彼女は「男性を愛しているから」と言ってそう呼ばれることを否定した。しかしながら、翌年には姿勢を変化させる。「私はフェミニストです。多くの人がフェミニズムは男性嫌悪だと認識していますが、それは誤りでしょう」ガガの指摘には先見性があった。この宣言からおよそ5年後、つまり2010年代中盤には、多くの女性セレブリティがガガと同様の動きに出ることとなる。

たとえば、ガガと同じく2010年代初期のメガ・ポップスター旋風を代表する存在であったテイラー・スウィフトやケイティ・ペリーは、どちらも2012年に「自分はフェミニストではない」と宣言している。彼女たちはそれぞれこう語った。「私は男女の敵対でものを考えない」「フェミニストではないけど女性のパワーは信じてる!」後年に黒人女性フェミニストのアイコンとなったビヨンセにしても、2013年、フェミニストかどうか問われて丁重に言葉を濁している。「わからない。その言葉は極端になりかねます……おそらく、私はモダン・フェミニストでしょう。私は平等を信じています」「ですが、私は幸せな結婚をしたんです。夫を愛してるんです」 これらのコメントからは、ガガの言うとおり、当時の音楽界において「フェミニズム=男性嫌悪」のイメージが根深かったことがうかがえる。要するに、女性スターがフェミニストを自称するものならブランド毀損につながりかねなかったのだ。

しかしながら、それからたった数年で、状況は大きく変わった。例に挙げた3人は、いずれも2015年ごろにはフェミニストを名乗りはじめ、その方針をアピールする戦略を強めていく。女優ヴァネッサ・ハジェンズや男性ラッパーのファレル・ウィリアムスなど、ほかのスターたちも同様の動きを見せていった。こうして、2010年代の終わりには、アメリカの人気女性セレブリティ、とくに若年層がフェミニズム肯定者でないことのほうが珍しくなった。かつてのテイラーやケイティのように否定したほうがニュースになるような状況だ。ソーシャルメディアがマスメディアにも影響をもたらす存在となっていたこともあり、アメリカのポップカルチャーは差別的表現とその疑惑への厳しさを強めていった。この傾向は「キャンセルカルチャー」として議論されることになるが、それは『マイケル・ジャクソン』章で説明したい。

■セレブリティと政治宣伝

レディー・ガガのキャリアをひもとくと、デビューシングル「Just Dance」(2008年リリース)が民主党バラク・オバマ政権期最初のナンバーワン・ヒットであったことも示唆的だ。彼女が象徴する多様性ムーブメントには、このリベラルな政党の影がある。2009年、黒人初の大統領がホワイトハウスに君臨した頃は、社会全体で多様性促進の気運も高まっていたのだ。その時点で、アメリカの音楽界や映画界のスターには民主党支持者が多かった。これらが相まり、オバマ政権期のポップカルチャーは「民主党議員とトップスターの結託」シーンが目立つようになる。その代表格もガガだろう。

たとえば、2016年に行われたアカデミー賞パフォーマンス。性暴力問題を扱ったガガのステージを紹介したプレゼンターは、なんと当時の副大統領ジョー・バイデンだった。その際、この大物政治家は、パフォーマー紹介のみならず、民主党が性暴力問題に注力していることまでスピーチしてみせる。要するに、高視聴者数を誇るアワード中継で堂々とオバマ政権の宣伝をしたわけだ。日本からすると驚きの光景かもしれないが、2010年代アメリカにおいては日常茶飯事の出来事だ。アカデミー賞では、司会が「ヒラリー・クリントン寄付パーティーでの面白エピソード」を語ることもあるし、大女優メリル・ストリープが堂々と共和党の大統領候補を糾弾したりもする。日本で知名度の高いアメリカ人スターの多くは民主党支持者と考えていいかもしれない。

■リベラル・ミリオネア

政治信条を語ることは個人の自由だが、問題は、なにも民主党が一強状態ではないことだ。アメリカでは、民主党と共和党が二大政党とされており、さまざまな選挙で勝敗を争っている。国民投票で選出される合衆国大統領にしても、この二党が椅子を取り合う。41代ジョージ・H・W・ブッシュ(共和党)、42代ビル・クリントン(民主党)、43代ジョージ・W・ブッシュ(共和党)、44代バラク・オバマ(民主党)……といった具合に。それゆえ、『テイラー・スウィフト』章でも触れるように、リベラル一辺倒なセレブワールドを良く思っていない国民も当然存在するわけだ。

「多様性促進」などと綺麗事を説くセレブたちは、そうすることで経済格差などの重大な問題を隠している、既得権益と癒着する大金持ち「リベラル・ミリオネア」だ……などなど、インターネットに限っても反感はたくさん出ていた。そんな不満を上手く突いたのが、共和党の第45代大統領ドナルド・トランプだろう。2016年大統領選挙レースにおいて、性差別や人種差別者疑惑がまとわりついた彼は、人気セレブリティからひどく嫌われる候補だった。もちろん、当時相当な数のスターが支持していたのは民主党議員。ガガやビヨンセ、ケイティなど、アメリカが誇るトップスターがヒラリー・クリントンの応援に駆けつけていた。この状況を逆手にとったトランプは、選挙集会において「我々にはガガもビヨンセもいらない、必要なのはアメリカを偉大にするアイデアだけだ」と宣言し、みごと観衆を掌握してみせた。まぁ、テレビスターの経歴を持つ彼にしても、元々は民主党に献金していた「リベラル・ミリオネア」なセレブリティだったのだが……。

■「トランプ氏の支持者を憎む必要はない」

なにはともあれ、トランプは大統領となったし、その勝利によってアメリカ社会の党派分断があらわになった。華々しいポップカルチャーではすっかり民主党的リベラリズムが根づいているが、現実のアメリカにはそれを良く思わない層もいる。そこでは、セレブたちも一端をになうアイデンティティ政治ムーブメントへの反感もはぐくまれていたのだ。

アイデンティティ政治時代を開拓したガガはどうなったのか。実は、彼女は「分断の時代」においても先を行っていた。2016年大統領選挙中、ヒラリー支援集会に登壇したガガは、トランプを批判しつつ、盛り上がる観衆に釘を刺した。「このメッセージを広めることは重要です。トランプ氏の支持者を憎む必要はありません。私たちが本当の、本当のアメリカ人であるならば、彼の支持者を敵と見るのではなく仲間と見るべきなのです」

ピュー研究所によると、アメリカにおける二大党派間の敵対心は1990年代以降の20年で大きく上昇した。1994年「支持しない政党の方針は大いに同意できない」と回答した二大党派の支持者はそれぞれ20%未満だったが、2014年には民主党員は38%、共和党員は43%にまで達している。オバマ政権期、多様性ムーブメントの先陣を切ったレディー・ガガは、みごとにそのアティチュードを業界の標準にしてみせた。それから7年ほど経って、今度は政治的敵対への反対を説いたわけだが、その声はポップカルチャー、そしてアメリカ社会に届くのだろうか。

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書籍『アメリカン・セレブリティーズ』

2020年4月30日発売
定価1700円+税
四六判並製/1C/296ページ
ISBN978-4-905158-75-2
ハリウッドスター・ラッパー・ポップシンガー・政治家・インフルエンサー…… アメリカのセレブリティは、世界の政治や経済を動かすほどの巨大な影響力を持っている。その背景には、カルチャー、政治、ソーシャルメディアなどが複雑に絡み合った「アメリカという社会の仕組み(と、その歪み)」がある。気鋭のセレブリティ・ウォッチャー/ライター辰巳JUNKが、世界を席巻する20組のセレブリティを考察し、その謎を解き明かす!


よろこびます