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【全文公開】 ビヨンセ:政治的分断スーパースターの黒人女性らしさ (『アメリカン・セレブリティーズ』より)

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■神聖なる黒人スター

問1、アメリカのポピュラーミュージックの王は誰?
十中八九挙がる名前は、キング・オブ・ポップ、マイケル・ジャクソンだろう。
問2、 2010年代に活躍したシンガーで、最も敬われているのは?
こちらはおそらく、多くの人がビヨンセの顔を浮かべるのではないか。なにせ、第44代ファーストレディー、ミシェル・オバマすら彼女を「クイーン」と呼んでいるのだから。

1981年、テキサス州ヒューストンに生まれたビヨンセ・ジゼル・ノウルズは、マイケル・ジャクソンに憧れる少女だった。数奇なことに、彼女は目標であるキング・オブ・ポップと少しばかり似た道のりを歩むことになる。両者とも共和党が強い州に生まれた黒人で、父親から厳しい指導を受けつつグループの一員としてメジャーデビューを果たす。以降の活躍は知ってのとおり。トップスター間でも突出したパフォーマンス技術と豪勢なヴィジュアル戦略を武器に、ソロアクトとして音楽界のトップに君臨した。アメリカの「神聖なる黒人スター」ポジションは、2009年にマイケルが亡くなったことによってビヨンセに明け渡されたとも語られている。ただし、そんな2人でもゴシップメディアにおける境遇はまったくの別ものだ。

■大衆が羨む富、名声、家族

晩年のマイケル・ジャクソンは児童性愛疑惑の悪評を被せられつづけた(当該章参照)。一方、ビヨンセは、デビューから20年間、クリーンなイメージを保っている。私生活では「史上最高のラッパー」と名高いジェイ・Zと結婚。この2人はどちらも稼ぐ。企業家でもある夫婦の2018年合計資産は推定12億ドル、音楽界初のビリオネア・カップルだ。アメリカのスターファミリーらしく、ビヨンセの妹ソランジュがジェイ・Zを暴行する監視カメラ映像が流出したり、後年ジェイの不倫騒動が明かされるなど、波乱も経験してきたが、どちらの遺恨もビヨンセが加害者というわけではない。2020年現在は良好な夫婦関係を築いているようで、3人の子どもにも恵まれている。

まさに、ビヨンセはパーフェクトだ。30代にして大衆が羨む富も名声も家族も手にしている。しかしながら「賛否両論のスーパースター」としての肖像はマイケルと一致しているかもしれない。2010年代アメリカで、彼女は確かに敬われている。ただ、それと同時に、多くの国民から憎悪されているとしたら?

■共和党支持者から最も嫌われる女性

アメリカに二大政党それぞれのカルチャー・ステレオタイプやその研究が存在することは『ドナルド・トランプ』章で解説したが、その彼の当選により「分断」がホットワードとなった2018年には『好感度が政治的に分裂しているエンターテイナー』調査が発表された。このランキングでトップになった人物こそ、ビヨンセなのである。

◎好感度が政治的に分裂している人気エンターテイナーTOP10 (2018年MorningConsult調査)
1位ビヨンセ・ノウルズ(歌手)
2位ショーン・ハニティ(テレビ司会者)
3位ラッシュ・リンボー(ラジオMC)
4位エレン・デジェネレス(テレビ司会者)
5位レブロン・ジェームズ(アスリート)
6位ジェイ・Z(ラッパー)
7位ケイティ・ペリー(歌手)
8位レディー・ガガ(歌手)
9位リアーナ(歌手)
10位ジョージ・クルーニー(俳優)

この調査で対象となったエンターテイナーは、Forbesに選出された2017年最も収入が高かった100人。二大政党支持者間で最も好感度に格差があった者がリストされている。TOP10のうち好感度が「共和党>民主党」だった者は2位ハニティと3位リンボーのみ……とはいっても「誰?」状態だろうか。2人とも右派コメンテイターの大御所だ。左派とされる民主党支持者に嫌われるのはまぁ当然だろう。その反対も然り。残る8人の民主党派人気に偏るスターたちは、マイノリティ権利提唱などを行う、民主党と距離が近いイメージの「リベラル・ミリオネア」たちだ(『レディー・ガガ』章参照)。共和党やトランプ政権を差別的だと糾弾する者も多い。

なかでもビヨンセは抜きん出ている。彼女の好感度は、民主党派60ポイント以上、共和党派0以下ネガティブ。同ランキング上位15人中「民主党支持者から最も愛される女性ミュージシャン」であると同時に「共和党支持者から最も嫌われる女性」に位置している。とはいっても、彼女は、ガガやリアーナ、ケイティほど辛辣に政敵を糾弾したりはしない。ある種、ミュージシャン冥利に尽きるように、インパクトの大きい音楽表現が敬意と敵意を買っているのだ。

■性別間の社会的、政治的、経済的平等を信じる者

ビヨンセの女王の座を決定づけた一因は「民主党カルチャー」の特色ともいえる「モダン・フェミニズム」と「人種問題」表現にある。2010年代前半期、セレブリティ間でフェミニズム・ムーブメントが起きたことは『レディー・ガガ』章で説明したが、そこで大きなトリガーとなったのはビヨンセだった。2013年にリリースされた5thアルバム『Beyoncé』にて、大々的にフェミニスト宣言を放ったのである。楽曲「***Flawless」では、黒人女性フェミニスト、チママンダ・ンゴズィ・アディーチェによる以下の演説をサンプリングしている。

「女の子たちは萎縮するよう教育されます。ちぢこまっていなさいと。我々は彼女たちに言うのです。〝あなたは野心を持てる、でも大きく持ちすぎてはいけない。成功しなさい、でも成功しすぎちゃ駄目。男たちの脅威になってしまう〟私は女性であるから、結婚を熱望するよう期待されています。結婚こそ人生最良の選択だと常に思わされるのです。たしかに結婚は幸福、愛、支え合いの源になりえますが……何故我々は、女子にのみ結婚を熱望させ、男子に同様の教えを説かないのでしょうか? 我々は、女性を同性同士の敵対に駆り立てます。私自身は、仕事やものごとの達成のための競争は良いことだと思います。しかし、女性たちは男性の気を惹くための敵対を求められるのです。我々は女の子たちに、男の子たちのように性的であってはいけないと教えます。フェミニストとはなんでしょう。それは性別間の社会的、政治的、経済的平等を信じる者です」

衝撃だった。当時の混乱を表すかのように、ビヨンセの大胆な声明はフェミニストたちのあいだでも賛否両論を巻き起こす。とくに、セクシーなダンスを踊るビヨンセ自身が「女性の性的搾取」を誘導しているといった批判は、人種問題論争にまで発展することとなる(『リアーナ』章参照)。ただし、この宣言が文化的に巨大な余波をもたらしたことは確かだ。2010年代初頭、多くの女性ポップスターが「フェミニスト」自称を避けていたことは『レディー・ガガ』章に詳しいが、そうした空気が様変わりしたのである。

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(2014年MTV VMAパフォーマンス)

たとえば、ティーンに人気を誇った女優ヴァネッサ・ハジェンズの2015年の発言。「フェミニズムに関しては立場を決めかねていたの。逆効果な気がしてた。過激すぎて、女性の権利の提唱というより〝私は男だ!〟みたいになってる感じ」「でも今は、まさしく女性の平等のための新たなフェミニズムの到来を感じてる。もちろん、ビヨンセのおかげ。彼女がゲームを変革したの!」 フェミニストは男性嫌悪者、といったイメージは、少なくともポップカルチャーにおいてはだいぶ薄まった。チママンダによる「性別間の社会的、政治的、経済的平等を信じる者」定義へと書き換えられたのだ。

2010年代USポップカルチャーにおけるフェミニズム・ムーブメントの兆候は『Beyoncé』以前から脈打っていたものの、とりわけ尊敬を集めるビヨンセが「フェミニストな女性セレブのスタンダード化」を後押ししたことは否定できない。

■ブラックパンサー党のオマージュ

(2016年スーパーボウル ハーフタイムショー公演)

2016年、6thアルバム『Lemonade』シーズンでは、ビヨンセの人気の党派分断が決定的となる。リードシングル「Formation」には、2010年代に連続発生した「白人警官による無抵抗の黒人銃殺」の描写、つまりは白人警官の人種差別疑惑に抗議するブラック・ライブズ・マター運動の要素が組み込まれていた。この曲を国民的人気を誇るスーパーボウル中継のハーフタイム・ショーで披露したのだから、大騒ぎになった。

ブラック・ライブズ・マター運動は、党派間によって賛否が異なるのだ。2017年のピュー研究所による調査では、民主党員は支持80ポイント、反して共和党員は不支持が65ポイントだった。というか、アメリカでは「今でも社会の人種差別は深刻か否か」を問う基本的な設問自体、二大政党で分裂する状態が続いているし、トランプ政権下、その意識の差はより拡大した。ビヨンセが引き連れるダンサーの衣装がブラックパンサー党のオマージュであったことも大きな議論を呼んだ。1970年代ごろ黒人解放を掲げた同党は、ブラック・コミュニティを支援すると同時に警察と戦闘を繰り広げた武闘組織としても知られている。

ビヨンセの表現に対しては、大きく言って2つの見方が生まれた。「黒人の権利運動とその歴史のトリビュート」とする称賛、そして「命を懸けて市民を守る警官への侮辱」だと受けとめる怒り。もちろん、前者はリベラル&民主党、後者は保守&共和党寄りとしてカテゴライズされていった。国民的中継番組におけるブラックネスな一大パフォーマンスは「分断ショー」として連日連夜マスメディアを騒がせた。「アンチ警察ステートメント」疑惑が本人によって否定されようと騒動は収まらず、一部地域では警察と保安官の連合抗議デモまで行われる事態に発展している。

■アメリカで生きる黒人女性の怒り

こうして、アメリカが誇る稀代の黒人女性スターは、国の政治分断を象徴する存在となった。でも、何故なのだろう? 繰り返すが、彼女はすでに富も名声も持っている。それなのに、一定数から反感を買うデリケートな政治的表現を続けるのである。2019年、その動機が垣間見える瞬間が訪れた。2018年のコーチェラ・フェスティバル出演を追ったドキュメンタリー映画『HOMECOMING』(2019年)にて、自身の表現に関する想いを吐露したのだ。なかでも、本番を前にダンサーやクルーに語った言葉は印象的だ。

「これまで代弁者を持たなかった人たちが舞台にいるかのように感じることが大事なの。黒人女性として、世界は私に小さな箱に閉じ込められていてほしいのだと感じてきた。黒人女性は過小評価されてるとも。ショーだけじゃなく、過程や苦難に誇りを持ってほしい。つらい歴史に伴う美に感謝し、痛みを喜んでほしい。祝福してほしい。 不完全であることを、数々の正しき過ちを。みんなに偉大さを感じてほしい。体の曲線や強気さ、正直さに。そして自由に感謝を。決まりはない。私たちは自由で安全な空間を創造することができる。そこでは、私たちの誰ものけものにされない」

注目すべきなのは1行目だろう。アメリカのポップカルチャーでは「マイノリティの存在がマジョリティである白人層に都合のよいかたちで描かれがち」だと問題視されつづけてきた。いやでも、それこそホイットニー・ヒューストンなどの、黒人の大スターがアメリカには存在しつづけたではないか……と意見を挟みたくなるかもしれないが、ビッグビジネスに身を置く彼女たちの表現は「マジョリティが許容できる範囲」という制限が課せられつづけてきたと論じられている。そして、それはビヨンセも同様である。

実は、映画でフォーカスされたコーチェラ・パフォーマンスは、ほかでもない彼女の母親を恐怖させる内容だった。母は「白人観衆が拒否する内容だ」と怯えたという。歴史的黒人大学HBCUにトリビュートを捧げたビヨンセのコーチェラ・ステージは、アメリカのメガ・ポップスターの大舞台では類を見ないほど、あまりに「黒人らしい」表現だったのである。ここでもビヨンセは「アメリカで生きる黒人女性としての怒り」の披露にこだわった。つまり、フェミニズムとプロテストも健在。大勢の白人観客が見上げるステージでは、前述したチママンダの演説のみならず、急進派イメージで知られる公民権活動家マルコム・Xのアジテートまで流されている。

「アメリカで最も蔑まれているのは黒人女性だ! 最も危険に曝されているのは黒人女性だ! 最も無視されているのは黒人女性だ!!」

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(生前のマルコムX)

■キング・オブ・ポップと肩を並べる女王

今では「民主党カルチャーの代表格」状態のビヨンセだが、アメリカ社会で「のけもの」にされてきた黒人女性として「黒人らしさ」を表現するだけで「政治的」とカウントされてしまう側面も否定できない。黒人投票者の約9割が民主党支持という分布を考えれば尚更だろう。それでもビヨンセは、アメリカに生きる黒人女性として、自身の感情や経験、家族や民族のレガシーを表現しつづけた。そこから「つらい歴史」をなかったことにする行為は、彼女にとって誠実ではないのかもしれない。

きっと、メジャーデビュー25周年となる2022年を迎えても、ビヨンセの好感度は党派で分断したままのはずだ。彼女に向けられる好意と反感、そのどちらが正しいかは、本稿で断言するものでもないだろう。しかしながら、表現者としての評価に関しては、ひとつの道筋を提示することができる。黒人文化、そして黒人女性であることを目一杯表現したコーチェラ・パフォーマンスは、結果的に、ポップカルチャー史の転換点となった。かつてフェミスト宣言を業界のスタンダードにしたように、公演を成功させることで「マジョリティが許容できる程度にとどめる」大衆文化の暗黙のルールを書き換えたのだ。コーチェラ公演後、Billboardはその偉業を讃えるひとつの比較論考をリリースした。

「今のビヨンセと比較できる存在はただ一人……永遠のキング・オブ・ポップ、マイケル・ジャクソンだけだ」

かつてキング・オブ・ポップに憧れた少女は、王と肩を並べる女王になったのである。

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書籍『アメリカン・セレブリティーズ』

2020年4月30日発売
定価1700円+税
四六判並製/1C/296ページ
ISBN978-4-905158-75-2
ハリウッドスター・ラッパー・ポップシンガー・政治家・インフルエンサー…… アメリカのセレブリティは、世界の政治や経済を動かすほどの巨大な影響力を持っている。その背景には、カルチャー、政治、ソーシャルメディアなどが複雑に絡み合った「アメリカという社会の仕組み(と、その歪み)」がある。気鋭のセレブリティ・ウォッチャー/ライター辰巳JUNKが、世界を席巻する20組のセレブリティを考察し、その謎を解き明かす!

よろこびます