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アカデミー賞2024反省会 台頭するテクニカル、弱まるローカル

 第96回アカデミー賞の感想。自分の予想的中は14of18。レースの状況と結果は下記の予想記事に追記したので、それを前提に受賞結果をふりかえる。

あらたなる作品賞

 「作品賞は……見るまでもない。『オッペンハイマー』だね」。プレゼンターのアル・パチーノがジョークにしたように、前哨戦を制覇した大作が予定通りの勝利。『オッペンハイマー』の強さの秘訣は、国内と国外、花形職と技術系職能の会員、これら四方の支持をそなえたテクニカルヒットムービーであることだ。同じく7部門を一掃してみせた前年勝者『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(以下『EEAAO』)にしても、国内のはばひろい職能派閥に好まれたヒット作だった。近年、アカデミーではVFXアーティストなどの技術系会員が増えている。影響力が高まる彼らは比較的若く、おそらく男性が多い。コロナ禍以降の市場では劇場特有のシネマスティックなスペクタクルムービーが活況だから、オスカーもある程度時勢を反映できている。クリストファー・ノーラン監督が言ったように「映画はまだたった100歳」、進化の余地が残された芸術形態である。

接戦を決める海外票

 サプライズが起きたのは接戦レース。主演女優、長編アニメ、美術、衣装、化粧、音響、VFX。今回立てた仮説が「海外会員は指名と接戦で影響力が強い」。海外会員の投票率が史上最高となったノミネーションでは予想以上に欧州作品が多く、本戦における接戦部門ではBAFTAとの重複が多かった。これにより「海外会員の影響力が強大」論にいきがちなのだが……そもそもPGAが『関心領域』や『落下の解剖学』を指名した時点で、米国業界にも海外作品鑑賞がねづいてきていることがうかがえる。見逃せないのは、国内会員取材においてサプライズ部門がすべて接戦だったことだ。1%未満のサンプルに過ぎないのだが、たとえば長編アニメ部門では国内組合賞を席巻していた『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』10票、BAFTA勝者『君たちはどう生きるか』7票。全体7.5割の国内票で接戦なら、2.5割の海外票が勝敗の鍵を握るだろう。海外会員の多くは欧州白人で、特に英国が多いから、BAFTA結果が反映されやすくなる。

作品人気パワー

 接戦におけるひとつの指標は、会員総体における作品そのものの人気である。主演女優部門において、リリー・グラッドストーンの『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』(以下『KOTFM』)は、この「作品人気」でおとっていた。SAG界隈が彼女を熱烈支持していたようだが、オスカーの俳優ブロックは規模を縮小させたから、ほかの職能の国内会員もまとめないと突き抜けられない。投票開始直前に開催された前哨戦がBAFTAだったスケジュール事情も不利にはたらいただろう。

 デッドヒートを勝ち抜いたエマ・ストーンの『哀れなるものたち』は、英国と技術ブロックの支持をとりつける人気国際映画だった。美術と以上で大作『バービー』をやぶった上、やや前列やぶりなかたちで化粧部門+白人主演の一致を更新した(有色人種の場合『マ・レイニーのブラックボトム』で不成立)。
 これまでの主女接戦でも、勝者は「作品人気」でまさっていた。『TAR』より『EEAAO』、『マ・レイニー』より『ノマンドランド』、『天才小説家の妻』より『女王陛下のお気に入り』。35歳にして二度の主演賞に輝いたエマ・ストーンは、作品選びに長けたヒットメイカーだ。賞映画の興行収入が下がるなか会員を多様化させた現行オスカーにおいて、広く集票しやすい地位にある。

弱まる「USローカル」

 海外会員増員によって国際候補の躍進が増えた一方『KOTFM』のような「USローカル」と言われるアメリカ文化特化企画が指名や勝利を逃しやすくなっている。この概念は、米国マイノリティ候補の言い換えでもある。SAGのみならずケイト・ブランシェットやスティーブン・スピルバーグ、スパイク・リーら大御所から支援されていたグラッドストーンの敗北は「ハリウッドの意向」弱体化の決定打かのようだ(ブランシェットは豪出身だが米でも大御所なので)。
 そもそもの大きな障壁は『哀れなるものたち』のように国内外あるいは花形&技術ブロックの好意をとりつけやすい映画企画において、非白人女性の主演機会があまりに限られている環境にある。アワード用企画ではなかった米国製アジアンムービー『EEAAO』は奇跡と言うほかない。

 だからこそ、巨匠による大作出演の機会を得たリリー・グラッドストーンが(有利とされた)助演カテゴリではなく(激戦の)主演部門を選んだことは重要だった。滅多に大役に起用されない先住民俳優として「自分は主演なのだ」という声明を業界に突きつけたのだ。彼女が秀でた俳優であることはハリウッドに知れ渡っただろう。小川洋子原作『密やかな結晶』の主演も決まっているから、またオスカーレースに戻ってくる可能性がある。小川と製作総指揮入りしたマーティン・スコセッシは『KOTFM』に内包した「マイノリティの存在を消滅させ食い荒らしてきた醜悪ハリウッド」の一員として、グラッドストーンへの支援をつづけている。

オスカーの餌

 サプライズ冷遇されていった映画には、ハリウッドを「偉大なる権威」とみなさない作調が多かった。『KOTFM』、『メイディッセンバー』、『プリシラ』。これらは業界人を熱くさせるどころか萎えさせる「オスカーオルタナティブ」だから、激戦レースでは勝ち残りにくい。「オスカーの餌」つまりオスカー媚びと揶揄された『マエストロ』にしても、バーンスタインの芸術的功績をほとんど無視したのだから「餌」になっていない。

 脚色賞を制した『アメリカン・フィクション』こそ、海外会員が増えた2020年代型「オスカーの餌」だった。レビューにも書いたが、この作品、風刺はやっているけど皮肉じゃない。『EEAAO』と同じオスカー好感ポイントをかなえている:①クリエイターを労るハートウォーミング、②尊敬されるアンサンブル、③ハリウッドを「偉大なる権威」とみなす若手作家による挑戦。とくに①が強いからこそ「USローカル」になびきにくいBAFTAですら脚色賞を獲得したのだろう。「つらいけど作り手でありつづけよう」的結末を踏まえれえば、コード・ジェファーソン監督の演説は完璧に正統だ。大作だけでなく中規模映画もつくっていかないと、新たなノーランもガーウィグも、そして次のジェファーソンも生まれない。

裏の作品賞

 2024年オスカーレースは、大衆的には、とにもかくにも『バービー』だった。じつは、同作の北米興行収入は『オッペンハイマー』の約2倍。IMAXなどの高単価ボーナスが付与されていないのに『アベンジャーズ』を超えて史上11番目のメガヒットとなる社会現象だった。だから監督と主演女優のオスカー落選が大きな話題になったのだ。アカデミー賞への関心が低い人々が「グレタ・ガーウィグとマーゴット・ロビーをさしおいて男性のライアン・ゴズリングが指名されたのは性差別」だと糾弾していき、ヒラリー・クリントン筆頭に政治家まで参加して報道特集されていった。ベテランアワード専門家によると、まだSNSがなかった『タイタニック』ディカプリオ落選級の激震だったという。おおむね大雑把な断定による攻撃だったためオスカー会員をげんなりさせたそうだが、文化現象としては「映画業界のルールで制御できないポピュリズムパワー」の証明でもあった。これも久々のオスカー活況のしるしであり、まるで映画の内容をなぞるかのような大騒ぎ自体が裏・作品賞……というのは言い過ぎだろうか。

 ともあれ、女性2人の落選に遺憾を表明していたゴズリングが授賞式を救った。「バービーの二番手」を明示する登場、男女逆転版マリリン・モンロー、女性クルーに敬意を示すかたちでガーウィグが望んだお祭り騒ぎを成就させた。授賞式のCMとなり式典中何度も音楽を流されていった『バービー』が授賞式のハイライトだったことはまちがいがない。ちなみに、バービー対ケンの歌曲賞の決着はバービー、つまりすばらしき静寂のステージを魅せたビリー・アイリッシュが勝った。



よろこびます