アカデミー賞2023 「オスカー向け」じゃなかった 『EEAAO』の奇跡とヒット作の勝利
第95回アカデミー賞、アワードレース激変の記録を箇条書き。今年の特色は「興行収入=ヒット作の勝利」であり、その背景にあるのが「伝統的オスカー向け映画の不振」。記録として大賞作『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(以下『EEAAO』)の有機的な長期キャンペーン、アワードレース全体、私見3つを箇条書き。
『EEAAO』オスカーキャンペーン奇跡の軌跡
歴史的な7部門勝利を達成した『EEAAO』。しかし、配給のA24は元々「オスカー向け作品」と計画していなかった。そのため「もっともヒットできる」と見た2021年授賞式直前というオスカー完全無視なリリース。1億ドル超えヒットを達成して大絶賛状態の文化現象となったものの、現地で「ミレニアル世代のインターネットカルチャー映画」とされた作風上「オスカーもいけるのでは」vs「癖が強いから流石に厳しい」議論が延々つづいていった。つまり、偶然のうちに有機的オスカーキャンペーン=会員間での話題を通常二倍のまるまる一年起こした。通常、オスカー向け作品は会員たちが観やすいよう秋冬公開で半年間のキャンペーンを行い、プロの戦略家が「見るべき話題作」風評を形成していく(A24の場合、従来のオスカー向け企画は『ザ・ホエール』)
A24は前哨戦アワード開始時も『EEAAO』キャンペーン費用を渋っていた。そのため批評賞は『TAR/ター』が席巻。しかし11月にゴッサムアワードで作品、助演男優賞のサプライズ受賞を果たして本格参戦
ネックだった伝統的「オスカー向け」15作のほとんどが興行的失敗でレース失速(後述)。競合として残ったのはポップコーン大作の『トップガン マーヴェリック』、『エルヴィス』、道徳ひねる系のアイルランド脚本劇『イニシェリン島の精霊』。4作のうちでは『EEAAO』がもっとも「アカデミー作品賞ウケ」傾向を満たしている
国内オスカー会員コミュニティでは、一年間の猶予と話題によって『EEAAO』再見組が続出。初見で良さがわからなかった人々すら見返していった結果、ディレクション、脚本、編集、美術、衣装など、広範な評価が確立していった。この再見ブームが『アルゴ』以来の組合アワード圧勝=アメリカ業界人気の土壌かもしれない。レース初期つたえられた「若年会員中心の熱狂」状況は様変わりし広範支持を達成。オスカー投票では「意味のない映画」と罵るアンチや他作品の熱烈支持者すら、一部カテゴリで同作に投票したりしている
レース終盤『EEAAO』の作品賞はほぼ確定。一方A24仲間『ホエール』ふくむ助演男優以外の俳優候補は「崖っぷちの二番手」だったため、ラスト前哨戦SAGで渾身の「不遇のベテランが試練をこえた物語」スピーチを行った。ストリーム中継で時間制限がゆるかったこともあり、大賞では90代アジア系俳優の伝説ジェームズ・ホンがハリウッド史とアジア系俳優にまつわる長尺演説。正直すべてオスカー受賞演説よりも良かった最強の浮動票確保
デッドヒートを繰り広げたのが前哨戦最強『TAR』ケイト・ブランシェットとの主演女優賞。前哨戦績および先例的には「マスターワーク」とされたブランシェットが勝つ勝負だった。しかし再見ブーム&SAG後の白熱によって「改めて二作を見比べたらミシェル・ヨーの演技が優れていた」会員が増加。おおむね「ブランシェットは技巧的で演技してる感があり、ヨーは動作&戦闘&感情を連結させた広範なワーク」評。ここまでのレースだと初のアジア系とかベテラン功労みたいな「物語」のみで勝てなかっただろうから、結局決め手は演技評価だろう
激変オスカーレース
「アカデミー賞は興行不信作品に厳しい」傾向が持続というか、コロナ劇場閉鎖明けの市場変化で強まったかもしれない。とにかくディズニーのぞく四大スタジオが苦戦した。ユニバーサルとソニーは無冠、ワーナーもCNNドキュメンタリーでの一勝。一方、記録的勝利を遂げた新興A24は文化現象『EEAAO』、賛否両論『ホエール』を大ヒットさせた希少なアートハウス&インディ配給だった。また、歴史級メガヒット『マーヴェリック』『アバターWOW』もきちんと獲得。A24の次に圧勝した『西部戦線』のNetflixは劇場興行関係ない
国内会員間でも好評だった『エルヴィス』無冠はサプライズだったが、基本バズ・ラーマンはBAFTA人気監督。深読みすれば、やはり現行オスカーだとブロックバスター二枠上限なのかもしれない。今回3つも入りキャパ超え、そのうちもっともブロックバスター感が薄いのが同作。部門競合だった俳優激変『ホエール』、欧州戦争『西部戦線』と比べても立ち位置迷子≒人気は幅広くとも決め手となる支持層つくれず? 個人的に、本作が獲るべきはサンプル規制で除外された歌曲賞だった(実際入れれば勝てただろう)
重要ポイントは「ラスト前哨戦≒浮動票発生地帯のBAFTA→SAG」化。1990年代以来のBAFTAとオスカー俳優部門の完全不一致、逆にSAG全一致。このスケジューリングでアメリカローカルの「物語」候補が強くなった? 今回自分が俳優部門半分まちがえた原因もここ(主女の場合、演技バトル化が顕著だったので読めただけ)
海外会員の影響力が落ちたわけではなく、ヨーロッパ戦争映画『西部戦線』はBAFTAで頭角をあらわした。今年の最大サプライズは同作の美術部門獲得。接戦だとノミネーション多数作品が強力? ハートウォーミング作品をつくれてこなかったNetflixが技術&欧州攻めで勝ったのは適材適所かも。長編アニメ部門にしてもTHE意匠
主演男優賞と相関するメイクアップ&ヘアスタイリング部門では2017年から「人気俳優の激変」が勝ちつづけている。今回の主男レースとは伝記」vs「激変」の定番勝負だった? 振り返れば「伝記」ウィナーのラミ・マレックやゲイリー・オールドマンも「激変」系
8年つづいた「助演女優賞の出演作は助演女優賞しかとれない」現象がJLC勝利によりストップ。『EEAAO』異色人気ブーストもあるだろうけど、元々レースが不安定だった。最有力とされた『ウーマントーキング』失速、『The Woman King』が作品まるごとsnubbed(後述)、残る本命『フェイブルマンズ』ミシェル・ウィリアムズが本人の意向で主演枠に行った。また、レース初期の助女ウィナーはミラージュまじりだった可能性(最大の敵である『EEAAO』が実質参戦していなかった)
10枠拡大後「オスカー会員は富をわける=一作に一掃させない」説の破綻。システムと会員層多様化による環境要因でそうなってただけで『EEAAO』級の大人気作品があらわれればスウィープ可能? または結局伝統的「オスカー向け」作品の興行不信の結果?
「春夏リリース型のオスカーキャンペーン」有利説は『マーヴェリック』『エルヴィス』のカンヌ成功から囁かれていた。『EEAAO』がこれだけ成功したから変化が見られるかも? ただし、この長期型だと大ヒット不可欠な気も……。一方、稼げなくなってアワードすら危うくなった伝統的「オスカー向け」映画が減る可能性。つまり「オスカー向け」概念そのものが変化していくのかもしれない
私見:最大の「冷遇」は『ザ・ウーマンキング』ではないか
2023年アカデミー賞のテーマは「ヒット祝福」であり、Netflix健闘ふくめて良くも悪くも「新時代エコサイクル」。アカデミー賞は批評系と異なり「すぐれた作品の選定」ではなく「映画業界の身内表彰」なので、生計に直結する興行が軸になるのは矛盾していない。でも、それなら、大手スタジオの秋冬リリースで9,400万ドル、監督いわく1億ドル稼いでオスカーバズを起こした『The Woman King』を無視せずに入れるべきだった(作品賞の有力にはならないとしても)。『ブレイブハート』『グラディエーター』のような歴史劇アクションアンサンブルで「オスカーの好み」系統のはずだ。しかし、黒人女性中心のこの映画に「白人スター演じる白人救世主」はおらず、その面で「オスカーの好み」からはずれていた。
ライズボロー騒動で主演ヴィオラ・デイヴィス落選が注目されたが、結局の問題は、ジーナ・プリンス=バイウッド監督の証言「会員向け試写で『観たくない作品だったけど最高だった』賛辞を門前と言われつづけた」。多くのオスカー会員たちはこの映画を観もしなかった。「観てないけどきっとデイヴィスよりライズボローの演技が上」と発言する有名男優会員もいた。同騒動で稼働した白人スターコミュニティに黒人女性は入れない、と言われていたことと同じで、バイウッドの言葉に尽きるのだ。「アカデミーは、白人の集団を指すべきじゃない。映画界の同僚を意味するべきだ」。
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