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忘れられない人⑤

ここまで書いて不思議と次が書けなくなった。

ある小説に『大切な人を失った瞬間から二人の楽しかった思い出も悲しい思い出になる』とい一節があったのを思い出した。だから記憶の奥の方に遠ざけてしまっているのかもしれない。

そう、なぜキャバクラに手伝いに行くのが楽しみだったのかというと、ナナに会えるからだった。

初めて彼女に惹かれたのは、ドリンクを持って行った時だ。礼儀正しくお礼を言ってくれて、その仕草がなんか品があって、彼女はなんでこんなところで働いているんだろうと不思議に思った。そう言われれば、他の子達はTheキャバ嬢という感じなのに、全く印象が違うなと思った。

それからナナのことが気になり出した。

でも、僕には高嶺の花だし、そもそも恋愛禁止だしなと自分に言い訳し、自分の気持ちに蓋をした。

ナナは週2、3日出勤していて、僕も手伝いは週1回程度だ。月に1度会うか会わないかの日々が過ぎていった。会っても一言二言話をするだけ。でも帰り道に少しウキウキした気分になれた。

それから数ヶ月経ったある日、ナナが声をかけてくれた。
「バンドしてる人ですよね。比嘉さんからチケットもらって友達と行ったことありますよ。」
「楽しかった?」
「ボーカルの入ってない音楽のライブって初めてでした。よく分からなかった。」

僕は、ショックを受けつつも
「今度は下手だけど歌うからまたライブ来てね」
「みんな下手な歌は聞きたくないですよ」
と屈託ない笑顔で答えた。

それから話が弾んで
「比嘉さんとは友達なんですか」
「大学の同級生だよ」
「比嘉さん大学生なんですか?」
「いやいや、比嘉は中退しててね。ちなみに僕は留年してお金がなくてバイトさせてもらってる。」
「ちなみに大学ってどこですか?」
「○○大だよ。」
「私は○○です。近所ですね。」

先週、比嘉と飲みに行って明け方ファミレスに行って2人でそのまま眠りこけて昼過ぎになってたエピソードなどくだらない話をした。

「今度飲みに連れてってください」ってナナが言い出して連絡先を交換した。

大きな瞳が笑うと細いアーチになってそれが可愛いくて、もう完全に好きになっていた。

その日は途中からセクキャバの方に戻って仕事したのでその後会わずじまいだった。薄暗い店に戻ると急に現実に引き戻されたようで、ただでさえ心が荒むのに、さらに荒んだ。

仕事が終わって、帰り道に今からメッセージ送ろうか、でもあまり急だと気持ち悪いな。とか、今日は遅いから明日メッセージ送ろう、でも早い方が良いかなとか、ずっと考えながらアパートまで10分歩いて帰った。途中のコンビニで弁当を買ったけどレジに忘れて帰るくらい心ここに在らずだった。


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