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忘れられない人⑬

警察署からアパートに帰った。部屋には奈美の痕跡が至る所にあってそれを見るだけで辛かった。くの字に床で横になって身体を休めた。

しばらくすると奈美の母親から『もし都合がつけば通夜に来て欲しい』とそう電話があった。奈美の通夜はこちらで執り行って、それから荼毘に伏して、遺骨を実家に連れて帰り、地元で葬儀することになったとのことだった。

時間と場所をメモし終わると、お腹が空いて昨日の晩から何も食べていない事に気がついた。牛丼を食べに行った。食べ終わってから、こんな時にお腹が空いてしまう自分に腹が立った。自己嫌悪に陥りながら家に帰った。

シャワーを浴びてひと休みしているとソファーで眠ってた。目が醒めて携帯を手してら『あーそうか!奈美はもういないんだ』そう思うと涙がでた。携帯の画面には店長から留守電が入っていて、そうか無断欠勤したのかと思った。『すいません。母親が倒れて。』『看病で2週間くらい休みます』と付け加えた。

比嘉にも電話して事情を説明した。比嘉はかける言葉がないようで、暫く無言だった。店長に言った嘘を伝えて口裏を合わせた。
『お前、大丈夫か?』
『受け止めるしかないよ』
僕はそう言って電話を切った。

電話を終えてからコーヒーを飲みたくなった。コーヒーを淹れると、台所に奈美が使っていたマグカップが目についた。半分コーヒー奈美のマグカップにも注いだ。ソファーテーブルに置いた減る事のないマグカップをずっと見つめていた。そのまま眠っていた。起きて携帯の画面を確認して、また『奈美はもういないんだ』と思った。

テレビを点けるとただうるさいだけだった。内容が頭の中を素通りしているよう。でも、酷く冷静な自分もいて今日喪服を買いに行かないと通夜に間に合わないな。香典も準備しないと。そんなことを考えた。

通夜には、奈美の両親と母方の祖父母、叔父が参列していた。簡単にあいさつをして離れた席に着いた。奈美のお母さんが「一番近くに居てあげて」と言って奈美に一番近い席を勧めてくれた。

通夜が終わって、奈美のお母さんに「最後に奈美の顔をみせて欲しい」とお願いした。

奈美の両親が顔を見合わせて、父親が無言で頷いた。
お母さんから「何も手当してあげてないの。驚かないであげてね。」そう言って棺に案内してくれた。奈美の亡骸は首が折れて左に曲がって、下顎が下がったままだった。
「これでも綺麗になった方なのよ」と呟いた。

「奈美、苦しかったろ?」
そう言って奈美の肩に触れた。いつもの細い奈美の方の感触があった。

奈美の魂は身体から抜け出して何処かへ消えてしまった。そして数時間するとこの身体も無くなってします。そう思いながら、ずっと奈美の方に触れていた。

火葬場に行き、最後のお別れをした。火葬炉のドアが閉まる時、これで本当に永遠にお別れなんだ。

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