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  • ひなくもり耶雲の浮き橋

    田中(@tanakakusho)と里見透(@ThorSatomi)による、ノープランリレー小説!

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12話(透)

 その晩、葛城とその配下を加えた使節団一行は、七節領は矢雁山の麓にある湯治場で宿を得ることになった。  聞けばこの辺りには昔から豊かな湯が湧き出しており、傷や病を癒す効能を聞きつけた人々が集うことで、自然と宿場町が形成されたのだという。耶雲と七節の戦の折には、この宿場町も負傷者で溢れかえったのだ、と語られる言葉には些か棘を感じたが、山背はただ「さようですか」と答えるにとどまった。互いに剣を取り、戦ったのなら負傷者が出るのは当然のこと。七節側の被害の全容は知れないが、負け戦とな

    • 11話(田中)

       停戦が結ばれた隣国へ足を踏み入れる時、山背は不思議な感覚に襲われた。この土地の人たちと数年前に国をあげて殺し合ったのかと思うと、恨みがましい気分になれば良いのか、互いの犠牲を共感する気分になれば良いのか、どれが正解なのか分からない。  正誤があると思っているわけではなかったが、それでも、何かしらの立場が自分の中で定まっているのではないかと思ったのだ。自分でも呆れるほど、特に何も思わなかった。それが不思議だった。  一団は耶雲の国紋を身分証代わりに携えている。耶雲にいる間はそ

      • 10話(透)

         七節へ向かう旅の支度は、あれよという間に整った。整えられてしまった、というのが正しいか。  山背が稲穂比古から七節行きの勅命を下された翌朝、能登も同じ話を聞かされ、旅立ちのための支度を始めたらしい。「らしい」というのは、これが能登本人から聞いた話ではなく、能登付きの女官の一人から漏れ聞いた話であるからだ。  稲穂比古の勅命が下ったその日から、旅立ちの前日までの五日間、山背は一度も耶雲の城へ登城していない。日常の業務からは外してやるゆえ、旅支度の時間に充てよとのお達しがあった

        • 9話(田中)

           稲穂比古に山背が出会ったのは、かれこれ五年前。隣国七節との戦の折である。耶雲の人間にとっては思い出したくもない負け戦だった。  七節は元々資源に乏しい貧しい国だった。それを今の名君と名高い七節の国守が、流通に力を入れて盛り上げたのである。安く仕入れたものを、高く求めるところに売る。そうして得た利益が国益になった。  七節は形のないもの、つまり情報も扱っている。七節の間者は精鋭として名高かった。耶雲の逆側の隣国、蘇芳(すおう)を密かに抱き込んだ七節は、満を持して耶雲に攻め入っ

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        • ひなくもり耶雲の浮き橋
          12本

        記事

          8話(透)

          「突然申し訳ない。近くへ立ち寄ったものだから」  涼し気な笑みを浮かべ西宮の敷居をまたいでみせたのは、耶雲の国守であり、山背の仕える君主たる稲穂比古である。  流石は良家の子女というべきか、当然のようにこの国の主へ席を譲った能登が、跪いて愛らしく礼をする。上座に腰を下ろした稲穂比古は微笑んで、「もう耶雲には慣れましたか」とまず問うた。返答する能登の態度は、それは見事なものである。 「ええ。みなさまには大変細やかな心配りをしていただいて、感謝に耐えません」  よくまあここまで、

          8話(透)

          7話(田中)

           能登は続けて語り出した。  直系の子がいない帝の後継に目されているたの五名。元々は能登の兄ではなく、父が跡目の一人だった。  今は口が思うように動かない、食べ物も上手く咀嚼できないという有様である。数年前に高熱にかかってそれ以来、顔面が麻痺してしまったのだ。完全に閉まらぬ口で何とか意思疎通ができるものの、天下を統べるには相応しくない。そういう意理由で跡目争いからは脱落させられた。  これが残り四人のうちの誰かが毒を盛ったことは、火を見るより明らかだった。  だが、誰も何もで

          7話(田中)

          6話(透)

           山護に、打ち勝つ。  思いもよらぬ能登の言葉に、山背は応じることが出来ぬまま、ただ深く息を吐いた。   目の前に立つ皇女は、今、一体何を言ったのであろう。 (豊武の山護から逃れて、耶雲へ……)  そもそも耶雲の大蛇が、古くはこの地の山護であったという話ですら、山背には初耳だ。  神職にない山背は、神話やそれに連なる山護の事情に、別段詳しいわけではない。だが通常、山護はそれぞれの土地に根付き、他の領域を侵さない。それくらいのことは知っている。  けれど能登は、こう告げたのだ。

          6話(透)

          5話(田中)

           能登はぽつりぽつりと語り出した。一番いい景色は御所の裏手側にある高台で、だけど訪れることが出来る人は限られていること。誓筮京からは海が遠いので、川魚のなれ寿司が好まれていること。土産物は分からないが、都のものは何でも優れているので、全てのものは土産になるのではないかということ。  誠に都人らしい回答を織り交ぜつつ、山背の質問に一つ一つ律義に答えていた能登は、次第に興が乗ったのか、誓筮京のことを言葉豊かに語り出した。  豊武の山々に囲まれ、数多の山護から加護を受けた明日花亥の

          5話(田中)

          4話(透)

           山背にしがみついた、能登の体がぎくりと揺れる。念の為、腰に帯びてきた剣の柄に手を置き、ちらと能登の顔を覗き込めば、珠の様な肌はすっかり蒼白になっていた。 「豊武の山から、わたくしを追ってきたの……?」  怯えきったその言葉に、山背は小さく息を呑む。 ──豊武の山護様に愛されるあまり、能登様が子供の頃、神隠しにあったって。 ──神隠しだなんて、内親王としては箔がつくのかしらね。  女官達の話していた、例の噂を思い出す。嘘か真実か判断もつかぬ、取るに足らぬ井戸端会議。だが、──

          4話(透)

          3話(田中)

          「神隠しだなんて、内親王としては箔がつくのかしらね」 「ちょっと。当時は唯の皇女さまでしょ。父君も兄君も帝ではなかったんだから」  誰かが律義に訂正する。その言葉の裏には若干の悪意があった。  内親王とは、皇女の中でも帝の近親の女性に対してしか与えられない、特に格が高い称号である。帝を父に持たない能登殿は生まれながらの内親王ではなかった。   帝はこの国の政事(まつりごと)を司ると同時に、祭事(まつりごと)も司る。神を祖に持ちながらも俗世におわす、聖と俗とを統べる完全な存在な

          3話(田中)

          2話(透)

           遷都。  それこそが、能登殿が誓筮京からはるばる耶雲へ預けられた理由である。  霊場を多く持つ豊武(とよたけ)の山々に囲まれ、数多の山護から加護を受けた明日花亥(あすかい)の平野。そこに拓かれた誓筮京は、過去百五十年に渡り帝に治められてきた、随一の都である。しかしながら、近年になって人工が増大化し、人びとの生活を支える木材の入手が困難になってきたことから、明日花亥より北に位置する彩鶴(あやつる)の平野へ都を移すのだという。  というのが建前ではあるが、莫大な労力と費用をかけ

          2話(透)

          1話(田中)

           能登(のと)殿が耶雲(やくも)の地にやって来たのは、むせかえる様に暑い夏の日のことだった。  輿から不機嫌そうに降りてきた能登殿は、出迎えた国守とその家族たちに、これからの軋轢や不和を予想させ、不安を過ぎらせたものの、汗を拭って一呼吸置くと、何かを切り替えたように人懐こい笑みを見せた。 「始めまして。能登と申します。歴史ある耶雲の地に足を踏めたことを大層光栄に思います。皆さま、どうぞ能登のことを妹だと思ってよろしくご指導お願いいたしますわ」  耶雲は古くは八雲と書く。

          1話(田中)

          作中に出てきた用語メモ(随時更新)

          ※制作者達のメモを兼ねているので、ネタバレに配慮しません。 ★耶雲の人びと 山背(やましろ)…防人。のんびりした性格。武芸に通ずる。能登と歳が近い。勝ち気な妹と泣き虫の弟がいる。淡白な性質だが、一方で粘り強くない。五年前の戦で戦果を上げた。 稲穂比古(いなほひこ)…耶雲国守。齢三十。勤勉で分け隔てなく優しい。存命の先代から平和的に国守の地位を継いだ。山背を能登の付き人に推挙した張本人。山背の腕を買っているが、山背には苦手意識を持たれている。 煤屋(すすや)…山背の上司。

          作中に出てきた用語メモ(随時更新)