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常夏の国

常夏の国へ行った。
一年を通して気温が高く、しかし日本のようにジメジメとしていないその国は、身を置くだけで心浮き立つ気持ちにさせる。

METRO。
都市部を走る電車。
モノレールにも地下鉄にもなる。
METROに乗っている人を思い出すと、あまり余裕はなさそうに見えた。
帰宅ラッシュの中、立って電車に乗る男の人々は、日本のサラリーマンと重なって見えた。
METROには観光客の他に女性がほとんどいない。驚くほどに。
インドから出稼ぎに来た多くの人々によってこの国は作られている。
もともとこの国に居たような物質的に豊かな国民の10%のアラブ人たちは、全身白の伝統衣装を身にまとい、デパートの中の洒落たマカロン屋でMacBookを触っているのである。

生まれが異なるだけでこんなにも物質的な豊かさが変わるのか、と思った。
かたやユダヤ人はどうだろうか。
今戦争下にあるイスラエルに思いを馳せる。
ひとは平等なはずなのに、世の中では全くと言って良いほど平等さを感じない。
平等さを体感することが出来なすぎるがあまり、今日私は福沢諭吉のあの有名な一節は幻ではなかろうか、ただの理想論を掲げたものではなかろうかと思い巡らせるほどだ。
カントが、厳しすぎるほどの正義への態度を呈したのと同じように、福沢諭吉のあの一節も実はこの世には生まれたものの、いつまで経っても幽霊のようにただ彷徨うだけの実体を持たないものかもしれない。

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