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she loves you
出会いはありふれたものだった。
友人になんとなく誘われた日帰りドライブ旅行のLINEグループの中に、彼女はいた。
誰に撮ってもらったか分からない、寂しげな表情の横顔アイコンに何故か惹かれた。
前日の夜、集合場所や時間のやり取りの時、彼女の選ぶ一つ一つの言葉遣いが好きだと感じた。
まだ会ってもいない、声も聞いていない相手に、僕の心は揺れていた。
![画像1](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/34607399/picture_pc_a91ae721ad836402600d86f096cb8d67.jpg?width=800)
旅行当日、友人が運転する車に同乗して、彼女はやって来た。
車のドアを開けた時に合った眼差し、肩より少し長い髪、細く白い指先に塗られた紅いマニキュア、グレーのワンピース、そして声のトーンまでが、前日思い描いていた彼女像を軽く越えていた。
簡単な自己紹介を済ませると、僕はこれ以上彼女を直視することができなくなって、そそくさと後部座席に乗りこんだ。
「隣、空いてる?」
「え?あーどうぞどうぞ」
「ちょっとねえ、緊張してる?笑」
「え!バレた?笑」
彼女はスッと心の中に入ってきて、僕が彼女のことを完全に意識するようになるまで、それほど時間はかからなかった。
目的地に着くまで、僕らは育ってきた環境のこと、今の仕事や、思い描いている少し先のこと、好きな音楽や映画のことを話した。
![画像2](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/34607559/picture_pc_736a3482be711e8504741270dc2d038f.jpg?width=800)
![画像3](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/34607633/picture_pc_ba9be8ce76af5eca115736a8a6917814.jpg?width=800)
日帰り旅行といっても、国道をただ走って、フェリー乗り場の近くで海鮮丼を食べて、小さな島をあてもなくだらだら歩いたり、ドライブ途中で見つけたカフェでコーヒーを飲んだり、休日によくある1ページのようなものだった。
![画像4](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/34607813/picture_pc_a2a1c32e51a74023ad7a1173b95240c9.jpg?width=800)
![画像5](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/34607862/picture_pc_1d93c9322582c2b682dc384579e2d0f2.jpg?width=800)
「ねぇ、海岸行かない?」
夕暮れに差しかかる頃、何気なく誘ったかのように聞こえた一言は、その時の僕の想いのすべてが詰まっていた。
海岸への坂道を下る途中、隣を歩く彼女の指先がたまに触れ合う。
もう大人だというのに、いまだにそんなことで耳の端が熱くなっている自分がいた。
![画像6](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/34607945/picture_pc_a83cc8bbf624c92a5a6d8cf46e3de3bd.jpg?width=800)
「来てよかった」
今日のことなのか、今2人でいる海岸のことなのか分からなかったけど、波の音にかき消されるぐらいの声で彼女はそう言った。
それから、僕らは言葉を交わさずに夕暮れの海をただずっと見ていた。
何を考えてるのか気になって、ふと彼女を見ると、同時に目が合った。
彼女が優しい顔で微笑んだ時、僕は世界中の誰よりも彼女を一番近くに感じ、独占した気になっていた。
これ以上、時間が流れてほしくなかった。
もう疑うことなく、好きになっていた。
![画像7](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/34624585/picture_pc_faef9f93c56c09a3e13f9b17c0958a38.jpeg?width=800)
![画像8](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/34608273/picture_pc_a184ab1666e618065c644ac899131130.jpg?width=800)
「写真、撮っていい?」
「うん」
僕は夕陽に照らされた彼女の横顔を撮った。
初めて見た、あのLINEのアイコンよりも心なしか嬉しそうな表情をしていた。
![画像9](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/34608380/picture_pc_2368d23a0e0fd946ff92bcb2cac8dc1a.jpg?width=800)
後日、グループLINEであの日の写真を共有し合った。
僕は海岸で撮った、あの写真だけはなんだか他の誰にも見せたくなくて、彼女にだけ個別に送って、その夜は眠りについた。
![画像10](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/34608496/picture_pc_3340d5782fab4ebf0df7f187c4d1cb27.jpg?width=800)
次の日、スマホのロック画面に返信の通知がきていた。
「ありがとう、この日すごく楽しかった」
慌ててLINEを開いた瞬間、持っていたスマホを落としそうになった。
彼女のアイコンがあの写真に変わっていた。
「あ、アイコン変わってる笑」
「うん、お気に入り笑」
![画像11](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/34608747/picture_pc_df723f3a16e40370b7ca8c484d0f4bdb.jpg?width=800)
![画像12](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/34608905/picture_pc_66be5942dfcb14c44fecb05be2aa7908.jpg?width=800)
その日から僕は徐々に変わっていった。
インスタやTwitterには彼女が好きそうなカフェや音楽、映画の投稿で溢れかえった。
彼女がアップしたストーリーの音楽を無理やり聴いて、以前から自分も好きであるように振る舞った。
興味が引ければそれでよかった。
たまに彼女からのコメントがあれば、もう心が満たされた。その日だけは。
![画像13](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/34609100/picture_pc_3a4b2821c1cd3bd3a6247eb34c2912b7.jpg?width=800)
たまに来る彼女からの誘いがあれば、別の誰かとの先約があっても、リスケしてでも会いに行った。
彼女のことをもっと知りたい、もっと一緒の時間を過ごしたい。
いつしか一日中彼女のことばかり考えていて、仕事も手につかず、ミスをして上司からこっぴどく説教された日もあったし、彼女の気持ちが分からなくて、一晩中悩み苦しんだ夜もあった。
でも、2人の距離がこれ以上近くなることがないのも、なんとなく分かっていた。
![画像18](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/34639976/picture_pc_feb6df77c40fb088764848d850be02ca.jpeg?width=800)
あの時は、今思えばどうかしていた。正直、相当狂っていた。
![画像14](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/34609259/picture_pc_24e6884309bf86ca0654104d458488f9.jpg?width=800)
![画像15](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/34609297/picture_pc_82a36cb6b95538338e203e0c90b89585.jpg?width=800)
![画像16](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/34609362/picture_pc_f1bf5e242c2ad28f45da118f9cac7dbf.jpg?width=800)
でもおかしくなるほど、狂ってしまうほど、人を好きになることなんてもうないだろうし、そういう人生もあるよな、今はそう思えるようになった。
それぐらいの季節が、僕を通りすぎていった。
僕は、最後の1本になった煙草に火をつけて大きく息を吸った。
あの頃の気持ちと一緒に吐いた煙は、夜の静寂にすっと溶けていった。
![画像17](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/34609474/picture_pc_df25b991e29c5d8b41571793f604d5a3.jpg?width=800)
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