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【台湾紀行】その3 "Tour de Taiwan Island 2018" Day 2 from 台北(Taipei) to 苗栗改め台中(Taichung)

さらば台北

2018年8月3日

朝6時、身の回りの荷物を背負って宿を発つ。
ライドに関係ないものは全て宿に預けてきたが、それでもジワっと重い、
全身の、特にお腹の脂身が、だ。
距離計を見ると昨日の試運転は11kmとなっている、、。
この先の超超距離を思うと冷や汗ものだ。
もう、ペダルをガシガシ踏む程のパワーは持ち合わせていないし、心臓と肺も全くのノーマルに戻ってしまって久しい。
そして、お肌の色は、真っ白で、紫外線が皮膚を素通りして内臓を直撃しているのが分かる。この先の死闘を予感した。
「ヤバい、ヤバい、ヤバい」
超久しぶりのライドは、ほんの僅かなアゲインストの風でも速度が激しく落ちるし、ましてや重力に逆らって坂を上るなんて、「とんでもない」事でございます。
そろり、出発進行ーーーーっ。

予習によると台北市は新北市に内包される位置関係にあるとの事だったので、とりあえず、なにがしかの橋を渡れば台北市からは脱出できるはずで、光復大橋を渡って、隣接する新北市の板橋区に入った。
日本人としては、"光復"と聞くと微妙な気分になるのだったが、案の定、以前は昭和大橋だったとの事で、台湾には日本と関わった名残りが結構あったりする。

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板橋は、遠目に見ると高層マンションが目立つ。台北の衛星都市なのだろう、淀川とか多摩川を渡りますってイメージだ。

台湾初の朝食を

出発が早かったんで、朝ごはんを食ってなかった。
台湾は外食文化のお国柄なのだろうか、通りに面してローカルな雰囲気の店が出ている事が多かった。どこでも、その場の手作りな感じが良い。
"豆漿大王"の赤いのぼりが、パッと目についたんで寄ってみた。自分は、メニューの事では常に直感で行動して迷わない主義。先は長いし、迷う事で時間を無駄にしない。チリも積もれば大きいのだ。

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豆漿(ドウジャン)って言うのは豆乳の事だった。
"本店使用非基因改造黄豆 請安心食用"って書いてあった。
豆乳と揚げパン、もやしの巻いたヤツを買って店の表に出た机で食べる。
台湾では通路と店の線引きは曖昧なようだ、気にしない、鷹揚、、おばさん類が姦しいのは日本と共通だが、こちの方がよりパワフルなのだった。
写真を撮ると言うと「イヤやわー!はずかしー!!(意訳)」やて。
朝っぱら元気はつらつでよく働くのには感心した。
ドリンク類の甘いのにはちょっと閉口だけど、食べ物は美味いし、安いのがたすかる。

南南西に進路をとれ!

本日の目的地は、台中だ。
台北、新北、桃園をかすめ、新竹県、苗栗県の次が台中という並び。
「あれ、苗栗じゃなかったのー?」
熱心な読者はお気付きになられたと思うが、表題の通り、今日は苗栗を改め台中まで行くのだ。
当初の計画では、一日の移動が大体100km前後になる様に宿泊地を割り振っていて、台北から100kmだと大体、苗栗の辺りになるのだが、台中はそれよりはるか遠い。台北からだと直線距離でも130km以上ある。
実走行は3割増しくらいだろうか、
東京からだと、静岡。大阪からだと、岡山くらいの距離感になる。
途中に山岳は無いが、前半は丘陵地が続く。

陽が高くなって来た「暑い、、。」「そらそうや真夏やしな、、。」
でも郊外では、田植えをやっていて、真夏らしくない。
風があるが、向かい風で押し戻され気味になる。ヘコヘコと頼りなくペダルを回して行くが、スピードは駆け足ほどしか出なくなった。
100kmどころか、新竹の手前、台北から50kmも来ただろうか、視界に霞がかかって白くなり、耳が遠くなってきた。ちょうどロボコップの視界のイメージで、天にも昇る白パターンとブラックアウトパターンがある。
熱中症とハンガーノックのダブルパンチやなこれは、食ったものがエネルギーになって無い感じ、まあ、体調管理どころか、そもそも計画に生物学的な無理がある様にも思うし最初は仕方がない。
「ここで気絶したらヤバいぜ」と思い、フレームにまたがって立ったままハンドルに突っ伏して呼吸を整えた。って言うかそれしか出来なかった。
地面にへたり込んだら、「多分ジ・エンドだ」と自分に言い聞かせていた。
ジリジリと背中を焼かれながら、じっとして意識が戻って来るのを待つ。
郊外の田舎道だし人気も無い。
なん十分経ったのだろうか、音が戻ってきた。
ヤバくなってからバッタリ行くまでには結構段階があるのだった。
顔を上げるとゲロを吐きそうになるが、脱水するし我慢した。

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10時42分生還、記念に写真を撮り、とりあえず前進をする。死にそうになっても写真を撮る執念深さがないといけない。
直近のコンビニで水を買って飲んだ。

台湾初の昼食を

河を渡り新竹の街に(やっとこさ)着いた。
朝6時から走って、もう12時過ぎてるやん、、今日の予定の半分も来ていない。オーマイガ、、、
ショッパそうなモノが食べたくなったので、小さい店の奥の入れ込みに潜り込んだ。

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"沙茶牛肉麺"
隣のオッサンの食ってるやつを指さして「アレ」と注文する。
要約すると「牛肉トッピングの混ぜソバ」やな、これは。
「美味い」けど、日本的な想像とは違う味。
口に入る99%以上を「美味い」と言うからあてにならないけどね、わたし。
脳が「もっと食え」と言うが、胃が拒絶するのでやめといた。
食欲が無いなんて、らしくないよなー。

南南西に進路をとれ!2

食ったらちょっと復活した。
とうとう身体も抵抗するのを諦めて"サマーツアー循環"を始めたようだ。
水を飲み、塩を舐めて、炭水化物を食い、エネルギーと汗を出す。
そして便秘になる。
先は長い、兎にも角にもペダルを回すしかない。
そうこうするうちに、苗栗を通過した。
「本来ならこの辺りがゴールなんやけどな、、」

日本を出る前の事になる。
SNSに台湾旅行に行く事を投稿したところ、"ジャッキーチェン"から友達申請が来た。
「"ジャッキーチェン"やて、、マジか、」
マジやったけど、別人やった。誰ととは言わんけど。
曰く「タイワンにクルならヨレ、タダやで」
「イク」と即答したのだった。
「タダやで、タダ。タダし台中」
タダタダ、タダに惹かれて距離を伸ばしたのだった。
結構アホやなオレ、いきなりか、死んでも知らんぞオレ。

陽が傾きだすと気温は少し下がって呼吸が楽になり、三義郷の辺りで日が暮れた。ちょっと大きめの川を渡ると"台中市"のはずだ。
ところで、"三義郷"って聞いたことあるよなって思って調べたら、だいぶ昔だけど、向田邦子氏の飛行機が墜ちたのがこの辺りだった様だ。
当時中学生で新聞に載ってた。えらい事思い出してしまった。合掌

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台中にて這う這う身体

まさに"這う這うの体"で台中の街に滑り込んだ。
「疲れたし、腹減った、、」
指定されたホテル?を探して台中の街を彷徨う。

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そして、右往左往しているうちに、とうとう街を突っ切って、町のはずれまで来てしまった。「もうこの先は道しかないで、、」この辺りまで来ると、夕方まではブンブン走っていたバイクもピタッと居なくなった。時間を見ると22時をまわる所だ。なるほど、もうかっかり夜中なのね、、。ヤバいと思い、さっき見た街中のスタバまで戻ると、「当店は22時をもって閉店でございます」の憂き目に直面する事に、、もう食もん屋探す体力無いで。「踏んだり蹴ったりとは、まさにこの事やな、、」と、遠く川向うを見上げたら「あった、、"高鐵戀館"」近づくと"MOTEL"と書いてあって、やけに"戀"の文字が強調されてる。これは、いわゆる"ラ♡ブホ"ってやつですか、、貴重な体験をさせていただき、ありがとうございます。

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「あんたの事は聞いてるよっ」って部屋に案内されると、やたら広くて、立派な二人で泊る部屋だった、そらそうやな♡、感謝。
結局この日は、朝から16時間かかって、途中、熱中症で死にそうになりながら170Km以上走って来て、最後は断食と言う、"か弱い"んだか"タフ"なんだか、よく分からない一日になった。

過去のロングライドの経験が生きた。

つづく

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