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錦鯉の宇宙(そら)

秋の夜長。天高くかけるペガスス座や、アンドロメダ座、ペルセウス座、うお(魚)、おひつじ(牡羊)、カシオペヤ、くじら(くじら)、ケフェウス、けんびきょう(顕微鏡)、こうま(子馬)……。

うお座は、(魚座、Pisces)は、黄道十二星座の1つ。トレミーの48星座の1つでもある。
うお座は黄道十二星座でありながら、3等星より明るい星がなくあまり目立たない星座である。
ペガススの大四辺形のちょうど南で、γ星、7番星、θ星、ι星、19番星、λ星、κ星が、いびつな輪を描いているが、この西の魚の胴体を象るアステリズムを英米ではCircletと呼んでいる。また、ω星の7°ほど南に春分点がある。

錦野恋(にしきのこい)。17歳。青森県立弘前中央高等学校定時制に通う、高校二年の女子高生である。


通学路、自転車をゆっくりと漕ぎながら、恋は、今日も宇宙(そら)を仰ぐ。

昼の間は、地元弘前のメイドカフェで働いている恋の夢は、東京秋葉原のメイドカフェで働くこと。
両親を交通事故で亡くした恋は、弘前市立石川中学校二年の錦野明(にしきのあきら)と、大字石川の大仏公園の近くにある築四十年の木造アパート河井荘に、二人で住んでいる。

一時限目が17:30から始まるのに合せて、アルバイトを切り上げ、明の夕食の準備をし、登校する。
今日は、人参とブナシメジ、牛蒡、国産の竹の子と、国産の鶏もも肉をニンベンの汁の素で炊いた、炊き込みご飯と、ナメコと特濃ケンちゃん豆腐の味噌汁を用意してきた。

一時限目のチャイムが鳴った。国語教師の井上太郎が、黒板消しが引き扉に挟まっていないか上目遣いをしながら、入ってきた。

「ウォッホーン……」

井上が、生徒を見回し、目礼する。

「起立」

「お願いします」

日直が号令をかける。

「お願いしまーす」

「着席」

「はーい、寒くなってきたねぇ、あー、ポムポムプリンのパーカーいいね、石澤健君。君のファンキーな感じが出ていて、実にいい」

教室から、「なんで石澤って、ああなんだろう」という失笑に似た笑いが起こる。

「じゃー、教科書42ページ開いてー」

「Kの自殺のところから、はい、上野静香君、読んでー」

恋は、Campusノートを開いた上に、教科書を載せて、静香と一緒に黙読していた。

「ほれ」

隣の席の藍本宇宙(あいもとそら)が、教科書の夏目漱石の肖像を、デストロイヤーにして、口からは舌の代わりに、剥けたちんちんを出した悪戯書きを見せてきた。

「何これ?」

恋が、訝しんで笑みを湛える。

「さて食うか」

宇宙は、そう言って、ローソンで買ったのり弁がそのまま入った、キティちゃんの弁当箱の蓋を開け、タルタルソースを口で開封し、白身魚のフライにかけるでもなく、「ちゅーっ」と、啜り舐め始めた。

恋は、その様子を横目で見ながら、「変なひとー」と、いつにも増して思うのだった。

恋は、そんな宇宙が実は好きだった。それは、彼が超ド級の変態であるにもかかわらずだ。

宇宙のド変態ぶりは、他の変態君を超越していた。例えば、人気の無い女子トイレに、深夜忍び込み、汚物入れの、誰が捨てたか分からないナプキンを開いて、おりものを舐め、「しょっぱい、しょっぱい」と言ったり、物臭で一週間履き替えない、実姉のパンティを、熱々のご飯の上に載せて、お茶漬けにして食ったりである。

恋には、何故か変態ばかりが言い寄ってくる。だが、皆が皆、宇宙に比べれば、おちんちんに毛が生えたて程度の小物。
宇宙のような、大宇宙変態は他の追随を決して許さない、男の中の男なのであった。


「いつも東枕で、寝る私が、その晩に限って、偶然西枕に床を敷いたのも、何かの因縁かもしれません」

「私は枕元から吹き込む寒い風でふと目を覚ましたのです。見ると、いつも立て切ってあるKと私の室との仕切りの襖が、この間の晩と同じくらい開いています。けれどもこの間のように、Kの黒い姿はそこには立っていません」

「私はすぐに起き上がって、敷居際までいきました。そこから彼の室の様子を、暗いランプの光で見回しました」

「それが疾風のごとく私を通過した後で、私はまたああしまったと思いました。もう取り返しがつかないという黒い光が、私の未来を貫いて、一瞬間に私の前に横たわる全生涯をものすごく照らしました。そうして私はがたがたと震えだしたのです」

「はーい、そこまで」

井上は、

「なーっ」

と、こころの登場人物の「先生」が、どんな人間か、分かるだろう?っと目で語った。

「先生を、覆ったのは、友を亡くしてしまった悲しみではないんだよー」

「先生のこころの中を占めるのは、自分が失敗をしてしまったこと。そして、自分の将来が暗い光に覆われたこと、なんだよなー」

「決して、Kの命じゃないんだよなー」

「よーし、藍本宇宙君、のり弁なんか食ってないで、君の見解を述べなさい」

宇宙は、ぐっと喉に詰まらせた唐揚げを、コーヒー牛乳で流し込み、起立して応えた。

「馬鹿ですね」

「そーう、藍本宇宙君その通り、先生は、馬と鹿の見分けもつかない馬鹿だったんだよなー」

「大正解!」

「ここは、テストに出るからねー。よく勉強しておくように」

「あー、びっくりこいた」

宇宙は、そう小声で呟いて、恋に、

「しば漬け食うか?」

と、訊いた。

20:50、放課後のチャイムが鳴り、恋と宇宙が揃って下校する。宇宙は恋をカラオケボックスに誘った。

「でかい声出そうぜ」

「一時間だけね」

学校近くの「JOYSOUND」に入店する。恋はレモネード、宇宙は未成年なのに、どぶろくを注文した。

「さー、歌うぞ」

「何に、し・よ・う・か・なー」

宇宙が、選曲用リモコン端末を膝に置き、弄りながら、どぶろくを飲りながら、口笛を吹く。

「わたし、これっ!」

恋の方が先に、端末入力を終えた。


「十戒(1984年)中森明菜」

愚図ねカッコつけてるだけで
何もひとりきりじゃできない
過保護すぎたようね
やさしさは軟弱(きよわ)さの
言い訳なのよ
発破かけたげる
さあカタつけてよ
やわな生き方を変えられないかぎり
限界なんだわ坊やイライラするわ
すぐに愛を口にするけど
それじゃ何も解決しない
ちょっと甘い顔するたびに
ツケ上がるの悪い習性(クセ)だわ
優しいだけじゃもう物足りないのよ
今の男の子みんな涙見せたがり
甘えてるわ
止(や)めて冗談じゃない
ちゃんとハッキリしてよこの辺で……


「おー、いいねいいねー、88888888」
「じゃ、おれね」


「恋のボンチシート(1981年)ザ・ぼんち」

そうなんですよ川崎さん
ちょっと待ってください山本さん
いや じつはですねーそうなんです
A地点からB地点まで 行くあいだに
すでに恋をしてたんです
恋の相手はどんな方です
ぬれたヒトミまさにヒト目ぼれなんです
その人の名は その人の名は
その人の名は ポチ ポチ どこへいったんや
じつはですねえ ぼんちの二人が
レコードを出したんですよ 川崎さん
えー じゃぼんちは
本当にレコードを出したんですか
そうなんです そのおかげで
この山本が有名になったんですよ ハハハ……
この陰気な山本が陽気になりました
その人の名は その人の名は
その人の名は 山本です
有名になったぞ いつのまにか
とても売れていたんです
B地点からC地点まで なやみながら
コトバさがしていたんです
言いたいことを 言ってください
辛さに負けず さあ!さあ!
いやちょっと待って下さい ということは
山本さんだけ有名になって
この川崎はどうなるんです
あれ お前は病気やろ


「888888888」

宇宙は、煙草に火を点けて、

「んー、LARK SMART PLUS SPLASH PURPLEは、うまいなぁ~」

と、満足そうに燻らした。

二人でその後も5曲ずつ歌って、店を出る。
勘定は、宇宙が全部払った。

時計は、22:30を回っていた。

「さて、帰るか」

「うん」

「今日は、ありがとう。ごちそうさま」

恋が、軽くお辞儀をする。

「じゃー、また明日ねー。仕事頑張ってー」

「宇宙もね」

「Bye Bye!I’ll be seeing you!」


恋は自転車を跨ぎ、深呼吸をひとつして、うお座を眺めた。
アルファーグ、アレルシャ、カウダ・ピスキス、シンマが、一際明るく瞬いているのがわかる。

アルファーグ(Alpherg)は、アラビア語において「水の流出」を意味する、al-pherg(アル・ファーグ)という言葉に由来する名前を持つ星であり、この星はうお座を構成する星々のなかでは最も明るい四等星の恒星として位置づけられる。

アルレシャ(Alrescha)は、アラビア語において「ひも」を意味する、al-rišā’(アル・リシャ)という言葉に由来する名前を持つ星であり、この星はうお座を構成する星々のなかでは三番目に明るい四等星の恒星として位置づけられ、そして、それに対して、その次に挙げた、カウダ・ピスキス(Cauda Piscis)は、ラテン語において「魚の尾」を意味する名前がつけられたうお座を構成する星々のなかでは、四番目に明るい四等星の恒星であり、シンマ(Simmah)は、バビロニア神話における魚の女神の名を意味する名前がつけられたうお座を構成する星々のなかでは、二番目に明るい四等星の恒星としてそれぞれ位置づけられていると、考えられている。

そして、こうしたうお座を構成している主要な星々を線でつなげて星座の形を描いていく場合には、前述した主要な四つの星のなかの一番左に位置するアルレシャと呼ばれる星を基点として、上の方向と右の方向という二つの方向へと星々が互いに連なっていくことによって、うお座における「く」の字型をした星座の形が描かれていくことになると考えられることになる。

そして、そもそも、こうしたうお座と呼ばれる星座が、黄道十二宮の区分においては双魚宮、すなわち、二匹の魚が司る天球の領域として位置づけられていることからも分かるように、うお座を構成する星々の名前を順番に見ていくと、はじめに挙げた「ひも」を意味するアルレシャと呼ばれる星によって、魚が泳いでいく「水の流れ」を意味するアルファーグや、「魚の尾」を意味するカウダ・ピスキスといった、うお座を構成する星々が互いに結びつけられていくというように、夜空に互いの尾をひもによって、結びつけられた二匹の魚の姿が描かれていくことになると考えられることになる。

「双魚宮」二匹の魚は、わたしと明。……宇宙(そら)が、水の流れかもしれない……。

恋は、アルファーグを目に焼き付けると、右足のペダルを踏みこみ、家路を急いだ。
河井荘に帰宅する。部屋の明かりを点け、洗い物をしようとキッチンに向かう。

「あれ、綺麗になってる……」

明が、気まぐれで食器の片づけをしておいてくれていた。

寝室に向かうと、明が大の字で、臍を出して寝ている。
恋は、明の足元で、ぐちゃぐちゃになった毛布を、明の体にそっと掛け直し、

「おやすみ」

と、小さく投げかけた。

浴室に行き、給湯器のスイッチを入れる。「UNIQLOの白のパーカーと、デニムのブーツカットジーンズ」、「GUの白と藍のボーダーのTシャツ」を脱ぎ、「PEACH JOHNのピンクのシアーメイクフェリーチェブラ、パンティ」を、ランドリーバスケットに入れる。

「ザーッ!」

「ふん、ふ、ふん、ふん♪」

シャンプーは、本当だったら「いち髪」を使いたい。けれど、明も使うのだからと「メリット」で妥協している。

ビオレUで、体を流した後、湯冷めをしないように、冷水を両足に回した。

「ふーっ」

「らん、ら、らん、らん、らん……」

シマムラの黒にラメの星柄のパジャマに着替え終わり、キッチンの蛇口を捻り、グラスにたっぷりの水道水を注ぐ。

テーブルの椅子に腰を掛け、ゴスロリファッション雑誌を、パラパラ捲る。

「ゴク、ゴク」

「ふー」

恋は、ぼんやりと考えていた。高校を卒業する頃には、明も高校生になる。厳しいようだが、明にも自分と同じ、定時制の進路を歩んでもらいたい……。

そして、わたしは上京する……。秋葉原のメイドカフェでNo.1の座を射止めるのために……。

寝室の布団に潜り、目覚ましを確認する。明日も早い。恋はゆっくりと目を閉じた。

「Good Night、明……。Good Night……。宇宙……」


「トン、トン……」
きゅうりと、エリンギ、ナス、ショウガに、包丁を引き、小鍋にお湯を沸かす。
ショウガを下ろし金で擦る。エリンギ、ナスを、小鍋に放る。

電子ジャーから、炊きあがったばかりの、新潟県産の「こしひかり」を茶碗によそう。

エリンギ、ナスをザルにあけ、冷水で冷やす。きゅうりとショウガと一緒に、小鉢に移し、「もみじおろしごま入り ゆずぽん酢」を塗す。

ご飯の香りに鼻腔を刺激されたのか、明が右目を擦りながら、起床してきた。

「おはよー」

恋が、爽やかな朝に似合う、とびきりの笑顔で、明に挨拶をする。

「おはよ~ぅ……」

「ふぁ~っ……」

「お姉ちゃん、変な夢みたよ」

「原付スクーターに乗ってるひとが、エンジンかけないで、三輪車みたいに前輪に付いてるペダルを漕いで、ゆーっくり進んでるんだ」

「……。あー、それは幼児退行の兆しのあるひとね」

「さ、食べよ」

「いただきまーす」

明は、しそのり納豆をご飯の上に載せ、糸を絡めとって、口に運んだ。

「給食費、忘れないで持っていってね」

「ん、ぐぅ」

恋は、電気ポットのお湯を、玄米茶を入れた急須に注ぎ、明の湯飲み茶碗についだ。

洗濯機を回す。二層式の「うずしお」である。

「おれ、林檎市場で、アルバイトしようかな。今の時期、忙しいから人手が足りてないと思うんだよね」

「お姉ちゃんの家事が楽になるように、全自動洗濯機、買ってあげるよ」

「明、そんなのにおカネを遣ったらダメでしょ?お姉ちゃんはね、たらいと洗濯板と洗濯石鹸でも十分なの。将来を見据えて、働いて稼いだおカネは、少しでもいいから貯金しておきなさい」

「ちぇっ」

明は、姉への思いやりの気持ちを、挫かれて、不貞腐れた表情を見せた。

詰襟に着替えた明は、通学用リュックにヘルメットを装着して、学校の帰りに、早速、林檎市場へ様子を窺いに行く旨を告げ、コンバースの紐を結んだ。

「じゃ、行ってきまーす!」

「ハーイ、気をつけてね、明」

「うん、お姉ちゃんもね、仕事頑張ってね」

「うん。ありがとう」

「バタン」

玄関の扉を後ろ手に閉めた、明の足音が遠ざかっていく。

恋は、出勤、出校の準備をした。携帯、メイド服、ブラシ、コンパクトミラー、ハンカチ、ポケットティシュー、教科書、ノート、筆記用具……。そして、もうすぐ宇宙の誕生日なので、毛糸とかぎ針も一緒に、ボストンバックに詰めた。

脱水機に、洗濯物を移しながら、恋は幸せを感じていた。「幸せ」や「不幸」なんて、「がる」ものであって、己の匙加減で如何様にも捉えられるものだ。

そして、「苦労」や「努力」は、他人の匙加減での評価であることも、恋は気づいていた。

「頑張ろうっと♪」

「ふん、ふん、ふん……♪」

恋は、脱水機のタイマーが、「0」になるまでと思い、またゴスロリファッション雑誌を捲った。
今、7:30を回ったところ。アルバイト先の、弘前駅前メイドカフェ「CAFÉ ANI」は、10:00出勤、11:00開店である。

9:30になったら、家を出る。洗濯物を干し終わったら、少し編み物をしよう。
恋は、ソフトメリノウール100%の、ウールの中でも肌ざわりがよく、ちくちくしたり痒くなりにくい毛糸で、二目ゴム編み、メリヤス編みを施し「腹巻」を編み上げる予定でいる。



「お帰りなさいませ、ご主人さまー」

恋は、純白の、フリルのカチューシャにボザム、ボウ・タイ。黒のローブダブリエに、カーキのロングプリーツ・スカート、黒のギリーを履き、深々とお辞儀をする。

「あ。どうも、エレアちゃん」

「はいー♡」

恋が営業用スマイルを炸裂させる。

「今日もお仕事お疲れ様、いつも、エレアスマイル、カワ(・∀・)イイ!! ねぇ~」

「そんなぁ、照れるじゃないですかぁ、ご主人さま」

「んー、はは……、これ、あげるよ」

男はそういって、「小枝」を手渡した。

「パチンコの余り玉」

「え、いいんですかぁ~、ありがとうございますぅ~」

再び満面の営業スマイル照射。

「あーっとね、ダージリン・ティーのホットと、お絵かきオムライスもらおうかな」

「ダージリン・ティー、ホットと、お絵かきオムライスですね~」

「承りましたぁ、ご主人さまー♡」

「少々、お待ちくださいませー」

恋は、また深々と頭を下げ、デシャップに下がっていった。

男は、ミラーマンだった。窓際のガラス窓で、髪の毛の乱れをチェックしている。
ダージリン・ティーをプラッターに載せた恋は、それを横目に「自意識過剰なひと……」という印象を持った。

「お待たせしました、ご主人さまー」

「あ、どうも」

「こちら、ダージリン・ティーになります」

「はーい、ありがとう」

「エレアちゃん、好きな食べ物何?」

「えっ。んーっと、フレンチトーストですぅ」

「あー、おれ、フレンチトーストの美味い店知ってるよ」

「ここから近い、ki to ao(きとあお)ってカフェ知ってる?」

「あそこの、自家飼育の卵で作った、自家製たまごの焦がしフレンチトーストが、美味いんだよねぇ~」

「どう、ANIが終わったら、一緒に」

「あー。ごめんなさい……。わたし、今日学校なんです。夜学に通ってまして……」

「……そうか、そうか、そうだったんだね、ごめんごめん、頑張り屋さんだねぇ」

「じゃ、また、今度誘うねっ!」

「はいっ。あ、ダージリン・ティーでーす」

「ごゆっくり、お召し上がりくださいませー」

恋は、「あの人は、自意識過剰のミラーマン。きっとまた変態だわ。でも紳士な感じはするかな」と、分析した。

男は、ガラス窓に口を「ニーッ」っとやりながら、ステインの着色具合をチェックしている。

「お待たせしました。ご主人さまー」

「オムライスですー」

「あ。はいはい」

「何か、これを描いて欲しい、みたいなのがありましたら、おっしゃってくださいー」

男は、「ちんちん」を描いてもらおうかと、ふと思った。そして、描き始めるエレアに、「いや、掻いて♡」と、言おうかと……。喉元まで出かかって、

「さだおLOVE、で、お願いします」

なんとかセーフ。自分の変態ぶりを暴露しなくてすんだ定男は、胸を撫でおろした。

「おれ、定男って言うの。改めてよろしくね、エレアちゃん」

「定男さん、ですね。わかりましたー、ご主人さま~♡」

右手に持ったケチャップのボディを窄めながら、

「さ だ お」

と、まず、オムライスの全体に描き、

「♡ L O V E ♡」

と、皿にはみ出して描く。

「♡ A N I ♡」

を、口縁に追加描きして、出来上がり。

「わ~、エレアちゃん、上手、上手!」

「それほどでも~」

「では、ご主人さま♡、ごゆっくり、お召し上がりくださいませー」

「はーい、エレアちゃん、ありがとう~」



「おーい、宇宙、プラス(+)の2番取ってくれ」

「はーい」

宇宙は、昼の間は、伯父の小山繁雄が経営する小山サイクルで、自転車、バイクメンテナンスをする、アルバイトをしている。

繁雄が、エンジンオイルのドレンボルトを12番コンビネーションレンチを回して、パッキンとともに外すと、黒い廃オイルがタッパに滴り落ちた。

「よし、宇宙、新しいエンジンオイルを注入しておいてくれ」

「はい」

宇宙は、ドレンプラグ、パッキンの汚れをタオルで拭き取り、ブレーキクリーナーを吹き付け、念入りに磨いていく。
ドレンプラグにパッキンを掛け、コンビネーションレンチで締めすぎないように、回す。
締めすぎるとドレンプラグが破損して、エンジンルームを解体しなければならなくなるからだ。

オイル注入口にジョーゴを差し込み、オイルジョッキから、オイルをオイルゲージの規定量よりも入れ過ぎないように、ジョーゴの逆円錐形の上部に注ぎ足す。

「ふーっ。終わりました、繁さん」

「よーし、じゃー、上がっていいぞー」

店の奥から、繁雄が藁色封筒を持ってやってきた。

「これ、今月分なっ!」

「多めにしといたぞ、おい」

「あ、ありがとう、ございます」

「それでは、お先に失礼しまっす!」

「おーおつかれ~」

小山サイクルを出て、停めてあった自転車、宇宙南極Z号の前で、藁色封筒の中身を確認する、宇宙。

「うわっ!」

諭吉さん10枚、いきなりの登場に、宇宙は「これは、貰いすぎだ……。ちょっと返しに行こうかな?」という思いが脳裏を過るのだった。

「ま、いっか」

宇宙は、宇宙南極Z号を漕ぎながら、そう思い直し、レンタルビデオ店に向かった。
今日は、水曜日。新作のアダルトビデオが入荷する日なのだ。

弘前市土手町にあるレンタルビデオ店、「びでお野郎」にZ号を停め、入店する。

「ピンポーン~。いらっしゃいませー」

早速、アダルトビデオの新作コーナーに足早に向かう。狙いは、「スカトロ」「聖水プレイ」物だ。


「限りなく拡がる制服○女の肛門 私のお尻の穴を拡げてください 出演 前多まこ」

幼い頃から肛門に興味を抱いていた○女・まこ。母が連れてきた親戚のおじさんに性癖を相談した事がきっかけで、卑猥なことをする仲に。野外フェラや飲尿、アナルに舌をねじ込まれる快感を教わる。しかし親戚だと思ってたおじさんは、実は母と変態プレイまでする関係性だった。

母に負けたくない一心で、まこはアナル処女と黄金をおじさんに捧げてしまう。そして自らの糞をも受け入れる。


「おしっこジョボジョボビッチ2」

戦慄と驚愕のおしっこまみれジョボジョボSEXパーティ再び開催!酒もつまみも無いけれど、おしっこあれば大満足の変態男女が今宵も集結!まずは放尿自己紹介!そしてションベンぶっかけ!

さらに飲尿フェラチオ!ラストにはおしっこまみれの超変態4P乱交!

部屋中びしゃびしゃ、おしっこ臭をたっぷり充満させて宴は閉幕!


これだ……。宇宙は、前を膨らませて、レジに向かった。普通の人間なら、必ずダミーも一緒に借りるのだが、宇宙は男の中の男なので、そんな腑抜けた真似はしない。

レジ係の女性スタッフは、宇宙の顔を知っていた。なので、別に怪訝そうな顔をするでもなく、ポーカーフェイスで、メンバーズカードを読み取り、ビデオを袋に詰め、

「ありがとうございましたー」

と、宇宙に手渡した。

「るんっ!」

あ、そうだ。恋に、鎌田屋商店 「カ印つがる漬け」を10個買っていってやろう。後、「すし樽詰合せ 600g」

宇宙は、弘前食料品市場、虹のマートで、買い物を済ませると、「CAFÉ ANI」の社員出入口の前で、恋を待った。

16:08。

恋が出てきた。

「よっ」

「あっ、宇宙~」

「これ、ハイ、プレゼント」

「何?虹のマートのレジ袋じゃない」

「晩飯の足しにしたらいいよ」

「……、わー、カ印つがる漬けだぁ~。紅鮭すし、にしんすしと国産の姫竹の子の詰め合わせもあるじゃないー」

「そ、そ。嬉しいだろ?」

「うんうん。あ、そうだ、今晩、家で晩ご飯食べってよ、それから一緒に学校行こっ」

「いいの?いいよ、じゃ、行くか」

「うん」

自転車、並列走行で、河井荘まで飛ばす。明が腹を空かせている。

「ただいまー、明ぁ~」

「はーい」

「おー、明ぁ」

「あ、宇宙お兄ちゃん。こんばんは」

「こんばんはっ」

「さ、宇宙、入って」

「お邪魔しまーす」

「お姉ちゃん、林檎市場のバイトの面接受かったよっ!」

「明日からだって、わーい~」

「良かったねぇ、明、今日は、御馳走だわよ。これ、宇宙のプレゼント!」

「わぁー」

「じゃー、ご飯の準備しますか」

恋は、「暴れん坊将軍」のBGMをDVDカセットデッキから流すと、キッチンに向かった。

「おれ、ちょっと、どぶろく買ってくるわー」

「あ、わたしにもビールお願い~、キリン秋味ね」

「宇宙お兄ちゃん、僕、ノンアル気分のカシスオレンジお願いぃ~」

「全く、おまえら、呑み助だな」

「行ってくる」

「はーい」

恋は、鍋にお湯を沸かしながら、葉付きのカブと蒲鉾を刻み、鍋に放った。白だしでおすましにする。

「明、ど根性?」

「うん、ど根性」

朝炊いた白米を、ど根性ガエルのひろし並みに「超天こ盛」によそぐ。

恋と、宇宙は、飲むので、白米はまだである。

「ただいまー」

「おかえりー」

「これ、國盛、はい、秋味。明、地中海レモンしかなかったぞ、これでいいな?」

「えー、あー」

「宇宙、明、カ印でいいでしょう?」

「そうだね」

「うん」

恋は、カ印つがる漬け2袋を皿に開け、取り皿三つ箸三膳をそれぞれに出した。

「さて、食べましょう」

「いただきまーす」

「プシュ」

宇宙は、わざとメインの「数の子」に手をつけない。恋と明に食わせる寸法だ。

明が、昆布の糸を啜って言う。
「ねぇ、お姉ちゃん、高校卒業したら、上(かみ)に行くんだよね。やっぱりゴスロリのファッションデザイナーになるの?」

「そーねー、型に嵌ったら良くないと思うの。まだ人生経験が少ないじゃない?
これが、自分の天職っていうものを探しに上京したいっていうのはあるよねー……。それが正直なところかな」

「宇宙お兄ちゃんは?」

「あー、そうだなー、おれは、恋に変態の虫がつかないように見張りにいくかな」

「宇宙、あなた、わたしについてくるの?」

「だな」

「ほんとー?」

恋は、内心、心強かった。誰も身寄りのいない土地に一人で踏み込むつもりでいたのである。
だが、宇宙にも宇宙の人生がある。自分のために、棒に振らさせるわけにはいかない。

「おれは、今、やりたいことをやるんだ。やりたくないことも、やれることは、やりたいことに変えてな」

「……なるほどね」

「そっか、宇宙お兄ちゃん、それでいいんだよね」

「そそ」



二度目の秋葉原の夏。

今日も恋は、炎天下の中、「メイドカフェ HoneyHoney」のサンドイッチマンをしている。
日中は女の子たちは皆嫌がる仕事だ。

去年の夏も、ずぅっとサンドイッチマン。時折コンパクトミラーで直す化粧に増えたシミは隠せない。

「仕方ないな……」

恋は、JR秋葉原駅前で広告板を持ちながら、暇を持て余して人間ウォッチングをする。
それでも、都会での見聞を広めることを、何か次のステップの仕事に役立てないかと企てていた。

「ブォーン!」

SUZUKI RGV250γが急停止する。

「乗れ!」

「……宇宙ぁ~!」

恋は、慌てて、広告板を放り出し、宇宙に渡されたワインレッドのヘルメットの顎紐を留め、後部座席に跨った。

「武田信玄まで、飛ばすぞぉっ!」

「Life Is Beautiful Tim McMorris」

Hey now,come on
Let’s go, the music’s playin’
I’ve got,to move on
To go out, no more delayin’

Pack my, things up
Care free adventure’s waitin’
I’m headin’ out, headin’ out to see the rest of the world
Yeah,yeah

So kick it up to stir it up
Alive will make you feel
Press reset with no regret
Make sure to keep it real

The possibility’s right in front of me
Oh all the things that I can be
Got me feelin’ free
Yeah

So turn it up and shout it out
‘Cause you got something to shout about
And let the world just spin around
As you go on and make more ground

And throw your hands up,yeah,put’em up high
Walk a new path, and go on, and let the cares fly by
And if you take some time to ask me why
You always see me with a amile, I’ll tell you that

Life is grand, life is great, life is good
Life is beautiful
You’ve gotta give it all you’ve got
Everything you’ve got to give, time to shine, time to live

Life is grand, life is great, life is good
Life is beautiful
Now your living out your dream with your hopes up high
Your only limit is the sky

Standing in a brand new place
I feel the sun shine on my face
The weather’s good, the day is bright
I watched it turn from dark to light

And keep the music going
Keep the good times rollin’
And now I’ll never let it stop
You’ll onry find me growin’

Come on and sing out a song, and don’t be shy
‘Cause you’ll never know Till you give it a try
Colorful like a work of art
A brand new day, a brand new start

And once you go up, you’ll never come down
Like your wolking right on the air, with your feet far off the ground
And if I take some time to ask you why I always see you with a smile
You’ll tell me that

Life is grand, life is great, life is good
Life is beautiful
You’ve gotta give it all you’ve got
Everything you’ve got to give, time to shine, time to live

Life is grand, life is great, life is good
Life is beautiful
Now your living out your dream with your hopes up high
Your only limit is the sky

変わろう
外に出よう
もうためらわない

気持ちを切り替えて
心配するのはやめる
冒険が待ってる

もう行こう
未知の世界を見に行こう

楽しいこと、刺激されること
生きてること自体が君に感じさせてくれる
気にせずリセットボタンを押しなよ
リアルを実感させ続けてくれるから

可能性は僕にとって正しいこと
自分の出来ること全てさ
自由というものを感じさせてくれる

アゲていこう、叫んでいこう
叫んだことが実現するよ
世界を回すんだ
君が先に行ってモノにする

両手を挙げて、そう皆んなをハイにしよう
新しい道を切り開いて、先に行こう
心配なんか吹っ飛ばして

君が僕に理由を聞く時は
笑顔で僕を見つめる
僕は話し始める

人生は根拠、人生は驚異、人生は善なるもの
人生は美しい
君がすべてを与えて、受取る
すべて君が受取るもの
輝いてる時間、生きてる時間

人生は根拠、人生は驚異、人生は善なるもの
人生は美しい
今、夢の時間を生きている
高く掲げた希望とともに
君には無限の可能性がある

未開の地に立ち
僕は顔に陽の光を感じる
空は晴れ渡り、日々が輝く
闇から光へと移り変わるのを眺める

音楽が鳴り続け
良き日々を繰り返す
それを止めないようにしよう
君は僕の成長した姿を目にするだろう
こっちに来なよ

歌を歌って
気後れせずに
知らなくても大丈夫
頑張ればできる

アート作品みたいにカラフル
新しい日、新しいスタート

君は登り始めたらもう下がらない
空気の中を歩いてるように、地に足がつかないように軽々と

君が僕に理由を聞く時は
笑顔で僕を見つめる
僕は話し始める

人生は根拠、人生は驚異、人生は善なるもの
人生は美しい
君がすべてを与えて、受取る
すべて君が受取るもの
輝いてる時間、生きてる時間

人生は根拠、人生は驚異、人生は善なるもの
人生は美しい
今、夢の時間を生きている
高く掲げた希望とともに
君には無限の可能性がある


甲州街道最大の難関、「新笹子トンネル」を越えるまで、三時間は要らなかった。笹子峠を下り勝沼に着く。

「よし、ぶどうを二房買おう」

「お尻が痛いぃ~」

恋は、臀部をパンパン叩きながら、疲れて少し蟹股になったのを、スラリと無視してγのシートに右手を載せ、立った。

しばらくして、宇宙が戻ってくる。

「ほーれ、マスカットだぁ~♪」

「大きな実ね」

「皮ごと食べられるぞー」

「さー、もうすぐだ、信玄に会いに行こうー」

「ブォン、ブォンブォ~ン!」

笛吹橋を抜け、JR甲府駅が見えてきた。

「あー、信玄~!」

恋が、思わず声を上げる。

γを停め、エンジンを切る。

宇宙は、マスカットを持った手で、ヘルメットを外し、銅像の前に近づいた。
恋も、ヘルメットを脱ぎ、クシャクシャになった髪の毛を手櫛で直しながら、宇宙の後をついていった。

「信玄だねぇ」

「だねぇー」

陽はすっかり落ち、街路灯が、甲府駅前を照らしていた。

「そこの、ベンチに座ろう」

宇宙が、恋の手を取り、誘う。

「よっこいしょ、ふぅ~」

宇宙は、マスカット一房を恋に渡し、一粒口に「パクッ」っと含んだ。

「あー、ここまでくると、星がよく見えるねぇ」

と、宇宙。

「津軽を思い出すなぁ」

「だねぇ」

「あー」

「……わかった……」

宇宙は、恋のチークの入った左頬をまじまじと見つめ直し、

「これだろ、これだろ、これだろ……」

「んー」

「ちょっと、待って」

おもむろに、胸ポケットから黒のマッキーを取り出し、「中」の方のキャップを緩めた。

「できた……」

そう言って、恋のシミたちの中に〇を書き足した後、

「アルファーグだ」

と、自分を誇示するかのような、笑みを湛えた。

「えっ」

恋は、キョトンと、宇宙の目を見つめる。

「錦鯉だね、このチークの甚三紅(じんざもみ)」

「恋の左頬は、宇宙(そら)、うお座だよ。シミの配置がバッチリそうなってる」

「えっ」

恋は、まだキョトンとしている。

「結婚しよう」

……恋は、ようやく全てを悟った。そして、満天の星空の笑みで応えた……。

「うん。いいよ」

今は夏。宇宙(そら)の恋と、恋と宇宙(そら)の物語。

それは、永遠のストーリーとともに広がっていく、プロローグの連鎖……。

さて、次のページを書き記そう。今宵、甘い、甘い、どぶろくを飲りながら……。

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