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Appleが発表したRCSとは何か?

米国時間の昨日から始まったAppleの年次開発者会議WWDC2024でiOS18の今秋のリリースとメッセージアプリのRCS (Rich Communication Suite)対応を発表しました。

アップルはGoogle/AndroidからRCSについて何度も要求され、2024年からRCSに対応することを昨年発表していました。この記事では、RCSとは何か、そしてRCSが最初の目標を達成できていない理由について説明します。

RCSというサービスは、SMSの後継となるメッセージングと位置情報などを組み合わせた様々なサービスを提供することを目指して企画が始まりました。

2000年代には、独立系のフォーラムで検討されていた規格が、携帯電話事業者の団体であるGSM Associationに組み込まれて検討されてきました。

RCSが検討され始めた当初の状況と異なり、テクノロジーの進化により、Skype、WhatsApp、Messenger、WeChat、そしてLINEなどのメッセージングアプリが普及しています。

これによって、これらのアプリは似たような機能を持っており、その他のメッセージングサービスとの差別化が難しくなっています。

一方、海外の通信事業者がRCS(Rich Communication Services)に注目しており、温度差はあるものの積極的に推進しています。例えば、ヨーロッパの通信事業者は共通ブランド「Joyn」を使ってRCSベースのサービスを提供しています。

なぜ彼らはRCSを支持しているのでしょうか?

実は通信事業者から見て前述のコミュニケーションサービスと決定的に違うポイントが1つあります。それは、

RCSは通信事業者の専用ネットワーク(閉域IP網)を利用している

ということです。

具体的には、インターネットを経由せずに端末間やサーバと端末の間で情報のやり取りが行われます。ではそこにはどういう意味があり、通信事業者が後継機能を必要とするSMSの価値とは何でしょうか?

日本ではあまり感じられないかもしれませんが、海外ではSMSが社会インフラの1つとして必要不可欠になっています。たとえば、最近では日本でも増えてきた本人確認のための2段階認証や、行政からの緊急通知がSMSで送られます。
(アメリカで誘拐犯の車の情報がSMSで一斉送信されるアンバーアラートなど)

また、クレジットカード社会の欧米では、高額な買い物やキャッシングをした際には、SMSで決済通知が届きます。この時、金融機関から通信事業者には、1通あたり1ユーロ近い料金が支払われるビジネスモデルがあります。

普通は通話のベーシックプラン契約にSMSが月に何通まで無料といった形で入っていたり、追加しても例えば500通で1ユーロのような価格です。それが、法人が自社の顧客に連絡するために利用料を支払うのです。

海外の通信事業者の財務報告では、個人と法人が支払ったSMS利用料を「SMS ARPU(1ユーザ当たりの平均収入)」と呼び、その増減は重要な指標の一つになっています。

金融機関がなぜSMSを使っているのかというと、SMSは通信事業者のネットワークを介してユーザに届くため、安全性が高いと考えられています。

インターネットを通じてデータを送受信する方法と、事業者内のネットワークのみを通る方法は、海水浴場とホテルの会員制プールのような違いがあります。

安全性や信頼性の観点では大きな違いがありますので、サービス提供者は認証や決済通知などにはできるだけインターネットを利用しないようにしたいと考えています。

結局、SMSがなくなると安全性と安全だから得ていた収入を失うということになります。そのため、SMSに変わる「安全なネットワーク」を使ったメッセージングサービスが必要とされるようになりました。これがRCSが当初描いたシナリオです。

少し技術的な話ですが、電話をかけるときは相手の電話番号を使って相手を指定します。相手の状態(待受け中か通話中かなど)を知るためにシグナリングというやりとりをします。シグナリングは通話以外のやりとりで、相手が応答したら通話が始まります。

このシグナリングを行うための信号の中に「自由に使える140バイトの領域」があり、送信者がこの領域に文字を書き込むと、相手の端末に文字が表示されるというのがSMSの仕組みです。

  余談ですが、140バイト(B)というのは、半角英数字が1文字1Bなので
  140文字送信できるデータ量になります。ツイッターはサービス開始当初に
  140字までしか投稿できませんでした。これはSMSでも投稿できるように
  するためでした。
  ※日本語は1文字2バイトなので最大70文字までのハズですが、日本語でも
    140文字まで投稿できましたね。

このシグナリングを行う仕組みは、通話のためのネットワーク、専門用語で回線交換ネットワークと言いますが、第2世代(2G)/第3世代(3G)の携帯電話サービスは回線交換ネットワークで通話とSMSが提供されていました。

これからは4G(LTE)や5Gのサービスに移行していくため、2G/3Gのサービスが停止されるとSMSも使えなくなります。

それにより、回線交換ネットワークの消滅と同時にSMSもなくなることは、大きな収入源の喪失だけでなく、インターネットを経由しない安全なネットワークを法人向けに提供できなくなるという問題も生じます。

そのため、RCSの開発の背後には「インターネットを通らないIPネットワークを使ったメッセージ送受信の仕組み」を作るという大義名分がありました。

ところが、RCSには不都合な真実が2つ出現しました。

1つは前述したように様々なIPベースのコミュニケーションサービスが増えたことです。これにより差別化が難しくなり「RCSならでは」のサービス設計が難しくなりました。

もう1つは、SMSがあまりに重要であったため、回線交換ネットワークがなくなってもSMSだけは使えるようにしようという技術開発が行われたことです。

例えば、4G/LTEの世代では、SMS over IMSとSMS over SGsという技術が使われています。これにより、データの送受信方法は異なりますが、ユーザの端末ではSMSを送受信することができます。

また、5G SAのネットワークでも、SMS over IMSまたはSMS over NASという技術が使われています。これにより、SMSの送受信が実現されています。

従って、同じようなアプリがたくさん出てきて普及し、SMSも新しい世代のネットワークで使い続けられるという、当初の想定と違う状況にあります。

その中で、RCSは「安全なIPネットワークを利用している」という特徴を最大限に生かしたサービス設計を行う必要があります。

AppleのRCSサポートは大きな後押しになると思いますが、具体的にはどんな違いをもたらしてくれるのか、楽しみですし、良い意味で期待を裏切ってほしいと思っています。

最後までお読み頂きありがとうございました。

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