見出し画像

静岡にて猫をぬぐ

二泊三日で静岡に行ってきたのだ。
彼氏と、彼氏の両親と。
初日は三島のスカイウォークで遊んでホテルに一泊、そして翌日は中伊豆にある嵯峨沢館に一泊という贅沢旅行。

この旅行には個人的に、二つのミッションがあった。

一つは、彼氏と同棲を始めたいというご挨拶
もう一つは、彼の両親(特にお父さん)の私に対するやや買いかぶり気味な評価を少しでも実態に近づけること

一つ目はタイミングさえうまく見計らうことができればするりといけそうだけれど、二つ目はそこそこに難しい。
私自身が少々猫をかぶりがちな性格だというのもあるけれど、彼の両親の気の使い方も、おそらくこのミッションを難しくしている要因の一つだと思う。
彼らはよくネット掲示板などに登場する「恐怖の義両親」というキャラではなく、むしろその逆のお人柄である。

彼のお父さんはお会いするたびに「こんな息子と付き合ってくれてありがとう!!」と彼氏本人以上に深々と頭を下げ、「息子の服、ダサくないですか?彼に直してほしいところ、ありませんか?」としきりに気にしている。
お母さんはお母さんで「嫌なことされたり、傷ついたりしてない?」と心配してくれる。
彼のヤバさを把握してくれていることへの心強さの方が大きい。

お二人の気遣いは嬉しいしありがたいのだけれど、大丈夫、私自身それほどいい子ではないし、これまでの彼氏との付き合いの中で彼と楽しく生きるコツのようなものを掴んできた自負もある。それにいまや彼のサイコ話は、私の貴重なネタの一つだ。
そんな話をしたいのだけれど、どこまでしていいものだろう。

そのさじ加減に悩んでいたら「いや、この本持っていけばええやん」と彼が私のエッセイ集『春夏秋冬、ビール日和』(宣伝:最近重版できました!ぜひ!)を指した。

たしかにこの本には、私の普段の暮らしぶりがみっちりと詰まっている。
でも……これを義両親になるかもしれない方々に読ませるって、相当なチャレンジじゃないかい?
一応目標としては彼氏のヤバさと釣り合うあたりを狙っているのだけど、これ私の方がウエイト重くなってないかな?
だって、この本買ってくれたリアルな友だち何人かから「つるってアル中なの?(笑)」ってLINEきたよ?(ここで強調しておこう。アル中ではありません)
別に本自体は彼が買ってくれたものだから、私は止めようがないんだけどさ……。

荷物を詰めるときに、うっかり忘れてくれないかな。
そんな期待も込めて、そっとしておいた。
そして土曜の朝、新幹線で三島に到着。
無事にご両親と合流し、三島スカイウォークへ。


ミッション1 in 三島

スカイウォークで疲弊

三島スカイウォークにて私はEバイクという電動マウンテンバイクで山道を登って一人だけ滑ってこけるという醜態を晒し、ロングジップスライドというターザンロープのガチバージョンのようなアトラクションに乗って「タスケテー」と裏声ではしゃぐ彼氏の隣を無言の真顔で滑り抜け、動物ふれあいスペースで抱き上げたハムスターを「そろそろお家にお帰り」とケージに下ろそうとしたら「いやぢゃ!余は帰りとうないっ」と袖に籠城されて、ぷりぷりのハムケツと揉み合う羽目になったりした。

袖に向かうハム
うさとメンフクロウ


私にしては、いまだかつてないほどアクティブな一日だった。
これまで彼氏と行った旅行では、全体の六〜七割の時間を温泉のなかで過ごし、残りをその周辺の寺や公園、名店めぐりにちょこっと充てる程度だったからだ。

そんな圧倒的インドア派の私たちとは異なり、彼氏の両親は元気ハツラツだった。
愛知のご自宅から三島まで、三時間以上かけて車で来たのだ。
疲れていないわけがない……と思うのだが、東京から三島に新幹線で乗りつけた私たちの方がよっぽどヘロヘロだった。
万年運動不足の私はすでに膝が笑っているし、花粉症の彼氏は目をしょぼつかせ、「へくしょい!……ぬはー」と、くしゃみ&ぐったりを繰り返している。

ドキドキの同棲宣言 

お夕飯はホテル内のうなぎ屋さんで食べることになった。
そこで「ミッション1.同棲宣言」のチャンスが訪れた。
豪華なうな重を食べているときに向こうからふっと結婚の話が出たのだ。

おいしいうなぎ

待ってましたとばかりに「彼氏と同棲を考えているのですが」と切り出すと、
「いいねぇ、ありがとうなぁ」
「いつから?どこらへんに住む予定?」
とあっさりとご了解いただいてしまった。

うちの息子はやらん!」なんて言われないと信じてはいたけれど、やはり自分が思っていた以上に気が張っていたらしい。
ベッドに入るやいなや気が抜けて、一瞬で眠りに落ちてしまった。

ミッション2 in 伊豆

花粉に見舞われる

翌朝、ご両親の車で三島から伊豆に向かう。
午前中は中伊豆にある修善寺を散策。
戦国時代を舞台にしたアクションゲーム『SEKIRO』にすっかり染まっている私たちは、「あの六体並んでるお地蔵さん、一体にちょっかい出したら全員戦闘モードになるやつだよね」

手強そうなお地蔵さんたち

「いや、俺らの後ろにいる達磨みたいなボスが加わるパターンだろ」などと無礼をささやきながら景色を堪能した。

お地蔵さんたちの向かいにいた推定ボス

お昼はかねてから彼氏が行きたがっていた「Bakery & Table 足湯カフェ」へ。

このカフェの目玉は足湯らしい。
とはいえ足湯にはイケイケな若者たちがぎっしりと陣取っていたので、私たちは庭園を眺められるテラス席で食べることにした。

テラス席

ところが、このテラス席が曲者だった。
この日はお天気はよかったけれど、風の強い日だった。
風がごうと吹くたびに、私たちは全身にふんだんに花粉を浴びた。
もしも花粉を目視できる眼鏡で覗いたら、私たち全員、鱗粉まみれの蛾のように見えたに違いない。
ありがたいお地蔵さんたちを敵呼ばわりしたバチが当たったのかもしれない。

おいしいパンランチ

温泉をまとう

そしていよいよ、今回の旅行のメインである嵯峨沢館へ。

いかにも女将の風格を漂わせた和服の女性に丁重に迎えられて、つい落ち着かなくて忍び足になってしまう。
この旅館には貸し切り風呂や家族風呂、大浴場など、全部で11箇所もお風呂があるという。
とても一泊で回りきれる数ではないので、早々に制覇を諦めた。

とりあえず大人気の「花酔の湯」の予約を取った私たちは、「このトイレ、近づくと勝手にふた開くよ!」「きゃー!」「部屋つき露天風呂、深そう!」「きゃー!」とはしゃぎながら写真を撮った。

部屋つき露天風呂

15時ごろ浴衣に着替えて花酔の湯に行くと、ちょうど陽が傾き始めて心地よい気温になっていた。そそくさと支度して、湯船につかる。
3月半ば、気温19度にぴったりの「耐えられないほど熱くもないし、物足りなくなるほどぬるくもない(by 彼氏)」そんな湯加減だった。

花酔の湯

「適温だね」
「適温だな」
「一緒に来れてよかったな」
「よかったね」

小鳥がさえずり、木がそよぐなか温泉に浸かっていると、頭がどんどんゆるんでゆく。
相手の言葉を木霊のように繰り返しながら並んで湯に身体を預けていたら、前日に野山を駆け巡った疲労感や彼の両親に対する緊張がゆっくりと溶けだしていくのを感じた。

そんなことを彼に言ったら、「いけね。あとで『ビール日和』渡すの忘れんようにしないと」と呟いた。
そうだった。
結局、彼は本当に自分の『ビール日和』を持ってきたらしい。
「ほんとに渡すの?」
「そりゃ渡すよ、せっかく持ってきたんだから」
軽い口調で彼は言って、ぬるりと風呂から出て石段をペタペタ歩いていった。
そんな彼の背を見送り、どわっと湯の中で両手両足を伸ばして全身で温泉をまといなおしてから、私も湯から出た。

料理名不明のおいしいお夕飯

廊下をゆっくり歩いて部屋に戻って、旅館内を探索したり部屋中の引き出しを開けたりしていたらお夕飯の時間になった。
仲居さんの丁寧なお料理解説が聞くそばから抜けていってしまったので結局どれがなんなのかほとんど覚えていないのだけれど、お刺身あり、牛肉ありの、身の丈を優に超える豪勢なお食事だった。

料理名が一つも思い出せない前菜
お刺身たち

ここで彼のお父さんから「二人は喧嘩することはあるの?」と聞かれて、内心ぎくりとした。昨晩の大浴場でもお母さんから同じことを聞かれたのだ。
世間話のひとつだろうか?それとも私たち、けっこう喧嘩しそうに見えるんだろうか?

いずれにしても、実は私たちは喧嘩をしたことがない。
基本的には私が一方的に怒ったり、改善を求めてプレゼンしたりして、「なるほどわかった」と彼が了解して終了である。 
そんな経緯を含めてプレゼンの様子をnoteにまとめたのは「ゆっくり歩き、いっぱい休め」だ。

彼氏と生理をめぐる話はほかに、「「あの子がいれば」と言われたい」もある。

彼のすごいところは、こうした出来事があったあとに必ず改善してくれるところである。
いまや彼は私以上に月経アプリ「ルナルナ」を使いこなし、「お腹の具合どう?」と確認の連絡まで入れてくる。

『ビール日和』で、猫をぬぐ

そんな話をしつつ食事を終えて各々の部屋に戻ると、彼はおもむろに旅行鞄から『春夏秋冬、ビール日和』を取り出し隣のご両親の部屋に向かった。

「これ、るるるが書いた本」

言葉少なに彼が両親に渡すと、「ほう」と二人は顔を寄せて本を覗き込んだ。
「こんなにたくさん文章書けるのすごいねぇ」
「楽しみに読ませてもらうわ」
あっさりと受け取ってもらえてホッとする反面、奥付に私のnoteのURLを入れていたことを思い出して慌てた。

「この本には彼のことはほぼ書いていないんですけど、普段のnoteには時々彼のこと書いていて」と、「お父さんのお下がりを着てる彼氏がピチピチ」というエピソードを書いた「ミッチーの私服」をスマホで開いて、渡した。

「俺のお下がり、やっぱり嫌だったんや……」と後々知られるよりは、この旅行の雰囲気を借りてこの場で知らせてしまいたい。

「彼氏が及川光博氏に似ている。私が言っているのではない。私の弟がそう言っているのだ」

なぜか音読し始めるお母さんに、「言われてみれば似てるかもなぁ」と呑気に彼の顔を見るお父さん。
意味深な微笑を浮かべて両親を見守る彼と、もうすぐ該当の箇所がくるとヒヤヒヤする私。

「“発端は彼の父親の一言だった”、って……お父さん登場しとるやん!」
「ほんとだ!俺、出とる!」
「“こんなおじさんみたいな服着た彼氏嫌やろ?”、愛知に来てもらったときかな」
「そうですそうです!」

ところどころ爆笑しながら読み終えてくれた二人は、「今回の旅行も書くの?」と言った。
「ええ、よければ書きたいんですけど」と言うと、「お父さん、変なことすると書かれるで!」とすかさずお母さんが冗談めかして言い、お父さんは「楽しみだわぁ」と頷いてくれた。

難関だと思っていた「ミッション2.ご両親に対して、もっと素を出していく」は、彼氏のかぎりなく暴投に近いファインプレーによってコンプリートとなった。

そんなわけで、そう遠くない未来に私のプロフィールは「埼玉県のワンルームにて一人暮らし中」ではなくなる予定である。
これまで以上に彼氏の話が増えることが予想される一方、彼氏の両親が読むかもしれないと思うとあまり愚痴っぽい話は書けないなぁと思う。
ひょっとしてそれを狙って『春夏秋冬、ビール日和』を持ってきたのか?と、今にわかに勘ぐって、彼の策士ぶりに震えている。
いやまさか、いやまさか……。

この記事が参加している募集

泊まってよかった宿

お読みいただきありがとうございました😆