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この目力を活かす道

真顔が怖い」と泣かれたことはあるだろうか。私はある。
私が泣かせてしまったのは、予備校の頃の友だちだった。
それまでの私の友だちにはいないタイプの、女子校出身で大変におとなしい、声の小さな女の子。

その子と私はひょんなことから仲よくなって、勉強の愚痴や業務スーパーの新商品について語り合うようになった。
私の予備校は、とにかく業務スーパーが近かったのだ。
なんという、浪人生を肥えさせようという魂胆が透け透けな立地。
まんまと業務スーパーの策略に落ちた我々は、勉強に飽きるたびにゾンビのように店内を徘徊し、菓子を買い漁り、カロリーの海に溺れていた。

話を戻そう。
その子はものすごくいい子で、本当にいい子で……なぜか私のことまで、すごくいい子だと思い込んでいた
どんだけおめでたい思考回路なのだと思うけれども、本当の話だ。
そしてご存知の通り私は、決していい子などではない。

ある日の授業後、その子はいつもの通り私に声をかけてくれた。
眠かったのかぼーっとしていたのか、私が生返事でその子の方を向いたら、彼女は唐突に泣き出した。

「るるるちゃんの顔、こわい!」

待て待て待て。
19歳がガチ泣きする顔ってどんな顔だ。
泣きながら走り去る彼女を呆然と見送り、仲間たちの溜まり場である私語OKの学習室に向かった。

「今あたし、顔が怖いって泣かれたんだけど」
そう言うと「はっ!?ヤッバ!!」とみんなは爆笑し、なかなか信じてくれなかった。
笑いが収まった一人が「ちょっと真顔になってみ」と言うので、私はそれまで浮かべていた困り笑いを引っ込めた。

「あー、これは泣くわ」
「笑顔から真顔になった時の目www」
「死神みたい」
……なんつー言いようだ。

私の真顔に泣いた友だちは翌日「あまりにも怖い目だったから泣いちゃったの、ごめんね」と顔を真っ赤にして謝ってくれたが、「あまりにも怖い目」って言われるとなんか怖い目してるこちらにも非がある感じになりますよね。

正直に謝りゃいいって話じゃないわい。

少しムッとしたものの、ムッとしたってしょうがない。
私は彼女に「怖い目でごめんね」と謝って、和解の雰囲気を醸した。
そしてそんな私たちのやり取りを、仲間たちは少し離れてニヤニヤと見ていた。

かくして私の真顔はネタになった。
「つる、真顔っ!」と言われた瞬間に表情を消す。
「目、こっわ!」
「泣きそー」
とみんなゲラゲラ笑う。
そんなに怖いかなと思って鏡に真顔を向けてみるが、見慣れた顔が映るばかり。

しかしどうやら、私の真顔は怖いらしい。
顔のせいかはわからないけれど、中学生の頃クラスの文集の「怒らせたくない人ランキング」で2位になったことがある。

1位は腕っぷしの強いクラスのボス的存在の男の子だった。
誰がどう見ても、ガチで怒らせたくないやつである。
でも、私は……?
みんなの前で怒ったことなんて、なかったのに。
釈然としない思いを抱えながらも、とりあえず事実として受け止めるしかないような気がしている。

そもそも私は陰口を言うことはたくさんあるけど(最低)、相手に直接怒りをぶつけたことなんて今の会社に入るまではほとんどなかった。


そんな、目が怖いことで定評のある私が。
久しぶりにナンパをされた。
先週の木曜日のことである。
私にとって会社を出て家に帰るまでのひと時は、もう一日の中で最も輝いていると自信をもって断言できる時間だ。

家に帰ってビールを開けて、サバかアジを焼こう。

そんなことを考えてうきうきしながら改札にPASMOを滑らせ、「バリバリバリ ラーッパリッ」とバーフバリのテーマソングをウォークマンで聴きながら構内を歩く。
すると、向かいから歩いてきた若い男性に「あの、すみません」と呼び止められた。
なんだなんだ、迷子か?と瞬時に思う。あるいは別の困りごとだろうか。
なにせ私は、「昔話体質(自称)」だ。
彼は「突然すみませんナンパとかじゃないんですけど」と早口で言った。

おうなんだい、言ってごらんな。
無言で続きを促すと、「すごいタイプだなと思って、ぼく今28で仕事帰りなんですけど、彼氏さんとかいるんですか?」と言う。
いやいやいや、思いきりナンパじゃん……。
イヤホンを耳から抜いたことを心から後悔した。

タイプだから、28歳だから、なんなんだよっ!!
駅構内に出会いを求めるんじゃねえ!
彼氏がいると言ったら彼は、「正直他の人にあげたくないって思うくらいタイプなんすけど、もし嫌じゃなかったらLINEの交換とかもだめですか?」と粘ってきた。
普通に嫌なんですけど。
見ず知らずの人のLINEもらって、なんかいいことあんのか?
ていうか、なんで会ったこともない彼氏より自分の方がふさわしいと思ったん?
彼は「すごいタイプで、あなたのことは時々見てて」と繰り返した。怖え。

それにしてもこのコロナ禍において、よく自信満々に「タイプ」なんて断言できるな。
私が口裂け女だったら嬉々として「こ~れ~で~も~~~???」とマスクを外してやりたい。
「お気持ちは嬉しいですけど、ごめんなさい」と言うと、「だめですかそっかぁ。彼氏さんとお幸せに!」と爽やかに引いてくれた。

こうしたナンパを断る時には、角が立たないように「気持ちは嬉しいけど」をつけた方がいい場合と、「あ、大丈夫です」とばっさり斬りにいった方がよい場合がある。
いずれも相手のコミュニケーション能力とこちらに対する本気度を瞬時に察知して判断を下さなければならない。
うまく断れないと「んだよせっかく声かけてやったのに調子乗りやがってブス」と罵られたり、後日「諦めきれなくって」と追いかけられたりする羽目になる。

今回の人はどうなんだろう。翌日おそるおそる改札から覗いたら、私に声をかけてきた場所あたりに奴はいた。
私を待ち伏せしているのか、そこで誰かに声をかけることを日課にしているのかはわからない。
とりあえず不気味だったので、遠回りして別の改札から入った。

そのくらい、「ナンパされる」って体力と神経を消耗する行為なんですよ。
そんなクソイベントがハッピー帰宅タイムにぶっこまれてきたことに、私は今とても憤っている。

家に帰る
職場から家までのこの時間を全身で味わい尽くすことを、私がどれだけ楽しみにしているか。彼はきっと知らないのだろう。
彼が私にしたことは、楽しく夢想していた「家に帰ったらしたいことリスト」の作成をストップさせ、「サーホーレー バーフッバーリッ♪」と私のテンションを高めに高めていたバーフバリのテーマを止めさせ、完全オフモードだった私の対話スイッチを無理やりオンにしやがったのだ。くそったれが。

こんな時、ああ油断したなぁと悔しくなる。
家でも職場でもない移動時間。特に電車の中のような個室ではなく、歩いている最中。
ついつい、気を緩めてしまう。
こんな時こそ私の「怖い目」の力の見せどころだったのに。
ついつい浮かれて、真価を発揮できなかった。

『バーフバリ』では、主人公のバーフバリやヒロインの一人のアヴァンティカ、もう一人のヒロインデーヴァセーナ、そして国母シヴァガミ等々の面々が目力で敵を圧倒するシーンがある。
目力ひとつで、敵が怯む。
ギッと睨んだだけで、敵が吹っ飛ぶ。

まだ私の目力には、そこまでの力は宿っていない。
いつか、バーフバリたちと肩を並べるほどの目力を得ることができたなら。
目力を鍛えているうちに、私はナンパに見舞われる年齢ではなくなるだろうけれど。
役に立つシーンは、きっとあるはず。


***

今回のヘッダーはインドのショーに登場した、真顔でこちらに迫ってくる着ぐるみたちです。怖かった……。


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