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ユニットバス、浸かって洗うか? 洗って浸かるか?

ユニットバスの使い方が、よくわからない。
埼玉のワンルームに移り住んでから、まもなく一年が経つ。
実家を離れ、約二年間におよぶ従姉妹との二人暮らしを経て、やっとこさ辿り着いた木造二階建てのちょい古ワンルーム。

そこで初めて、ユニットバスが私の日常となった。
トイレと洗面台、そして浴槽
シャワーカーテン一枚で隔てられた、清潔と不潔。
風呂とトイレが完全に分かたれた住居で人生の大半を過ごしてきた私にとっては、まったくの未知の世界だった。

不動産屋でこの部屋の間取りを見せてもらった時、本当はめちゃくちゃ聞きたかった。

Q1. 湯船に浸かりたい時はどうするんですか?
Q2. 身体を洗ったあと、一度トイレの前あたりで待機するんでしょうか?
Q3. それとも身体を洗うのは後回しにして、溜めた湯にそのままドボンなのでしょうか?
Q4. シャンプーはいったい、どのタイミングで?
Q5. ていうか正直、どの方法を取っても「お風呂入った感」が薄くないですか?

しかし、私と同い年だという丸顔の不動産屋のお兄さんに「なんだこいつ、そんなことも知らないのか」と引かれるのは避けたかったので、ユニットバスについては触れないことにした。

ま、どうせシャワーだけで済ませてしまう日が大半だろうし。
湯船に浸かりたくなったら銭湯にでも行けばいいや。
そんな楽観も手伝って、結局ユニットバスでの湯船の浸かり方を知らないまま、私はこの部屋に住み始めた。

それが、一年前の三月半ば。
部屋を決めたのは、あたたかな日だった。
部屋に移ってきたのは、極寒の日だった。
「三寒四温」の四字熟語そのままの気温差に打ちのめされ、引っ越し早々瀕死寸前だった。
この寒さでは銭湯に行くどころか、外に出ることすら危うい。

「寒すぎてキレそう。本当にここ、埼玉?ていうか関東?」
「半纏と、毛布だけが友だちさ〜♪」
「鼻から吸った空気が冷たくて痛い」

当時の日記には寒さへの恨みがこれでもかと綴られる一方、暖をとるためにキムチ鍋を食べ続けたり筋トレに励むといった涙ぐましい工夫も克明に記されていた。

こんな日はお風呂にゆっくり入ってあったまろうっと」ができないのが、まさかこれほどまでにしんどいとは。
実家暮らしだった時は、お風呂に入るのが億劫な日さえあったのに。入れなくなった途端こんなに恋しくなるなんて、ずるい。

頭から毛布をかぶって歯をガチガチ言わせながら、ここはドイツのホテルだと自らに言い聞かせたこともあった。数年前に友だちと二人、卒業旅行で訪れたドイツ。
ミュンヘンに着いた初日は極寒で、顔に雪がビシバシ当たった。
そう、ここはドイツ。だからお風呂に入れなくても仕方がない。
そうだ、ホットワインでも作ろう。
やっすい赤ワインに蜂蜜と生姜を入れて温めて、仕上げにシナモンパウダーを振りかける。
ドイツ気分で温かいワインを啜れば、寒さは敵ではなくワインを楽しむスパイスになった。

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けれど、じりじりと我慢の限界は近づいてくる。
ついに風呂欲が限界を突破したある雨の休日、私は浴槽に湯を張り、身体をドボンと湯船に沈めた。
油断しているとペラペラの冷えたカーテンが首や肩に触れて、ひどく惨めだった。
もしかしたらこのカーテンは入浴中は外に出しておくものなのかもしれないと遅まきながら気づいたものの、今取り出せばカーテンに付いた大量の水滴がトイレ側に飛び散ってしまう。
……それは避けたい。
私に残された選択肢は、なるべくカーテンに触らないように壁側に身を寄せることだけだった。
猿でさえ、カピバラでさえ、そして卵でさえもがのびのびと温泉に浸かっているこの時代に、ユニバで身体を縮める貧しき人間。
あまりに悲しく、あまりに窮屈な、ユニバデビュー戦であった。

かくして完全なる敗北を喫した私は、ユニバ仲間を探して彼ら彼女らがどのように入浴しているのかを知ろうと決意した。
しかしいざとなるとどうしても腰が引けてしまい、結局友人の一人に聞けただけである。
しかも彼女は通っているジムでシャワーを浴びているためユニバの出番はほとんどなく、現在浴槽は物置として使われているのだそう。
彼女のアイデアは、ワンルームという限られた領地をいかに効率的に使うかという点ではとても優れていると思う。

しかし私の目的は、心置きなく湯船に浸かることなのだ。
毎日なんて贅沢はいわない。
寝つけないほど冷える夜や、どろんどろんにくたびれた晩に、心と身体をそっとほぐしたい。
それは週に一度でも、月に数回でもかまわない。
ただ、それだけなのに。

なんて嘆いていても仕方がない。そろそろ真剣に解決に向かって動き出そう。
私は満を持してGoogleを開き、「ユニットバス 入り方」と検索画面に打ち込んだ。

本当はこのアパートの他の住人たち五人に聞いてしまうのが、一番てっとり早い解決方法であることはわかっている。
越してきた当初は挨拶まわりしてもお隣さんしか出てきてくれなかったけれど、今では住民みんなとゴミ置き場や駐輪場で会えば世間話を交わすくらいの仲である。
薄い壁で隔てられた各々の部屋でお互いの気配を感じながら生活していると、この六人で一つの家に住んでいるような不思議な安らぎが芽生えてきたのも事実だ。

けれど、だからこそ、「浸かってから身体洗ってます?それとも 洗ってから浸かってます?」なんて具体的なことは聞けない。
他人の生活音はこちらには意味を持たない「音」として入ってくるからこそ、のどかな気持ちで聞いていられるのだ。
「この刻み音は大根に違いない」とか「身体を洗ってから一度外に出て、今は浴槽にお湯をためているな」とか、そんな具体的なところまで意識してしまうと、この安息は一気に崩壊する。
顔を合わせた時の居心地の悪さを考えると、「洗濯機回してるなー」「なんかいい匂いがするなぁ」くらいがちょうどいいのだと思う。
このアパートの安寧を守るために、私は誰にも何も言わないことにした。

さて、話を戻そう。
「ユニットバス 入り方」と検索すると、たちまち知恵袋や不動産サイトのQ&Aが乱立した。

みんなめっちゃ悩んでる!!!

それがわかっただけでも十分だった。
数多の同志、みなぎる希望。
「遠くの親戚より近くの他人」というけれど、ユニットバスにおいては「近くの隣人より、遠くの他人」だ。
自分の生活とは関係のないところで自分と同じ悩みを抱えている人を見つけると、なんだかとてもホッとしてしまう。
そしてその悩みに対する解答も、なんの気まずさもなく素直に読める。

いくつかのサイトを経巡った結果、ざっくり分けてユニットバスの入り方には下の3パターンがあるのだと知った。

①湯船に浸かる→お湯を抜きながら頭と身体を洗う(やったことある)

②頭を洗う→トリートメントをしながら湯をためる(その間浴槽の中で待機orシャワーで身体を温める)→湯船に浸かる→身体を洗う(やったことない)

③湯船に浸かる→湯船に頭を沈めて頭も洗う→お湯を抜きながらシャワーで全身を洗う(やったことない)

③のワイルドさも含めて、結局のところその人に合っていればすべて正解。
サイトごとに入浴法のオススメ順が入れ替わっているところにも、「ま、好きなように入ればいいさ」という鷹揚さが窺えてホッとする。

入浴中シャワーカーテンは浴槽の内側に入れる
最初にシャワーカーテンの裾を濡らしておけば浴槽にぴったり張り付くため、カーテンが体に張り付く不快感をなくせる
そんな知識も得て、気分はすっかりユニットバスマスターだ。
今後私のユニットバスライフは、めざましく快適になることであろう。

とはいえやっぱり、たまには独立したお風呂にもしっかりと浸かりたい。
徒歩圏内に銭湯さえ建てば、私もカピバラの仲間入りなのに。

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