オペラ演出技術について押さえておきたい5点 ーバイエル国立歌劇場夏のフェスティバル「セメレ」より
毎年7月は一ヶ月間、ミュンヘンにあるバイエルン国立歌劇場では夏のフェスティバルが開催されます。今その真っ只中!今日はなんと、午後と夕方とオペラ座のハシゴをしました。午後は、今シーズンのバイエルン国立歌劇場で一番良かったと思えるオペラ作品を観劇しました!そして極め付け、夕方は超有名オペラ歌手、ドミンゴのコンサート!興奮冷めやらず!ドミンゴのコンサートについてはこちらの音声ブログでどうぞ!https://podcasters.spotify.com/pod/show/tsurietsu/episodes/ep-e270dm9
オペラ演出の技術とはなんぞや、と言うことについてまとめました。とっても大切なことについて書いています。それだけ見たい人は後半に飛んでくださいね。
今日の午後はこの夏のフェスティバルの大目玉、新演出作品である、ヘンデル作曲の『セメレ』の公開ゲネプロ(最終リハーサル)でした。ゲネプロはリハとは言っても、止めることもほとんどないし、最後のカーテンコールまであって本番とほぼ同様に行います。
『セメレ』はバロック音楽で本来はオラトリオという音楽ジャンル(超簡単に説明すると、教会で演奏するために書かれた巨大な宗教曲)として作曲されていますが、ドラマ的な要素が多いので、よくオペラのように舞台装置や衣装をつけて上演されることがあります。(話の内容が「神様の不倫と嫉妬」なので、そもそも宗教曲よりオペラにする方が題材的にふさわしいって感じですよね。)バイエルン国立歌劇場やウイーン国立歌劇場のような大きな歌劇場ではあまりバロック音楽作品を上演することはありません。なぜならオーケストラの楽器などが現代のオーケストラと違うから。(例えば、同じバイオリンに見えても、現代のバイオリンとバロック時代のバイオリンは楽器が違うし、ピッチなども違います。古楽器の演奏はその道のプロがいます。しかし各歌劇場にはそこで雇われている専属のオケ奏者、、つまり現代の楽器を演奏する人たち、がいるのでなるべく専属の音楽家が弾ける曲を、となります。)そんななか、どんな作品になるのだろうか、と興味津々で観に行ったのですが、素晴らしい演出でしたのでここにレポートします。
演出はドイツ人の演出家、Claus Guthさん、舞台装置はカナダ人のデザイナーMichael Levineさん、衣装はGesine Völlmさん、プロジェクション映像はRoland Horvathさん、振り付けはRamses Siglさん、という演出チームでした。演出はモダンなテイストでしたが、ストーリーはきちんと説明できているのでストーリーを追いやすく、衣装もそれぞれのキャラクターの個性が出ていてひと目でどの役かわかるようになっていて、ダンサーの出番も多すぎず少なすぎず、歌と動きのバランスが良くて、全体を通して音楽に集中できないというようなシーンが非常に少なく、(オペラにダンスを入れる場合に、歌い手が歌っている後ろであまりにガチャガチャダンサーが動きすぎると音楽に集中できないし、かと言ってなんにもなさすぎる時間が多いと観客が飽きてしまう、ということによくなる。)とても良かったです。何より、みていて、細かなところで演出の技術がとても高い、ということに感心させられました。
演出のクオリティーの良し悪しを判断はどこでするか
ということについてですが、私は演出のテイストではなく、演出技術に焦点を当ててお話しすることにしています。さて、「演出のテイスト」とは、「演出技術」とはなんでしょう?「良い演出ってどういうこと?」という質問を最近よく受けるので、どのように演出というものを見ていけばいいのか、演出家からの観点から、どういうところが演出的に技術がいるのか、という指標を参考までに書いておこうと思います。あくまでこれは私の中の判断基準であり、プロの音楽評論家の方たちはまた違う意見をお持ちの方もいると思うので、参考程度に!
オペラ演出技術とは例えば、
シーンとシーンの繋ぎがスムーズか、(間が変に空いちゃったりとか、転換することがすごい目立っちゃったりとかしている場合は技術がない証拠。市民オペラ団体なんかで演出家なしでオペラ公演をやると大体この辺が弱い作品が出来上がる。)
合唱の動きなどきちんと演出できてるか、(合唱団員の一人一人が生き生きとそのシーンの演技ができているとか、群衆としての迫力が動きでも見えるような作品は演出家がきちんと演出している。逆に、合唱がゾロゾロ出てきて、ただ歌って、またゾロゾロ帰っていく、みたいな時は演出技術がないです。演劇出身の演出家は合唱の演出が苦手な人が多い傾向があり、逆にバレエ出身の演出家はめちゃくちゃ上手い傾向にあります。なぜなら演劇に合唱が存在せず、バレエは群衆の踊りとかがとても多いから。)
それぞれの役の性格をきちんと表現できてるか、(演劇では、役の性格をコンセプトのために変えてしまう、ということをしても成り立ちますがオペラでは上手くいきません。なぜなら、役柄の性格は音楽に書き込まれちゃってるから。たとえ読み替え技法の演出であっても、それぞれの役のそのオペラに対する根本的役割は変わらないはずで、その辺りがきちんと抑えられているかどうかは演出家として作品を作る大切な鍵です。それを抑えないと作品自体が地崩れを起こします。)
音楽を演技にきちんと反映できてるか、(これはオペラ演出においては最も大切。しかし、言葉で説明するのがとても難しい。楽譜が全く読めなくてもとても音楽的に演出をする人もいるし、逆に楽器などは演奏できるくらい音楽に精通している割には音楽の良さを逆にあえて壊すような演出をする演出家もいる。。。)
ストーリーをわかりやすく観客に伝えられているか、などですね。
それに対して演出のテイストとは、
衣装や舞台装置がモダンか古典的か
舞台装置などがミニマリズム、とか、独創的だったり、などなど、
読み替え演出技法かどうか、
現代のテクノロジー(プロジェクションなど)をたくさんつかうとか、
子役や動物が舞台に出てくるとか、
ダンサーや人形遣いまたはサーカスのプロを多用するとか、
ヌードや過激なシーンが多い、とか、
現代の時事問題などを作品に盛り込むとか、とか、とか、、、
、、、になります。普通、「オペラ演出の良し悪し」はこちらのテイストの部分について議論されることの方が多いように思います。わかりやすいですからね。ただ、テイストに関しては演出家個人的な好みや、観客個人個人の好み、それに演出家と作品を発注する側の劇場支配人の何かしらの事情、予算、などが絡んでくるのでするので、良いか悪いか、という判断ではなく、個人として好きかどうか、いう観点であり、演出(ここでは演出にセットや衣装も含めますが)の良し悪しの判断基準の中にはなるべく混ぜないようにしています。(自分が個人的に好きかどうか、は別なところで呟きますけどね。)
演出について、料理人に例えるとわかりやすいかもしれません。演出家を寿司職人に例えるとすると『演出におけるテイスト』とは、『どのネタを使うか』ということ。例えば、マグロにしようか、ヒラメにしようか、またはモダン寿司でチーズやレタスを乗っけてみようとか、さてはて軍艦巻きがいいか、カリフォルニア巻きにしようか、などなど。テイストはだれでもその違いひと目でわかり、どれが好きか、もかなりはっきり言うことができる。ただこれは個人の好みの部分、それと制作過程において予算的なことや大人の事情的なことが作用することが大きい。(例えば予算がないからマグロじゃなくて卵!とか、箸がないところに出すから握りじゃなくて巻物で!とか)
それに対して『演出技術』とは、『寿司職人がじっくり時間をかけて習う大切な技術』の事。例えば、お米をふっくら美味しく炊く方法、酢飯の絶妙な旨みの味わい、海苔が香ばしくパリッとするための囲炉裏で炙る方法、といったようなもの。この辺りは、寿司を出されても、ぱっと見て違いがわからないし、食べたとて、舌が肥えていないとそれがどれくらい何がどうなっているため違って美味しいのか、ということに気づきにくい。一般の人ならただなんとなく、「なんかわからんけどおいしいかも?」と気付ける、そんなくらいだけれど、そういふうにふわっとでもお客さんに喜んでもらうために、本当の職人は何年もかけて技術を習得する、そういう内容だ。
ちなみに「ネタがどれくらい新鮮か、美味しいか」、は、「歌手がどれくらい上手いか」と言うことと近いと思う。これも、予算や大人の事情がかなり絡む。いつも築地で一番良い魚を、金に糸目をつけずに選ぶことができる寿司職人もいれば、金銭的、地理的にそれが叶わない人もいる。そんな中で寿司職人(演出家)によっては、与えられたイマイチなネタ(歌手)でも、その職人の持つ技術である程度のレベルまで美味しくしてしまうことはできるし、逆に、ひじょうに高級なネタでも、扱い方が悪くて全然そのネタの良さが引き立たない、という寿司(オペラ)ができることもある。この点については長くなるのでいつかまた。
劇場のネームバリューはレストランの名前に似ている。例えば、『帝国ホテル』が有名どころの『国立歌劇場』で、街の片隅にある10席くらいしかない小さな寿司屋が、地元に根付く小さな劇場、と言うような感じ。帝国ホテルのなかの寿司屋だったら、誰でも否応なしに期待が高まる。店に入る前から、「今日は美味しいものが食べれるに違いない」と信じて疑わず、通された席の美しさにまた感動する。そして、目の前に出された寿司には「おおこれが帝国ホテルの寿司か!」と、ただ目が飛び出るほど値段の高い目の前の寿司に感動しながらバクっとひとかぶり。もしその寿司が、まだ見習いの板前が作ったものだとしてもそんなこといったい素人のお客さんならが気づくだろうか。
オペラも同じで、煌びやかな国立歌劇場の中に足を踏み入れた瞬間に、「ここはすごいところだ、すごいものが見れるんだ」と言う期待で胸が高なり、実際に見たオペラに関しては、演出技術が素晴らしいのかどうか、自分はこの作品が本当に好きかどうか、に関しては鼻が効かなくなってしまう。そう言うネームバリューの魔法もあるから、自分の目線をいつもそう言う魔法に惑わされないように中立に置いておきたいものだ。
今日の『セメレ』、久しぶりにここバイエルン国立歌劇場でも良い演出技術の作品が見れて良かったな、と嬉しい気持ちで帰路につきました。しかし、このほっこりした気持ち、ミュンヘン以外では感じたことがなん度もあるんです。最近、本当にあちこち旅してオペラを見ていて思うことですが、国際的に大きな歌劇場よりも、意外にもドイツ国内の小さな歌劇場でみる作品の方が、演出技術がきちんとしている演出家によるオペラ作品に出会うことが多いのです。大きな歌劇場は、予算もあるので、演劇や映画界で知名度の高い演出家を呼んでくる傾向が続いていますが、知名度だけでなく、今日のように、きちんとオペラの演出技術がある演出家の作品をもっと上演してもらえるように、今後も期待したいです!
釣アンナ (ドイツ在住 オペラ演出家)
オンラインで歌手のための演技のレッスンとドイツ歌曲のクラスをしています。プライベートレッスンも承ります。10月はオンラインのドイツ歌曲講座をやります!https://myrthen2023.peatix.com/
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