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【レポ】国立劇場/7月歌舞伎鑑賞教室

先日、以下の記事で「紅葉狩」という演目で描かれる小烏丸について、簡単ではあるがご紹介させてもらった。

とはいえ、東京・国立劇場で観劇した「7月歌舞伎鑑賞教室」の内容は、概要に触れるだけで、内容が薄いように思えてならないので、今回は”観劇レポート”として、どんな内容の公演だったのか詳細をご紹介しよう。
「刀剣乱舞とのコラボというのは知っていたけれど、生憎行けなかった」という人も、ぜひ読んで欲しい。
詳細を語っているが故に、長い記事になってしまったことはご容赦を……

解説「歌舞伎のみかた」


まさかのあの曲で登場

今回の講演では、歌舞伎とはそもそもどういった形で上演されるのか「紅葉狩」が一体どんな特徴があるのかなど、事前に紹介してくれる。
そのプログラムが、解説「歌舞伎のみかた」だ。

さて、ブザーと共に暗転する会場。いよいよ開演!と思ったその時。

”強く〜なれる〜理由を知った 僕を〜連れて〜進め〜”
突然の爆音。ここはLiSAのライブ会場だっただろうか。近くにいたご婦人が少々ギョッとしていたのは気のせいではないはずだ。

「えー、近年話題の”鬼滅の刃”には沢山の鬼たちが登場します。歌舞伎でも昔から、沢山の鬼が登場しました」
しれっとスッポンから爽やかに登場したのは、解説の中村 萬太郎。
ちなみに「スッポン」とはあの月に似た生き物ではなく、花道のところにある装置で、役者が下から突然出てくる仕組みだ。通常、妖怪や幽霊など人間ならざるものに対する演出として使われるのだが。

萬太郎は幽霊……ではなく、もちろん通常の着物衣装で登場した。
欲を言うならそこは炭治郎っぽい衣装でも良かった気がする。

彼の解説のもと、花道の説明に始まり、舞台上に並んでいる左右の小屋のような場所(正式には黒御簾や床という設備)で、長唄(太鼓などの演奏)や竹本(語り)と呼ばれる人々が並ぶ、歌舞伎独自の設備がわかりやすく紹介される。
詳しく知りたいという方は、以下に似たような情報があるので、読んでみるとわかりやすいかもしれない。

順調に紹介が進んでいく……と思いきや突然の乱入者。どうやら姫君がカラスに襲われているではないか。手元にある小石でカラスを退ける萬太郎。姫君はお礼に、この解説の手伝いをしてくれることになった。

姫君を演じるのも実は男性


律儀な姫君を前に、萬太郎はしれっと「実はこの姫君も、男性が演じているんです」と観客に向かって大胆な暴露をした。そう。歌舞伎最大の特徴である「女方おんながた」である。

とはいえ、どうやって男性があんなにも綺麗で品のある姫君を演じているのか初心者には分かりにくい。

萬太郎「すみませんが、お名前を教えてもらえますか?」
姫君「はい(可愛い声)……尾上 緑です!(図太い声)
萬太郎「じゃあ緑さん。男性の立ち姿してもらえますか?」
緑「はい……(可愛い声)」
可憐な姫君から一変して、拍手をしたいほど見事な仁王立ちになってくれた。江戸時代の観客が見たら卒倒しそうな勢いである。

さて、こんな仁王立ちからどうやれば姫君になるのか?ここは観客も一緒にやってみようと見よう見まねで体を動かしてみる。
「では、肩を背中側へぎゅーっと反らせて・・・肩を下げてなで肩にします。はい。この時点で結構しんどいですよね。そして、足は寄せて内股にして。手は胸の前で合わせておきます。これで女方の完成!」
紹介する萬太郎の横で、話に合わせ体を動かした緑は見事、姫君にリセットされた。

余談だけれど、以前ある女方がこんなことを言っていた。
「楽屋でも、もう衣装を着けたならずっと女方の仕草です。これは役づくりではなくて、純粋に相手(立役≒男方)への配慮です」
相手が女方の自分に幻滅してしまうと、役に心を乗せにくくなる。なので彼らは暗黙の了解で楽屋でも女らしく振る舞うそうだ。

さて、本題に戻る。実は女方と一口に言っても、若い女と老女ではまるで様子が異なる。いじらしく顔を袖で隠す娘と、猫背で顎を突き出した嫌な老女を緑は見事に演じ分けて教えてくれた。

ツケによる演出効果の話

また、男性の勇ましい足音と女性の軽やかな足音も全く違う。これは「ツケ」と呼ばれる、木を打ち付けて鳴らす効果音についての説明とともに行われた。役者の動きや呼吸に合わせ、音を付けていくのは無論高度な技術が必要になる。

実はこのツケは足音だけではない。重要な役割を担っている。
歌舞伎の見せ場、決めポーズとして行われる「見得みえ」はこのツケの音なしにはできないのだ。

ツケなしバージョンとツケありバージョンの、2つの見得を行ってくれるのだが、比べればどれほど観客の気分を盛り上げる音響演出であるかわかる。
余談だけれど、歌舞伎をいくつか見ていると「ちょっと今日は合ってないな」とか「おお、今日は完璧だ!!」というように、その技量の差が感じられるようになる。どうしても役者の方に目がいくが、ちょっとだけ音のする方に注目してみるのも面白い。

逃げる姫君とカラスの伝言

そろそろこの解説も終わり……となった頃、姫君に戻った緑は「これから戸隠山に紅葉を見に行くので一緒に参りませんか?」と萬太郎に誘いかける。萬太郎は首を傾げ「あそこは鬼がいるって噂ですよ?大丈夫なんですか?」と答えるが、その際ギョッとした表情の姫君。言葉少なにそそくさと退場していく。

そう、この尾上 緑演じる姫君は、後の本編・紅葉狩に出てくるのだ。そんなことはつゆ知らぬふりの萬太郎は続けて、紅葉狩のあらすじと主要な登場人物を、どどーんと大きなパネルを使って紹介していく。
(パネルにはそれぞれ英語表記が添えてあったのも面白い。鬼女=the demonだった)
ここで述べられたのは主人公の平 維茂たいらのこれもちとその従者の右源太と左源太。姫君であり実は鬼女の更科姫、そのお付きである局田毎と野菊。そして山神である。維茂と田毎以外はいずれも「舞踊」の見どころがあるキャラクターだ。

解説が落ち着いたところへ、またしてもカラスがやってきた。どうやら何か手紙を加えている。
「どれどれ?何か書いてますね。『維茂が鬼女を撃退する時に使われる、小烏丸に因んで、今回は刀剣乱舞ーONLINEーとのコラボレーション企画が実施中です」
フォトスポットのことや小烏丸写しが展示されていることを知らせる手紙を持ってきてくれたようだ。
萬太郎はこれから急いで支度をして戸隠山へ向かうことを告げて、解説「歌舞伎のみかた」は幕を閉じた。

ちょっと小話

解説をしていた中村 萬太郎さんは東京都出身の33歳。今回更科姫を演じる中村 梅枝の弟だ。昨年の大河ドラマ「青天を衝け」で福沢諭吉を演じているので、見覚えがある人もいるかもしれない。

協力してくれた姫君の尾上 緑さんは大阪府出身の40歳。今回維茂を演じる尾上 松緑に師事をしている俳優だ。なるほど、あのサービス精神旺盛な姫君が”大阪出身”で納得してしまった筆者であった。

演目「紅葉狩」

ヒゲ付きの維茂に注目

先ほども少し紹介したが、主人公は平 維茂。尾上 松緑が演じる。
ちなみにだが、彼の演じる維茂は「ヒゲ付き」でちょっとレア。これは松緑の父・尾上 辰之助が付けていたことから受け継がれたポイント。

他公演のチラシにある維茂と比べてみれば、ヒゲ姿が珍しいことに気がつくだろう。ちなみに松緑、若い頃はヒゲをつけるのが恥ずかしかったそうだが、年相応になってきたということもあって貫禄が出たんじゃないかと語っている。


さて、では今一度になるが、物語のあらすじをご紹介しよう。

ここは信州の戸隠山。ある秋の夕暮れ、紅葉は時雨で一層美しくなっていました。その山道を、武勇の誉れ高い平維茂が歩いてきます。
山中には幕が貼られ、身分の高い人が紅葉を楽しんでいるようです。維茂が通り過ぎようとすると、幕の中から更科姫が現れ、維茂を酒宴に誘います。美しい紅葉を見ながらの酒に、維茂はすっかり更科姫と打ち解け、酔いもまわってきました。優雅に舞う姫の姿を見ているうちに、とうとう眠りに落ちてしまいます。それを見た更科姫は姿を消しました。
眠り込んだ維茂の元へ山神が現れ、危険が迫っていることを維茂に告げ、目覚めるよう促します。維茂が目を覚ますと、強い風が吹き始め、恐ろしい形相の鬼女が現れました。先ほどの更科姫は実は鬼女で、維茂の命を狙っていたのでした。
鬼女と維茂は激しい戦いを繰り広げます。秘術を尽くして襲いかかる鬼女でしたが、維茂の奮闘と名剣小烏丸の威徳によって、ついに退治されるのでした。

「名剣小烏丸伝承の物語 紅葉狩 リーフレット裏面」より

話の中で、まずは「夕暮れと紅葉」がセットになって紹介されるのがポイント。これを唄の中では「夕紅葉」というフレーズで読み上げられる。
維茂は身分が高いので、従者(右源太と左源太)に陣床几(じんしょうぎ:簡易の椅子のようなもの)や太刀を持たせて登場する。この太刀が小烏丸として後に描かれるのだ。

個性的な侍女たち×魅惑的な姫

さて、3人は道中で幕を張ってお忍びで紅葉を楽しんでいる一向を発見する。さすがに誰なのか気になるので、尋ねてみれば4人ほどの女人が姿を現した。彼女らは高貴な姫に仕える侍女で、姫はお忍びで来ているから名前を明かせないという。

さて、この女人たち。非常に個性豊かな様子で描かれている。品のいい女もいれば、可愛らしい女、やや年増な落ち着いた女、三枚目のように面白可笑しい女(1人だけ、おふくのようなメイクで独特な顔)というような形である。実は先ほど解説に登場した尾上 緑もここに登場している。

これだけの女人が揃うとなれば、落ち着いていられないのが性というもの。従者2人はソワソワしだす。
一方、維茂はさすがの落ち着きで「お忍びならばそっと通り過ぎなくては」と控えめにその場から立ち去ろうとする。そこに待ったをかけたのが、女人たちの主人、更科姫本人であった。

この更科姫は「高貴な姫」である。なので、侍女たちのリーダー・局田毎が常に側に控えていて、歩くときには手を添える。衣装の豪奢さにも注目してほしい。
ちなみに、歌舞伎では姫君がよく赤い衣装を着用することから、「赤姫あかひめ」と呼称することもある。今回、ずらりと女性が登場するが、こういった場面でも衣装の色、立ち居振る舞いで自ずとどれが姫君なのかわかるのである。

更科姫は「一緒に紅葉を見ながらお酒でもどうですか?」と誘いかける。女性ばかりの中にドカドカ入るのは気が引ける維茂は、数回断るのだが、更科姫と侍女たちがあれよこれよと引き留めるので受け入れた。
この間、2人の従者は完全に参加したい気持ち全開だし、侍女たちは維茂の扇を取って隠してしまうのだからコミカルである。
(おふくのようなメイクの三枚目侍女の見せ場でもある。会場もクスクスと笑い声が響いていた)

若い野菊と2人の従者

酒宴の席を設け、早速酒を飲みかわす面々。さかなにひとさし舞いなさいと指名されたのが、侍女の中でも若々しい野菊である。
少々嫌々ではあるものの、名前の通り、辺りに咲いている紫色の菊を手折って初々しく踊る。演じている中村 玉太郎本人もまだ22歳と非常に若い。可愛らしく、品のある舞踊について「実年齢通りに丁寧に踊ります」と語っていた。

野菊の舞に、調子が良くなったのが右源太と左源太の2人である。主人がどうも酔い始めていることに気がついて茶々を入れる。酒を飲んだ2人はさらに調子に乗って、こちらも肴に舞を披露する。
先ほどの野菊の舞と異なり、こちらはひょうきんな舞踊で”棒縛り”などに似たコミカルな動きが特徴。右源太を演じているベテランの坂東 亀蔵※は「歌詞通りの動きをしているので、分かりやすいと思いますし、演じていても楽しいところ」と語っている。
左源太を演じているのは、松緑の長男・尾上 左近。なんと16歳である。元気良さを生かしたフレッシュな舞を披露してくれるのが見どころだ。
ちなみに右源太と左源太を演じるにあたり、役者を悩ませるのが捨て台詞(アドリブ)の多さだという。滑稽に見せるためにどういった会話をしているのか、しっかり聞いておいてほしい。

※右源太は中村 萬太郎との交互出演

更科姫の二枚扇と本性

更科姫を演じるのは、中村 梅枝。涼しい目元と品のある面長の女方だ。この姫君の最大の特徴は、なんと言っても「二枚扇」のシーン。
最初は1枚の扇でしなやかに美しく舞を披露するが、途中から2枚目の扇を受け取り、ヒョイと投げたり、クルクルと回したりとアクロバティックな舞踊になっていくのが見逃せない。
これは、九代目市川團十郎が振り付けを行ったもので、初演の明治20(1887)年時点でもかなり話題になったという。「姫君にしては品が無いのではないか」という批判もあったそうだが、当時非常にエキサイティングに感じられただろう。

さて、更科姫が舞を披露している途中で、維茂と従者2人はすっかり眠りこけてしまう。この眠っている維茂を、凄まじい気迫で睨む更科姫。「美人が怒るとおっかない」とは正にこのことで、少しずつこの後の鬼の気配が漂い出す演技に技量が見えるように思う。
ハッと違和感で目覚めた維茂。切り替えて再度また姫君として踊り出すという演出にも何か漫才的なものが見え隠れする。
3人が完全に熟睡した頃を見計らって、更科姫と侍女たちは異様な雰囲気を醸し出しつつ宴会場から立ち去っていった。

そこに現れるのが山神である。神の使いで神聖な存在であるため、妾姿わらわすがた(子どもの格好)で描かれる。演じているのは中村 萬太郎※。そう。先ほどの解説を行なっていた彼である。
この場面では曲調が変わって、御神楽のような雰囲気。山神は「人を喰う鬼がいるから早く帰りなさい」と忠告するためやってきたので、寝ている3人を起こそうと足踏みしたり杖で音を立てたり、ゆすったりする動作が舞踊の随所に見られる。
最終的に、あれこれしても起きてくれず呆れて帰っていくのだが、神様とはいえ仕草が可愛らしく、なんとなく親しみやすいキャラクターである。

※山神は坂東 亀蔵との交互出演

維茂vs鬼女、そして健気な小烏丸

山神が去ってしまったものの、維茂は夢を通して忠告の内容を知る。起きると誰もいない。従者は怖がってさっさと逃げてしまったようだ。維茂は手元にある太刀・小烏丸を引き寄せて警戒する。
そしてここから、ドロドロといかにも怖い曲調に変化し、薄暗い舞台に切り替わる。いよいよ鬼女の登場だ。

更科姫と鬼女は同じ梅枝が演じている。なので山神の件で早替えをしていることになるのだが、隈取くまどり(メイク)も衣装もカツラも全部違うのだから大変であることは想像に堅くない。
実は梅枝、このような鬼を演じるのは初めてだったそうで、隈取の描き方やバランスが非常に難しかったという。荒々しい模様は時間に追われていることもあるだろう。

先ほどまでの姫君の面影は全くなく、おどろおどろしい鬼の怖さが際立った演出と動きに圧倒される。雷が鳴り、紅葉が散る中でのバトルシーンは、流石の歌舞伎演出といったところ。

終盤、鬼女の毒気に当てられて維茂は気を失ってしまう。あわやといったところで、なんと小烏丸が勝手に動いて鬼女を退けるのは面白い。キャラクターでは無いものの、刀の健気さを伺い見ることができる。

終盤には「毛振りけぶり」という、鬼女が髪の毛を振り回す場面もあって見応えは抜群。最後の刀を構えた維茂と松の上でもがく鬼女の見得は、浮世絵のような見事さである。

さいごに

随分と長々としたレポートになってしまった。だがそれだけ見るポイントの多い作品であるともいえる。
堅苦しいイメージのある歌舞伎だが、紅葉狩は緩急ある演出で、セリフが分かりにくくてもなんとなく察しがつくという点では初心者にも優しいストーリーだ。
上演の機会があれば、今回見れなかった方もチェックしてみてほしい。


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