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「紅葉狩」における小烏丸

歌舞伎や文楽においても、小烏丸は平家の名刀であり
また不思議な力のある神剣としても描かれており、
江戸時代以降、広く民間にもその名が広まっていたことがわかる。
ここでは日本における伝統芸能の中で、
どのように描かれてきたのか紹介をしていこう。

能「紅葉狩」の概要、背景について


歌舞伎、文楽共に物語のベースになっているのはいずれも能における「紅葉狩」である。
主人公は平安時代中期の武将である平維茂。
※維茂は小烏丸を朝廷から受け取った貞盛の養子
作品を産んだのは、室町時代の猿楽師・観世信光。

ーあらすじー
維茂は従者とともに、鹿狩りのために信州(現在の長野県)にある戸隠山を訪れた。
今を盛りに燃えるような紅葉が広がるその場所では紅葉を楽しもうと美しい女たちが宴会をしていた。
維茂は気になって声を掛けるも、女は素性を明かさないので、
そっとその場を立ち去ろうとする。
そこへ「一緒に紅葉と酒を楽しみませんか?」と声をかける、上臈(じょうろう︰身分の高い女性)らしき美女。
維茂は誘われるまま宴に参加し、紅葉と酒、女たちの舞に心を許してつい眠りこけてしまう。
眠った維茂を見届け、女たちはどこかへ姿をくらました。

丁度そこに通りがかった、八幡大菩薩の眷属・武内の神。
実は先ほどの美女は、戸隠山に住む鬼女なので打ち果たすべしと維茂の夢を通して告げる。
そして武内の神は八幡大菩薩の神剣を授けて、去っていった。

目覚めた維茂の目の前に、迫ってくる鬼女たち。
雷が鳴り響く中、維茂は勇敢に立ち向かい、奮闘の末に授かった神剣で鬼女を打ち果たした。
ーーー

違和感にお気づきだろうか。
そう。実は能の時点では「小烏丸」は登場していない。
維茂が使ったのは、八幡大菩薩ゆかりの神剣であって小烏丸だとは表現されていないのである。

八幡大菩薩は応神天皇と同一視され、弓道の神、武運の神として源氏や平家など多くの武士に信仰されていた。
源氏の氏神として現在でも有名である。

よって、作者の観世信光がいた時代(1450〜1516年)は、まだ小烏丸はアピールされておらず、あまり知られていない状態だったと考えられる。

歌舞伎の「紅葉狩」

さて、室町時代から江戸を経て、明治時代になった頃、能の作品をベースに、歌舞伎の「紅葉狩」が成立する。
作者は河竹黙阿弥。振付を九代目市川團十郎が担当し、明治20(1887)年に東京の新富座で初演。
のちに「新歌舞伎十八番」にも選ばれた作品だ。

左が平維茂(演・尾上松緑)、右が更科姫(演・中村梅枝)

能と歌舞伎の違いを簡単にまとめると、
この時から明確に、維茂が利用する刀が「小烏丸」であると表現される
小烏丸が御物となったのが、明治15(1890)年であることを踏まえると割とタイムリーに舞台に反映されたことが窺える。民間への知名度も爆発的に高くなったのではないだろうか。

・それぞれに役名が付けられ、一部変更されている
上臈は「更科姫」、侍女たちは「田毎」「野菊」などに、維茂の従者は「左源太」「右源太」といったように呼ばれるようになる。
また、武内の神は八幡大菩薩の眷属であることはそのままに「山神」と名前が改まっている。

・舞踊劇として成立し、観客を盛り上げる描写が追加される
酒宴の肴として野菊、左源太、右源太、更科姫が舞い踊り、山神も眠りこけた維茂らを目覚まそうと踊る形式。
特に更科姫は2枚の扇を使った、トリッキーな舞「二枚扇」を繰り広げ、当時も大きな話題になったそうだ。
姫から鬼への早替えあり、踊りの違いも大きな見どころ。演者の変貌っぷりを際立たせている。

・舞台装置も演奏も大掛かりで豪華になる
また、能舞台と違って、舞台装飾は紅葉を生かした華やかな装置となっていて、一つ一つの場面が絵のように映る。
ラストシーンは維茂が刀を構え、松の上の鬼女も見得を切る。
さらに歌舞伎の中でも珍しい「三方掛合」の形式で、常磐津、竹本、長唄の3つの演奏形式が変わるがわる展開され、舞台上にずらりと並ぶ様子は壮観である。

といったように、かなり大きく変更されているのがわかる。

小烏丸の描写に関してだが、歌舞伎では戸隠山を訪れた時点で維茂は小烏丸を佩刀していて、山神が授ける描写はなくなっている。
さらに、ストーリーの終盤、維茂と鬼女のバトルシーンは一騎討ち。
しかも鬼女の神通力に当てられて、維茂が気を失うのだが、そこに襲い掛かる鬼女を、勝手に小烏丸が動いて退ける様子も追加された演出でスリル感が増している。

しかし、ちょっと残念なことに、小烏丸といえど舞台上で使われる刀は、一般的な日本刀の形。
小烏丸造ではないことから、当時、名前や逸話が広まっていたものの実物がどんな形かは知られていなかった可能性が高い。

文楽の「紅葉狩」

さて、歌舞伎の初演からさらに下って、昭和時代に突入。
昭和14(1939)年に大阪の四ツ橋文楽座で文楽の「紅葉狩」が初演。
物語や舞台装置のほとんどが歌舞伎と同じだが、3人がかりで1つの人形を動かす人形劇である都合上、舞などの演出が簡略化・短縮されている。

国立文楽劇場内に掲出の絵。左端が紅葉狩の様子

歌舞伎と文楽での違いは以下の通り。

・維茂は従者がおらず、単独で戸隠山に来る
歌舞伎では維茂が2人の従者を引き連れていた。しかし、文楽は単独で豪胆な様子が窺える。

・更科姫の侍女も2人だけで役名はない
少々品のある「娘」と愛嬌のある「お福」という、2つのかしら(頭と顔の形)で個性を出しているが、そばに控えているだけで、話さない。

・維茂を引き止める際、更科姫本人が口説いている
歌舞伎では、更科姫は要所要所引きとどめるだけで、侍女たちが変わるがわる維茂らを足止めしていた。
しかし文楽では更科姫が(一目惚れにしても)、異常なほど熱心に口説いており、観客側にあえて違和感を持たせている。

・更科姫と山神以外は舞わない
先述の通り、登場人物が少ないので舞も当然減っている。
文楽人形はかしらと右手を操作する「主遣い」、左手を操作する「左遣い」、足を操作する「足遣い」が1組になる。
よって当然、舞うことは難易度が高く、ましてや二枚扇は至難の業。
このことから、更科姫のみ特別に操作している3人全員が「出遣い」という顔出し状態での演技になる。(通常、出遣いは主遣いのみ)
舞を通して3人の圧倒的な熟練の技を見ることができる。 

・鬼女の隈取(メイク)が青色に変更され、復讐心を語る
歌舞伎の鬼女は荒々しい茶色の隈取がされている。
これは、「妖怪変化など人間ではない圧倒的な力を持つ何か」を表現するのに使われる。

土蜘蛛の隈取。鬼女と微妙に違うが意味合いは同じ

一方で文楽では青色の隈取のある鬼女のかしらになる。青色は怨霊や悪などの表現に使われる隈取だ。

鬼女などで使われる隈取。青い隈取=悪役である

なぜあえて隈取を変える必要があったのか。

実は、文楽にのみ鬼女が維茂を襲った理由が追加されていて「我が眷属を殺された鬱憤を晴らすため」と本人が語っている。
筆者はあくまで、文楽においては情に訴えかける脚色を入れ、物語の山場を持ってこようとしたのではないかと考える。隈取の変更も怨霊の意味合いを伝えたい意図と組むことができる。
 
・鬼女が火炎(煙)を吐く
終盤のバトルシーンでは鬼女が火炎をだす演出として、文楽は黒い煙を吐き出すように工夫されている。これに維茂が気絶するという流れになっており、その後は歌舞伎と同じく小烏丸が勝手に動いて鬼女を退ける。

このように、ストーリーの大筋は同じだが、見比べてみると違いがよくわかって非常に面白い。

余談だが初演の昭和14年はドイツがポーランドに進軍し、第二次世界大戦が勃発した時代。
重たい空気感の中で、この演目は観衆の目にさぞ美しく映ったのではないだろうか。

刀剣乱舞-ONLINE-との公式コラボ

さて、時代を経て降魔の剣となった小烏丸。
現代ではPC &スマホゲーム「刀剣乱舞」でも刀の付喪神「刀剣男士」の1人として描かれ、歴史とプレイヤーの「審神者」を守護している。

そんな繋がりから、2022年7月に、歌舞伎「紅葉狩」が東京・国立劇場で、文楽「紅葉狩」が大阪・国立文楽劇場にて、コラボレーションとして上演されることが6月20日に決定した。
当時のリリースがこちら

その詳細について、ご紹介しておこう。


歌舞伎「紅葉狩」@東京・国立劇場
7月3日(日)~27日(水) ※7日(木)・18日(月祝)は休演
11:00開演/14:30開演
詳細は国立劇場ウェブサイト

生憎の雨だったが、多くの人が来場した

筆者は7月16日に観劇。
入場時には、公演に際してのリーフレットと冊子が配布され、中には今回登場する歌舞伎俳優のプロフィールのほか、歌舞伎の専門用語、小烏丸の逸話、演目の見どころなどが非常に丁寧に紹介されている。

入口から向かって左のエスカレーター下には、コラボのフォトスポットがあり、刀剣男士小烏丸と鬼女がバトル(?)

左が刀剣男士小烏丸。右は鬼女(演・中村梅枝)


ちゃんと説明書も添えられていた


また、その向かい側にはニトロプラス所蔵の、小烏丸写し(月山貞勝作、昭和12年)が展示されていた。
審神者のみならず、歌舞伎好きであろう方が興味深げに確認していたのは感慨深いものがあった。

きっちりと照明が当てられ、劇場での展示だが見やすく工夫されていた
説明パネルにも刀剣男士小烏丸が

ちなみにすぐそばにある売店では、今回の「紅葉狩」の台本も購入できる。ストーリーに興味の持った人は読んでみてほしい。

また、2階には先ほど文中で紹介した、別のフォトスポットもある。

こちらには主役の2人が並ぶ

今回のコラボは「歌舞伎鑑賞教室」の一環であり、歌舞伎は難しいのではないか、とハードルを感じている人向けに本編の前に「歌舞伎のみかた」という項目があり、演者の中村萬太郎と尾上緑が丁寧な説明をしてくれる。

近年の流行も取り入れつつ、歌舞伎独特の音による演出、登場人物の解説など、初めての人にも優しい説明で目の前にいた子どもも聞き入っていた。
(説明の途中、何かとカラスの小道具が登場したのも嬉しい点)
理解を深めた上で、歌舞伎本編に入っていくので、教えてもらったポイントを見つけながら鑑賞を楽しむことができる。


文楽「紅葉狩」@大阪・国立文楽劇場
夏休み文楽特別公演
7月16日(土)~8月4日(木) ※7月25日(月)は休演
第3部〔17:30開演〕「花上野誉碑」「紅葉狩」
※2演目セットでの上演

詳細は国立文楽劇場ウェブサイト

筆者は7月17日に観劇。
入場時には歌舞伎と同様のコラボリーフレットが配布され、文楽の専門用語や3人1組で人形を操作することなどが掲載されていた。
※冊子はなし
売店で販売のプログラムの中には、各演目や出演者の説明と「床本」という台本のようなものがセットになっている。

なんと言っても、この文楽劇場ではコラボとして

演目では一切登場しないが、構造はちゃんと文楽人形

こんなに立派な文楽人形で刀剣男士小烏丸が顕現していた。

実はこの小烏丸、別途紹介されているリーフレットには、
中性的な顔にするため、女性のかしらを採用しており、黒曜石のような目を表現するために、レジンを使った瞳にされている。通常の人形は目を筆で書き込むだけなので、貴重なつくりだ。

鉤爪のような独特の爪もバッチリ再現

小烏丸はすらっとした姿のため、足はかなり長くされている。
最も大型の文楽人形の足に比べ1.5倍というのだから文楽界としてはあり得ない長さなのだろう。

そして筆者驚愕したのは

髪がちょっと原作と違う?

そう。髪型。
なんと後ろの特徴的な髪を、本当にカラスの羽で再現しているのだ。これにはただただ頭が下がる思いである。
そのほか、衣装も染めて作るなど、こだわりが随所に見られる。

ちなみに小烏丸の横には、2021年にコラボ制作した小狐丸の文楽人形も顕現していた。
こちらも特徴ある髪型や瞳などが文楽人形の技法で表現されている。

2021年の展示から一部の装飾が変わっている。ぜひ見比べて欲しい

同じエリアにはフォトスポットや

文楽劇場では通常の立ち絵がパネルに

記念ハンコも押すことができる

ファンの間では「顔がいい」と話題に
押すのが少し難しいので、筆者も数回チャレンジ

なお、混雑時には整列を求められるので、撮影場所やスタンプポイントで長時間居座らないよう注意が必要だ。

歌舞伎のコラボとは異なり、こちらは事前の解説はない。
よって、初めての方はイヤフォンガイドを借りてみるといいだろう。
逆に両方見る方は歌舞伎での演出説明が、そのまま文楽の演出にも生かされていることがわかり倍以上に楽しめるはずである。


長々となってしまったが、さまざまな伝統芸能の中でも
小烏丸の存在は語り継がれてきた。
一方特筆すべきは、能では「小烏丸」としていなかったものが歌舞伎、文楽で変更されて紐づけられたことだ。

これは時代変遷の中で、大衆にも「平家の刀といえば、小烏丸だ」という認識が成立したためと思われる。維茂は貞盛の養子なのだから、連想されるのは当然だったのだろう。

逆に、舞台上で描かれる小烏丸は、現代の我々が知る小烏丸造ではない。
実は別途紹介する予定の「信濃路紅葉鬼揃」では、小烏丸造に似た形で表現されるようになっているのである。
その辺りはまた次回に。




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