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幻みたいな恋だった

たった2ヶ月半の恋だった。あまりにも濃くて、常に走って走って、急に立ち止まったような、まだ息も整わない程駆け回ったような、そんな激動の恋だった。あっという間に過ぎ去って、幻みたいな恋だった。

元彼に甘えられ過ぎて疲れていて、秋のトラウマすら軽視されて、何の相談もなく秋の3ヶ月間全く会えないことになって、私はせめて最低限分かっていてほしかったことすら理解してもらえなかったことがショックで、自分のことをおざなりにされていることもショックで、それでも、彼が頑張りたいことだから、私は自分のトラウマのせいで彼のやりたいことの邪魔になるくらいならと、離れることを選んだ。

傷付いて悲しみでいっぱいで、もう何もかも忘れてしまいたいと思っている頃に君に出会ったんだ。

夢を追いかけて、努力して、有言実行する君が、とても魅力的に思えた。だから、それが世間的に偏見の目に晒される夢でも、応援したいと思った。言ったことは必ずやり遂げる人だと思えたから、私は付き合ってほしいって言われた時に、うんって答えた。

「○○(私)は何が幸せ?」「○○(私)はどんなことに幸せを感じるの?」人生で初めてされた質問。この人は私を主語に置いて考えてくれてる、きっと幸せになれるって思った。

難病を患ってると知った時、ただでさえ強くないのにお酒を飲む仕事は、寿命を縮めるんじゃないかって不安に思った。それでも、一瞬でも自分を貫いて大きな幸せを1つ握って死ぬことも、1つの人生の在り方だと思ったから、応援し続けよう、味方でいようって思った。

顔が整っていて色白で、華奢で小柄な君は、実年齢よりずっと若く見えて、内面もとても謙虚だけど年齢不相応にぼんやりしているような、ふわふわしているような印象で、感情の上下もなく、常にフラットで、これでホストやれるのかなって思った。時々お店に行っても、無理して喋ってるのが分かった。人に興味がないことも。

でも、君には不思議な魅力があって、どこか儚げで、刹那的で、すぐに消えちゃいそうな、そばにいてあげたくなるような、そんな感覚にさせる人だった。いつもどこか悲しげな目をしていた。

だから、頼まれたら断れなかった。数万の貸しが気付けば十数万の貸しになり、返す返さないで警察を呼ぶ程に揉めて、警察の前で、もう二度と会いませんと借用書まで書いたのに、結局仲直りしたいと言われて寄りを戻した。

付き合って1ヶ月目の時に、記念日のメッセージが届いた。何ヶ月記念日、なんて学生以来祝ったことなかったから、何だか懐かしかった。ペアリングを買ったのも、結婚指輪を除けば学生以来。青春時代の恋愛をやり直してるような感覚がくすぐったかった。

彼はお店を辞めると言った。賞を取れたことで一つの区切りがついたことと、そのお店ではあまりに出て行くお金が多くて稼げないからと。私もそのお店をあんまりよく思ってはなかったから、昼職して普通に一緒に生きたいと言ってくれた彼の決意が嬉しかった。

ペアリングを買ったその日、彼の自宅で帰りを待った。深夜にフラフラでぐったりした様子で帰ってきた彼の姿を見てビックリして、とにかく急いで服を脱がせて楽な格好にさせて、キャベジンとしじみの味噌汁を買いにコンビニに走った。

聞けば年内で辞めると伝えたその日から、毎日無理に飲まされていると。私は、もうその日のうちに辞めようって説得した。そんな嫌がらせされたら、年末まで彼の身体がもたないと思ったから。私がお店の人に殴られてでも、辞めさせようと思った。警察に相談してみたり退職代行使ってみたり、色々して何とかその日のうちにやめることが出来て、肩の荷が降りた状態で迎えたクリスマスは、素敵なサプライズをしてもらえて、身に余るほどの幸せだった。多分あの瞬間が1番穏やかで幸せな日だった。

彼はビックリするくらい、よく笑うようになった。あんなに感情がなかったのに、寂しがりやで甘えん坊な一面を見せるようになった。彼が人らしくなったことが、何より嬉しかった。よほど前のお店で人の心を失ってたんだなと思った。私を抱きながら、切なげな顔で、一緒にいてと言う彼が愛おしかった。

それから彼の昼職の就活が始まった。年末ってこともあって、なかなか採用の話は進まなかった。腕に入ってるタトゥーも、昼職に就職するには大きな障害だった。年明け、受かったのは見た目に厳しいクリニックの看護助手と、怪しい鼠講の仕事。タトゥーを隠して仕事をするには無理があったし、鼠講なんて以ての外。収入もなく、生活が逼迫していたのもあって、結局場所を変えて、昼職の就活をしながら繋ぎでホストに戻ることになった。その日、彼は就活のために黒くした髪を明るく染めた。私はあまりにそれがショックだった。そんな明るい色に染めちゃったら、昼職の就活出来ないから。

「普通の人に戻るから、家族になって一緒に生きよう」

何社受けても受からない、お金もない。焦りがあったのは理解出来る。貧乏は人を変えてしまう。でも、その言葉が何より嬉しかったのに、裏切られた気分だった。

私は貸して返してもらったお金のほとんどを、彼にあげた。当面の家賃と最低限の生活費として使ってと約束したのに、彼はその約束を守ってくれなかった。家賃を滞納して、でも手持ちもないから、払うことも退去することも出来ず、収入もなく、八方塞がりだった。何に使ったのか分からない、いつの間にか消えていたという彼の言葉は、私が少ない給料の中で貯めてきたお金は、彼にとってはそんなに軽いものだったのかと、ショックだった。

いつの頃から彼は「○○(私)にとっての幸せは何?」って聞かなくなった。

髪を染めてしまったこと、渡したお金を約束通り使ってくれなかったこと、私の話は一切聞いてくれなくて、病気やトラウマの理解を得られず弱音を吐けなかったこと。悲しいことが重なって、愛されてる実感を得られなくて、私は別れを切り出した。もう、限界だった。

それでも大嫌いになったわけじゃない。彼の母から、彼の憔悴ぶりと困窮ぶりを聞いて、居ても立っても居られず、やっぱり生きていてほしいから、再起してほしいからと、家賃1ヶ月分を直接不動産屋に、それとは別に1万円を彼の口座に振り込んだ。その1万円は最低限の生活費以外には使わないでと念を押して。

数日ぶりに聞いた彼の声はすごく憔悴していて、それでもありがとうと言ってくれた。私はもう一度、これからの1ヶ月の彼の生き方を見て、本気で頑張ってくれるなら、やり直そうって思った。慎ましくても贅沢なんかできなくてもいい、ただ彼と普通に生きていければそれでよかった。

でも、その日のうちに彼は服が欲しいと言い始め、私には仕事があるのにお店に来てと何度も催促された。1日に数万円も援助した私にまだお金を使わせる気なのかと、本当に私のことを大切に想うなら、これ以上負担をかけまいとするのが普通じゃない?と思ったら、失望と悲しみが広がって、もう何もかも信じられなくなった。

彼の今までの人生を考えたら、お金の管理の仕方が分からない、欲求に負けてしまう、その感覚は理解できる。それでも、大切な人からもらったお金なら、大切に扱ってくれると思ってた。私が甘かった。

大切にされている実感も、愛されてるという感覚も、もう全く得られなくなった。結局彼が1番大切なのは自分なんだと、気付かされた。

家族になれる人を見つけられたと思った。一緒に生きていける人だと思った。大切にしてくれる人だと思った。でも、結局、愛されてなんてなくて、失ったのは貯金の大半、得たのは人間不信だけ。

私は、まともな家族なんて得られない、そういう運命の元に生まれてきたんだと思う。

ずっと愛してくれる「家族」がほしかった。まともな家庭で育てなかったから、せめてこれからの人生は大好きな人と一緒に生きていたいと願ってきた。

どうして普通の人が得られる幸せが、私には手に入らないんだろう。もう期待しちゃいけないんだよね。私は1人で病気と戦いながら、孤独に生きて死んでいく、そういう未来しかない。もうそれを受け入れるしかない。

もう一度、ブリリアントカットのダイヤの指輪が欲しかった。お客様が自分の指に通した婚約指輪を見つめて、幸せそうに微笑む度に羨ましくなる。

もう一度、ウェディングドレスを着たかった。大好きな人の隣で、自分史上1番綺麗な私で微笑みたかった。

小さなマンションで、猫と一緒に大好きな人と暮らしたかった。贅沢なんてしなくていい。平凡な幸せが欲しかった。

平凡な幸せを得ることが、こんなにも私には難しい。その事実が何より悲しい。

ちょっとの幸せと、悲しみと、失望があまりの早さで巡って、本当のことだったのか夢だったのか分からないくらい。

幻みたいな恋だった。

今日さよならを告げた。私たちは「愛」の定義が違いすぎる。安心できる場所じゃない、幸せになれない、理解が得られない、それなら深い関係でいる意味はない。好きの気持ちだけで関係を続けていられる程、私はもう若くはない。

それでも、小さな幸せをいくつか与えてくれたことは確かだから、感謝してる。ありがとう。元気でね。

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