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第2章 11.属地主義と効率的なグローバル調査

(1)ファミリー単位の調査

 近年、日本企業であっても、国内のみで事業が完結することは少なく、今後も国外市場の重要性は増していく状況下、侵害予防調査をグローバルかつ効率的に行うことが必要である。

 法律の適用範囲や効力範囲を、一定の領域内についてのみ認めようとする「属地主義」の下、権利独立の原則(パリ条約4条の2)により対象国ごとにクレーム(権利範囲)や制度が異なるため、製品等を実施する全ての国で侵害予防調査を行う必要がある。

 しかし、構想段階や研究開発段階など事業の初期に全ての対象国を徹底的に調査することは費用対効果の観点から好ましくない。また、製造販売等を行う直前に、多くの対象国で調査を初めて行うようでは、リスクに対応することができなくなり、最悪の場合、それまでに費やした研究開発等のコストが無駄になってしまう可能性がある。

 このような場合、初期の段階から段階的に調査を行うことが好ましく、開発の初期段階では、パテントファミリー単位で調査を行い、対象製品等がある程度具体化した段階で、対象国ごとに調査を行うことが重要となる。

 初期のファミリー単位での調査では、基本特許や重要特許の把握を目的とし、対象国毎の調査ではファミリー単位での調査結果を利用して、差分を中心に調査をしたり、調査観点や検索範囲を最新の情報等に基づいて適宜修正したりすることで、調査の精度とコストパフォーマンスを両立させることができる(図2.23)。

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図2.23 効率的なグローバル調査

(2)新興国における調査

 侵害予防調査では、対象国毎に権利を調査する必要があるが、調査上の問題として、言語の問題がある。主要国の特許は英語であることや、機械翻訳や抄録を利用して英語で検索できるため、対応が比較的容易であるが、新興国やマイナー言語を対象とする場合、困難が生じる。

 商用データベースでは、マイナー国の収録率が低い場合や更新にタイムラグがある場合もあるため、必要に応じて各国の特許庁HPを利用することが好ましい(※1)。

 しかし、新興国の特許庁のHPのシステムは脆弱であり、検索機能が弱いことが多い。 新興国では、そもそも出現件数が主要国ほど多くなく、対象とすべき特許権等の件数も少ないことが想定され、IPC特許分類を広く調べたり、簡単なキーワードを1つか2つ、現地の言語で掛け合わせたりすることで絞り込みを行うとよい(新興国では、分類も再上位の1つしか付与されていなかったり、そもそも分類が全く付与されていない(適切に収録されていない)こともある)。

 東南アジア諸国連合(ASEAN)における特許調査(主に侵害予防調査)の需要も高くなっており、タイ、シンガポール、インドネシア、マレーシア、フィリピン、ベトナムなどは現地の特許庁のデータベースを利用でき、WIPOがASEANと協働で作成したデータベースであるASEAN PATENTSCOPEには、上記の国のほか、ブルネイ、カンボジア、ラオスも収録国として含まれている(※2、※3、※4※5、※6)。

 現地の特許庁のデータベースを用いる際の注意点としては、検索機能が不十分で複雑な検索を行うことができないことや、独特の事情(傾向)を理解する必要がある。

 例えば、タイ商務省知的財産局(DIP)のHPを利用する場合、IPCの表記にB01D△53/34やB01D53/34(△はスペース)があるため、ワイルドカードを使用し、B01D%53/34で検索する必要がある(※7)。

 現状では、いずれの新興国においても特許権等の件数が少ないため、上位のIPC分類に現地語でテキストを掛けることや、下位のIPC分類を全部見るなどして対応をする。

 調査の準備段階として、調査対象国において当該対象国の「現地企業」が海外企業(グローバル企業)を訴えた例があるか否かは、検討すべき事項である。というのも、海外企業は、主要国(日・米・欧・中・韓)にパテントファミリーがあるのが基本で、新興国のみに出願をしていることはほぼ無いため、主要国の調査でいかなる権利を保有しているか知ることができるからである。

 つまり、調査すべき対象としては、対象国のみの出願(主要国にファミリーがないもの、基本的には現地企業の出願)であり、現地語での調査について最適な調査方法、それ自体を「調査」することが求められる(有用なデータベースや、収録範囲等を調査する)。

 新興国における侵害予防調査を行ってはみたものの、主要国にファミリーがあるグローバル企業の特許権等のみが抽出され、現地企業の出願で検討すべきものは少なく、高コストだが費用対効果は非常に低いというのが現時点の実情であるが、今後は大きく状況が変化していくであろう。


 以上、第2章では、侵害予防調査について、その定義、課題・目的と6W2H、基本となる考え方・ポイントや、クレームの文言解釈の手法と均等論など、実例も踏まえて説明をした。

 侵害予防調査では、他の調査と異なり、調査対象の設定における自由度が高く、イ号製品等における調査観点の抽出と、存在し得る抽象的かつ概念的な権利範囲(発明の技術的範囲)を想定して、検索式に落とし込む(翻訳する)という、クレームドラフティングと類似する思考が必要となる。

 したがって、検索それ自体のテクニック・スキルのみならず、法的な知識の獲得や発明の創出プロセスの経験(技術的思想の言語化)など、調査の範疇を超えて知財業務に携わることが望ましい。

↓つづき(第3章へ)

※1:田中志帆里、「海外特許調査の現状と課題」、情報の科学と技術、Vol.65、No.7、p302~307(2007)

※2「特許庁委託事業 ASEANにおける各国横断検索が可能な産業財産権データベースの調査報告」日本貿易振興機構(JETRO)バンコク事務所 知的財産部(2018年3月)

※3アジア特許情報研究会HP:https://sapi.kaisei1992.com/

※4ASEANの特許・意匠・商標調査、特許庁委託「ASEAN6か国産業財産権データベース調査報告書」2018版概要

※5中西昌弘、「ASEAN特許調査環境の新たな変革」、Japio YEAR BOOK 2018、p.178-185(2018年11月)

※6伊藤徹男、「ASEAN・東アジア特許調査におけるPATENTSCOPEの徹底活用」、Japio YEAR BOOK 2019(2019年11月)

※7「特許庁委託事業 タイ知的財産局が提供する産業財産権データベースの調査報告」、日本貿易振興機構(JETRO)バンコク事務所 知的財産部(2017年3月)

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