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ランドセル職人からデザイナーになる15年間でつくられた価値観

皆さんが関心を持っていること

先日、Twitterのアンケート機能を使って私のnoteで読んでみたいトピックを募ってみました。選択肢は以下の3つ。


1.ラグジュアリーブランドの製品が高い理由
2.革製品のメンテナンスについて
3.objcts.io製品のこだわりについて


最終的に約80%の方が"objcts.io製品のこだわりについて"に投票してくださるという、大変嬉しい結果に。ご協力いただいた皆さま、ありがとうございました。


ランドセル職人として
最初の一歩を踏み出す

さっそくnoteにまとめようと思ってMacBook Airの前に座ったのですが。


どんな話をしたらよいのだろうか...


少しだけ悩みました。
"こだわり"について淡々と綴ることはできますが、それでは"何をやっているのか"しか伝わらない気がしたのです。

"何をやっているのか"を伝えること以上に"なぜそれをやっているのか"について話をしなければならないと感じました。

有名ブランドの"こだわり"にも、それを大切にする理由があります。

HERMESがなぜ、パッケージやショッパーにオレンジ色を使うのか。
Maison Margielaがなぜ、表裏が反対になった服を作るのか。
COMME des GARÇONSがなぜ、同じ生地は二度と使わないのか。

"こだわり"というのは、それに携わっている人間が"今まで経験したことの蓄積によって形成された価値観から生み出される信念"だと考えています。

その"信念"を持つに至った背景について話す必要があると考えていたところ、ふと思ったのです。


私が元々ランドセルを作る職人として
キャリアをスタートさせたことって知られてないな。

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ランドセルを作っていた当時の写真


objcts.ioが始動する前、私は革製品の作り手として腕を磨いていて、文化服装学院という服飾学校で学んだ3年間を含めるとその期間は10年以上になります。

18歳のときに初めてレザーバッグを作り、その時の感動に身を任せてバッグ作りを学んだ私は、そのまま老舗レザーブランド"土屋鞄製造所"のランドセル職人となったのです。

いまの私がデザイナーとして持っている価値観の土台は、職人としての経験から得たモノで構成されていると言っても過言ではありません。


モノづくりの現場で
形成されていった価値観

文化服装学院で勉強したことも、土屋鞄製造所で得たことも、長い歴史の中で蓄積された知識や技術のほんの一部です。

objcts.ioをローンチしてから様々な経験を通して得てきたことも、これから経験していくことと比べたら取るに足らないことかもしれません。

それでも、一人の人間が初めて革製品を作ってから15年という歳月をかけて形成してきた価値観からは、それ相応の"こだわり"が生まれ、製品に多大な影響を与えています。

今回は、私がこれまで経験してきたことを交えながら"なぜそのこだわりを大切にするのか"をお伝えし、objcts.io製品の"こだわり"について知っていただければと思います。


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大切な3つのこだわり

今回お話しする製品の"こだわり"は以下の3つです。


1.美しくなければ意味がない
2.品質をデザインする
3.たった一人のためのモノづくり


1.美しくなければ意味がない

私にとって、ファッションはとても身近な存在でした。

両親が呉服屋を営んでいます。

代々引き継いできた家業で、一時は着物と並行して婦人用既製服も取り扱ってきた小さな呉服屋です。

店舗と住居が繋がった建物で暮らしていた私は、子どもの頃から様々な形でファッションを楽しんでいました。

破れた服を改造したり、兄の服を借りて色んなスタイリングを楽しんだり、中学校の体育祭のときには家にあった袴を衣装チームに見せて「こんな衣装を作って欲しい」とお願いしたり。

10代の私がファッションを楽しむ上で大切にしていたのは「格好良さがすべて」です。

すぐ壊れようが、夏に着ると最悪の着心地になろうが、格好良ければそれでよかったのです。

格好良いファッション製品を身に着けることで、自分が自分以上の"何か"になれるような気がしていたのかもしれません。

今でも鮮明に覚えています。

古着屋で買った赤いコンバースを初めて履いたときの感動を。

友達と雑誌を見ながら偽物なんじゃないかと疑いながら購入した服を着たときの喜びを。

そんなファッションが昔も今も大好きです。


バッグの理想的なデザイン

ファッション製品の中でも、バッグは特殊なアイテムです。

服、靴、その他アクセサリーの多くは、人間の身体に纏うことを中心に考えて作られていますが、バッグは中に入れる荷物のことも考えなければなりません。

物を入れて持ち運ぶという機能が皆無だった場合、それはバッグとして成り立ちません。他のファッション製品と比べると、道具としての性質が非常に強いのです。

それ故にバッグには、機能性に優れた製品が数多く存在します。

とても軽量なバッグ、強固な作りで収納物を保護するバッグ、ポケットが沢山ある便利なバッグ。

これらは適切なシーンで使うことで心地良い体験を得ることができる便利な物で、我々の生活に欠かすことができません。

しかし、バッグはおしゃれを楽しむファッション製品としての性質も持っています。

持ち方次第でスタイルが良く見えたり、大人っぽい印象を与えたりすることができるバッグは、ただの荷物を運ぶ道具ではないと思っています。

objcts.ioの製品で革を使うのは、革だからこそ表現できる審美性や質感に魅力を感じているからです。

私にとっての理想のバッグとは、道具としての機能性とファッション製品としての審美性という相容れない2つの要素が調和されて「美しい」と表現できる物です。

「格好良さがすべて」と思っていた私だからこそ、機能偏重になりがちなバッグを美しくできると考えています。

"美しくなければ意味がない"という"こだわり"を持った私のモノづくりがobjcts.ioが理想とする製品の誕生に繋がると常に信じて、開発に取り組むようにしています。


2.品質をデザインする

品質の高さというのは、デザイナーが考えたデザインや設計図によって決まるわけではありません。

皆さまの手元に届けられる製品は、どんな流れを経て届けられていくのかご存知でしょうか。

もちろん業界によって様々な流れがありますが、オーダー品ではない限り、皆さまの手元に届けられる製品は生産品の中の1つですので、下記のような流れを辿ります。


・材料業者が生産メーカーに材料を届ける
・生産メーカーが生産を完了させる
・配送業者が出来上がった製品を倉庫まで輸送する
・到着した倉庫で検品担当者が1本1本検品をする
・製品ごとに適した梱包作業を経てお届けする


私は、品質の高い製品をお届けするためにこの流れの中へ足を踏み入れる必要があると考えています。

例えば、


材料にどんな加工を施しておくと
より生産しやすくなるのか。

生産工程にどんな製法を用いたら
品質が安定するのか。

生産工程のどのタイミングで
検品をするべきか。

検品はどんな手順で
どこに注視して作業したらよいのか。

どんな梱包で
発送したらよいのか。


私も1人の人間なので、すべての領域に対して完璧な方法を考えることは中々難しいですが、時間が許す限り考えるようにしています。

このように、デザイナーとして1つずつ指示を出すまたは意見を伝えていく行為を、私は"品質をデザインする"と言っています。


それってデザイナーの仕事なの?

画期的なアイディアを思い付くために
もっと時間を使った方が良いんじゃないの?


と思われる方もいらっしゃるかもしれません。
私もある意味ではそう思います。ごもっともです。

それでも私は、これはデザイナーの仕事だと思って取り組んでいます。

開発段階で素晴らしい製品を1本作り出せても、皆さまに届ける1本が満足のいく製品になっていなければ何の意味もありません。

どんなデザイナーも自分が理想とする品質の製品を届けたいと願っているはずです。

開発段階で1本作れた製品を生産メーカーに手渡して「これと同じ物を作ってください」では満足のいく製品は届けられないのです。

製品のデザインや構造のみならず、デザイナー自ら生産メーカーや検品担当者に対して指示を出さなければ、理想とする品質の製品をお届けすることは難しいと思っています。

万が一何か問題が起きたときでも、すぐに対応策を考えられる構えをとっていなければなりません。

このような感覚は、土屋鞄製造所の経験を通して培ってきました。


土屋鞄のモノづくり

土屋鞄の品質を追求する姿勢は並大抵のものではありません。

特にランドセルに対する追求は尋常ではなく、製法や工程に対して工夫をしているのはもちろん、機械の配置、材料の置き方、製品の動かし方に至るまで当然のように工夫をこらしています。

卓越した技術と経験を有した職人が、完成形に近い生産体制の中で仕事をしているのが土屋鞄製造所の製造チームです。

「職人」という言葉を聞いて、皆さんはどのようなイメージを持たれるでしょうか。


一つ一つの工程に時間をかけて
丁寧に作業をすることで素晴らしい仕立てを施す人。


こんなイメージをもたれるかもしれません。

それも1つの職人像ですが、私はもう少し違ったイメージを持っています。

私が考える「職人」とは、


一つ一つの工程を素早く確実に作業することで
素晴らしい仕立てを施すことができる人であり、
その生産性と確実性の高さをもたらすために工夫をこらしていく人。


だと思っています。

優秀な職人の作業は例外なく、素早くて、確実で、安定しています。

料理のときに包丁で材料を刻んでいくことを想像してみてください。

ゆっくりした動作で正確にカットしようとすると、かえって正確さを失って材料を痛めたり、不揃いになったりしませんか?

体制を安定させ、適切な包丁の握り方と材料の抑え方で、安定してテンポよく刻んでいくことで、適切なカットができると思います。

料理人の包丁さばきは、目にも留まらぬ速さと正確さですよね。

これと同じことを優秀な職人はやっています。

そして、常に工夫できる方法を考えて作業方法や自分自身の動きをアップデートしていきます。

極端な例を除けば、素早さと品質はトレードオフの関係(何かを達成するために何かを犠牲にしないといけない関係)ではありません。

そして、優秀な職人は自分自身はもちろん、チーム全体の力を最大限に引き出すために、製品ごとの適切な製法と適切な工程を考えて生産を進めていきます。

私も職人として、土屋鞄の中では高価格帯製品の開発と生産にたずさわってきましたが、常に高い品質を実現するための工夫について考えを巡らせてきました。

ファッションが好きなだけでは良いモノづくりはできないのです。

ファッションが好きだという思いが強かった私だからこそ、うまく作れないことが悔しくて、夜遅くまで作業して、自分なりに"品質"を追求する方法を学んでいました。

その姿勢は、今でも変わりません。

生産については職人が考えてくれるからデザイナーは考えなくてもよいという意識ではなく、"品質をデザインする"という"こだわり"を持って、あらゆる領域に関わっていくことで、いまの私が実現できる最高の品質を目指すようにしています。

(私の場合はこれらに加えて原価計算にも介入しますが、その話はまた別の機会に)


3.たった一人のためのモノづくり

これは前回のnoteでも少し話したので一部引用します。


目の前にいるたった一人の声を聴きながら作る製品こそ、本当に必要とされる製品であり、我々objcts.ioが提供したい製品となると思っています。


たった一人に思いを寄せて作った製品だからこそ、心に深く刺さる製品となり、心に深く刺さる製品だからこそ、より多くの方々に喜んでもらえる製品になると信じています。

たった一つの製品はたった一人の手に渡り、その一人の感動が波及力を持って、沢山の方々の喜びに繋がっていきます。

土屋鞄製造所で初めて作ることになったランドセルという製品は、その最たる物の1つかもしれません。

沢山の方々にとって、嬉しい思い出も悔しい思い出も刻まれたであろうランドセルの製作にたずさわることができたのが、この"こだわり"を持つに至る重要な経験だったと感じています。


子どもたちの憧れのランドセル

ランドセルは、子どもたちにとって特別な存在です。

まだ見ぬ友達と一緒に遊んだり、授業を受けたりする光景を想像しながら胸を躍らせ、これから始まる楽しい小学校生活に思いを馳せています。

この動画を観ると、そんな子どもたちの思いが手に取るように感じられるのではないでしょうか。



たった1つのバッグがこんなにも子どもたちの心を、周りの親御さんたちの心を弾ませるのです。

ランドセルは、たくさんの子どもたちに届けられます。

ですが、子どもたちにとってはたった一つの大切なランドセルです。

ランドセル職人として仕事をしていた私もそれを意識せずして作業することはできませんでした。

ランドセル製造を手伝ってくださるパートさんの熱量も凄まじいものがあります。

自身も小学生になる子どもがいるパートさんなんかは、自分の娘または息子を想像しながら作るので手を抜くわけにはいかないのです。

このときの感覚を私は一生忘れないようにしたいと思っています。

ランドセルというバッグの存在が特殊ということもありますが、このバッグに込められている並々ならぬ熱量が、子どもたちや親御さんたちに感動をもたらしていることは間違いありません。

こんな感動を生み出す素晴らしい製品を、いつか私もobjcts.ioで作ってみたいものです。


最高の製品を作るために

こうやって振り返ってみると、いまの私があるのは今まで出会ってきたすべての人たちとすべての経験の上に成り立っているなと改めて感じます。

これからも沢山の経験を通して価値観が磨かれていき、その過程で自分が持っている"こだわり"も変化していくだろうと思います。

しかし、どんなに自分の価値観が変化していっても、常に自分が実現できる最高の製品をお届けしようとする姿勢が変わることはありません。

そして願わくば、私がたずさわった製品を身に付けた人が、自分以上の"何か"になれる感覚を覚えてくれたら、そんなに嬉しいことはありません。

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