見出し画像

恋してるとか好きだとか

これだけ涼しければエアコンなしで眠れるだろう、と思ってつけないで息子を寝かしつけるんだけど、子どもがとなりに寝てるととにかく暑くて、結局エアコンをつける、という毎日を延々と繰り返している。
子どもといっしょに寝ると熱気と湿度がすごい。スチームアイロンをかけられている服の気持ちになる。
寝てる子はスチームアイロン。自由律俳句。

息子はまだ時刻も言葉もよくわかっておらず、出掛けに必ず、「パパ、今日は何時半に帰ってくる?」と聞いてくるのがとてもかわいい。パパはだいたいいつも6時半か7時半に帰ります。



3連休明けで出勤したら、職場にチェキがたくさん届いていて、とても幸せな気持ちになった。
職場ではアイドルヲタクを公言しているし、私物を職場に届けてもらっても何も言われないすばらしい職場なので配送はいつも職場にお願いしてる。マネージャーも兼務していた自分の推しは、封筒に推し自ら送付先住所や宛名を書いてくれていたので、彼女はきっと、今までの人生において、全国のどこの病院よりもたくさん、いま自分が勤務している病院の名前を書いてくれている気がする(届け先を職場にしてるのなんて自分くらいだと予想)。密かに推しのいちばんを独占していると思ってうれしい。
チェキのかわいいお姿ももちろんうれしいけど、大好きなひとからの心のこもったメッセージが本当に幸せ。自分なんかのことを認識してくれてうれしいやら申し訳ないやら。推しの脳のサーバー使用料を払いたい。もしかしてその使用料がチェキの代金?てことはチェキは実質無料…!!



アイドルとヲタク全体という観点でみると、ひとりのヲタクは小さな存在だけど、推すか推さないかとか、現場に来るとか来ないとか、その選択肢は常にヲタク側にあって、アイドルはお願いすることしかできないんだな…みたいなことを考えた。たぶんツイートした記事のヲタクは、そのアイドルにとっては、大多数のなかのひとり、というだけの存在ではなかったはずだから、そのひとが急にいなくなってそのアイドルはきっと悲しかっただろうし、でも、他のヲタクの手前、それを表出もできなかったかもしれない。というか、推される側にとっても、フォロワーが1人減ったけど3人増えたからまあいいか、っていうものではないよね、きっと。人と人との関係は常に1対1で、その1対1の関係が1000個あるとか、そういうものだと思うし。

完全に自分の印象であり偏見でしかないけど、ガチ度が高くて同担拒否です、みたいなヲタクほど病みやすいのは、推しに見返りを期待しているからな気がする。ライブでのレスとかSNSのリアクションとか。「ガチ恋」とはよく言ったもので、見返りを期待する好意が恋、見返りを期待しない好意が愛であると(勝手に)定義するなら、それは愛ではなく恋なのです。その観点からみると、大多数のヲタクは、DDだったとしても「ガチ愛」ですね。DDはガチ恋ではないけどガチ愛説を唱えたい。

これは声を大にして言いたいけど、推しがライブ中にレスをくれたり、特典会で自分を認知してくれていたり、SNSで自分のツイートを見てくれていいねしてくれたり、リプ返してくれたり、そういう行為は、ヲタクにとって奇跡のようなご褒美であり、絶対に当たり前ではない、ということを、ヲタクは常に肝に命じておく必要がある、と思う。自分が推しにとって特別なヲタクでありたい、という気持ちはわからなくはないけど、どれだけ尽くしたとしても、それが本当に相手のためになっているかどうかは、相手、つまり推しが決めることだ。ヲタクが最もすべきことは、ひたすら応援することで、もっと言えば、自分のペースで、応援し続けることなんじゃないかと思う。ヲタクはあくまでアイドルの夢を「勝手に応援させてもらっている」立場であって、それが自分の人生そのものになってはいけない。だから、自分の人生を大事にしつつ、自分にできる範囲で応援し続けられたら、ヲタクもアイドルもハッピーでいられるのではないでしょうか。推し活は日常と日常の間を埋めてくれる幸せな非日常であるべきで、それ自体が日常になってはいけない、というのが自分の持論です。

というわけで、自分は月にせいぜい1〜2回しかライブに行けない、在宅よりのヲタクだけど、自分のペースを守りながら、無理せず、でも、ずーっと推しつづけたいと思っているよ。推しのみなさんが存在してくれているだけで、自分はあなたのことがずーっとずーーーっと大好きです。推し増しはするかもだけど、推し変も他界もしないから安心してね。



自分の仕事は主に人の話を聞くことなんだけれども、仕事をするようになって四半世紀近くになろうとする今になって、改めて、自分は人の話を聞くのがめちゃめちゃ好き、ということに気づいてしまった。

なんてことのない、他愛ない話も、深刻な相談も、なかなか人に言えないような気持ちも、楽しいことも悲しいことも怒ってることもつらいことも、恋の悩みも、なんでもいい。聞かせてもらって、その人の人生や内面に触れて、共感する、その時間が好き。「楽しい」というのは語弊がある、悲しい話を聞くときは自分も悲しい気持ちになる、でも、その共感する瞬間が好きだし、それで自分が少しでもなにかの役に立てるのなら、それがとてもうれしい。

親しい友人にも家族にも言えないような話を聞かせてもらうのって、この仕事ならではの経験なんだけど、それは確実に自分という人間の成長にフィードバックされている。自分がとても好きなことが仕事になっていて、それでお給料をもらえている上に、聞かせてくれる相手の力になることができて、感謝もしてもらえて、さらに自分の成長にもつながるなんて、自分はなんて恵まれているんだろう…と、改めて思う。

もちろん、仕事はあくまで仕事だし、自分を犠牲にしてまでやるつもりはないんだけど、人より長時間働いても、残業しても、それが自分の好きなことで、自分自身の満足につながるなら、それは犠牲ではないよね。好きを仕事にする必要は必ずしもないけど、仕事を好きになれるなら、それはとても幸せなことだなと、改めて感じた次第です。



大好きなひとが教えてくれた曲の歌詞があまりに刺さりすぎて、そのひとの素敵すぎるnoteを読んでから聴いてたら朝から泣いてしまった。

アイドルを引退したアサギさんが最後のnoteで、「アイドルはなろうと思えば誰でもなれる、でも、続けることが難しい」と言っていたけど、ただのヲタクである自分からすれば、「アイドルになりたい」と思う人のなかで、実際にそれを行動に移すのはごく一部だと思うし、その一歩を踏み出した時点で、その人はもう夢を叶えているしそれだけで尊敬に値する、と思う。そして、ヲタクからしたら、無数にある選択肢の中から、アイドルという、とても過酷な道を選んで、活動してくれているということ、それだけで本当に尊い。さらに、知っているアイドルたちはみんな本当に努力家で、きっと報われなくてつらいことも多々あるだろうに、それを表に出さずに、いつも笑顔をみせてくれていて…現実世界に本当に存在しているのが信じられない、ユニコーンみたいな存在なわけです。

推しが、別のオーディションを経て、今のグループに加入してくれたことは、奇跡みたいな偶然のようで、実は必然というか、別の言い方をすれば、運命なんじゃないかって、そんなふうに思った。だって、入ってからずーっと、今も、人一倍どころでなく何倍も努力し続けていることを知っているから。

推しがずっとずっと努力して積み上げてきたものや、今までの道のりを思うと、それだけで泣いてしまう。そんな資格ないのはわかってる、何様だよって自分でも思う。でも、大好きなんだよ。グループの始動から、ずっとツイートもnoteも読ませてもらっていて、推しのことを少しずつ知ることができて、その積み重ねが今だから。昨日今日の想いじゃないんです。

推しのことを想うだけで、とても幸せな気持ちになるし、自分もがんばろうっていう気持ちにさせてもらえるし、チャレンジする勇気ももらえる。もうそれだけで幸せ。大好きな推しはとてもとてもやさしくて、ほぼ在宅ヲタクの自分のことも知ってくれていて、特典会でもうれしい言葉をたくさんくれるし、ツイッターでもいいねをくれるし、本当にありがたすぎるんだけど、それが当たり前なんて絶対に思わないし、期待した反応がないから病むなんてことも絶対になくて、いつでもどんなときでもあなたが大好きです。だからむしろ余裕がないときは、SNSの巡回とか無理しないでほしいよ。

…いつのまにか推しに話しかけてるみたいになってるけどこれも読んでもらう前提とかじゃないから!好きが高まりすぎて書いちゃうポエムみたいなものだから!

推しの幸せがヲタクの幸せだし、推しの夢がヲタクの夢だから。ヲタクを大切にしてくれるのは本当にとてもうれしいしヲタク冥利につきるんだけど、すでにその気持ちは伝わってるから、こっちは気にせず、大切な夢に向かってエネルギーを注いでほしい。勝手についていくからね。

教えてくれた曲は、推しにとってとても大切にしている曲だと思うので、書いてよいものか迷うんだけど…

「暗い深い闇も選んだと言えたら
空っぽになった明日だって始まりと呼べる」

この部分が特に刺さったよ…

一歩踏み出してくれてありがとう。諦めないでくれてありがとう。表現者になってくれてありがとう。あなたに会えて、毎日本当に幸せです。

さんざん聞かされてて知ってると思うけど言わせて。大好き!!!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?