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読書感想文に燃えた秋のこと

2020年11月、3つの締め切りに追われていた。

読書メーター第5回レビュアー大賞、キナリ読書フェス、#読書の秋2020。

簡単に言ってしまうと、すべて”読書感想文コンテスト”である。


これまでにも同じような企画は開催されていたが、一度も応募したことはない。文章で生きていけるようになりたい私にとって、それはチャンスでもあるが、挫折のリスクでもある。いざ落選という現実を突きつけられて、へこたれない自信がなかった。

が、今年は2ヶ月前に退職したばかり。積み上げてきた実績も人脈も断ち切って、夢に向かって走り出してしまった。いまさら向いていないと分かったって後戻りはできない。ここは腹をくくって、これまで以上に誠実に作品と向き合おう。そして紡げる限りの熱い言葉を綴るのだ。

決意が読書の神様に届いたのか、手に取った作品はどれも心揺さぶられるものだった。子どもの頃から抱えていたコンプレックスを流してくれた本、顔を上げれば見える世界が変わっていた本、動き出す勇気をくれたエネルギッシュな本……。大会につき1冊を選ぶ予定が、1作でも多く魅力を伝えたいと5本同時に書いていた。寝ても覚めても言葉がぐるぐる。何度も作品に立ち返って、感情の源を探り、書いては消して、書いては直して。すべての感想文をネットの海に見送った途端、どばあっと力が抜けていった。空っぽの体の内側で冬の持久走の後みたいに熱が膨張していた。



▶読書メーター第5回レビュアー大賞

読書メーター8年目にして初めて挑戦を決意した。課題本の感想をいつものレビューと同じ255字で投稿するだけ。といっても普段から運営さんに選んでもらうことを意識しているわけではないので、初心に戻って気を引き締める。

選んだのは西加奈子『i』(ポプラ社)

シリアで生まれたアイはアメリカ人の父と日本人の母に養子として引き取られ、何不自由なく暮らしている。が、彼女にとって恵まれていることは苦しみでもあった。こうしている今も母国ではたくさんの命が奪われている。血のつながった家族が生死のはざまにいるかもしれないのに、自分は不当な幸せを享受しているのではないか……。繊細さゆえに存在する意味を見失っていた少女の物語だ。

私とアイとでは育ってきた背景は違うけれど、幸運にも平和な国で事故や災害に遭わずに生きてきたのは同じだ。彼女と一緒に世界の悲劇を想像して胸がいっぱいになって、そのくせなにも行動できないのが無力で、どんどん”私”がぼやけていった。レビューを読んでくれた人にも自分ごととしてこの本を手に取ってほしい。「想像せよ」という1行目にその思いのすべて託した。一度ふやけてしまった輪郭をくるみこむような最後のシーンに1人でも救われるように。



結果的に受賞はできなかったけれど、予想していたようなショックはほとんどなかった。この本と巡り会えたよろこびの方がずっと大きい。いつもは軽く流してしまう一行一行を自分と丁寧に重ね合わせたからこそ、大切な本になったんだと思う。


▶キナリ読書フェス

作家、岸田奈美さん主催の読書感想文コンテストである。11月22、23日の2日間で一斉に同じ本を読み、感想をnoteに投稿しようというエキサイティングな企画。

課題本の中から選んだのは宮沢賢治『銀河鉄道の夜』(角川文庫)。小学生のときなんとか読み切ったものの、あらすじすらよく理解できなかったトラウマ本である。

4月からこのnoteで『今こそ挑もう!青空文庫』という企画を始めた。もっと気軽に読書を趣味にしてもらおうと、著作権の切れた作品を無料で公開している青空文庫からおすすめをピックアップしている。もちろん『銀河鉄道の夜』もサイト上で読める。「一緒に文学しましょう」をひそかなコンセプトにしているのに、当の私が「わからないから逃げまーす」ではあまりに面目がない。こうして再び巡り会ったのもなにかの縁。気合を入れて文庫を購入、念入りに物語を解いていく。

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鉄道の風景や印象的なセリフをまとめてみると、繰り返し出てくる言葉に気づく。「わからない」だ。銀河鉄道にやってくる乗客たちは、それぞれに幸せを語って、わからないんだけどねと付け足して、またどこかへ向かって降りていく。そうか、最初からこの本はわからないと言っていたのだ。初めて読んだときに感じた戸惑いはそのまま持っていていい。肩に入っていた力がすっと抜けて、ようやく少しだけ物語を掴めた気がした。

何10年もかけて受け取ったメッセージだから、文章はできるだけ簡単な言葉に。小学生の頃の読書体験を素直に打ち明け、感想の変化をたどる構成は、人生に寄り添ってくれる名作のやさしさを表現したかった。

当日、記事の公開とともにスキがついてびっくり。Twitterのハッシュタグには写真つきの進捗報告がどんどん流れてくる。出版業界は厳しいというけれど、こんなにたくさんの人が同時に本を手にしている。まさに”フェス”としか言いようのないうねりと熱狂。終わった後は、運動会の帰り道みたいにふわふわして、ほんのりさみしかった。

これまで何10冊と本をおすすめしてきたが、実際に読んでくれた人はどのくらいいるだろう。おもしろそうだと思ったままにしておくことは私もよくある。だからこそ紹介するだけじゃなく、本と人とをつなぐ仕掛けを作っていかないと。受賞には届かなかったけれど、これからやるべきことに気づいた貴重な機会になった。


▶#読書の秋2020

12の出版社とnoteの共同で開催されたコンテストである。対象となる本はなんと56冊。いくつか読んでから2冊を選んだのだが、末永幸歩『「自分だけの答え」が見つかる13歳からのアート思考』(ダイヤモンド社)は最初から心に決めていた。

というのも、課題本が発表されたまさにそのときに読んでいた本だったから。出会った経緯も特別で、せっかくだったら私だけにしかできない仕事をしてみたいと会社を辞めた2日後のことだった。いざ自由になってみるとどう頑張ればいいのかわからなくて、気持ちばかり焦っていたときに本屋で見かけ、ビビビッときたのである。

直感は大当たり。黄色い表紙をめくってすぐに夢中になった。20世紀のアート作品を鑑賞し自分なりに解釈するトレーニングを繰り返し、発想力を鍛えていくのだ。中学、高校と美術部だったので「アート」がとっかかりやすかったのもあるが、実際に課題を解いていく授業形式が楽しかった。はじめは早々に降参して次のページに進んでいたが、あきらめずに向き合っていると、ピコンと電球が灯るように納得のいくことがある。自分にもクリエイティブな一面があることを知れて自信になった。感想文でもこの”体験型”の魅力を少しでも味わってもらいたい。そこで本の概要や説明をできるだけ省き、小説に近い文体を意識。一緒に読み進めているような感じにした。

残りの3分の1は、読了後に美術館に行ったエピソードに割いた。これって読書感想文?エッセイ?と自問自答しながらも、本を読むだけで満足せずに体感してみることが私にとっての「自分だけの答え」だった。

12月、スマホを前に深く頭を下げていた。受賞者発表のページに「都村つむぐ」の名前があったのだ。選んでいただけた感謝の気持ちをどうにか届けようとしていた。

これまでも読メやnoteで本を取り上げてきたが、ずっと念頭にあったのは魂を込めて作り上げた作家さんや編集者さんがいて初めて私が思いを表現できるということ。だからこそ、全身全霊で一言一句に迷ったし、後ろめたさもあった。今回、勇気を出して応募したことで、誠心誠意思いを込めれば作り手の方にも伝わるんだなあと実感した。賞をもらえたことはもちろん嬉しいけれど、書くよろこびとやりがいを新たに発見できたことはきっとこれからも私を支えてくれるだろう。



これだけ読書感想文について考える1か月は後にも先にもないかもしれない。締め切り前に納得できずプロットからやり直したり、当落結果にどきどきして眠れなかったり。読書の秋から連想するような穏やかさとはかけ離れた日々だったけれど、終わってみれば3つのコンテストそれぞれに学びがある。感想を書くことで作品と近づけること、人と本をつなぐ仕掛けづくりが必要なこと、作り手にも思いは届くこと。そのどれもが今日も私を書くことに向かわせてくれている。

最後になりましたが、それぞれの企画を運営してくださった方々や、期間中応援してくださった読者の皆さまに心から感謝いたします。


●西加奈子『i』(ポプラ社)

●宮沢賢治『銀河鉄道の夜』(角川文庫)

●末永幸歩『「自分だけの答え」が見つかる13歳からのアート思考』(ダイヤモンド社)


▶『読書メーターに本気でレビューを投稿し続けた8年間のこと』

▶『今こそ挑もう!青空文庫【おすすめ名著5選】』




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