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もう接客したくないと思ったときに試した6つのこと

接客はモノではなく夢を売る。「思いがけなく親身になってくれた」「同じ商品でもあの店員さんから買いたい」……時には誰かの心に一生残る素敵な仕事だ。

でも苦手である。入社後店舗に配属され一年間販売、異動になった今も年に数回は店頭に立つ。嘘をつけないので、あまり気に入っていない商品を勧めたり、非がないのに謝ったりということに他人よりもエネルギーがいる。夜は目を閉じるとその日のハイライト的な映像が流れ、対応にミスがなかったか確認しなければ眠れない。「能力的には問題ないが、心がついていかない」というのは周りには伝わらないようで、相談しても相手にされないことが多い。仕方がないので自分なりに試行錯誤して折り合いをつけてきた。

おもてなし大国日本。多くの人が接客に携わる中、苦手だけどやるしかない、という人もいるはずだ。同じように悩んでいる人の心が少しでも軽くなれば、と私が「もうこれ以上接客したくない」と思ったときに意識していることを6つ紹介しようと思う。純真なお客さまの夢は壊してしまうかもしれないけれど……。


①動きにメリハリをつける

接客の何がストレスかを考えたとき、「急かされる」は割と上位に食い込んでくる。じっくり選ぶのに付き合っていたら、注文した途端に切符を見せ「早くして!」なんてこともしばしば。真に受け最速モードで対応すると今度は「バタバタして」「慌てている」ように見えるのか「ちゃんとやってる?」。時間あるのかないのかどっちなの、と途方に暮れる。

そこで、一連の流れにあえて「ゆっくりポイント」を作ってみた。

私の場合、商品を包装するとき、紙の位置を決めて最初の折り目をつけるまでは慎重にやる。そのあとは手元を見なくても包めるので、紙袋やカルトンの位置を確認し、次の工程を意識しているように見せかける。レジはもちろん早打ち、なのだが最後の預かりキーを押す前にゆっくりポイント。レジの数字と電卓の数字、預かった金額を指差し確認。5000円札を入れるときは角を指で弾く。

こうして「押さえるところは押さえていますよ」とこなれ感を演出していると、不思議と待っていただける。〝実際に速い〟よりも〝早く見える〟ことが大切なのだなあ。ゆとりある仕草を意識しているとミスも減って一石二鳥だ。


②メイクを好きになる

勤務地が遠く、終電始発の生活を送っていたので、メイクをほぼしていなかった。化粧気のない方がむしろ清潔感があると思っていた。だが気付いた。地味で若い女はナメられる!気弱そうな印象を与えるのか、理不尽な要求を突きつけられることも多い。1人あたりの対応時間が異様に長く、それでいて褒められるわけでもない。

ある日、気休めに眉尻を少し長めに引いてみた。意思が強く見えるよう、ペンシルで形をくっきりと。するとなんとなーく説得しやすいし、むしろ頼られている実感がある。そこから「時短で好印象メイク」研究が始まった。ブラウンアイシャドウは時間が経つとくすんで見えるので、コーラルなどの血色感のある淡いカラーを一色塗り。グラデーションを作る時間を短縮。優先順位はマスカラよりも涙袋。チークは広く薄く、コンシーラーで口角の形を整えて。ハイライトで店内の照明も味方につける。多少「メイクしてます感」のある方が健康的で生き生きとした印象を与えるようだ。

性格が顔に出るなら、顔も性格に出る。性格はなかなか変えられないが、顔なら簡単。まずは形から入ってみるのも手だ。


③夢の見積もりを出す

辛くて苦しい毎日。明日辞められるとしたら何をしますか?ぱあっと買い物?引きこもってゲーム漬け?大学に入り直して二度目のキャンパスライフってのもいい。ちなみに私は一年かけて世界一周旅行という夢があった。

では実際、それを叶えるのにどのくらい費用がかかるのか。すぐさまブログや旅行サイトを参考に見積もった。ぎょっとした。最低でも300万円。物価の安い国メインで宿は怪しげでも構わない、というなら100万円で十分だが、ヨーロッパに長く滞在したいし、生きて帰ってきたい。さらにはパスポートの取得、納税、予防接種、帰国後の就活代など、意外と嵩む。

どんな夢を選んでも金はいる。ならば働いて稼ぐしかない。するとどうでしょう。お客さまの顔が福澤諭吉に見えてきませんか?もうすぐ渋沢栄一に変わるけど。お客さまはあなたの夢のお手伝いをする神様です。


④お客さまのプライベートを想像する

嘘のクレームを入れられることがある。「ずっと待ってたのに」と列を無視する人や、全部使用した後に注文した商品と違ったと苦情を言う人……。

相手が何を考えているか分からないのは本当に怖い。そういうとき、相手のプライベートを想像することで心の平静を保っている。「ああ、この人は友達や家族にも嘘をつくんだろうなあ、本当は待ち合わせ場所に着いたばかりなのにずっと待ってたって言うのかなあ」と哀れむうちに苛立ちや戸惑いを和らげることができる。

ちなみに接客以外でも、「この上司は奥さんに強く言えへんから職場では威圧的なんやろうなあ」と思うことにしている。


⑤お客さまを動物化する

④の方法でもうまくいかない時、失礼は承知の上この方法を取る。同じ人間だと思うから「なんでそんなこと言えるの?」と反発が生まれるわけで、相手は理屈が通じない動物だと思えば「ちょっと砂かけられたな」と軽い気持ちで流せる。私も友達から教えてもらったのだが、それ以来、戦場に飛び込むような気持ちからサファリパークに遊びに行くようなノリで出勤できるようになった。

ただとてつもなく失礼なので、「あ、ライオン来た」とか口に出してはいけない。


⑥メンタリストを目指す

もう本当にお客さまが何を考えてるのかわからない。いっそ思い通りに誘導できたら、と本気でメンタリストになろうとしていた。と言うと「で、心読めるん?」と聞かれるのだが、読めるわけない。

要は心構えの問題だ。「どういうつもりなのか見抜いてやろう」「こちらの思い通りに操ってやろう」という前のめりな姿勢が交渉を優位に進める。「何を言われるんだろう」「急に怒られたらどうしよう」と受け身になった時点で負けているのだ。それに、いざというとき自分にはメンタリズムがあると思っていると余裕が生まれる。そういう小さな自信の積み重ねが信頼なのだと思う。

初心者の方は『一瞬でYESを引き出す心理戦略。』(メンタリストDaiGo/ダイヤモンド社)から入るのがおすすめ。


先日、販売員時代に知り合った友人の結婚式に誘われた。向かいのお店で働いていて、私が「もう笑えない」と疲れて切っていると、こっそり変顔をして笑わせてくれた。そんな彼女が純白のドレスと彼の愛に包まれて祝福されている。知らず知らずのうちに頬が濡れていた。すると、神聖な挙式中にも関わらず、彼女はこちらを向いて無邪気に手を振った。接客業じゃなければ、むしろ接客が苦手じゃなければ彼女と出会うこともなかっただろう。

「逃げる」というのもひとつの選択肢だ。体調を壊してまで苦手なことに挑む必要はないと思う。だけど、たとえどんな形でも、「接客やってよかったな」と感じる瞬間は用意されている。そういう幸福な一瞬に目を向けることが折り合いをつける一番の方法なのかもしれない。

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