母、遠隔育児中 / 私を抹消する社会からの贈り物
・すべての出来事とご縁に感謝しています・
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タロジロの手を離した翌日、お父ちゃんからのLINEに私は半狂乱となる。
世界が真っ白になり時空が歪む。自分の鼓動だけが異常なまでに鳴り響いている。本当に引くらしい血の気。鼓動に反して、命を吸い取るようにどこかへ流れていく。
愛するタロジロが連れ去られてしまったんだ。違う。正確には連れ去り返されたのか。
我が子のいない夜など過ごしたことのない10年間。親子分断初日、タロウ8歳、ジロウ4歳。お別れとなる朝、どうして私はタロジロを抱きしめて、「大好き」と伝えなかったんだろう。
①見失う自分と崩壊する家族
タロウ0歳から始めた毎晩の読み聞かせは、私にとって天国にいるような時間だった。包み込むように私の両脇で羽を休める天使たち。読み進めるにつれて上がってゆくタロジロの体温に、お腹で慈しんだ十月十日をしばしば重ねた。
だけど。天使に恵まれて幸せな私なのにおかしい。夫婦関係がうまくいかないんだ。歯車が狂いだしたのはジロウの妊娠中だろうか。夫婦の不和とともに、子育ても私の理想とかけ離れてくる。タロウが3歳くらいから、私はどんどん口うるさい母親になっていったんだ。
小さなタロウはどこへ出かけても大人に褒められた。怖いくらいに私の「躾」は完ぺきだったからだ。だけど、大人に褒められる子どもは概して子どもらしくない。あまりにも狭い世界で生きていた私は、心が固まりかけていたんだろう。
そんなある日、私はタロウの肩をおもいきり掴んで、しりもちをつかせるように押し倒した。ダイニングテーブルの横に転がったタロウはキョトンとして動かない。タロウと目が合って我に返った私は、這いつくばったままタロウを抱えて泣きじゃくった。その様子に驚いたのか、ジロウもそばにやってきて、いつしか3人で声をあげていた。涙を拭うことなく「ごめんね」を繰り返す私に、幼いタロジロは何を感じたのだろうか。
その日の夜、私はお父ちゃんに一部始終を伝えた。夫婦のことでイライラして、子育てに悪影響がでて悲しい旨も相談した。目を合わせないお父ちゃんの回答で、私は完全に心が潰れてしまう。
この日を境に、私はお父ちゃんと目を合わせるのも、会話をするのもやめてしまった。そして、泣きそうになると声を殺した。怯えるように子育てをし、自己認知できていない未熟な私には、自分の心の守り方がわからなかったんだ。
この日から約3年後の2017年。タロウの夏休み最終日、タロウが転がったダイニングテーブルに書き置きをして、私はタロジロと家を出た。4歳のジロウが入るサイズの白いスーツケースと、タロジロとの小旅行に使う、ストライプ柄のキャリーバックだけに荷物を詰めて。
電車に乗る無邪気なタロジロに、私はどんな感情を抱いていたのかは記憶にない。ただただ怖かった。そして私はあまりにも弱かった。
②異世界での自省と戸惑いと有頂天
2017年9月13日。タロジロと私はマレーシアのクアラルンプール国際空港にいた。恐怖に負けて島国から逃げ出してしまったんだ。
深夜の空港で私が1万円を両替をしている間、タロジロは愛らしくカートに腰かけて、向かいのファミマで買ったパンを頬張っていた。マレーシアリンギットを数えながら、タロジロとコンビニでお買い物するのはいつぶりだろうと頭によぎる。
タクシーに乗り込み、空港から少し離れた幹線道路までくると、月明りに揺らめく異国の景色がどこまでも広がっていた。移りゆく車窓の風景はなんだか物悲しくて、大興奮するタロジロをよそに、私は夢と現実を彷徨った。
マレーシアの日常に少し慣れ始めたころ、スマホの電話が日を渡って鳴りやまなくなる。日本の警察からだ。タロジロと私の捜索願が出されたらしい。日本で私が相談していた担当者が、お父ちゃんの担当者として架電してくる。主観ばかり伝わる彼女の言葉に、日本の明度がますます低くなって黒ずんだ。
私はこのとき、日本の「子の連れ去り」はもちろん、システムエラーにまだ気づいていない。そして「ハーグ条約」という単語を初めて知る。
執拗に続く警察とのやり取りで、私は現実世界に舞い戻った。さらに、薄々感じ取っていた幼い二人の気遣いに、私はようやく向かい合う。
家を出てからの2ヶ月間、タロジロはお父ちゃんの話を一切口にしなかったんだ。
ある日、実験キットで楽しく遊ぶタロジロに「お父ちゃん元気かな?」と私は話しかけた。瞬時にタロジロは固まり、タロウは赤い配線の不具合を調整し直し、ジロウはジャム瓶のフィラメントを見つめたまま「知らん~」と答えた。
その夜、眠りについたタロジロの顔を見つめ、日焼けした小さな頬とおでこに触れると、涙が溢れて止まらなくなった。醜い心の私はどこへ行っても結局一人で、声を殺して泣くしかなかったんだ。
ほどなくして、私はあらゆる選択肢を胸に秘め、お父ちゃんに連絡を取って帰国を約束する。そしてこの後、人生最大の試練が私を待ち受ける。
新天地にて、私は自分と向き合い、8歳のタロウは戸惑い、4歳のジロウは有頂天で過ごした。三者三様に異国を楽しみ、時折日本を恋しんだ。
私の脳には暗雲のかかる母国でも、心で眺めると、切ないまでに日本は美しかったんだ。タロジロはなにか感じていたのかな。
③喪失と吐き気
2017年12月6日。私たちは常夏のマレーシアから真冬の日本に降り立った。タロジロと思い出を詰めた白いスーツケースが、手荷物受取所から壊れて流れてくる。タロウは小さくショックを受けたようで、ずっとスーツケースを眺めていた。
帰国直後の予定はお父ちゃんの希望に寄り添った。翌7日から9日まで、タロジロはお父ちゃんと自宅で過ごしたのち、父母が交代して私が自宅へ戻る約束をしたんだ。
手荷物破損の手続きをして小さな出口をくぐると、到着ロビーの奥から歩いてくるお父ちゃんの姿が視界に入った。タロジロはまだ気付いていない。タロジロ越しのお父ちゃんのいる風景が、偽物みたいな彩度で脳裏に焼き付く。私はうっすら眩暈がした。
タロジロと3ヵ月ぶりに再会したお父ちゃんは、笑顔を見せず、喜びの言葉を発っさず、タロジロを抱きしめなかった。一言二言タロジロに声をかけ、ジロウの手を握りしめて駐車場へとせかせか歩く。
途中、トイレに行きたいというタロジロを、お父ちゃんは男性用お手洗いに連れてゆく。外出先で用を足すタロジロを安心して待てる時間は、私に子育てと日本への想いを巡らせた。
到着時間が遅かったので、私とタロジロは関空最寄りで宿泊予定にしていた。だから当初、空港への車のお迎えはいらないと私はお父ちゃんに伝える。だけど、お父ちゃんはホテルの前で待っているときかない。タロジロのいとこに会ってから、タロジロを預けたいとの申し出も却下されていた。それほどまでにタロジロに会いたいのだと、私はお父ちゃんの気持ちを素直に汲んだ。
久しぶりの湯船をタロジロと楽しんで、私はホテルのベッドに潜り込む。手を伸ばせばすぐ触れられるタロジロを、これでもかと抱きしめながら眠ればよかったな。
2017年12月7日。チェックアウトにフロントへ降りると、お父ちゃんが待ち構えていた。昨日より様子がさらに妙だ。一抹の不安を感じる私。
9日に私も自宅に戻るので、壊れた白いスーツケースをお父ちゃんに預けようとする。だけど何度も断られるんだ。半ば強引に荷物を預けた私は、タロジロに「楽しんでな。また後で」と微笑み、車が消えるまでひとり手を振り続けた。
翌8日、お父ちゃんからLINEがくる。
私は半狂乱に陥った。
翌9日、一睡もできないまま、日本を発つ前に相談していた市役所と警察に助けを求めた。市役所の担当責任者は責任者が不在と言い、顔見知りの警察官は記録がないと話す。
そして、タロジロが預けられていたお父ちゃんの実家へ行くと、私は通報され警察官がかけつけた。一体何が起きているんだ?
食事も睡眠もとらぬまま数日後の週明けになる。私は「子の連れ去り」案件に精通した弁護士を探した。そして、3年以上に渡る裁判所での話し合いが始まる。
逃げる時は誰一人非難の声をあげなかったのに、家族も友人も知人もみんな揃って、タロジロの手を離した私を咎めている錯覚に陥った。起きてしまった過去をどう変えろというんだ。そして、弁護士と裁判所はおかしなことをアタリマエのように言い放つ。
誰もがタロジロの幸せを無視して、大人の都合ばかりを正義として突き付けてきた。今これからタロジロのために何をすればいいのか、狂ったように必死になる私は完全に孤立する。
異国にて、タロジロと何度も恋しんだ美しい日本は、とてつもなく醜い国だったんだ。
そして、改めて私の醜い心にも気づく。家族が突然姿を消した3ヶ月間、お父ちゃんはきっと絶望したはずだ。自分を見つめ直す余裕すらないほどに、私はお父ちゃんを傷つけたのだろう。いつまでたっても私は自分本位でしか物事を見れていない。
タロジロの喪失で私の魂は引き裂かれ、日本社会の常識に吐き気をもよおした。
でものちに、この一連の悪夢は日本人にとってアタリマエだと気がつく。私たちの国は、婚姻外において「単独親権制」を採用し、『子どもから100%片親を搾取するシステム』に違和感をもっていない。明治時代とさほど変わらない家族法のもとで、今をアタリマエに生きていると知った。
私たち家族の「個人の問題」は「社会の問題」だったんだ。
私の小さな世界は未来の光を失った。
④信じる勇気との出逢い
裁判所と社会の醸し出す空気は、私には澱みきっていた。「人」であるタロジロを「物」のようにして扱うんだ。タロジロを人質にしたような交渉を、関わる大人全員が淡々と進めてゆく。
私の弁護士に澱みについて相談すると、私の思考はリベラルすぎて裁判所は嫌う、との回答がきた。私からすると司法現場が時代錯誤すぎるだけだ。民主主義は国民の民度に依存する。つまりは国も時代錯誤で日本を動かし、私たち国民も時代錯誤で生活しているというのか。
なんの弊害もないのに、タロジロは母親に会うことすらままならない。大人が守るべき子どもではなく、司法における慣習と、同居親の意向が最優先で絶対的なんだ。まだ親権者であり母親でもある私は、なぜかアタリマエのように親として扱われない。罪人のように対応される感覚となる。リベラルってなんだ?
不安定な家庭環境にあるタロジロへ、安心させるためのロジカルな説明をできない。もちろん会話する時間すらない。すべてにおいて、日本語の理解はできるが辻褄が合わず、心も一切追い付かない。想定外過ぎる現実に発狂しそうになり、自分がどこで生きているのかすら見失い始める。
裁判所での係争が2年ほど経つ時期だったかな。味わったことのない先行きの不透明さに、命を絶とうかと私は小さく狂いだす。
納得しがたい価値観ばかりに直面し、誰にも理解されない現実は、私の存在を抹消されたような日々だったんだ。
そんな時期、私は西野亮廣氏の文章と出会う。消えそうになる自分をなんとか繋ぎとめようと、まさに「必死」だった気がするな。彼の文章は社会への憤りと憂いと、真の優しさに満ちていた。貪るように私は彼の言葉を追いかけ、自分を取り戻してゆく。彼の見ている景色が私と似ている気がしたんだ。そして、彼の周りにはたくさんの理解者が集まっていた。
ほどなくして、西野氏のオンラインサロンを発見し、導かれるようにして私は入会する。そして私は「えんとつ町のプペル」という物語にも出会う。絵本の描写が私とタロジロみたいで、溢れる涙と共に心が震えた。
西野氏との出会いにより、私は表現の尊さをかみしめる。誰かの人生を変えてしまうほどの力を知ったんだ。
さらに、オンラインサロンでたくさんのご縁に巡りあう。そこで出会った人々は、私の出来事をアタリマエのように理解するだけでなく、時に自分事にしてしまう。
狭い世界でもがいている自分の姿が見えた。私はようやく息を吹き返し、過去を見つめ、今を踏みしめ、未来を見据え始める。踏み入れた新しい世界で出会った人々から、自分を信じる勇気をもらったんだ。
⑤子どもに優しい世界
2020年11月、ご縁がまた巡り、私は国会の院内集会で記者会見スピーチの機会をもつ。「単独親権制」による「子の連れ去り」当事者として、言葉を伝える貴重な時間を得たんだ。
声がかかった時点で、ほぼスピーチする気の私だったけど、一つだけ気がかりがあった。タロジロのことだ。もし、私のスピーチで彼らによからぬ影響がでたら元も子もない。
思慮すること数日、スピーチはタロジロに胸を張れる行動だと割り切った。まともに会えない状況で私がタロジロにできる子育ては、「生きる力を育むための情報と環境」を示すぐらいしかない。
親子三人の日常において、私はタロジロが好きなバナナケーキを作れないし、おはようもおやすみも交わせないし、大好きを伝えることも抱きしめることもできない。
近い未来でタロジロは親になるかもしれない。瞬きで過ぎゆく子育て期に、タロジロが我が子に会えなくなるなんて、私は想像するだけで気が狂いそうになる。タロジロは親に会えない子どもの気持ちを知っている。親としても当事者になれば、何重もの苦しみを味わう羽目になってしまう。
ジェンダーギャップの大きな日本において、離婚により父親が子どもに会えなくなる確率は高い。子育ては女性がするものだと、まだまだ認識しているからだ。親子がアタリマエに引き裂かれる今を、タロジロの未来に残せるわけがない。甥っ子にも姪っ子にも友人知人の子にもだ。
日本中の子どもたちに必要なのは、心が愛で満たされる社会なんだ。そして、親と子が愛を育む時間は、私にとってはアタリマエに揺るぎない。
スピーチを決断した私は、仲間からの応援でさらなる力を得る。この時期、西野氏のオンラインサロンから派生した、小さなコミュニティにも私は属していた ( 西野氏とは無関係 ) 。当時、70人くらいが在籍していたのだろうか。そのコミュニティにて、スピーチの練習と応援のZoom会が開かれた。平日にもかかわらず、これまでで最も多い参加者が集ってくれて、厚かましくも、コミュニティの結束熱を体感した。当日も仲間たちのサポートで溢れ、奇跡のような瞬間が続く。
独りぼっちで漂っていた数年間が嘘みたいだった。気が付けば、声を殺さずに泣ける場所があったんだ。
⑥タロジロと親権
院内集会は滞りなく終わったけど、親権制度の社会問題は世間に広まらなかった。そもそも「親権」の話に限らず、政治や人権に私たち日本人は興味が薄い。そんなことわかっているのに、広める手立ても器量もない。やっぱり私は弱かった。
私には何ができるのだろうと、自問自答を繰り返す日々が続く。だけど、悩むと毎回同じ結末にゆき着くんだ。
『タロジロの幸せ』だ。
私にはこれしかない。加えて「自分の幸せ」も2021年あたりから強く考え始める。親が幸せなら子も幸せだと、私は改めて思い出したんだ。
そんな中、私は親権をお父ちゃんにあげようと決断する。いつまでたっても係争が終わらず、親権がタロジロを苦しめていたからだ。子どもを守るための権利が、子どもを苦しめるなんておかしな話だ。不毛な争いにもほどがある。
ところで、私は裁判の経過をタロジロと共有していた。彼らの人生も左右するのだから、私からしたら経過や今後のすり合わせは必然の流れだった。もちろん、伝えるのは事実のみで私的な感情は含めない。経過を知りたいか否か、タロジロの意思もその都度確認した。いつだったか、温厚なタロウが一度だけ怒りで声を震わせたことがある。
「裁判官って賢くないとなれへんのちゃうの?なんでそんなこともわからへんの?」
9歳のタロウの横にいた5歳のジロウは、いつの間にか私にしがみついていた。既得権益にまみれ、社会が形骸化する私たちの国を、幼いタロジロは肌で感じとっている。今を輝かせて未来に向かう子どもたちは、私たち大人をどう眺めるのだろうか。
2021年冬。私はタロジロに親権を手放す旨を、離婚の改めての説明とともに伝えた。8歳のジロウは「ジロウが3年生くらいの離婚がよかったなぁ」と私の膝にちょこんと落ち着く。12歳のタロウは「お母ちゃんが決めたんならそれでええで」と私と目を合わせなかった。
親権と離婚の話をするひと月くらい前、「何年かかってもいいからお母ちゃんが親権もって」とタロウが強い口調で私に訴えていたんだ。ジロウの脇を抱えて向きを変えた私は、うつむくタロウの頬を持ち上げて、「大丈夫やで。親権なくても離婚しても、何があってもおんなじや。お母ちゃんはお母ちゃんやし、タロウはタロウやねん」とおでこを合わせて囁いた。
未熟な親の離婚騒動に我が子が巻き込まれても、タロジロが納得できるように私は事情を説明してやれない。説明するほどに矛盾ばかりが起きるんだ。ましてや「離婚するから会えなくなる」なんて支離滅裂だ。
矛盾を理解するタロウは、コツンと合わせたおでこに、どれほどの信頼を感じてくれたのだろうか。矛盾に理解が追い付かないジロウは、膝の上で心を温めてくれたのだろうか。
2021年2月の雪のちらつく日、私は親権をお父ちゃんにあげた。
裁判所に通い4年目となる離婚裁判では、裁判所にはもう期待なんてしていなかった。お父ちゃんに伝えたかった真理を、裁判官が言葉にしただけで、私は充分でもういいやと白旗を振ったんだ。
私が親権を失くした時期から、法制審議会で「単独親権制」を含む家族法についての議論が始まった。民法改正への第2ステージだ。海外からの外圧に、私たちの国はようやく重い腰をあげたらしい。
日本は「実子拉致」の国として、世界各国で認知されている。先進国で単独親権制のみを採用している国はない。G20を含む法務省24ヵ国の調査でも、トルコとインド以外の22ヵ国は「共同親権制」を採用している。
日本の単独親権制と親和性の薄い、子どもの権利条約やハーグ条約に批准するも違反し、国連からもEU議会からも勧告を受けている。2021年には子どもを父親に会わせない日本人妻に対し、フランス当局から国際手配すら起きている。
この「拉致」を私たちがどう受け止めるかが、私たち日本人の民度に通ずるのかもしれない。
なんだか書いてて手が冷たくなってくる。
現行の日本の単独親権制度は明治民法がベースで、家制度みたいなもんだ。家制度は家父長制だから、男は仕事で女は家事育児の「性別役割分担」が明確なシステムとなる。男女格差甚だしい。つまり、日本人のジェンダーギャップ思考は、社会の基盤となる「家族」で育まれている。
また、単独親権制を採用する国は、ジェンダーギャップ指数も低い。2021年の日本の指数結果は156ヶ国中120位で、先進国と比較できるレベルではない。
さらに、ジェンダーギャップ指数はGDPにも出生率にも相関性がある。既得権益然りで、経済が成長しない一要因となるんだ。そして、女性の多いひとり親世帯の貧困にも影響を及ぼす。ジェンダーギャップの低さは、女性の社会進出を阻むから当然だ。厚生労働省の統計によると、実に約50%のひとり親世帯が、日本では貧困家庭に陥っている。
それもこれも、ジェンダーギャップを育てる社会の性別役割分担が、今もアタリマエだからで、「女性=子育て」が実子拉致や親子分断を慣習化させているんだ。
そして、裁判所が子の福祉とうたう「継続性の原則」と相まって、裁判所に関わった時点で子どもと暮らしている親に、日本は親権を認める傾向が強い。
多くのケースで母親が日常的に育児し、子供を確保してから離婚を進めるので、母親が親権をもつに過ぎない。加えて、実子拉致被害者となりやすい男性ですら、子育ては女性がするものと思い込む。だから、慣習にまみれた価値観や体裁によって、愛する我が子を手放してしまうんだ。
子に父親を会わせない加害者にみえる母親だって、ワンオペ家事育児と男女格差社会での仕事により被害者となってしまう。そして、最大の被害は我が子からの信用の損失だろう。子どもたちへの害は言わずもがなだ。
現行の単独親権制は家族全員を不幸にするシステムなんだ。もとより、子どもを取り合うので離婚係争が終わらず、貴重な時間とお金を人生で無駄にする。そして子どもは成長してしまう。
私が注視したいポイントは、単独親権制が婚姻中の家庭でも起きている点だ。離婚後の家族観は、婚姻中から引き継がれているに過ぎない。だから、ジェンダーギャップ指数も幸福度も低くなるんだ。
ちなみに、日本の婚姻制度を私の主観で読み解くと、「親でいたいなら絶対結婚して絶対離婚するな」「結婚したいなら氏を売れ」となる。実は夫婦別姓問題も根本的な原因は似ている。
そもそも、男女のみのジェンダーで社会システムを構築する時代ではない。人は多様なのに同質性にやたらしがみつく世界に私は違和感をもつ。
人が人として向き合えば、みんなで幸せになれるのにな。
綺麗なまでに悪循環する社会システムに私はなんだか笑えた。これだけ大きな渦にみんなで呑まれていたら、弱っちい私の声なんてかき消されてアタリマエだ。
悪循環に心地よさすら感じている私たち日本人は、親権制のエラーなんて誰も興味ないし知ってもいない。この世に生を享ければ「親権制」は人生で必ず携わるシステムなのにな。人は親から誕生するんだから。
もちろん、私も当事者になるまで知らなかった。無知の罪深さを内省し、「知るは優しさ」だと心に染みこませている。
個の家庭問題から単独親権制を知り、私は日本の「今」を理解し、タロジロと社会で生き抜く力を鍛えている。これだけで私たち親子は、かなり豊かな人生を歩んでいるんだな。
意味をなさない親権など、私には必要ない。
⑦絶望と希望の社会
親子分断5年目となる2022年現在。私とタロジロは人目を盗んで堂々と密会を続けている。2021年5月ごろ、親権をあげた3ヶ月後から、別居親と子どもが交流する「面会交流」がなくなってしまったからだ。親子が会うのになんで「面会」やねん、はひとまず置いておく。
いかにして心を通わせようかと、タロジロも私も思考を巡らす。主体性、創造性や共感性を高め、心を磨き育める時間に感謝の日々だ。
そういえば、社会の悪循環に脱力した私は、ほどなくして解決策も理解する。
導き出した結論にまたも絶望して、ほんとに笑えた。
解決策に比べたら、親権制の民法改正なんてちっぽけなもんだ。解決策が機能していたら、民法はとっくに改正されているからだ。私に何ができるのだろうと、自分を見つめる日々がまた始まる。
タロジロとの親子分断は、きっと神様からの贈り物なんだろうな。
そしてそうそう。
解決策は『教育』だ。
真の生きる力を育む教育が解決策となる。一般的な学校村社会で、子どもたちはどれほどの教育を受けられるのだろうか。そして、貧困が進んでいくと、ますます教育は行き届かなくなり、生きる力に格差が広がる。いや、もう広がっている。
日本は「幸福度」も低い国である。私は「お金で結びつく結婚観」と「空洞化する家庭」が、日本社会の閉塞感を膨張させていると思うんだ。幸福度の低さは自己肯定感の低さに繋がり、自己肯定感の低さは不寛容に繋がる。そして、不寛容は自己防衛に必死になるから、他者を想いやれなくなってしまう。私たちが社会問題に興味ないのも致し方ない。
つまり、私たちには「共感力」が欠乏しているんだ。例えば現に、単独親権制度下でも共感力さえあれば、子どもたちが親を搾取される事態になど陥らない。子どもの気持ちを想像できれば、誰だって子が親に愛されたいとわかるだろう。
共感力を導く自己肯定感や自尊心はどうしたら育めるのか。
卵が先か鶏が先か。社会のシステムエラーにより、私たちは奇妙な価値観を抱いている。問題発生はシステムエラーに起因するから、システムを正せば価値観が変容する可能性は高い。だけど、システムエラーの改善を待っている間も、悲しむ人は後を絶たない。
だから私は思うんだ。私たちひとりひとりの人間力が高まって膨らめば、社会に希望のうねりを起こせるかもしれないって。そのためには、他者に寄り添えるように、まずは自分を慈しむ心を育めばいい。
そして、心の育みの種は『愛』なんだ。
今、日本を沈没させようとする、私たち日本人特有の「同質観念」がいい方向を見つめれば、私は社会がもっと輝きだすと信じている。
私は家族の問題から社会の問題に気付き、自己理解を深めている。自己理解とはきっと他者理解で、社会を知る行為なんだろうな。そして自己理解の先には、優しい世界を子どもたちに贈れる未来が待っているはずなんだ。
社会から、母を搾取された子と、存在を抹消された母。私たち親子が会うときはいつも、抱きしめ合って「大好き」を伝え合う。私とタロジロの親子関係はちょっぴり切ないけど、人間関係はすこぶる豊かなんだ。
私は今、なかなか幸せだ。
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人生はまだまだつづく
2022年2月6日(日)
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【追記2023年2月12日(日)】
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
解決策は「教育」ではないと、2022年の夏頃に思考がまとまりました。本質的な解決策は、家制度の解体/共同親権制の導入です。
つまり国のあり方を再定義し、それに沿った教育が必要になる道筋です。
断片的にSNS等にて発信していますが、またどこかで記事にします。
2023年は共同親権元年に!!
▼タロジロラブレター▼
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