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瓦から、kawaraへ。瓦に宿る日本文化と精神を伝えるために/一ノ瀬 靖博さん - 一ノ瀬瓦工業

私たちが住んでいる家の屋根は、何でできているでしょうか。さまざまな屋根材がありますが、日本の伝統的な家屋の多くには、「瓦」が用いられています。1916年創業、山梨県笛吹市にある一ノ瀬瓦工業は、屋根のプロ集団として人々の居住空間を守ってきました。

「瓦は、自分の中では日本そのもの。日本文化のひとつとして、”kawara”を世界に発信していきたいです」

このように語るのは、5代目の一ノ瀬靖博さん。瓦を屋根材とは違う角度から捉え、身近に感じてもらうための提案をしています。

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一ノ瀬 靖博(いちのせ やすひろ)さん  
icci 代表 / kawara クリエイター
1976 年山梨生まれ。22 歳で 1916 年から続く一ノ瀬瓦工業に入社。瓦葺士として技術を磨きながら、瓦の新しい可能性を模索するために2007年にはイタリア、翌年にはオーストラリアに短期留学し、異文化を吸収する。2015 年にはアメリカのイェール大学主導の日本建築プロジェクト "Japanese Tea Gate Project" に瓦葺士として参加。2017 年にはカリフォル ニアでの "天平山 Project" にも参加する。瓦の新しい可能性をカタチにするべく「屋根の上からテノヒラの上に」をコンセプトとした瓦の新ブランド「icci KAWARA PRODUCTS」を「A BATHING APE」のグラフィックデザインでも知られるハイロック氏をアートディレクターとして迎え、2016年に第一弾始動。日本の伝統である瓦と、その瓦の常識を覆すクリエイショ の両面を国内外へ向けて発信している。

文化の街で出会った瓦のアート性

靖博さんは1998年、22歳で家業を継ぐ決心をしました。しかし、当時は瓦に全く魅力を感じず、単なる家業の仕事道具としてしか認識していませんでした。

「高校を卒業してからは東京に出て音楽活動をしていたんですが、若いときの勢いだけで生きていける甘い世界ではなくて。伸びしろに悩んで実家に戻ってきたものの、想像以上に大変で、逃げ道ばかり探していましたね」

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屋根の上は、夏場は60℃にもなる酷暑に、冬場は足が凍るほどの酷寒になるそうです。しかし、やめたい気持ちをこらえながらも2年経ったある日、靖博さんの瓦に対する見方がガラッと変わる契機が訪れました。

「たまたま、京都に旅行したんです。そこで見た伝統的な街並みの雰囲気は、大部分が瓦によって生み出されていることに誇りを感じました。瓦が大陸から渡ってきて1400年が経ちますが、今まで残され続けてきた歴史の重みに背筋が伸びるような思いでした」

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それからは、瓦業をカッコよくするための模索の日々が続きます。海外進出を視野に入れていた靖博さんは、イタリアやオーストラリアへ留学にも行きました。海外視点から日本を俯瞰することは、瓦を見つめ直す2回目の契機ともなったようです。

「イタリアではオレンジ色の瓦屋根が一面に広がっていて、住民自身が景観や文化に対する誇りをすごく持っていたんです。その感覚で日本に帰ってきたら、日本人は自国の文化への関心がとても低く、逆に外国の文化に憧れている。長い年月が積み上げた素晴らしい文化を簡単に手放していると感じました」

そこで注目したのが、瓦のもつアート性でした。瓦を単なるモノとして押し出すのではなく、瓦が体現する日本文化に、目を向けてもらうための取り組みを計画し始めます。

発信テーマは「瓦×衣食住」。日本文化を日常に落とし込む

襖や屏風などに絵が描かれていることからもわかるように、日本文化にはアートが溶け込んでいます。靖博さん曰く、日常の中に違和感なくアートが存在する文化は、世界的に見ても珍しいそうです。瓦は粘土を成形し、高温で焼いて作りますが、日本人はその成形段階で瓦にアートを施しました。

「日本人は美的感覚に優れていて、独自のデザインが発達した文化を持っています。瓦には家を守る機能の他に、平穏な暮らしへの祈りや願いがデザインとして表現されているんです」

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木や紙などの燃えやすい材でできた伝統的な日本家屋は、火に弱いという弱点があります。そのため、水の神様を屋根に上げて建物を火事から守ってもらうべく、瓦へ水に関する意匠を凝らし、家に水気をまとわせていました。例えば、鬼瓦が雲の形をした鬼瓦や、屋根に飾られるシャチホコは、水の神様そのもの。屋根瓦の形状自体もさざ波のようで、一枚ごとに刻まれることもある三つ巴紋は、湧水がモチーフになっています。

他にも、鬼や獅子などの鬼瓦には厄払いの役割を持たせ、龍や寅などの棟飾りには、家運隆盛への祈りが込められていたりします。

「瓦から、日本人の自然と共存する精神や、神様を崇拝する心が感じられます。しかし、今やそういったストーリーを知る人は少なく、瓦は現代を生きる人にとって遠い存在となってしまいました」

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あちこちに当たり前のようにありながらも、身近ではない瓦。意識を向けてもらえるようにと掲げたテーマが、人間が生活する上で不可欠な「衣食住」との掛け合わせでした。屋根瓦の「住」に加え、「食」では2013年に飲食事業部を立ち上げ、「marimo café&dining」「icci KAWARA COFFEE LABO」を運営しています。瓦で演出された食空間で、食事と共に瓦の雰囲気を味える場です。

「衣」は2016年からプロダクト事業部にて、ファッション性の高い「icci KAWARA PRODUCTS」を始動させました。この年は会社として100周年の節目でもあり、瓦を日常に落とし込むための大きな転換点となりました。

生活空間に、そっと寄り添ういぶし銀

「icci KAWARA PRODUCTS」のコンセプトは、「日本のヒトカケラを屋根の上からテノヒラの上に」。コーヒーマグやプレート皿、ペン立てなど、現代のライフスタイルに合わせた瓦雑貨を中心に取り揃えています。

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icciブランドの立ち上げには、ファッションやデザイン業界の第一線で活躍しているメディアクリエイター「ハイロック氏」をアートディレクターとして招き、日本の文化である瓦とハイロック氏の生み出すpopアートやグラフィックをミックスさせ、キャッチーな見せ方に。また、靖博さんは趣味で絵を描き、市の芸術祭でも賞をとったことのある実力派。そんな芸術的センスを活かし、プロダクトデザインは主にご自身が担当しています。商品製造は全国の「鬼師」と呼ばれる瓦職人と連携し、各工房が得意とする分野に合わせてお願いをしているそうです。

「日本文化のひとつとして、瓦を誰にどう見せて残していくか。それを考えた時、icciは若い人たちに向けた、瓦のスタイリッシュな一面の提案なんです」

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商品に共通して見られるのは、日本ではるか昔から根付いてきたいぶし銀の色。瓦を焼き上げる最後の段階でいぶすことで、表面に炭素皮膜ができ、天然の銀色が生まれます。釉薬を塗って煌びやかな色にすることもできますが、靖博さんはあえてこの色を選択しました。日本文化を語る上で、いぶし銀は欠かせないポイントのようです。

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「主張しすぎず、かといって地味でもなく、しっかりと存在感がある。いぶし銀は、まさに日本人の気質そのものだと思っています。長い歴史の中で、この色を良しとして選び続けてきた国民性が、瓦に反映されているのではないでしょうか」

しかし、いぶすには密閉状態にする必要があるため、一度に窯の中に入れられる数には限界があります。多くの人に届けたい思いがある一方、大量生産できないのが課題でした。

「小ロットだとどうしても値段が上がってしまい、日常使いしてもらいにくいという問題もありました。なんとか良い方法はないかと、大手企業とコラボを進める中で、いぶし銀にかなり近い釉薬を開発することができました」

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”kawara”を通して日本文化を世界へ羽ばたかせたい

テノヒラの上の瓦製品が広告塔となり、屋根の上の瓦に関する仕事も増えてきたといいます。近年は一般住宅のみならず、建築家のプロジェクトにも携わるようになりました。その行動範囲は山梨を越えて全国へ、さらには当初からの目標だった海外にまで広がっています。

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「”瓦”を”kawara”としてどんどん世界に羽ばたかせたいと思っています。海外での活動が話題になり、逆輸入的に日本での注目度も上がれば嬉しいです」

実は、”kawara”への第一歩は、すでに踏み出されています。2015年、アメリカにあるイエール大学の日本建築プロジェクトに招かれ、屋根瓦の担当を任されました。最初は理解されなかった地道な作業も、完成が近づくにつれ、日本人の仕事に対する向き合い方・美意識が評価されるようになったそうです。

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「瓦を並べて最もきれいな線を描き出し、その美しさや存在感をアピールできたと思います。日本文化の新たな広がりを感じることができました」

瓦から”kawara”へ、そして、”kawara”から瓦へ。和の本質を残したままに瓦を世界へと伝えゆき、”kawara”の名を轟かす。それをきっかけに、日本人にも瓦のストーリーを取り込んでもらう。その姿は一人の瓦職人であり、表現者であり、日本文化の語り手でもあります。

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「瓦の並べ方ひとつ、鬼瓦の選び方ひとつで、その屋根のデザインは違うものになります。瓦屋が屋根の上に表現できることはとても多いので、なんだかんだ屋根に登っている時が一番楽しいです。若い担い手が増えてくれることを祈るばかりで、私もこの楽しさを伝えていきたいと思います」

icci KAWARA PRODUCTS(icci KAWARA SHOP)
営業時間/10:00~19:00
所在地/〒 406-0021 山梨県笛吹市石和町松本 829-4
電話番号/ 055-267-7221(プロダクト事業部)

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icci KAWARA PRODUCTSの商品は、TSUMORIのWEB STOREでもお買い求めいただけます。


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連載「土地と想像力」
本連載はTSUMORIと山梨市観光協会が協働で取り組む情報発信事業です。「土地と想像力」をテーマに、記号的な山梨とは異なる領域で土地を支えているヒト・モノ・コトを発信していきます。山梨県全域を対象に、自治体圏域に捉われない「山梨らしさ」を可視化することを目指しています。


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取材・執筆:おがたきりこ
写真撮影:田中友悟
一部写真提供:一ノ瀬瓦工業 様
協力:山梨市観光協会

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